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僕の愛しい廃棄物
しおりを挟む電車を乗り継いでおよそ二十五分、日も傾き始めた歓楽街にはちらほらと人の影が目立つようになっていた。これから出勤に向かうらしい着飾った男女や、あてもなくふらふらと彷徨う若者が夜の空気を運びはじめている。
はたと思い出して鞄から携帯電話を取り出すと、画面の端には届いたばかりのメッセージが表示されていた。画像が添付されているらしい。端に表示される名前を見ると、急激に気分が重くなる。嫌でもこれから顔を合わせる相手だ。今日こそは何事もなく終わればいいと、叶うはずもないことを願う。
「……はあ」
思わず深いため息が出る。画面の中で気持ち良さそうに眠りこけているのは、僕の兄、和泉マコトだ。『今日はオフだから構ってあげてね』と短い文章が添えられている。言われずとも、既に通い慣れた高層マンションの前だ。メッセージを送ったのは彼の同僚か友人だろうか。どこの誰かも分からないが、十中八九事後だろうと思うと、やけに胃がむかむかした。
普段であれば兄さんのマンションになんか絶対に近寄らない。しかし月に一度、僕には親から預かった封筒を兄さんに届ける仕事がある。中身は数枚の紙幣だ。
兄さんは実家を追われている。小学生の頃、僕は兄さんにレイプされた。それから日常的に性的接触が行われ、僕が中学受験を控えた年、両親に見つかって兄さんは勘当された。今思い出しても、最悪な事件だった。兄さんは元々どこか壊れた人だったが、あの日以来、坂道を転がるようにみるみるうち人間のクズへと成り下がっていったし、家族はいとも簡単に『和泉マコト』という人間がこの家にいた事実を消してしまった。しかし厳格な父さんはともかくとして、母さんは今頃になって手元を離れた息子への未練を感じているらしい。兄さんも十分な稼ぎがあるし、家族の縁を切られた時点で和泉家と兄さんは赤の他人も同然だというのに、母さんだけは情を完全に捨てることができないでいる。こうして月に一度金を届けさせることで、繋がりを確認しなければならなかった。その重要な役割を任されているのが僕なのだ、よりにもよって。
僕が高校三年生になった今、二十三歳の兄さんは身体を売って生活している。売り専や出張ホストというらしい。男も女も相手をするらしいが、デートをするだけなんて可愛らしい話ではない。兄さんの貞操観念は固まりきっていないプリンみたいにゆるゆるだ。金が貰えるならばなんでもしてしまう。とくにセックスをすればただのデートよりも稼げるため、兄さんは喜んで赤の他人と寝る。馬鹿だから相手がヤクザだろうと人妻だろうと関係ない。病気を貰っていないことだけが幸いというか、運がいいと思う。
会いたくないなあ。自然とまたため息が洩れる。しかし金を持たされたまま帰るわけにもいかず、仕方なくマンションのホールに足を踏み入れた。兄さんから渋々受け取った合鍵を使い、厳重なセキュリティに守られた中へと進んでいく。合鍵もあくまでも有事のためであって、断じて本意ではない。まるで自分の意思でここを訪れているような気になるが、この封筒を渡すという重要な役目があるから致し方ないことだ。
鏡張りで落ち着かないエレベーターを降りると、目の前から整った顔立ちの男が歩いてくる。男は僕の姿に気付くと目元を優しく細め、ひらりと白い手を翳した。軽く頭を下げてすれ違うと、系統の違ういくつかの香りが漂う。その中にはよく知る香水の匂いもあった。大嫌いなにおいだ。
