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第12話 事件と試験
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物騒な言葉を聞きながら、水月は青い顔をしていた。
それにしても、「痛めつける」というのは何なのだろう。
水月がぶちのめした用心棒の代わりに、水月にこの風俗店のクソ客を追っ払う仕事をさせようというのだろうか。
そのために鍛えると……?
その鍛えることを通じて、水月の『異能力』を発動させようとしているのだろうか。
水月の頭の中はグルグルと回ったが、ただ藤原社長がなんかしらの方法で「痛めつける」ことを楽しみにしていることを考えると、正直恐怖しか無かった。
気分転換をしたくて、芽衣の部屋のテレビを付けて良いか聞くと、「いいよー」と言われたので、テレビを付けてみる。
見たかったのはお笑いや料理番組ではなく、ニュース番組だ。
水月にとっては、家出した家で、水月が殺した父親の遺体が、発見されたのか。それだけは毎日チェックしなくてはならないことだった。
水月の表情がこわばる。
ニュースはまさに、水月の家をテレビが映していたからだ。
(こんなに早く発見されたのか……?)と水月が見ていると、家の庭を警察官が捜索している様子が映し出されており、父の遺体を埋めた場所も、掘り起こされて映し出されていた。
ただ、驚いたのは、レポーターのコメントだった。
「御覧の様子で、父親と娘さんが行方不明になっております。警察は新興宗教を巡って何かトラブルがあったのではないかと考えて、捜査をしています」とレポーターは解説をしていた。
(父の遺体はなぜ発見されていない? まさか父も蘇生したのか? 誰かが見ていて持ち去った? でも何の目的で?)
テレビ画面には父の遺体を埋めた場所が掘り起こされている箇所が映っていた……。
これが何を意味するのか。父が自力で蘇生したのか。藤原社長の話では、リターナーとなるのは子どもだけという事だったが例外もあるのか。
考えれば考えるほど、不可解な事だった。
ただ、ご丁寧に行方不明者としてテレビに水月の顔と名前が出てしまった以上、うかつに動き回る事は、警察に通報されてしまう事を意味する。
それがたとえ親切心からだとしてもだ。
水月はこれからは外出する時、帽子とサングラスは必須だと考えた。復讐心に燃えた父が、水月を探しに来る可能性があるとも考えた。
確か父が支部長をしていた新興宗教団体は、大阪に本部があるはずだ。
「捕まるよりはマシよね。マシだよね」
水月はつぶやいた。それは自分自身を納得させるような言葉だった。
場所は変わり、ここはヴィーナス俱楽部ビルの4階の部屋である。
20畳ほどのスペースがあり、一面は鏡になっている。
一見、ダンススタジオのようにも見えなくない。
ここにいるのは、水月、芽衣、そして藤原社長の3人だ。
時刻は15時。水月は先ほど藤原社長の社長室に行き、「ヴィーナス倶楽部で働かせて下さい」と話をした。
その際に、売春以外の仕事であるとも確認をした。
藤原社長は、猛禽類の様な迫力で、嬉しそうに微笑んだ。
「その言葉を待っていた。御堂。君にはこのヴィーナス俱楽部での用心棒をしてもらう。ちょうど2人の男をクビにしたのでね」
そのクビにした男達は、水月がぶちのめした男達だった。
「さて、御堂。その2人の男たちをぶちのめした事については、春田から報告を受けているから、君のある程度の格闘の実力は知っているつもりだ」
「しかし、ここで働くということであれば、入社試験を受けてもらう」
藤原社長は薄く笑った。これが15分前にされた会話だった。
そして今、3人は4階のこの20畳の部屋にいる。
「御堂。格闘技の経験はあるか?」藤原社長は尋ねる。
「……ありません」と正直に答える水月。
芽衣は二人の話を黙って、心配そうに聞いている。
「それなら運動経験は?」
「……それもありません」と水月は答える。下手な嘘はすぐにばれると直感的に感じたからだ。
「ふむ……」と藤原社長はうなずいた。
藤原社長の服装は、以前と同じ、白いシャツと黒いパンツだった。
対する水月は、トレーナーとGパンという格好だ。
「分かった」と藤原社長は、靴と靴下を脱いで裸足になった。
それに合わせて、水月も靴下とスニーカーを脱ぐ。
