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5.「……怒られるわけねえじゃん」
しおりを挟む準夜がはじめて酒を飲んだのは、中学に上がって最初の冬だった。その頃よく舞人と出入りしていた空き地で、CMでも見たことのある有名な缶チューハイを押し付けられたのだ。
「えっと……僕達まだ中学生だよね」
「飲めよ」
そういう舞人も同じ缶を手にしていて、受け取る素振りのない準夜に無理矢理押し付けたあと、自分の缶を空けて中身を一気に煽った。準夜は扱いに困った缶をそっと足元に置き、少し警戒しながら周囲を見渡す。乾いた夜の空気が流れる空き地には、二人以外に人の気配はなく、周囲には寝静まった民家が立ち並ぶばかりだ。車も通らないそんな中で、二人は置き去りにされた木材の一つに並んで腰かけていた。
準夜の家から十五分ほど歩いたところにあるこの場所は、元は小さな工務店が経っていた土地だ。家族で細々と経営していたが一年ほど前に突然店を畳み、まるで夜逃げのように出ていってから、あっという間に更地になってしまった。舞人の話によれば、現在この土地は彼の父親の知人が所有しているらしい。
「飲まねえの?」
「お酒なんて飲んだことないし、怒られちゃうよ」
困惑する準夜を尻目に、舞人はポケットから取り出した煙草に火を点ける。はじめて彼が煙草を吸っている姿を見たのは中学一年の初夏だった。もしかしたらそれよりも前から手を出していたのかもしれないが、それからは会うたびにこの臭いを嗅ぐようになって、すっかり慣れてしまった。
「別にいいじゃん」
「やだよ。さっきだって、お父さん起こさないように出てくるの大変だったんだから」
舞人からの急な呼び出しはそう珍しいことでもなく、ほとんどが就寝後の深夜だった。おかげで睡眠時間が足りず日中に眠気を感じることが増えてしまい、うっかり授業中に眠ってしまいそうになったり、頭に入らなくなってしまうこともしばしばあった。それでもなんとか時間を見つけて勉強し、成績は維持し続けているが、慢性的な寝不足は身体的にも精神的にもつらいものがある。
準夜も舞人も通っているのは地元にある同じ公立の学校だ。入学してからほとんど学校に顔を出していない舞人はともかくとして、準夜もこれといって有名校への進学を目標にしているわけではない。成績を維持するのは周囲に媚びを売るためと、ただ単純に勉強そのものが好きだからという理由もある。自分の知らないものを知ることは楽しいし、学びに頭を使っているうちは、ほかのことを考えずに済むからだ。
「お前親父にびびりすぎ」
「舞人くんは怖くないの?」
「俺べつに親父に犯されてねえし」
「そういうことじゃなくてさ」
怒られたくないとか思わないの、そんな準夜の問いかけを舞人が鼻で笑う。ぼんやりと紫煙を吐き出す彼を、準夜は無言で見つめた。
「……怒られるわけねえじゃん」
まだ子供らしく華奢な指が、短くなった煙草を地面に押し付ける。伸びた前髪が、俯いた彼の表情を隠していた。また色を抜いたようで、ひと月ほど前までは明るい茶色だったのが、ほとんど白金に近くなっている。近々別の色を入れたいと言っていたのを思い出し、彼には何色が似合うのだろうかと考えたが、とくになにも思いつかなかった。ただ、自然な色が似合わないことだけは確かだと思う。もっと作り物めいていて、玩具のように奇抜な色が彼にはふさわしい。
舞人の横顔を眺めながら、冷たいプルタブに指をかける。なんとなく口をつけてみようと思った。飲み口に顔を近づけてみれば、アルコール特有の刺激臭が漂ってきて顔を顰めた。ちびりと少量だけ口に含んでみる。合成甘味料で隠しきれない苦味が喉を通ると、それだけで吐き気に襲われた。
