雨の中の女の子

西 海斗

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第十話 芽衣の仕事

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 「リーターナー……」水月はつぶやいた。
 英語だということは水月でも分かった。
 となると、海外にも同じようなリターナーがいるのだろうか。

「御堂はどうする?」
 藤原社長は、水月に対して質問をする。
 「私は御堂の身体の説明をし、ここで働いたらどうかと提案したが、御堂自身の意思はどうなんだ?」
 
 水月は言葉に詰まった。おそらく藤原社長や春田芽衣はリターナーのことを、水月よりもはるかにしっており、特に藤原社長はおそらくリターナーを通じての人脈やビジネスをしていると分かるものがあった。また先ほどの芽衣とのやり取りで、水月に買春をさせる気はないことも分かった。その代わりに何をさせるのかは分からないのだが。

「はい……。まずリターナーのことを教えてくれて、ありがとうございました。それからここで、私の身を守りながら働くことを提案してくれて……本当にありがとうございます」
「どういたしまして。それでどうする?」
 
 藤原社長は水月が思っているよりも気が短いと感じた。
「あの……それで……すいません。いろんなことを一気に知ってしまったので、今は正直判断が出来ないんです」

「……御堂。君は何歳だろうか?」
「16歳です」
 恐る恐る水月は答えた。

 藤原社長は少し考えたあと、「それもそうか。女子高生にいきなり判断を迫るのも酷だな。分かった。明日の夜まで考えると良い。ただし条件がある」
 (条件?)何か変な事を突きつけられたらどうするか?
 水月の中には、藤原社長にはまだぬぐい切れない恐怖があるのだ。

「条件というのは、今夜は春田の仕事に付き合うこと。今夜は春田の部屋に泊まること。そしてここで働くかどうかは、明日の夜の21時までに結論をだすことだ」
 
 それを聞いて、芽衣は嬉しそうな顔になった。
 水月としては泊るところが出来たことは嬉しかった。しかし仮にもここは風俗店なのだがから、何の仕事に付き合うのか不安感はどうしても残った。
 とは言え、選択肢は他になさそうだ。
「……分かりました。藤原さんの条件に従います」と水月は答えた。

「それで結構。もう22時だな。では春田はいつもの仕事を始める様に。水月は一緒に付いていく様に」

「分かりました!」芽衣は元気な声で答えた。その声には楽しさが含まれていた。
 水月と芽衣は二人で社長室を出る。

 ふ――っと水月はため息が出た。整理できないことを大量に抱えたのと、これから藤原社長との付き合いが始まると思うと、晴れ晴れとした気分にはなかなか慣れなかった。
 反対に芽衣は、嬉しそうに水月の顔を見ている。

「じゃあ今夜は、水月ちゃんには私の仕事を見てもらうからね」と嬉しそうだ。
「分かったけど……いや、分かりましたけど。春田さんのことは何て呼んだら良いですか? 仕事上の先輩になるわけだし、春田先輩と呼んだ方が、良いですよね?」と水月は礼儀を失さない様に訪ねる。
 「芽衣ちゃんでも、芽衣でも良いよ。どの道仕事は異なるだろうけど、同僚になるわけだからね。私は水月って呼んでよいかな?」
 「はい。水月で良いです」
 「そう。なら私に対しては芽衣で良いよ。それじゃ水月。3階が私の仕事場だから手伝ってね」
 「はい」
 
 そうこうしながら、エレベーターで3階に着く。
 3階はドアが複数ある。
「ここはホテトル嬢の待機場なのよ。奥の部屋にはバスタオルがあるから、10枚持ってきてくれる?」
「分かりました」水月はタオルを持ち、芽衣は一室をノックすると、「どうぞ」という女性の声が中から聞こえた。

 中にいたのは、バスタオルを体に巻いた女性だった。黒髪でどちらかというと清楚な感じの女性だ。年齢は25歳くらいだろうか。
 女性はベッドに横たわって、スマホを見ていたが、芽衣と水月が入ると、ベッドに座りなおしてあいさつした。
 だらしない様な感じは受けなかった。

「ナナさんお疲れ様でーす。今日は新人の研修もあるので、付き添いが一人いますが、気にしないでくださいね」芽衣は明るく挨拶する。
(いつ頃から新人になったのだろうか)という水月の疑問は誰にも聞いてもらえず、芽衣は「じゃあナナさん、いつも通りベッドの上でうつぶせになってくださいね」と指示した。

 ナナは、バスタオルを取ると、全裸になって、ベッドの上に横たわる。
「水月、新しいバスタオルを貸して」と芽衣は言い、水月が渡したバスタオルを、ナナのお尻のあたりから足部分に被せる。

