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2.「いつでも貰ってよ。大事にしてくれる?」
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自分に触れる父の手つきが親子のスキンシップを超えたものだと気づいたのは、母が一人分の荷物をまとめ始めたのと同じ時期だ。
準夜にとって父からの愛情はいつも重いものだった。はじめこそは、優しくて大好きなおとうさん、だったのかもしれない。厳しく怒られることもなかったし、欲しいと言ったものは何でも買い与えてくれた。毎日優しく抱きしめられて、キスをして、一緒に風呂へ入り、同じ布団で眠った。
しかし普通、親子がキスをするときに舌を入れないことや、体中、それも下半身を執拗に触られたり、逆に触るよう強いられることもないことを知った時、これまで普通だと信じていたことを否定されて準夜は酷く戸惑った。それと同時に、今までなんとなく覚えていた違和感や嫌悪感が、間違いではなかったのだと確信してしまった。
身体を触られたくない。触りたくない。そう思ってしまった。いや、思ってもよかったのだ、拒否してもよかったのだと、そう知ってしまった。母の荷物が全て消える少し前、準夜ははじめて父を拒否した。二人きりの夜に、服を脱がせようとしてきた父を押しのけた。その途端、力の限り殴り飛ばされた。生まれてはじめて誰かに殴られた。はじめて父が激昂する声を聞いた。ただ、それも一瞬のことだった。すぐに父は優しい猫なで声で、謝り、抱きしめてきた。
それから準夜も「嫌だ」を口にすることができなくなっていった。もちろん抵抗したのはその一度だけではない。父の機嫌がよさそうな日にやんわりと拒んでみたり、あるいはいっそ思い切り嫌がって逃げ出そうとしてみたり、自分なりに工夫して努力はした。しかしどれも失敗に終わった。最後には必ず捕まるし、捕まればもっとひどい目に遭う。抵抗すればするほど父の機嫌を損ねることになって、その先に待っているのは地獄だ。殴られるだけならまだよかった。長時間縛り付けられたり、首を絞められたり、鞭代わりのベルトで打たれたこともある。刃物で切りつけられたり、真冬に水をかけられ外に放り出されたりもした。しかし折檻があったあとは、決まって必ず優しくされた。抱きしめられキスをされて、愛しているよと囁かれる。怪我も手当されて、汚れた身体も綺麗にされた。これが愛なのだと言われたら、何が正しいのか分からなくなった。
母とはまともに会話した記憶がない。準夜の意識の芽生えは、今はもう辞めていった家政婦の腕に揺られているところだ。一度でも母に抱いてもらったことはあったのだろうか。準夜には分からない。ただ、何も言わず家を去ろうとする母を見て、自分は見捨てられたのだとすぐに理解した。母にとって自分の存在はさして重要なものではなくて、それよりも夫の異常さに対する嫌悪感のほうが強かったのだ。我が子に対する情はなかった。いや、もしかしたら少しはあったのかもしれない。しかし母は夫から逃げることを選んだ。子を連れ出せば夫から付きまとわれると考えたのかもしれない。きっとそれが正解だ。
やがて母は完全なる他人となって、家には準夜と父親、そして頻繁に入れ替わる家政婦だけが残った。もちろん家政婦に相談してみようと思ったこともある。しかし口に出そうとすると、決まって言葉が出てこなかった。家政婦の目があるところでは、父はごく普通の親として振舞う。夜、自分がどんな扱いを受けているのか、それを他人に告白するのはとても勇気がいることだった。性のことをなんとなく理解できる歳になってくると、尚更、口にするのが難しくなった。
一方で、外での生活はとても順調だった。成績も申し分なかったし、何より準夜は自分の容姿が武器になることを知っていた。母親譲りの大きな瞳と長い睫毛、宝石のように透き通った緑の瞳、低めの身長や長く伸ばした髪も、子供のころから少女とよく間違われたし、人形のようだともてはやされた。