「まずっ……」
たまらず呟いて舌を出す。こんなものを嬉々として飲んでいる舞人が信じられない。これはもう押し返そうと思い隣を振り返ると、舞人は飲みかけの缶を放置したまま立ち上がっていた。そして一言「帰る」とだけ言うと、あっけにとられる準夜を置いて歩き出してしまう。
「え、これどうすんの。僕もういらないよ」
「しらね」
舞人は準夜のことなど一切気に掛けることもなく、足早に歩いて道を曲がってしまった。準夜の家は彼とは逆の方向だから、今から追いかけるわけにもいかない。舞人の背中はもう見えなくなっていて、あとは静まり返った住宅街に薄闇が広がっているだけだった。
*
「ぅ゛ぇっ……お゛ぇぇえっ……」
薄暗い路地裏の奥、切れかけの蛍光灯の下で嘔吐しながら、準夜は立ち上がるのも諦めてぼうっと自分の吐瀉物を眺めていた。
ほんの数時間前まで、準夜は舞人と酒を飲んでいた、というより飲まされていた。下戸である準夜にとってはほとんど拷問だ。泥酔して意識もほとんどなくなったところで乱暴に抱かれ、目が覚めた頃にはもう舞人はさっさと帰っていて一人取り残されていた。視界が回り痛む頭を抱え、何度か嘔吐しながらようやくシャワーを浴びて、外へ出たころにはそろそろ深夜零時を回るところだった。
「ぅ゛~……」
まだまだ酩酊感は残っていて歩いて帰るのは相当つらいが、体液どころか自分の吐瀉物までまき散らされてどろどろになったベッドで眠りたいとは思えなかった。ほうほうのていでホテルを出たはいいものの、やはり自力では動けなくなり、タクシーを呼ぶよりも前に力尽きてこうして路地裏で蹲っている。
誰か拾ってくれればいいが、そもそも人通りがないので望みは薄そうだ。仕方ないのでタクシーを呼ぼうと鞄を漁っていると、ふと目の前に一足の革靴が映った。
「大丈夫か?」
ゆるりと顔を上げて見ると、そこにいたのは一人の男性だ。三十代後半くらいだろうか。黒い髪を後ろに撫でつけて、一見すると少しだけ厳つい会社員といった出で立ちだ。
「大丈夫じゃな~い。お兄さん抱っこして~」
準夜は蹲ったままへらりと笑い、男に向かって手を広げる。男は深々とため息を吐くと、伸ばされた手は取らずに「酔っ払いか」と呆れた声を上げた。
「ったく、こちとら休みだってのによ……」
「須東さーん、早くいきますよーって、あれ?」
そんな男の背後から、彼より若い別の男が顔を見せる。こちらも同じく黒髪だが、前髪は降ろしていて、童顔のせいか学生のような雰囲気がある。彼は須東と呼ばれた男の背後から顔を覗かせると、心配そうに準夜を見下ろした。
「大丈夫ですか? 怪我人? 病人?」
「もー重傷人。足の骨折れちゃってぇ~」
若い男の問いかけに対して、準夜はへらへら笑いながら答える。それに対して須東はまた大きなため息をつき、準夜の前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「折れてたらそんな元気に喋れねえだろ?」
「じゃあ捻った」
「はいはい」
男は準夜の腕を引いて立ち上がると、ふらつく身体を支えて歩き出そうとした。後輩もそれに続き、一緒に準夜を支える。
「送ってきます?」
「ああ」
「さすがに泥酔した女の子ほっとけないですもんね」
そんな後輩に対して須東はため息まじりに「こいつ男だぞ」と返答する。後輩は目を丸くしながら準夜の顔を覗き込み、へにゃりと向けられた笑みに分かりやすく狼狽えた。
「まじですか」
