雨の中の女の子

西 海斗

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第48話 決戦終結

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 『再演』によりトラウマで身動きがとれなくなったり、動揺して隙だらけになったリターナーを切り刻む。
 黒須としては何10回も繰り返して来た攻撃だった。

 黒須の中には、右腕を切断されて悲鳴を上げる藤原美貴の様子が、事前に想像できた。
 黒須は舌なめずりをしながら、上から斬撃を振り下ろした。それは正確なはずだった。

 しかし、その時に風の様に何かが交錯した。
 刀は空振りとなり、床に刺さる。

(何が起こった? 藤原はどこに行った? 『再演』の苦痛でまともに動けるはずがないのに?)

 辺りを見回すと、黒須の後方、約10メートルの位置に藤原美貴は半身で立っている。

(移動系の『異能力』か?)
 そうでも考えないと、理解しがたい状況だった。
 しかし『再演』を受けて、何回も『異能力』を連発する余裕もないはずだと、黒須は計算した。
 藤原美貴の顔も、憔悴している。
 うめき声は出していないが、立っているのもやっとの状態だろうと黒須は想像する。

 万が一、先ほどの移動の時に、何かされていたとしても、俺の身体には何の苦痛も無い。
 したがって何のダメージも受けていない。
 自分は苦痛を味わう事なく、一方的に相手に苦痛を与えて愉しむ。
 黒須のサディズムはそこにあった。

「斬撃を避けたのはお前が初めてだ。だがいつまで出来るかな?」
 床に刺さった刀を引き抜くと、再び上段の構えで黒須は刀を藤原美貴に向けた。

 舌なめずりをしたあと、今度は剣気を込めて、必殺の薩摩示現流の構えで、黒須は藤原美貴に突撃した。
 藤原美貴がバラバラにされるビジョンが、黒須の脳内に浮かんだ。

 しかし、前進した黒須の腹の部分が、下半身とずれる。
 そのまま黒須の上半身が下半身と離れた。
 そのままの勢いで、上半身は床に落下し、床に叩きつけられた。
 その衝撃で、右腕の肘がまるで切れ込みをしてあったかのように、分断された。

 切断面からシャワーの様に鮮血が飛び散った。
 黒須は、まるで悪夢でも見ているようだった。
 自分の肉体が切断されているのに、痛みというものが無いのだ。

 床に突っ伏した状態で、顔を上げて黒須は藤原美貴を見た。
 藤原美貴は、憔悴した感じはそのままに、日本刀を蹴り飛ばした。
 
 「俺に……何をした……?」黒須は本当にそれが不思議だった。
 「黒須。お前はもう助からない。だがせめて苦しまずに死ねるように、お前の痛覚をゼロにした。お前が奴隷にしている女性達がどこにいるのか話せ。話さなければお前は10倍の苦痛の中でもだえ苦しんで死ぬ」

 (痛覚操作……!)
 藤原美貴の言葉を聞いて、黒須は思いついた。
 そうだとすれば、藤原美貴がなぜ動けたのか、交錯した瞬間に攻撃を繰り出せたのかが理解出来た。
 おそらくその痛覚操作は、肉体的な苦痛だけではなく、精神的苦痛にも応用できるのだろう。
 それ以外に考えようがなかった。

 リターナーがいくら再生能力を持っているといっても、今の黒須の出血量からして、死ぬのは時間の問題だと黒須自身は理解していた。
「女たちは、シティメゾンの901、902、903に監禁している。901は俺の私室も兼ねているが……」
「そうか。入るための鍵はどこにある?」
「……俺の財布にカードキーがある。死んだ後で、好きにすればいいだろう」
「それとな藤原。先に言っておくが、『暁の明星』について俺に聞いても俺は答えられない。答えようとすれば自動的に俺は口封じにより死ぬ『異能力』をかけられている。お前が痛覚を10倍にしようが関係なくな。それだけは先に言っておく」
「分かった」

 黒須は、しゃべりながら、自分の意識が薄くなってきたのを感じた。出血が多すぎるのだ。
 最後に言いたい事は言っておこうと思い、自然に口が開いた。
「お前たちにとってみれば、おれはただのサディストでしかないだろうが……俺は女優の凪 陽子なぎ ようこの息子だ。母が芸能活動を続けていくための、生贄として俺は芸能界に入らされた。要するに俺は母に騙されて、男たちに回されて自殺した」
「それからだ。俺は母を殺し、女を罰することを始めたのは……。後悔はしていない。その何が悪い?」

 「……なるほど。凪 陽子なぎ ようこは私の好きな女優で、今でもファンなのだがな。だが、女優を続けていく中で、黒須お前を生贄に差し出した行為は、到底許されるものではない。その点と母に復讐した点については私も同情できる」
「ただ、お前が無関係な女性を犠牲にして加害した行為も、到底許されるものでは無いな。それと」
凪 陽子なぎ ようこ自身が、男が作り出した芸能界のシステムの中で、絡めとられていったとも考えられる。どこに剣を向けるのか。黒須、お前はそれを間違えたんだよ」

「女の説教なんぞ聞きたくない……」
 体をバラバラにされながら、藤原美貴の異能力で痛みを感じず、いわば温情によって生かされている。
 この状況は黒須にとって屈辱であると同時に、ある意味では藤原美貴の優しさを感じる不思議な時間だった。

(もっと他に生き方があったのだろうか……)床に突っ伏して、黒須は涙を流しながら、永遠の眠りに入っていった。

 藤原美貴は、黒須の死を確認し、財布を取得してカードを確認した。
 黒須は嘘はついていなかったらしい。

 藤原美貴はため息をついた。
 (私自身も……番頭や女衒、そして叔父。そして他にも何十人殺して来たことやら。師匠との出会いが無かったら、黒須の様になっていないと誰が言えるだろうか)

 気が付くと映画館の入り口が自動的に開いた。
 勝者のみが出られるシステムなのだと考え、入り口から外に出る。

 砂煙の様な視界となり、それが消えると、がらんとした11階と同じような部屋にいる事に藤原美貴は気づいた。

 芽衣に肩を貸している水月、千歳、真示が、そこにはおり、現れた藤原美貴を見て、心底嬉しそうに微笑み、藤原美貴を取り囲む。

「勝ったぞ。あとは得るものを得て、撤収だ」
 藤原美貴は猛禽類の迫力で、にやりと笑った。
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