だからよりいっそう可愛がられるために、愛嬌のある振る舞いを学んで身に付けた。相手の機嫌を伺い、何を求められているのかを察して行動する。愛されるための嘘も磨いた。そういった形で周りからの愛玩を受けることで、はじめて自分は生きることができると思っていたのだ。
*
日の沈みかけた公園には子供たちの笑い声が響き、平和な午後のひとときを作っていた。ベンチにはカラフルなランドセルが並んでいて、真新しいものから使い込まれたものまで様々な年代が寄り添いあっている。
遊具も少なく殺風景な公園の真ん中では、子供たちがボール遊びに興じていた。そんな様子をなんとなく眺めながら、準夜は一人ふらふらと道を歩く。とくに目的があるわけではなく、ただ気まぐれに散歩に出てきただけだ。今日は誰かと会う約束もないし、声をかけるのも気が乗らない。
閑静な住宅街には穏やかな時間が流れていて、近くの家からはおいしそうなカレーの匂いが漂っていた。カレーは準夜の得意料理の一つで、市販のルウを使わずスパイスから作るのがこだわりだ。とはいっても準夜は辛いものが苦手なので、その加減を調整するのがなかなか難しい。甘くしすぎると何か違うような気がするし、辛くしてしまうと自分が食べられない。
カレーといえば、舞人にふるまった時に「俺カレー嫌いなんだよね」と一蹴されたのを覚えている。十代前半頃の記憶だ。玉ネギとにんじんが嫌いなのは知っていたので抜いてはいたが、カレーそのものを拒否された時はさすがに笑ってしまった。舞人の偏食ぶりにはもうすっかり慣れたが、気分でころころと変わるのでなかなか把握が難しくて面白い。たとえば昨日食べたいと言っていたオムライスを、次の日作ったらオムレツじゃないと嫌だと言うのである。子供でももう少し妥協してくれる。
そんなことを思い出しながら、今夜は久しぶりにカレーを作ろうと考えていると、ふいに足元にボールが転がって来た。続いて「蹴ってくださーい!」と、元気な少年の声がする。今時めずらしい坊主頭の少年が、笑顔でこちらに手を振っていた。
言われた通り、足元のボールを少し強めに蹴る。思ったよりも力が入っていなかったようで、今にも止まりそうな弱い勢いでよろよろと頼りなく転がっていく。届かなかったらもう一度蹴りに行ってあげたほうがいいのかな、なんてことを考えているうち、なんとかボールは少年の元にたどり着いた。
「ありがとうございまーす!」
ボールを受け取った少年が元気な声を上げる。準夜は軽く手だけ振ると、公園に背を向けて歩き出した。
住宅街から大通りへ出ようとしたところで、近くに一台の車が停まった。西日を反射させる黒い車体にはとても馴染みがある。ゆっくり開いた窓から顔を出したのは、予想通りの派手な紫髪だった。
「やっほ~。何してんの?」
「ん~、散歩かな」
自分から尋ねておきながら、舞人は興味なさげに「ふうん」と生返事をする。すぐに黒い扉が開かれたため、準夜はとくに何も考えず車に乗り込んだ。広々とした車内にはたばこの臭いが充満していて、舞人が好む攻撃的な音楽が響いていた。耳がついていけないほどの疾走感と重低音で、骨まで痺れるようだ。
「あ、元輝くんこんにちは~」
「どもーっす」
運転席から笑顔を覗かせた男に手を振りながら、少しも場所を譲ろうとしない舞人の隣に密着して腰かける。するとほのかに鉄臭さが漂ってきて、準夜は目を細めながら舞人を見上げた。よく見ると舞人の顔には拭いきれていない血の跡があり、髪や服も少し乱れているのが確認できる。
「セクシーじゃん?」
そう言いながら無遠慮にシャツをめくってみれば、腹に巻かれた包帯に血が滲んでいるのが見えた。しっかりと巻かれているそれを器用に解けば、日焼けしない白い肌にまだ真新しい傷が刻まれていた。
「えっちだ~」
脇腹に走る赤い線は、鋭い刃物によるものと見られる。咄嗟に避けたらしいおかげでこの程度で済んでいるが、内臓を突き刺されていたらそれなりの大怪我になっていただろう。すでに出血は止まっているが、指で触れるとまだ湿っていた。
「やられちゃったねぇ」