言葉を交わすでもなく、去っていく背中を見送り目的の扉の前に立つ。ここで引き返してもよかったが、鞄の奥にしまい込まれた封筒の存在が僕の背中を押した。仮にも僕は母さんから大切な役目を任されているのだ。確かにいくらでも言い訳のしようはあるかもしれないが、できれば嘘は吐きたくないし、悲しませたくもない。届けるべきものは届けたかった。
合鍵を使い中に一歩足を踏み入れると、不気味な静寂に出迎えられる。いつもなら玄関に積み上がったゴミ袋があるが、恐らく先程の男が片づけていったのだろう。廊下に洗濯物が脱ぎ捨てられていることも、酒瓶が転がっていることもない。いつもなら僕がそれらを片付けているが、今日は何もしなくてよさそうだ。拍子抜けするような、よく分からない気分である。
こころなしか重い寝室の扉を開けると、途端に甘ったるい人工的な匂いに出迎えられた。なにか別の匂いを消すために撒かれた芳香剤と、二種類の香水だ。広いベッドには全裸のまま寝こけている兄さんの姿があった。シーツをくしゃくしゃに抱きかかえ、まるで赤子のような姿勢で丸くなっている。
寝ているなら起こす理由もない。得体の知れない薬の残骸が転がるナイトテーブルに封筒を置くと、用は済んだとばかりに踵を返す。……つもりだった。
足を踏み出すより早く、背後から強い力で腕を引かれる。突然のことで抵抗する間もなく、一瞬のうちにベッドの中へ引きずり込まれてしまった。目を白黒させる僕の背中に良く知った腕が回される。
「ちょっ、やだって……」
「カナトぉ……カナトのにおいがする……」
どうにかして兄さんの腕から逃れようと試みるが、力ではどうしても叶わない。あれよあれよと言う間に服を剥かれ、柔らかなベッドに組み敷かれる。このままではまずいと思ってもろくに抵抗できない。肩を押し返そうとすれば、両手を捻りあげられて頭上で一纏めに拘束されてしまった。
「ひっ、やだ、……っんぐ」
柔らかなものが唇に押し当てられる。熱い舌が口内に捻じ込まれ、無遠慮に荒らしていく。流し込まれた唾液を成すすべなく飲み下すと、不思議と下腹の奥がじんと熱くなった。何度も何度もしつこく舌を吸われ、歯の裏から上顎までまんべんなく嬲られる。腰に回された手が下着の中に潜り込んできても、突き飛ばして逃げることもできなければ、舌を噛んでやることさえ出来ない。
「腰動いてる、かわいいな」
「ひっ」
脚の間にもぞりと手が這わされ、付け根の際どいところを撫で摩る。意志とは関係なく腰が揺れ、まるで強請るように甘い息がこぼれた。やめて欲しい一心のはずが身体は違う。意志とは正反対をいく自分の身体が疎ましい。
「っさわらないで」
「気持ちいいことしよう、な? カナトも好きだろ」
腰を上げろと、耳を軽く食まれながら囁かれる。抵抗もできないまま、最後の砦だった下着も取り払われた。なぜ従ってしまうのだろう。僕だって分からない。兄さんとのセックスは幼い頃から刻まれてきた習慣のようなものだ。もうどれだけ体を重ねてきたか分からない。だとしても高校生にもなってされるがままの自分は異様だ。抵抗するすべはあるはずなのに、どうしてだか上手く逃げられない。
「あっ……! やだ、さわらな、あっ、ひん、ンッ、ん」
ぐちゅぐちゅと音を立てながら陰茎を擦りあげられ、まるで栓がこわれたように先走りが溢れ出す。立てた膝が情けなく震え、無意識に腰が浮いた。そのつもりはなくとも兄さんの手に擦り付ける形になり、耳元で低く笑われる。その声が鼓膜を伝って神経を痺れさせた。腹の奥にある何かが、きゅんと切なく疼くのを感じる。
