雨の中の女の子

西 海斗

文字の大きさ
上 下
29 / 51

第29話 決戦準備9

しおりを挟む
 藤原社長は口を開いた。
「まず教祖だ。彼がリターナーであるという証拠はない。しかし『暁の明星』とのつながりや、御堂宗一の変化を考えても何かしらの特殊な異能力を持っていると考えている。今はこの程度でしか、憶測でしか答えることが出来ない。だが巨大新興宗教の組織の教祖として成功していることを考えると、精神操作系の異能力を持っていると考えるのが妥当だろうな」

 「そのため精神操作系に対しては感知能力に強い千歳。真相を暴く『強制自白』が使える真示。この二人のコンビで戦うつもりだ。乱戦になると思うが優先的に狙う相手はこのようになる」
「復習になるが、毒蛇使いの御堂宗一は水月と芽衣コンビ。教祖は朝日奈姉弟コンビ。そして『暁の明星』のリターナーは私が戦う」
「ありがとうございます。確かに相性を考えるとそうですね。『暁の明星』のリターナーの異能力の情報はあるんですか?」芽衣が再度尋ねた。

「そうだったな。これも憶測でしかない。そもそも『暁の明星』とは何を指すか知っているか?」
「いえ、知らないです」
「聖書で言う、堕天使ルシファーの事を指す。つまり天に歯向かう悪魔の軍団長のことを指している」
「そんな……中二病っぽくも聞こえますけど、つまりリターナーへの裏切りは確信犯的という事ですか」
 芽衣がゾッとした様に答えた。

「そうだな。私自身も過去に、『暁の明星』のメンバーと一度戦った事があった。まあ倒したからここに居られるわけだが。非常に嫌なタイプの異能力者だった」
「嫌なタイプと言うと……」
「女性を爆発物に変えることが出来るタイプの異能力者だった。全員を助けている余裕が無く、やむを得ず奴の処刑を優先したが、犠牲者が多く出てしまい、私の中でも非常に嫌な記憶として残っている」

「異能力は……リターナーの潜在意識が、力になって現われると教わりました。そいつ……相当歪んで腐ってますね」
 真示が眉間にしわを寄せて口を開いた。

「そうだな。吐き気がする。肝心の『暁の明星』のメンバーについて全貌は不明だが、他のリターナー組織の情報からも聞いていると、構成メンバーはリーダー含めて全員男らしい。それで全員女性差別主義……女性憎悪主義者だということらしい」

「女性憎悪主義者……親が女性に殺されでもしたんですかね」
 千歳が呆れたように言った。

「『暁の明星』のリターナーがいるというのは、確実なんですか?」
 水月が尋ねる。

「極めて信頼できる情報筋からだ。どこからとはまだ言えないがね。そいつは危険なため、私が1対1で戦う。だがもし私が敗北した場合」

「その場合だが副リーダーとして、千歳を任命する。そして戦いを継続せずに全員逃げろ。これは命令だ」

「……分かりました。あまり想像したくはないですが、その様にします」
 千歳は責任の重さを、改めて痛感せざるを得なかった。

「私たちはリターナーだ。生きていれば復讐戦も出来る。まずは生きてこそだ」
 藤原社長は、緊迫した雰囲気を和ますように、少し微笑んだ。

「以上が今日得た情報をまとめたものだが、あまり深く神聖千年王国本部の敷地内に侵入して、誰かが捕まっても非常に面倒なことになる。これ以上の内部の探索は、かえってこちらの侵入がばれる可能性もあるので、避けようと思うが、質問や異論などはあるか?」

「特に異論はありません。それで……いつ奇襲をしますか?」
 千歳が尋ねた。それは皆が聞きたいことだった。

「本部ビルにおいて、連中がまだ帰らず、一般人が帰宅している。もしくはし始めている時間。2日後の水曜日。夜19時に本部ビル11階~13階を奇襲する事を考えている。会議などの予定を確認しようとしてもブラックボックスらしく出てこない。どう思う?」

「連中だと真夜中も起きていそうな気もしますが、下手に帰られると厄介ですからね。良いと思います」
 真示が答えた。
「11階以上に、まともな職員がいる可能性も低いと思いますし、いても気絶させれば良いと思うので賛成です」
 千歳が答えた。
「良いと思います。水曜日ならまだ準備が出来ますし。沙羅はどうしますか?」
 芽衣が尋ねた。
 
「連れていく訳にもいくまい。ここで留守番をしてらおうと思っている。それから水月」

「はい」
「水月は異能力の最終的な調整を行う。後で私と1対1でな。芽衣は治療の準備をしておくように」

 水月に緊張が走った。だが確かに自分で自分の異能力を把握していなければ、今回の作戦で足を引っ張ってしまうだろう。
「……分かりました。よろしくお願いします」
 意を決して、そう答えるしかなかった。

「では他に異論が無ければ、会議は終了とする。何か新たな情報が入ったり、何か意見があればいつでも連絡するように」
 藤原社長の声で、会議は終わった。

「水月と芽衣は空手着に着替えて4階に来るように」
 藤原社長の言葉は、最初は恐怖にしか聞こえなかった。
 しかし今は師匠として、導いてくれる方として、水月は恐怖もあるが尊敬の念も持って聞けるようになった。

 
 場所は変わり、4階のトレーニングルーム。
 ここに居るのは、水月、藤原社長、芽衣の3人である。
 3人とも空手着を着ている。

 3人で柔軟をして、基本的な突きや蹴りの流れを一通り行う。
「正拳突きが早いな。自分で習得したのか?」
「いえ、芽衣が教えてくれたんです。肩の力を抜いて、丹田を意識して突く様にって」
「なるほど。さすが参段だな」
 藤原社長から言われて、芽衣は嬉しそうだった。

「それでは、最終調整を行う。水月」
「はい」
「私を、お前の父親だと思って、殺すつもりで攻撃してこい」
「来なければ、私からいく」
「芽衣、今日は時間を測らなくて良い。水月が戦闘不能になった時点で終了だ」
「はい……」
 芽衣の中に不安がよぎる。でも水月にはこれを通して異能力の効果的な使い方を身に着けて欲しい。その気持ちで胸がいっぱいだった。

 水月は、奇妙に落ち着いていた。痛いのはずいぶんと経験したし、これからの方が多いと思う。
 しかしそれより、こうして自分を弟子として、鍛えてくれる師匠と出会えたことが嬉しかった。
 不思議な充実感とありがたみがあった。
 おそらく死ぬほど痛い時間だろう。でもここで自分の異能力の使い方をつかみ、そして藤原社長に報いたい。その気持ちがわいて来た。
 無意識に、水月の丹田を中心に力が集まりつつあった。

「では開始」
 藤原社長の初めの言葉により、最終調整が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王命を忘れた恋

水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...