ついでに筋肉の凹凸を指でなぞっていると、舞人が無言で自分の股間を指す。言われるまでもなく準夜は席から降りると、舞人の股の間に座り込んでベルトに手をかけた。布地の下が膨らんでいるのを見つめながら、ベルトを外してファスナーを咥える。開ききるのと同時に勃起した陰茎がこぼれ出て、準夜の鼻先を小さく叩いた。
「んふふ、元気~」
「だって暴れ足りねえんだもん」
駄々をこねる子供のように口をとがらせながら、舞人が準夜の頭を掴む。準夜はすぐに大きく口を開けると、むれた臭いのするそれを深く咥えこんだ。
「ん、ン……ふ、んぅ……っ」
一気に奥まで呑み込んで、喉で締め付けながら頭を上下に動かす。暴れて来たおかげかいつもより生臭く、苦味も強かった。反射的に込み上げる吐き気と一緒に、溢れ出る先走りを啜って呑み込む。とても不味くて耐えらるものではないが、それがたまらなく美味しくて気持ちがいいと思ってしまう。
「ふ、ン、んっ、ぐっ……!」
強く頭を押さえつけられ、そのまま乱暴に揺さぶられる。固くいきり立ったものでぐぽぐぽと喉を突き上げられて呼吸もままならない。しっかりと頭を固定されているおかげで逃げることもできず、歯を立てないよう口を開けて受け入れるしかなかった。
そんなふうにただの穴として扱われながら、準夜の体の中心には熱が生まれて指先まで甘く痺れた。その快感に恍惚としながら、準夜は蕩けた顔をして喉を鳴らし、下品な音を立てながら愛しそうに肉棒をしゃぶる。小さな口に収まりきらないような屹立を根本まで呑み込んで、乱暴に腰が打ち付けられるのを喜んで受け止めた。
「ぐっ、ふ、ふぅ゛っ、ッ」
されるがまま揺さぶられながら、ふいに髪を鷲掴まれて痛みを感じる。頭上からぶつぶつと何事か呟く声が聞こえてきて、舞人の顔を伺った。
「クソ、くっそむかつく……邪魔さえなけりゃぶち殺してやったのにさぁ……」
「んむ……ん゛、ぐっ……!」
舞人の顔からは普段の軽薄な笑みがいつの間にか消えていて、凶悪にぎらついた目が準夜を見下ろしていた。苛立たしげに歯を食いしばりながら、興奮した息を洩らして準夜の頭を押さえつける。またいっそう喉の奥まで塞がれて、苦痛に呻く準夜にも構わず舞人は腰を揺さぶり続けた。
「っんだよ、クソッ、俺が殺すっつったら殺すんだよ、なんっで止められなきゃなんねーんだよ、くそ、くっそ、つまんねえ、クソさいあく、なんにもたのしくねえ……!」
低く唸るような声を聞きながら、準夜は喉と舌を器用に使って口の中のものを愛撫する。それがぴくぴくと小さく震えるのを感じると、吐き気が増すのも構わずに喉の締め付けを強くした。
「っは、……っ!」
「ンぐ……ん、んっ、んくっ……」
勢いよく注がれた精液を受け止めると、同時に準夜の腰も震えて力が抜けていく。最後の一滴まで絞って飲み干せば、自身の股の間もぐっしょりと濡れて濃い染みを作っていた。
「おいなにイッてんだよ」
「っぷは……えへへ、乱暴にされて感じちゃった」
それを見つけた舞人が準夜の髪を掴み上げ、自分の股間から引き剥がす。準夜は軽く咳き込みつつ、へらりと笑みを浮かべて残った精液も呑み込んだ。それからふと口の中に指を差し込むと、一本の黒い毛をつまみ出して舞人に見せつける。
「チン毛たべちゃった♡」
準夜がそう言うや否や、その腹に舞人の重い靴がめり込む。準夜の身体はそのまま運転席のシートに叩きつけられ、車全体が大きく揺れた。
「危ないから暴れないでくださいよぉ」
「あ゛ー、うっさいうっさい、だりぃ運転してんじゃねえ! 飛ばせ!」
舞人は激しくむせ込んで蹲る準夜は視界にも入れず、運転中の元輝に向かって怒声を上げ、彼のシートに蹴りを入れる。再び車が揺れて、元輝が慌ててハンドルをしっかりと握り直した。
「機嫌わる~っぐえ!」
準夜が床に転がったまま茶々を入れようとすると、その腹が思い切り踏みつけられた。大きく息が詰まって意識が飛びそうになったあと、耐えがたい嘔気が急激に込み上げて咄嗟に横を向く。蛇口をひねったように流れた吐瀉物にほとんど固形物はなく、今しがた飲んだばかりの精液に血が混じったものが出てきた。