「お前なあ……しっかりしろよ……」
大通りに面するパーキングに停められていた車までやってくると、後部座席に準夜を寝かせ、後輩が運転席に座る。須東は「少し待ってろ」といってどこかへ消えたあと、数分で戻ってきて冷たい水とビニール袋を準夜に手渡した。
「吐くならこれに吐けよ」
「はぁ~い」
助手席に座った男に家を聞かれ、適当な方向を答えると、静かに車が発進する。教習車のような模倣的な安全運転で、ゆったりとした揺れで眠くなりそうだった。車内はどことなく石鹸のような清潔な匂いがしている。煙草や酒の匂いがしない車内は久しぶりだ。
「こっちのほうですか? あんまり家なかったと思うけど」
「ん~、こっちであってるよぉ」
後輩は少し怪訝そうにしながらも、準夜の言う通りハンドルを握る。車は大通りを逸れて細い道に入り込み、下品にぎらつくネオン街を進んでいった。もちろん準夜の家はこのあたりにはない。運転席からは戸惑ったような声がして、助手席からは呆れた様子の須東が顔を覗かせた。
「お前な、嘘ついてるだろ?」
「嘘じゃないよぉ」
「はぁ……そもそもお前いくつだ?」
近くの路肩に車が一時停止する。準夜は冷たいミネラルウォーターを喉に流し込んだあと、まだ酩酊したままの頭をぐらつかせ、おかしそうに笑った。
「えっとね~じゅうよんさい~」
「じゃあ補導だな。おい青山、行先変更だ」
「や~ん」
「や~んじゃねえよ」
再び発車しようとするのを制止して、準夜はフロントガラスの向こうを指差す。そこにあったのは一軒の古びたホテルで、薄暗い照明のついた看板に時間と金額が書かれていた。
「あそこだよぉ」
「アホか」
二人分のため息が聞こえる。どうします? と、青山と呼ばれた男が困りきった声を上げた。須東は皺の寄った眉間を押さえたあと、もう一度準夜を振り返り、怒気を含んだように声を低くする。
「いいから家を教えろ、家を」
「送り狼だぁ」
二人ともすっかり呆れかえった様子だが、準夜を放り出そうとする素振りはなかった。水を飲みながらけらけら笑っている準夜を尻目に、須東が青山に向かって無言で顎をしゃくる。まもなく車が発進して、ホテル街を抜けて大通りへと戻っていった。
「え~どこ連れてかれちゃうの~?」
「家が教えられねえなら行く場所は一つだな」
といって車が進む方向に、準夜はなんとなく嫌な予感を覚えた。慌ててペットボトルを放り投げ、助手席にいる須東の肩を掴む。
「まってまって! あっ、そこのホテルでお礼してあげるから許してよ!」
「ホテルでお礼だぁ? どういうことだ? え? おまわりさん達にも分かるように言ってみろ?」
「や~ん! やっぱり警察だ~~!!」
嘆く準夜に構わず、車は安全運転で道路を進んでいく。はじめこそ嫌がっていた準夜だが、諦めたように後部座席に寝転がると、落ちていた自分の鞄を拾って胸に抱いた。
「わかったよぉ……家教える……あと、ほんとは21歳」
今度は素直に自宅の住所を伝える。それを聞くと二人は驚いたように目を丸くして、須東がまた準夜を振り返った。
「あんた、名前は?」
「わかんなぁい」
無言の時間が流れる。赤信号で静かに停車して、今度はどちらも振り返らず、落ち着いた声をかけられた。
「なにか事情があるのか?」
「ん~ちがうよぉ」
「さっきの住所は本当にあんたの家か?」
その問いに対しては、そうだよ、と素直に答えた。信号が変わって車が発進し、夜になっても灯りの消えない繁華街を走る。
それ以降は準夜も無駄な抵抗はせず、大人しく横たわったまま振動に揺られていた。落としてしまったペットボトルを拾い上げると、蓋を閉め忘れていた中身は殆どなくなっていた。