「御堂。これから君がウチの用心棒として使えるのか入社試験を行う。私に対して素手、素足で攻撃をしてこい。あの2人をぶちのめした力を私に対して使い、私を納得させること。これが入社試験の合格の条件だ。春田は時間を測れ。試験時間は2分。春田は1分と最後30秒をカウントしろ」
芽衣は「分かりました」と答える。その声には緊張が混じっていた。
「それでは試験開始」藤原社長は言ったあとすぐに半身になり、構えた。
水月にとっては、最悪の状況だった。
用心棒2人を倒したのは事実だ。
しかしあれは反撃として行った事であり、父も殺したが、あれも反撃だった。自分から攻撃をすることを、水月は想定していないのだ。
だからと言って、時間制限がある一方で、消極的な姿勢を見せるのも、藤原社長にマイナス印象だろう。
あまり考えている時間はないと水月は考え、とにかく藤原社長の顔にめがけて、パンチを繰り出した。
しかしそのパンチは、藤原社長には届かない。
水月には間合いすらよく分かっていない。間合いを読まれているせいか、水月のパンチはかすりもしない。
芽衣は立場上、中立でこの場を見るしかなく、アドバイスなど出来ない分だけ、水月の拙さが心配でたまらなくなってきた。
藤原社長は、軽く左に動いたあと、ノーモーションから水月のみぞおちに、前蹴りを蹴る。一流の空手家の動きだった。
「ぎゃううう!」
みぞおちに藤原社長の前蹴りを受けた水月は、後方に5メートル吹っ飛んで倒れ、口から嘔吐する。激痛に気を失わないのが、水月自身が不思議なくらいだった。
「うおおえうっ……」と吐いている水月の傍。間髪入れずに藤原社長が距離を詰め、水月の顔面に蹴りを入れる。にぶい音がした。
思わず、芽衣は目をそらしてしまったが、きちんと見直す。水月がやられているであろうと思われたその蹴りに、水月は右腕を入れて、ガードをしていたのだ。
「1分経過!」芽衣は叫んだ。
そのまま水月は後ろにゴロゴロと転がり、不格好ながら床を叩いて、その反動で立ち上がった。藤原社長の蹴りをガードした右腕はどうやら折れたらしく、ガードしても衝撃は顔に伝わった様で水月の鼻からは鼻血が出ていた。
(これはスポーツの試合じゃない……)
みぞおちのダメージ。まだ治まらない嘔吐。とめどなく出てくる鼻血。折れて激痛の右腕。こんな絶望的な状況にありながらも、水月はまた丹田に力を感じていた。
鼻血から吸える酸素が減っているのにも関わらず、集中力が増してくるように感じる。
(私は手だけでパンチを打っていた。足も踏み込まなければ届くはずがない。それにもう体も限界だ。それなら)
水月はだらっとした感じで、全身脱力をした。
それは構えている藤原社長から見れば、まるで隙だらけの様に見えた。
(水月、何を考えているの?)と芽衣は不安が絶頂に達しながらも、うわずった声で叫ぶ。「あと30秒!」
その瞬間、水月はダッシュし、間合いを詰めた。
脚力には自信があったのだ。
計算していたのだろう。藤原社長は上段前蹴りでカウンターを水月の顔面を狙って蹴る。
しかしそれは水月も計算に入れていた。折れてしまってもう使い物にならない右腕でそれを受け、軌道をずらす。痛みなんてどうでも良い。
そして接近! 水月は胃液を藤原社長の目に向けて口からプッと飛ばした。
一瞬で良い。社長の気がそらされれば。
「うわああ!」
叫びながら水月はまだ無事な左腕で、パンチを藤原社長の顔面に向けて繰り出す。
顔面に当たる直前だった。
藤原社長の回し受けによって、水月の左腕は弾かれた。そのまま水月は腕を起点にして投げ飛ばされて、背中から床に叩き付けられた。
痛みと衝撃で声すら出ず、意識が遠のいていく。
そのまま倒れている水月の喉に、社長の足が命中し、水月はそのまま完全に気絶した。
芽衣は「時間です……」とかろうじてはっきり宣言した。
藤原社長は、ハンカチを出して自分の顔を拭いたあと、しゃがんで水月の呼吸があることを確認し、ふふっと笑い出した。
「春田。治療してやりなさい。しかし私に受けを使わせるとは、随分と面白い奴だな。これで格闘技経験がないというのだから、陰陽流を教えたらどれくらい化けるのだろうな」
「社長。全力で治療します。あの……水月は合格なんでしょうか?」
「当たり前だ。面白くなるぞ。しかしかなり面白い『異能力』だな」
芽衣は藤原社長がこんなに機嫌よく笑っている姿を、初めて見たのだった。
それにしても、「痛めつける」というのは何なのだろう。
水月がぶちのめした用心棒の代わりに、水月にこの風俗店のクソ客を追っ払う仕事をさせようというのだろうか。
そのために鍛えると……?