「ぁ、あ、だめ、ちがう」
「うんうん気持ちいいな。可愛いよカナト」
こんなことをしに来た訳ではないのだと訴えても、兄さんは一切聞く耳を持たない。このままでは確実に流される。逃げようともがく手足は虚しくシーツに皺を刻むだけで、快楽の責め苦からは逃れられない。
「は、だめ、ほんとやだ、あ、ぁ、でるっ、でるからぁ! おねがい、あ、ひっ、んんっ」
兄さんの指が先端の弱い所を強めに擦ると、目の前にちかちかと火花が散る。ほんの一瞬意識がブラックアウトし、次に気付いた時には絶頂の余韻が全身を支配していた。必死で呼吸を整えながら、少しでも兄から距離を取ろうとするが、逃げ場のないベッドの上では無意味だ。無意識に揺れる腰を撫で擦られ、やわい尻の肉を割り開かれる。何をされるのかは分かったが逃げる意志は捻じ伏せられていた。
「ふ、ぐ、ぅう」
「ん、気持ちよかったな。もっとよくなろうな?」
まるで子供をあやすように耳元で囁かれ、背筋を甘い痺れが走る。尻の間に濡れた指が添えられると、力を抜く暇もないまま一気に突き立てられてしまった。根元まで埋められた指が中でぐいと大きく折り曲げられる。狭いそこを押し広げるように何度もぐにぐにと掻き回され、自然と腰が浮いていった。
「ひぃっ、ゆびやだ、ぬいてっ、ぬいてよおっ!」
「うんうん。気持ちいいよなぁ」
「ちがうって、っあう!」
逃げようとする腰は兄さんの腕で引きずり戻され、中を探る指を容赦なく増やされる。腹側に向かって折り曲げた指でとんとんと強く叩かれて、電流めいた快楽が神経を駆け巡った。
「は、ぁ、あぁあ! や、も、やめぇっ! か、帰るっ、ぼくかえる、からっ」
「帰んなよ、ずっとここに居ればいいじゃん」
屈したくないという気持ちとは裏腹に、今更抵抗する意味などあるのだろうか、気持ちいいなら構わないじゃないかと、頭の片隅で考えてしまう僕がいる。兄さんを押し退けようとしていた手はただ縋りつくだけになり、否定の言葉も弱々しく掠れていく。中を広げられながらばらばらに掻きまわされる感覚は、兄さんを拒絶する気持ちをいとも簡単に奪っていくほど、気持ちがよかった。
「ふ、ぅ、う、あぁ、あっ……」
「ほらカナト、なあ、よく見て、俺の入るから。な? 嬉しいよな。すげえ嬉しそうだもん」
指が引き抜かれて間もなく、熱いものが太腿に擦りつけられる。それはつい先程まで使っていたのだろう、白濁で酷く汚れていた。吐きそうになって顔を背ける。そんな僕の反応なんて兄さんは気にも留めてくれない。焦らすように際どいところを行き来され、どうでもいいから早く、と口が滑りそうになった。喉元まで出かかった言葉を慌てて飲みこみ、両手で口を覆い隠す。それでも鼻から抜けるような甘えた吐息は隠せない。
「なあちゃんと見てろってば、寂しいじゃん。俺はさあ、レイプしてる訳じゃないんだ。俺とカナトはセックスしてるんだよ、セックス。な?」
「や、だ……!」
頬に添えられた手を払い退け、湿った枕に顔を押し付ける。暗く閉ざされた視界の中で、兄さんの呆れた溜息が聞こえた。
「あんまり我が儘言うとお兄ちゃん怒るぞ」
「……っじゃ、ない」
半ば無意識に飛び出た言葉は枕に吸い込まれていく。どうかしたのかと聞き返す兄さんの声はとても優しげだ。風邪を引いて寝込んでいる時や喧嘩をしていじけている時によく聞いた声だ。この兄は昔から何も変わっていない。
「こんなのセックスじゃない……兄さんは僕をレイプしてるんだ、僕は兄さんとセックスなんて一度も」