まだ残っている酒のせいか、次第に眠気が襲ってきて意識も朦朧としてくる。心地よい揺れに身を任せながらうとうとしていると、ほんの数分だけ意識が飛んでいたようで、声を掛けられて目を覚ました。身体を起こせば見慣れた景色が広がっていて、なんとなく重い気持ちになる。
「ほら、着いたぞ」
「ん~……やっぱり間違えちゃった、ここ僕んちじゃない~」
車から降りるのを渋っていると、須東は一度目を閉じて大きく息を吸ったあと、語気を強めて言葉を発した。
「じゃあ保護だ、保護。意味分かるか?」
「う~ん思い出した、ここ僕の家!」
あっさり掌を返した準夜に対して須東は微妙な表情を浮かべたものの、素直に準夜が車を降りるのを見送った。車はすぐには発進せず、その場に待機している。どうやら準夜が家に入るまで待つつもりのようだ。
門をくぐり、もたつきながら鍵を取り出す。準夜が玄関の扉を開けて中に入るのと同じタイミングで、二人の車もゆっくりと走り出し去っていった。
静かに玄関で靴を脱ぎ、ふらつきながらリビングまで進んでソファーに倒れ込む。吐きたくて仕方なかったが、トイレに駆け込む力はなかった。体中の血がアルコールで犯されたような不快感に苛まれて、酒臭い自分の吐息でまた酔いが強くなる。しかし身体は限界で、意識はすぐさま泥の底へと引きずり込まれていった。
*
「僕まだ二日酔いなんですけど~」
広々とした部屋の中心、大きなベッドに腰かけながら、準夜が服を脱ぎ捨てていく。舞人はベッドの上に広げた何種類かの薬を選別しながら、準夜には視線も寄越さないまま注射器を二つ手に取って、残りをベッドの端に避けた。
「は? ざっこ」
「舞人くんだってまだ風邪引いてるくせに……あだっ!」
むすりと顔をしかめた舞人に突き飛ばされ、ヘッドボードに思い切り後頭部を打ち付ける。頭を抱えて身もだえる準夜を、舞人は容赦なく組み敷いて注射器を押し付けた。
「自分でやって」
「……はぁい」
柔らかいシーツに転がりながら注射器と圧迫バンドを受け取り、慣れた手つきで自分の腕に注射する。目の前では舞人も同じく自分に針を入れており、シリンジを満たしていた液体がゆっくり消えていった。
「僕どうなっちゃうんだろ」
「しらね」
汗ばんだ首に張り付いていた髪を払いのける。そこには絞められたような痣がうっすらと残っていて、線をなぞるように舞人が指を滑らせた。途端に準夜の身体がびくりと跳ね、甘く蕩けた表情を浮かべる。
「あっ、んん……」
「ふは……よさそうだけど、元から感度いいから分かんないね」
「んー、でも、結構ふわふわしてる」
言葉の通り準夜の瞳は次第に光を失っていき、視線が定まらなくなっていった。四肢からは力が抜けていき、半開きになった唇から熱い息が洩れる。シーツと体が擦れる感覚すら快楽になり、力の入らない体で小さく悶えた。
「あ、やば、きもち、い」
「触んなくてもイけそうじゃん」
「ん、あ……」
頭がふわふわして頷くことすらできず、助けを求めるようにもがく指先でシーツに皺を刻んだ。舞人は触れていた首から手を離すと、傍に腰かけたままそっと準夜の目元に掌を置く。
「んじゃイってみてよ」
「あ、ぅ」
舞人の言葉に準夜の身体が小刻みに震え、長いまつげが手のひらをくすぐる。一緒に濡れた感触も伝わって来て、舞人はうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「頭ん中ぐちゃぐちゃでしょ? 今どんなかんじ?」
「わ、かんな」
「答えろよグズ」