その鍛えることを通じて、水月の『異能力』を発動させようとしているのだろうか。
水月の頭の中はグルグルと回ったが、ただ藤原社長がなんかしらの方法で「痛めつける」ことを楽しみにしていることを考えると、正直恐怖しか無かった。
気分転換をしたくて、芽衣の部屋のテレビを付けて良いか聞くと、「いいよー」と言われたので、テレビを付けてみる。
見たかったのはお笑いや料理番組ではなく、ニュース番組だ。
水月にとっては、家出した家で、水月が殺した父親の遺体が、発見されたのか。それだけは毎日チェックしなくてはならないことだった。
水月の表情がこわばる。
ニュースはまさに、水月の家をテレビが映していたからだ。
(こんなに早く発見されたのか……?)と水月が見ていると、家の庭を警察官が捜索している様子が映し出されており、父の遺体を埋めた場所も、掘り起こされて映し出されていた。
ただ、驚いたのは、レポーターのコメントだった。
「御覧の様子で、父親と娘さんが行方不明になっております。警察は新興宗教を巡って何かトラブルがあったのではないかと考えて、捜査をしています」とレポーターは解説をしていた。
(父の遺体はなぜ発見されていない? まさか父も蘇生したのか? 誰かが見ていて持ち去った? でも何の目的で?)
テレビ画面には父の遺体を埋めた場所が掘り起こされている箇所が映っていた……。
これが何を意味するのか。父が自力で蘇生したのか。藤原社長の話では、リターナーとなるのは子どもだけという事だったが例外もあるのか。
考えれば考えるほど、不可解な事だった。
ただ、ご丁寧に行方不明者としてテレビに水月の顔と名前が出てしまった以上、うかつに動き回る事は、警察に通報されてしまう事を意味する。
それがたとえ親切心からだとしてもだ。
水月はこれからは外出する時、帽子とサングラスは必須だと考えた。復讐心に燃えた父が、水月を探しに来る可能性があるとも考えた。
確か父が支部長をしていた新興宗教団体は、大阪に本部があるはずだ。
「捕まるよりはマシよね。マシだよね」
水月はつぶやいた。それは自分自身を納得させるような言葉だった。
場所は変わり、ここはヴィーナス俱楽部ビルの4階の部屋である。
20畳ほどのスペースがあり、一面は鏡になっている。
一見、ダンススタジオのようにも見えなくない。
ここにいるのは、水月、芽衣、そして藤原社長の3人だ。
時刻は15時。水月は先ほど藤原社長の社長室に行き、「ヴィーナス倶楽部で働かせて下さい」と話をした。
その際に、売春以外の仕事であるとも確認をした。
藤原社長は、猛禽類の様な迫力で、嬉しそうに微笑んだ。
「その言葉を待っていた。御堂。君にはこのヴィーナス俱楽部での用心棒をしてもらう。ちょうど2人の男をクビにしたのでね」
そのクビにした男達は、水月がぶちのめした男達だった。
「さて、御堂。その2人の男たちをぶちのめした事については、春田から報告を受けているから、君のある程度の格闘の実力は知っているつもりだ」
「しかし、ここで働くということであれば、入社試験を受けてもらう」
藤原社長は薄く笑った。これが15分前にされた会話だった。
そして今、3人は4階のこの20畳の部屋にいる。
「御堂。格闘技の経験はあるか?」藤原社長は尋ねる。
「……ありません」と正直に答える水月。
芽衣は二人の話を黙って、心配そうに聞いている。
「それなら運動経験は?」
「……それもありません」と水月は答える。下手な嘘はすぐにばれると直感的に感じたからだ。
「ふむ……」と藤原社長はうなずいた。
藤原社長の服装は、以前と同じ、白いシャツと黒いパンツだった。
対する水月は、トレーナーとGパンという格好だ。
「分かった」と藤原社長は、靴と靴下を脱いで裸足になった。
それに合わせて、水月も靴下とスニーカーを脱ぐ。
「御堂。これから君がウチの用心棒として使えるのか入社試験を行う。私に対して素手、素足で攻撃をしてこい。あの2人をぶちのめした力を私に対して使い、私を納得させること。これが入社試験の合格の条件だ。春田は時間を測れ。試験時間は2分。春田は1分と最後30秒をカウントしろ」
