雨の中の女の子

西 海斗

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第7話 接近

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 水月は二駅先にタクシーで移動しコンビニで食事を買い、ラブホに入る。ラブホの管理者はいるようだが、帰りに清算すれば良いらしく、水月が一人で入ろうが特に何も問題無く入る事が出来た。
 水月にとってラブホは初めてだった。

 やたらでかいダブルベッド。二人でゆっくり入れるサイズの浴槽。大きなテレビモニターがあり、アダルト動画が観られるようになっている。
 洗面化粧台は広く作ってあり、この化粧台だけは水月は気に入った。

 とりあえず、広い浴槽にお湯を張り、水月はゆっくりと体を伸ばした。
 思えば夜行バスで博多から移動して、1日中仕事を探して、さっきは2人のヤクザを倒して来たのだ。休む暇もなかったと、水月は改めて感じた。
 浴槽につかりながら、父に鞭で打たれた箇所を確認する。
 あの時は左足を特に酷く打たれて、皮膚と肉が裂けていたのだが、かさぶたが頑丈に出来ていて、風呂に入っても痛みがない。

 蘇生した後、水月の家にあった適当な消毒薬を付けて、大きい絆創膏をはって雑にテーピングした程度だったのだが、よくこれで済んだと思う。
 浴室から出て、洗面化粧台の鏡で、背中の部分も確認する。背中の部分からを鞭で打たれて気絶したので、酷い傷跡が残っていると思ったが、思いの外、跡はあるものの薄くなってきている。
 (治りが早すぎない……?)と水月は感じた。
 喜ぶべきことなのかも知れないが、違和感があった。
 ため息をつきながら、洗面所にあるガウンを着て、テーブルに座り、コンビニで買ってきたツナのおにぎりとタラコのおにぎりを食べる。
 冷えたウーロン茶を飲み、アイスを食べた。
 そう言えば何だかんだ言って、食事をするのを忘れていたので、博多を出てからまともに食事をしたのは、これが初めてだった。

(大阪に来てまで、コンビニ食か)と、水月は思わず苦笑したが、空腹だったせいかそれでも美味しく感じた。ウーロン茶も一気に飲んでしまった。
 一息ついて、ようやく落ち着いてきた。
 仕事も住む場所も決まらないが、それはまた明日考えようと水月は思った。
 (そう言えば……)
 もう一度洗面化粧台に行き、ガウンを脱いで自分の身体を鏡で確認してみる。水月が危機から逆転した時に、下腹部に力を感じたのだ。その場所を鏡に映して確認してみる。
 (この辺りかな)へその下4センチメートルぐらいの場所だった。ここに力が集まるイメージだったのだ。
 スマホで調べてみると、丹田という部分だった。スポーツ選手や武道家は、この部分を意識する事でパフォーマンスを発揮する事が出来るらしい。健康法や呼吸法などもあり、第二チャクラと呼ばれていることも分かった。
 しかし……水月は考えた。自分は全く運動や武道などとは無縁の人生を送って来たのに、何でこんな力が急に目覚めたのだろうかと。

 考えても答えは出てこなかった。
 テレビを付けて観る。AVのチャンネルばかりが並んでいるのを避けて、普通のチャンネルを観る。見たかったのは、父の遺体が発見されたかどうかだ。幸いニュースとしては出ておらず、そのまま画面を操作して検索してみるが、まだ父の遺体が発見された様子は無い。

 水月はため息をついて、お茶を作って飲み始めた。
 まだ見つかっていなくて良かったという安堵と、毎日このことを確認しなくてはならないという現実を考えてしまう。
 明日は仕事が見つかるのだろうか。
 仕事が見つかったとして、父の遺体が見つかったらどうなるのか。
 どうしてもこの思考のループが回って来て、頭から離れなかった。
 
 今考えても仕方がない。過去は変えられない。
 水月は、バッグから熊のぬいぐるみを取り出し、「アスカ」と名付けることにした。
 自分を最後まで守ろうとしてくれた友達の名前だ。
 ぬいぐるみに守って欲しいとは思わない。だけど寝る時ぐらいは抱いておきたかった。肌触りが気持ち良い。

 明日からまた辛い現実にぶつからないといけない。
 だからせめてそれまではゆっくりさせて欲しい。
 水月はアスカをぎゅっと抱きしめると、一人で寝るには大きすぎるダブルベッドで寝息を立て始めた。
 その姿は、ヤクザ相手に大立ち回りをした姿からは想像できないくらい、普通の17歳の少女の寝姿だった。

 朝になり、シャワーを浴びて、入り口のドア付近についている自動精算機で清算をして出る。

 水月はラブホから1人で出てから、(永久に自分にはラブホを楽しめるような日は来ないんじゃないか)と考えていると、荷物も多少重く感じた。
 なんとか気持ちを切り替えて、今日はハローワークを中心に回ってみたが、結果は散々だった。
 仕事どころか、福祉関係の事務所を紹介される始末だった。
 水月にしてみたところで、父親を殺していなければ福祉を頼りたかった。
 一体福祉とは何なのだろうかと、水月は考えてしまった。
 
 
 今夜もどこかのラブホに泊まるしかないかと考えて、チェーン店のファストフードの店で定食を食べて歩いていると、後ろから光を感じる。
 どうも後ろからスクーターがずっとついて来ているのだ。
 一定の距離をとりながら接近しては止まったり、他の道を迂回したりはしているが、後ろ100メートルくらいは維持したまま居る事が分かる。

(きのうのヤクザの仲間だろうか)と水月は不審に感じた。
 報復として暴力団事務所にでも拉致されたら、さすがに困るのだ。
 
 水月はため息をつき振り返る。
 今、道路には水月とそのスクーターしかいない。確認して水月はスクーターの方向に向かってダッシュした。
 スクーターの運転手は驚いたようで、判断がつかない様子だった。どうにか方向転換をしてこの場を立ち去ろうとした時には既に遅く、水月に左腕を掴まれていた。
 そのまま水月は相手を観察する。
 いきなり投げ飛ばさなかったのは、相手が女性だったからだ。
「アンタは何? ずっと私を付けてきて」
 水月としては、父を殺したことで、警察や新興宗教の追手が来ている可能性もあったため、気が立っていたというのもあった。
 女性はスクーターのエンジンを切った。

「ちょっと待って! やりあう気は無いの!」
 その女性はヘルメットを外した。
 金髪の髪と、二重まぶたで、おそらく年齢は水月と同じ17歳くらいの少女だ。
 敵意の無い様子は水月にも分かった。
 「でもそれなら、なぜ私を尾行した?」
 水月としては当然の疑問だった。
 「それは……上からの命令だったから」
 (上? 上って何?)
 水月の疑問をそのままに少女は続ける。

「貴方。最近死んだでしょ?」
 金髪の少女は、心底嬉しそうに微笑んだ。
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