目隠しをしていた手で髪を掴み、乱暴に引きずり上げる。長いまつげが持ち上がって、どこを見ているのかも分からない虚ろな瞳が開かれた。
「ぁ、あ、う……」
「そんままイっちゃえ!」
舞人も妙にテンションが上がっているようで、瞳は興奮にぎらついている。ベッドに放り投げられた準夜は体を抱くように蹲ると、シーツに擦り付けた頭を弱々しく振った。ひきつった声が洩れて、呼吸すらまともにできない。
「頭んなか犯されて気持ちいいでしょ」
「はぁ、あ、あっ、ぁ」
「ほらイけよ!」
乱暴に吐き出された声の直後、準夜の身体がひときわ大きく震えて声にならない悲鳴が上がった。小さく丸くなったまま準夜の身体が痙攣する。動くことすらできずにいる準夜を見て、舞人がへらりと笑って掴んだ顔を引きずり上げた。
「くははっ、上手にイッたじゃん~」
「ひっ、ぁ、あぅ、ぁ……」
「メスイキ?」
虚ろな瞳からはぼろぼろと涙がこぼれ、顔を濡らしている。答えられるほどの理性などとっくに消え失せていた。舞人は虚ろな声ばかり上げる準夜の腕を引くと、ベッドの下に放り投げた。すっかり力の抜けきった体がなすすべなく床に転がり、くすくすと狂ったような笑い声をあげる。薬物の効果だけでなく、ドライオーガズムの余韻も相まってトリップしていた。
ろくな反応も出来なくなっている頭を舞人が掴み、ズボンを下した自分の股間に押し付ける。すっかり勃起している舞人のそれを、準夜は当然のように口を開いて受け入れた。後頭部が押さえつけられ、一気に奥まで押し込まれる。一瞬の苦痛を感じたあと、頭が痺れるような快楽が流れて、準夜の顔はいやらしく蕩けた。
「んぐ、ぅ゛、う」
「はー、あったけ」
頭を掴まれたまま、喉の奥を狙って乱暴に腰を振られる。ろくに息も出来ないまま喉の奥を犯されて、生理的な吐き気が込み上げた。知らずのうちに腰が揺れてしまい、舞人の脚に擦り付けてしまう。腹の奥が疼いてしまって仕方がなかった。
「ほんと、そのへんの女より上手だよな、お前」
「んぐっ、う゛ぅーっ、ぐぅ゛っ、ぅ゛っ……」
このまま続ければ窒息するのは確実だが、舞人に止める気持ちがないのは分かっている。人のことを自慰のための道具としか思っていないこの乱暴さが、準夜にはたまらなかった。
舞人の息が荒くなり、頭を掴まれて引き離されたあと、串刺しにする勢いで奥まで突き立てられる。喉の奥に熱いものが注ぎ込まれ、逆流しかけた精液で思い切り噎せ返った。それでも口は解放されず、頭を押さえつけられたまま股間を踏まれた。
「飲めよ」
「ぐ、ぅ゛っ、んぐっ……」
口を塞がれたまま喉を鳴らし、数回に分けて嚥下していく。今日は少し溜まっていたのか、いつもよりも濃くて飲み込みづらいように思えた。ようやく口が解放されると、準夜は軽く咳き込んだあと舞人に向かって口を開ける。舌の上にはわずかな精液の名残こそあったが、出されたものは全て呑み込んでいた。
「あ゛ー……きもちいい……」
射精した直後の倦怠感からか、舞人はだらりと足を投げ出して天井を眺める。そんな舞人の足元からけらけらと笑い声が響き始めた。一度笑い出すと止まらなくなり、とくに理由もないのに笑い続ける。床でぐったりしている準夜の体を舞人が足でつつけば、簡単に転がって虚ろな顔を見せた。
「俺のこと分かる?」
「んー、ん、ふふ」
「ははっ、全然わかってねーじゃん」
舞人が軽く屈んで準夜の顔を覗き込む。光のない瞳はどこを見ているのかも分からないが、微かに舞人の姿は認識し、目を細めてふにゃりと笑った。
「へへ、わかるよぉ、えっとぉ」
「舞人だよ」
「まいとくんだー」
「そうそう、ふはは」