最後まで言い切るまでもなく、突然視界に光が入る。しがみついていた枕は取り払われ、代わりに見えたのは暗く淀んだ兄さんの瞳だった。ひくり、と喉が震える。体の筋肉がこわばって、咄嗟に逃げることも出来なかった。兄さんの白く細長い指が頬に伸ばされる。それはまるで腫物にでも触れるように優しく僕の頬を撫でると、きつく引き結ばれた唇に辿り着いた。
「俺はお兄ちゃんだから、弟のわがままも受け入れてやらないとな」
淀んだ茶色が細められ、歪な笑みの形を作る。背筋が凍えるような微笑みだ。
「アンタなんか嫌いだ」
「んー、そっか」
冷え切った言葉を投げかけられても兄さんの表情は変わらない。僕がどんな罵声をぶつけても、ただ曖昧な返事があるだけだ。話は終わったとばかりに兄さんが僕の腰を抱え直す。今度は僕も抵抗するつもりはなかった。押し付けられる熱の感覚に息を詰め、ゆっくりと目を閉じる。
「じゃあセックスしような」
「この変態、人格破綻者、人間のクズ」
「そうだな。二人で気持ちよくなろっか」
「レイプ魔、犯罪者、……んぐっ」
噛みつくように唇が塞がれ、熱い舌が強引に押し入ってくる。奥で縮こまる舌を引き摺り出され、唾液ごと強く吸い上げられた。引き剥がそうと胸に置いた手もただ兄さんに縋るだけのものに変わる。糸を引きながら離れていった唇は、兄さんらしい静かな笑みの形を作っていた。
「僕は、兄さんみたいにならな……、ひゃうっ!?」
ずん、と奥まで突き上げられて、目の前が真っ白になった。腹の奥から甘い痺れが広がっていく。自然と脚を開いて兄さんを受け入れる体勢になった。
「ぁっ、あっ、やらぁっ、ぬいてぇっ、ぬいて、ひんっ、ぁ、あ、やだ、やだやだぁあっ!」
気持ちいい。頭がばかになる。兄さんの熱が僕のいいところを掠めて奥をトントンと叩いてくれるたび、体中を快感が駆け巡って、思考能力を奪っていった。頭が「きもちいい」しか分からなくなりそうだ。体はもう、そうなっている。
「うんうん、気持ちいいな。カナトはお兄ちゃんとのセックスが大好きだもんな」
「きらい、だいっきら、ぁうっ、あっ、あ、あ、やらぁ、ひっ、ぁあっ、あう、~~っ!!」
兄さんの固くて大きなものが、僕の大好きな前立腺をゴリゴリと押しつぶしながら奥を叩く。殆ど根本まで入りきって、いやらしく濡れた音が僕の耳を犯した。肌がぶつかりあう音まで響いて、あんまりのいやらしさに恥ずかしくなるのと同じくらい、興奮してしまった。
「はひっ、ひぃっ、ぁ、ひ、もぉやら、ひっ、おくやめてぇっ、ぇあ゛っ、も、もぉおちんちんいらな……ぁあぁあ゛ッ!!」
腹が破れそうなほど激しく貫かれ、意識が飛びそうになる。力強いピストンで、僕の一番弱いところを目指しているのが分かった。
「ほら、ここ、カナトの大好きなとこ。今からカナトの子宮に入るから」
「ひぐっ……!」
へその下を優しくさすられ、奥に亀頭をぐりぐりと押し付けられる。すると自然と奥が開いていって、僕の体は兄さんを受け入れる準備を整えた。
「しきゅ、なんて、な、……っあ゛、やぁっ、そこ、こつこつしないでぇっ」
「すっげぇ……早く入ってきてって言ってる。かわいい、カナト、今入るからな」
「やだやだやだっ、ぁ゛、~~~~っ!!!」
腹をずんと破られる一瞬の痛みのあと、耐え難い快感の濁流が襲いかかってきた。体の隅から隅までが性感帯になったようで、苦しいくらいに痺れている。腹に濡れた感触が広がって、自分が射精していることに気付いた。結腸を抜かれてイくだなんて僕の体はどこまで馬鹿になったのだろう。最悪だ。兄さんのせいだ。兄さんがエッチなことばかりするから僕はこんな……。