 芽衣は「私もちょっと着替えますね」と言い、持っていたバックから、白い服を取り出して着替えた。上下とも白く、半そでとズボンのタイプの服だ。
 芽衣が着るといっぱしのマッサージ師様に水月は感じた。

 芽衣はそのまま、ナナの頭を指で指圧していく。ナナは「うっく……」とうめき声をあげた。
「固いですね……けっこう……変な客に気を遣ったんじゃないですか? 相当、脳が疲れてますよ」と芽衣は聞いた。
「そうなのよ……なんであんなに不潔なのか、本当に理解に苦しむのよね」
「ありますよね。シャワーで落ちるだろうって本人は思っているだろうけど。だいたい4~5日風呂に入っていない男の汚れが、15分くらいのシャワーで落ちるわけないってのに」
「そう。それでもこっちは相手のプライドを傷つけない様にしなくちゃいけないんだけど、ほんとに疲れる」
「そうですよね……ああ、これかなり筋肉もいってますね。背中がバキバキになってます」芽衣は頭から背中にかけて手を伸ばし、時には時計回り、場所によっては反時計回りに指を動かしていった。
 
 そのまま下半身のタオルを外して、腰や性器回りも含めて、全身をくまなく、マッサージをしていく。
 手慣れた手つきで真剣にマッサージをしている芽衣を見て、水月は芽衣に対する印象が上がっていくのを感じた。
 芽衣はもしかしてかなり優秀なマッサージ師なのかも知れないと。
 
「最初、体が冷たくて心配しましたよ。体温が上がりましたけど、疲れとかどうですか?」芽衣はナナに尋ねた。
「……すごくさっぱりしたあ。今日の客はろくなのがいなかったから、正直げっそりしていたけど、芽衣ちゃんのマッサージは本当に楽になるよね。ありがとう。」
 ナナはお礼を言って、帰っていった。

 水月は芽衣の仕事を見て、正直感嘆の声が出た。「芽衣ってすごいんだね。どこでこんなことを身に着けたの?」
「後で話すよ」芽衣は少し嬉しそうに言うと、「まだあと7~8人いるから、水月一緒に来て」と言い、別の部屋に移った。

 風俗嬢も終電で帰る者と、終電が過ぎて帰る者もいるらしく、芽衣の仕事が終わったのは午前2時だった。
 仕事で使っていたのと、風俗嬢がつけていたバスタオルを洗濯機に入れ、スイッチを押す。
 さすがにこの時間になると眠くて堪らない。
 
 その後に2階へエレベーターで降り、2階のある部屋のドアを芽衣は開ける。
 「ここがね。私の部屋なんだ」
 中は、水月の目から見ると、正直なところかなり雑然としていた。何をどこに置くという規則性がなく、使ったら使いっぱなしというような感じで、ほこりがたまっている個所も多い。
 定期的に掃除機がかけられている様子があまりなく、ゴミも分別された様子がなく、飲み終わったペットボトルが転がっていた。

 (でも泊まらせてもらうんだから、文句は言わない様にしよう)と水月は考え直した。考えてみれば芽衣だって16歳なのだ。世間的にはまだ子どもなのだから、無理もないと言えば無理はないかと、水月は考え直した。
(同居する様になってから、掃除は考えよう。それより眠いんだけど……えっと私のベッドは……)と水月は部屋を見渡したが、シングルベッドがあるだけだ。

 芽衣は自分の部屋の汚さに気が付かないらしく、「さ、寝ようか?」と嬉しそうに聞いてきた。
「あーそうか、ベッドが1つしか無いんだった……一緒に寝る?」
 
 芽衣が嬉しそうに聞いてきたのもあったが、掃除機をかけていない固い床に寝るものもどうかという思いが、水月の中で交錯した。
「あ、ああ……まあそうだよね。うん、そうしようか……」

 シャワーをさっと浴びた後で、2人で一緒のシングルベッドで寝ることになった。
 2人の距離が近いこともあって、体温が温かい。
 水月は性的嗜好的にレズビアンやバイセクシャルというではないが、芽衣もそのようなので、何かが起こるという事は無かった。
 
 「泊まらせてくれてありがとう」水月はお礼を言った。
 「ううん、水月と一緒に寝られて、狭いけどちょっと嬉しいな」
 「どうして?」
 「いずれ分かると思うんだけどね。リターナーって、不老の存在って、正直なところ寂しい人生なんだよ」
 「……」水月は答えようがなかった。
 「そうだ。後で話すって言ってたっけ……私のあのマッサージの仕事……あれね……私の異能力を生かした仕事なの……」
 「異能力って……?」
 「……」
 返事は無かった。芽衣はそのまま寝てしまったらしい。
 起こすのも悪いので、水月もそのまま眠ることにした。
 異能力と聞いて、自分の下腹部……丹田で感じた力を思い出しながら。
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