「えへへ、へへ」
何がおかしいのかも分からず二人で笑い続ける。ひとしきり笑ったあと、舞人はベッドを降りて準夜に覆い被さった。力の入らない脚を持ち上げて肩にかけ、再び固くなった自身を尻に擦り付ける。そのままろくに慣らさず挿入されても、痛みも苦しみも一瞬のことで、すぐに甘い声が響き渡った。
「んぁ、ぁあぁっ、あ、ひぃっ!」
「はあ、あー、いい」
奥までぐいぐいと腰を進めながら、時々引いて強く押し込むのを繰り返される。どんどん結合が深くなっていき、嬌声も派手になっていく。
「ひあっ、あぁっ! あーっ、ああぁっ……!」
「あはは、キマってんねえ。もっと奥行こっか」
本来なら入るべきではない深い場所が、ぐりぐりとこじ開けられていく。投げ出されていた準夜の四肢に力がこもり、舞人に強く縋りついた。両手両足で強く密着した状態で、奥を破る勢いでごりごりと抉られる。開発され尽くした結腸は苦しいほどの快楽を拾い、頭を壊していった。
「あう、あぁーっ、あっ、ん……! あっ、ぁっ、あっ!」
「ははっ、イきっぱなし」
一度達してからというもの、終わりのない絶頂に引きずり込まれて戻れなくなっていた。制御できない快楽が暴走して意識が遠くなる。しがみついていた舞人の背に思わず爪を立てると、思い切り身体を引き剥がされ、床に後頭部を打ち付けた。
「ぁ゛っ……! あ、ぐっ、ぁあっ! あ゛ーっ、~~っ!!」
繊細に扱うべき場所を暴力でしかない動きで犯されても、身体はひたすらに悦ぶばかりだった。
腰をがっちり固定されたまま、奥に向かって再び熱を注ぎ込まれる。舞人は満足いくまで出し切ってから、軽く痙攣している体を引っ張り上げて膝の上に乗せた。自力で座ることはできない背中を自分に向かって強く抱き寄せ、すぐにまた勃ちあがった自身で内臓を押し上げる。薬が効いているおかげか、舞人もまだ長持ちしそうな様子だ。
「ひぎっ、ぃ、あぁっ、あ゛っ、ぁあ゛っ!」
腹の間で揺れていた性器をふいに捕まれ、反射的に腰が逃げた。しかし問答無用で押さえつけられ、立ち上がらないそれを嬲られる。亀頭を重点的に刺激されると、尿意にも似たものがせり上がってきて、舞人にしがみついて悲鳴を上げた。
「ぁああ゛っ、あーっ、あ゛、ぁ、あ、あぁぁあぁっ!!」
「おー、いい締め付け」
一度大きく体が跳ねて、またぐったりと弛緩する。腹の間に生温かく濡れた感触が広がったが、刺激臭はなく透明な液体が溢れるだけだった。
舞人が軽く準夜の身体を推すと、簡単に倒れてごつんと鈍い音がした。背中と頭をしたたかに打ちつけたが、準夜が痛がることはなく、虚空を見つめて止まらない絶頂の中にいた。
「ぁ、ぁ、はぁ、ぁ、~~ッ、……っ」
一度大きく痙攣したあと、準夜の目蓋がゆっくりと伏せられていく。濡れた長いまつげからはいくつもの水滴がこぼれ落ちている。顔はすっかり血の気が引いていて、完全に意識を手放していた。
「あ゛ー、ハハッ、死にそうじゃん。てか死んでる? おい、起きろって」
準夜の肩を舞人が揺さぶれば、虚ろな瞳がうっすら開かれた。やはり焦点は合わず、ふにゃふにゃで呂律の回らない声が上がる。
「あぇ? ねれらぁ?」
「うん寝てた寝てた」
少しだけ人の言葉らしきものを発したが、律動が再開されればすぐにまた何も話さなくなり、うわごとのような嬌声だけが聞こえ始めた。何度も意識が落ちそうになり、そのたび舞人が頭を掴んで床に叩きつける。直接的な痛みがあればある程度は起きているはずが、今回はほとんど意識のない状態が続いて、次第に舞人が苛立ちを見せ始めた。
「くっそ、寝るなってば」