「あっ、ん、いい、……っあ、う、やらぁ、これやなの、あうっ、あ゛ぁあっ、きもち、ひぎっ、きもひぃからぁあっ!」
「うんうん、そうだな、きもちいいな、兄ちゃんもきもちいいよ……っ」
僕のお腹の奥で兄さんの熱が暴れている。下腹に手を置いてみると、腹を押し上げる兄さんの形が分かって、また奥がきゅんとなった。大嫌いな兄さんのペニスが僕の中で動いているのが気持ちいい。最低で最悪なことなのに、こんなにもきもちよくてたまらない。
だんだんと思考も覚束なくなってきた。自分が何を考えて何を口走っているのかももう分からない。奥の気持ちいいところを苦しいくらいに叩かれながら、固くなって震えている僕のペニスを擦られた。手のひらの窪みで亀頭をぐにぐにと刺激されて、おしっこを我慢している時のような感覚がせり上がってくる。慌てて兄さんを押しのけようと体を起こした途端、兄さんが擦る手の動きを早めた。
「あっ、あっ、あ! ひっ、ぁっ! らめぇっ! おしっこ、ひぃんっ! おひっこもれひゃ、あぁあぁぁっ!!」
やめてという暇もなく、ぷしゃあ、と恥ずかしい音が響く。射精したばかりの僕のペニスから、透明な液体が勢いよく噴射した。腰が砕けてしまいそうな気持ちよさに襲われて体の力が抜ける。ベッドに倒れ込むと腰を抱え直されて、放心している暇もなく激しく揺さぶられた。
「あひっ、ひぃっ、あっ、あ、あっ、もぉらめ、ひっぐ、ぅうっ」
「もうだめ? どうして? セックスきらい?」
耳に唇が触れる。甘い声が鼓膜を揺さぶって神経が痺れた。手足がじんじんして、頭がぼうっとする。何も考えられない。
「す、きぃ……きもちぃ……」
「兄ちゃんとのセックス、好き?」
「ぇ、あ、あ、す、き……にぃしゃ、とのせっくしゅぅ、ひっ、ぅう、うっ、すっ、しゅきぃ……っ!」
体のどこにも力が入らないし、頭も舌も回らない。ぼやける視界の向こうで兄さんが微笑んでいる気がした。にいさん、と呼ぼうとすると、唇を塞がれて熱い舌が潜り込んでくる。ずこずこと気持ちいいピストンをされながら、生き物みたいに動く舌が僕の口内をかき回した。舌と舌が擦れ合うのも気持ちよくて、上でも下でもセックスしているみたいだ。お互いの唾液が混ざり合って、飲み込めなかった分が顎を伝っていった。
「んっ、ん、くぅ……ん、ふっ……」
「ん……なら今日は、ずーっとエッチしてような?」
唇が離れて、兄さんが優しく囁いた。僕は舌を突き出したまま、名残惜しさからじっと兄さんの唇を見つめてしまう。もう僕は僕ではなくなっていた。口元が緩んで、ふにゃりと笑いながら頷く。
「するぅ……いっぱいえっち……ぁ、う……にぃしゃんとえっち、すりゅぅ……」
いい子、と頭を撫でられて、目尻からなにか熱いものがこぼれ落ちた。それが何なのか分からないまま、僕を支配する快感と、それを生み出してくれる兄さんに全てを委ねる。僕と兄さんの境界さえなくなって、上も下もぜんぶが気持ちよくて、もう何も考えたくない。ただの馬鹿になって、快感に溺れていたい。
兄さんの腕の中で、僕は僕の一番嫌いないきものになっていた。
重い体を無理矢理起こして、枕元にあった兄さんのスマートフォンで時間を確認する。もう昼過ぎだ。あれから狂ったようにセックスし続けて、日付が変わったころに僕の体力が尽きて眠ったが、三時間くらいで目を覚ましてしまってから、また激しく抱かれた。空が白みはじめた頃に今度こそ気絶して、そこから今まで眠りこけていたようだ。我が兄ながら恐ろしく絶倫だ。セックスのし過ぎでもげてしまえばいいのに。