芽衣は「分かりました」と答える。その声には緊張が混じっていた。
「それでは試験開始」藤原社長は言ったあとすぐに半身になり、構えた。
水月にとっては、最悪の状況だった。
用心棒2人を倒したのは事実だ。
しかしあれは反撃として行った事であり、父も殺したが、あれも反撃だった。自分から攻撃をすることを、水月は想定していないのだ。
だからと言って、時間制限がある一方で、消極的な姿勢を見せるのも、藤原社長にマイナス印象だろう。
あまり考えている時間はないと水月は考え、とにかく藤原社長の顔にめがけて、パンチを繰り出した。
しかしそのパンチは、藤原社長には届かない。
水月には間合いすらよく分かっていない。間合いを読まれているせいか、水月のパンチはかすりもしない。
芽衣は立場上、中立でこの場を見るしかなく、アドバイスなど出来ない分だけ、水月の拙さが心配でたまらなくなってきた。
藤原社長は、軽く左に動いたあと、ノーモーションから水月のみぞおちに、前蹴りを蹴る。一流の空手家の動きだった。
「ぎゃううう!」
みぞおちに藤原社長の前蹴りを受けた水月は、後方に5メートル吹っ飛んで倒れ、口から嘔吐する。激痛に気を失わないのが、水月自身が不思議なくらいだった。
「うおおえうっ……」と吐いている水月の傍。間髪入れずに藤原社長が距離を詰め、水月の顔面に蹴りを入れる。にぶい音がした。
思わず、芽衣は目をそらしてしまったが、きちんと見直す。水月がやられているであろうと思われたその蹴りに、水月は右腕を入れて、ガードをしていたのだ。
「1分経過!」芽衣は叫んだ。
そのまま水月は後ろにゴロゴロと転がり、不格好ながら床を叩いて、その反動で立ち上がった。藤原社長の蹴りをガードした右腕はどうやら折れたらしく、ガードしても衝撃は顔に伝わった様で水月の鼻からは鼻血が出ていた。
(これはスポーツの試合じゃない……)
みぞおちのダメージ。まだ治まらない嘔吐。とめどなく出てくる鼻血。折れて激痛の右腕。こんな絶望的な状況にありながらも、水月はまた丹田に力を感じていた。
鼻血から吸える酸素が減っているのにも関わらず、集中力が増してくるように感じる。
(私は手だけでパンチを打っていた。足も踏み込まなければ届くはずがない。それにもう体も限界だ。それなら)
水月はだらっとした感じで、全身脱力をした。
それは構えている藤原社長から見れば、まるで隙だらけの様に見えた。
(水月、何を考えているの?)と芽衣は不安が絶頂に達しながらも、うわずった声で叫ぶ。「あと30秒!」
その瞬間、水月はダッシュし、間合いを詰めた。
脚力には自信があったのだ。
計算していたのだろう。藤原社長は上段前蹴りでカウンターを水月の顔面を狙って蹴る。
しかしそれは水月も計算に入れていた。折れてしまってもう使い物にならない右腕でそれを受け、軌道をずらす。痛みなんてどうでも良い。
そして接近! 水月は胃液を藤原社長の目に向けて口からプッと飛ばした。
一瞬で良い。社長の気がそらされれば。
「うわああ!」
叫びながら水月はまだ無事な左腕で、パンチを藤原社長の顔面に向けて繰り出す。
顔面に当たる直前だった。
藤原社長の回し受けによって、水月の左腕は弾かれた。そのまま水月は腕を起点にして投げ飛ばされて、背中から床に叩き付けられた。
痛みと衝撃で声すら出ず、意識が遠のいていく。
そのまま倒れている水月の喉に、社長の足が命中し、水月はそのまま完全に気絶した。
芽衣は「時間です……」とかろうじてはっきり宣言した。
藤原社長は、ハンカチを出して自分の顔を拭いたあと、しゃがんで水月の呼吸があることを確認し、ふふっと笑い出した。
「春田。治療してやりなさい。しかし私に受けを使わせるとは、随分と面白い奴だな。これで格闘技経験がないというのだから、陰陽流を教えたらどれくらい化けるのだろうな」
「社長。全力で治療します。あの……水月は合格なんでしょうか?」
「当たり前だ。面白くなるぞ。しかしかなり面白い『異能力』だな」
芽衣は藤原社長がこんなに機嫌よく笑っている姿を、初めて見たのだった。
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