「ぁ、ぁ……は……ひゅっ……」
呼吸は非常に弱々しく、いつ息が止まってもおかしくない。それでも舞人は気絶状態に近い相手を乱暴に揺さぶり続けた。投げ出された手足は完全に力が入らなくなっていて、肩にかけた脚がぶらぶらと頼りなく揺れている。
「緩くなってきたんだけど」
声をかけても準夜からの反応はない。かろうじて薄く開いている虚ろな目はもう何も映していなかった。その姿は何も知らない者が見ればただの死体だ。
「ふっざけんなよ寝るなコラ」
舞人はその細い首に右手を伸ばすと、指を絡ませてぐっと力を込めた。少し緩んでいた中の締め付けが強くなり、右手で首を絞めたまま、左手で腰を掴んで腹の奥を突き上げる。準夜の体が痙攣しはじめた頃で奥に向かって吐精すると、右手を緩めて咳き込む相手を見下ろした。
「ひゅ、ゲホッ、ぅ゛、ぇ゛っ、ぉえ゛っ」
「あ、吐いた。きったね」
口から溢れ出した吐瀉物に触れないよう手を引っ込め、代わりに腰を掴む。薬の効果はまだ切れていないが、準夜は再び気を失っていて、締め付けもやはり緩かった。
「は……ひゅ……かはっ……」
「へばってんじゃねえよ」
再び固くなったもので奥を抉るが、舞人が満足できるほどの快楽は得られない。頭を打ち付けて起こそうと試みるが、何度やっても意識が戻ることはなかった。
「チッ……起きろコラ!」
舞人は掴んでいた髪から手を放すと、懐からナイフを取り出す。それを逆手に握ると、躊躇なく準夜の掌に突き立てた。抜き取れば傷口から血があふれ出し、床に赤い水溜りを作っていく。汚れたナイフを放り投げて青白い頬を叩いてみるが、それでも準夜の意識が戻ることはなかった。
「クソがよぉ……」
舞人の薬の効果はまだ続いているので、仕方なくそのまま揺さぶる。首を絞めればとりあえずイくことはできたが、それだけでは少し物足りないようで、八つ当たりのように腹を殴った。やはり準夜の意識は戻らないが、自然と体を丸めて少量の血を吐き出した。舞人はもう一度強く首を絞め上げる。押さえつけていた準夜の体が痙攣し、再びぐったりと弛緩した。舞人が自身を抜くと、注ぎ込んだ精液が溢れ出し、床をどろどろに汚していった。
「つまんね」
完全に意識がない準夜を転がしたまま、舞人は飽きたように立ち上がる。ため息をつく彼の瞳はどこか虚ろで、瞳孔が開いていた。舞人はもたつきながら服を着ると、ふらふらとした足取りで廊下に出る。数歩進んだ先で、かくりとその膝が折れた。
窓から流れ込んだ優しい風が白いカーテンを揺らしている。明るい陽射しと鳥の声に誘われるようにして、準夜は目を覚ました。パイプ椅子に腰かけていた舞人が「おはよ~」と間延びした声を掛けてくる。
「ん~よくねたぁ。てか二日酔いなおったぁ」
「よかったじゃん」
まだ覚醒しきっていないようで、その言葉はふわふわとしていて覚束ない。ほとんどが白に染まっているこの部屋は、付き合いの深い小さなクリニックの一室だ。準夜は焦点の定まっていない目で室内を見渡すと、包帯の巻かれた右手を持ち上げて陽に翳した。
「ん~いたい」
「あっそ」
「しかも右手かぁ」
不便になるんだけどなぁとぼやきつつ、準夜はそれ以上とくに言及しない。眺めていた右手を白いシーツに戻すと、しばしぼうっとしていたが、緩怠な動作で頭を動かして舞人の方を見た。
「てか舞人くんが見舞いとか珍しいじゃん」
「見舞いじゃねーし。俺、あっちのベッド」
ついと突き出された人差し指を追い、自分の向かい側を確認する。そこにはシーツのくしゃくしゃになったベッドが一つあり、毟り取られた点滴がスタンドにぶら下がっていた。