今日が週末なのは助かったが、親が帰宅していたらなんと言われるかわからない。ただ連絡が入っていないところを見ると、幸いにも仕事のようだ。しかし帰って課題も済ませないといけないので、このまま兄さんの部屋にいる訳にはいかない。というか、いたくない。体は悲鳴を上げていたが、それでもなんとか頑張って布団を出た。しかし地面に脚をつけて立ち上がろうとしたところで、背後から腕を引かれ、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
「うわっ」
「カナトぉ」
そのままベッドに引きずり戻され、背後から強く抱きすくめられる。さすがにもう出来ないからね、と釘を刺すと、兄さんは半分眠っているのかむにゃむにゃと曖昧な返事をした。信用ならないので強引に振りほどいて立ち上がる。腰の違和感でへたり込みそうになったが、なんとか耐えて下着を拾い上げる。股から白濁が垂れたので、ティッシュで乱暴に拭った。後処理は帰ってからでいい。一刻も早くこの部屋を出たい。
ナイトテーブルから目的のものを手に取り、兄さんに突きつける。兄さんは寝ぼけ眼でそれを見つめていたが、やがて興味なさそうに受け取り、抑揚のない声で呟いた。
「いらねえって言ってんのにな」
「受け取ってやりなよ。突き返したら泣かれる」
兄さんの顔から表情が消える。兄さんには信じがたいだろうが、本当のことだ。少なくとも母さんはまだ未練がましく兄さんのことを想っている。本当なら『更生』して帰ってきてほしいのだろう。母さんも馬鹿なひとだ。
「何か言われるのは僕なんだからさ」
「カナトは俺のこと見捨てないよな」
脈絡ない話題に眉をひそめる。兄さんの瞳は僕に向いているようで、どこか虚空を見つめていた。やはり昨日出ていった男と薬をやっていたんだ。どうりで馬鹿みたいに絶倫だったわけだ。
「見捨てないでくれよ」
胸の奥がすうっと冷めていく。凍りかけた血液が僕の体中に流れていった。弱々しく僕に縋るこの男は、かつて、まだ小学生だった僕をレイプした酷い男だ。日常的に続いた兄さんからの性的接触は、僕の体も心もめちゃくちゃにした。僕と兄さんの関係だって歪んでしまった。けれどそれは兄さんのせいじゃない。僕がそうさせたんだ。僕がいたから兄さんは僕をレイプしなければならなかったし、僕を犯したせいで家も追い出された。僕のせいでだめになってしまった。僕という存在がいたことで、兄さんの人生はめちゃくちゃになってしまったのだ。兄さんは最低で最悪で、かわいそうな、人格破綻者。何の価値もない男。薬とセックスと、この僕がいてやっとギリギリ生きている廃人。出来損ないの、ゴミだ。
「分かってるよ、兄さん」
そっと兄さんに手を伸ばし、優しく抱き寄せる。汗ばんだ体は可哀相なほど震えていた。
「大人になったら僕はお医者さんになって、兄さんを引き取る」
ゴミは正しい場所に捨てなくちゃいけない。兄さんの帰る場所は、僕のところだけだ。兄さんが他にどんな人間を抱いても抱かれても、このひとは僕のものでしかない。
「大嫌いだよ。可哀相な僕の兄さん」
早く大人になりたい。そうすればこのどうしようもない廃棄物を、正しい場所に閉じ込めることができるのに。
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