「へっ? ……ぶはっ! 舞人くんも入院してんの!? ひひっ! なんでぇっ!?」
「あ゛ーうるせぇうるせぇ笑うなっ! 殺すぞ!」
「じゃあ舞人くんも死にかけ……ッいっっっだぁい!!」
腹を抱えて笑う準夜の手を舞人が思い切り捻り上げる。傷口が開いて包帯からじわりと血がにじみ出した。舞人は相変わらずむすりとしたまま、自分のベッドには戻らずパイプ椅子にふんぞり返っている。
「……なんか、俺ら変な病気かもって」
「明音ちゃんに言われたの?」
「うん」
明音というのはこのクリニックを経営する年齢不詳の闇医者だ。優しく穏やかでどんな患者も分け隔てなく治療する彼女は、闇社会の天使様だともっぱらの噂だ。しかし舞人はその医者のことが少し苦手らしい。誰に対しても尊大な舞人が、唯一少しだけ怯む相手である。
「病気かあ……ふーん……」
今更すぎると思ったが、何も言わないでおいた。肉体面にしろ精神面にしろ、病んでいるのは誰がどう見ても明らかだ。しかし舞人からしてみれば予想外の言葉だったらしく、珍しく落ち込んで萎れていた。薬やら酒やらセックスやら好き勝手しているくせに、病気に怯える姿は普通の子供と全く一緒だ。
「怖い?」
「は?」
「病気で死ぬのは怖い?」
また怒られるかと思ったが、意外にも舞人は大人しく黙り込んでいた。腕を組んで俯く身体は、寒さのせいかかすかに震えている。
「……痛いのも苦しいのもヤダ」
「あは、そうだよねー。じゃあちゃんと点滴はしてなさいよ」
やたら静かなのは、きっとまだ体調が万全ではないせいだろう。よく見ずとも顔色は悪いままだし、冷や汗もかいている。自分を守るように腕を掴む指先は、可哀相なほど白くなっていた。
「とりあえずさ、大人しくしとこうよ」
「やだ」
「じゃあずっと入院してる?」
「……やだ」
子供かよ、と言いそうになったが、子供だ。体調不良で不機嫌になり、ぐずっている小さな子供である。
「じゃあ、あの点滴が終わったら抜け出しちゃお」
じとりとした視線を向ける舞人に、準夜は晴れやかな顔で笑いかける。準夜なんかの言うことは聞きたくないが、ここにいるのもいやだと、揺れる瞳からはそんな葛藤が見て取れた。
「そんで元気になるお薬キメにいこうよ」
「じゃあいまから……」
「だめー。僕も点滴終わってないー。どうせ舞人くんもヒマなら点滴ちゃんと入れてもらいなよ」
ナースコールを押して少しすれば、なじみの闇医者が顔を出した。あら起きたのねと微笑んだあと、舞人の姿を確認して笑顔を凍りつかせる。
「あらあらぁ……舞人くんはどうして寝ていないのかしらねぇ……」
「うげっ」
「点滴も外しちゃうなんていけない子ねぇ……お尻から投薬のほうがよかったかしら?」
舞人はがたりと椅子を鳴らして飛び上がると、笑えるほど素早く自分のベッドに戻っていった。それをゆっくり追いかける明音は、まるで獲物を追い詰めるハンターのようだ。
「……ふっ、ははっ」
たまらず噴き出してしまい、目尻に滲んだ涙を拭う。つい右手を動かしてしまったせいで、ずきりと鈍い痛みが神経を走り抜けていった。向かいのベッドでは舞人が穏やかでねちねちとした説教を食らっている。それがまたおかしくて、呼吸困難になりそうなほど笑ってしまった。
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彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)
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