舞人は煙草に火を点けようとしたが、かちかちと数回音を鳴らしたあと大きく舌打ちをする。オイルが切れたらしく、いくら試しても火が点くことはない。苛立ちのまま舞人はそれを準夜に叩きつけると、再び運転席のシートを蹴り上げて一層激しく怒鳴りつけた。
「もっとスピード出せよこのグズ!!」
「舞人くん落ち着いてくださいよぉ~」
元輝の情けない声を聞きながら、準夜は踏みつけられた腹をそっと擦る。とりあえず骨は折れていないようだった。
「ね~お腹蹴るとか酷くない? お詫びにちゅーしてよ」
「死ね」
もう一度腹を蹴り上げられ、今度こそ息が止まりそうになる。舞人はすっかり機嫌を損ねているようだから、あとでしこたま暴行されるのは確定だ。今日は家に帰れないかもしれない。これからされるであろう行為を想像すると、腹の奥がきゅんと疼いた。
小雨の降る住宅街の一角に、重い空気を纏った一軒の大きな屋敷がある。全国的に巨大な勢力を持つ滋賀組の本家であるこの場所には、平和であるべき閑静な街に不釣り合いな緊迫感が漂っていた。
「お邪魔しまぁす」
舞人が脱ぎ散らかしてひっくり返した靴を直し、準夜も玄関に上がる。早々に自室へ引っ込んでいった舞人を追いかけると、途中で上品な和服姿の女性とすれ違った。傍目には年齢の分からない顔をしたこの女性は、舞人にとっては血の繋がらない母親だ。つまりは極道の妻とは思えないほど、彼女はおっとりとした雰囲気を持っている。
「あら準夜くん、こんばんは」
「こんばんは~」
「今日は泊まっていくの?」
にこにこと微笑みながら訪ねる女に、準夜は「舞人くん次第かな」と答える。泊まるかどうかの決定権は準夜にないどころか、実際には「意識を飛ばして帰れなくなるかどうか」の問題だ。そんな事情を知ってか知らずか、女は白く細い手を伸ばして準夜の頬に触れた。
「ほんと、可愛らしいわねぇ。お人形さんみたいだわ」
「あれ? 僕がお人形だってことバレちゃった?」
おどけてみせる準夜に、女がそっと口元を押さえて笑う。女の後ろにはスーツ姿の若い男が立っており、好奇の目で準夜を見ていた。
「あら、こんなに可愛いお人形、うちに欲しくなっちゃうわ」
「いつでも貰ってよ。大事にしてくれる?」
「そうねえ。お花と一緒に飾っておこうかしら」
短く会話を終えて、玄関へ去っていく女を見送る。去り際に男と視線がぶつかり、準夜はにっこりと笑みを向けた。細長い男の目が丸くなり、逃げるように逸らされる。こういった反応をされるのは珍しいことではない。今しがた和やかそうに言葉を交わしていた女も、微笑んでいたのは口元だけで、準夜を見つめる瞳は終始冷ややかだった。この組にとって準夜は扱いづらい腫物のような存在だ。何かと周囲を困らせ迷惑をかける暴君のような舞人と、全く同じ括りで認識されている。普通であれば舞人もろとも組から追い出されるどころだが、舞人の父である組長が二人を甘やかしているため、周りは複雑な顔をするしかないのだろう。
「舞人くんお風呂借りるからねー」
扉が開きっぱなしになっていた舞人の部屋に向かって声をかける。返答はなかったが、無視して風呂場に向かった。
必要な準備だけ済ませて部屋に入ると、床に空の注射器が転がっているのが目に入った。ベッドの上では舞人がボトルから直で酒を煽っており、灰皿に煙草の吸殻が山積みになっているのも見える。
「おっせぇぞグズ」
「女の子のお風呂は長いんだよ」
準夜の冗談を無視して舞人がボトルを投げ捨てる。床に酒の残りがこぼれてじわじわと染みを広げていった。舞人が準夜の腕を強く引き、ベッドへ乱暴に放り投げる。軋んだ音がして、濡れた髪がシーツに散らばった。
「ふ、は、あははっ」
「楽しそ~」
覆いかぶさった舞人が唐突に笑いだす。何をどれくらい摂取したのか準夜は知らないが、酒と薬の相乗効果でかなり効いている様子だ。
「あ゛~ハハハ、ああうん、すげ~気分いい」
「じゃ気分いいついでにちゅーしよ?」
笑い続けている舞人の頬に手を添えると、思い切り払いのけられて組み敷かれた。すぐに服を千切られる勢いで脱がされて、いつも以上の性急さに笑ってしまう。
「なぁに舞人くん、そんなに我慢できない?」
「なんで脱ぐくせに着てきてんだよ」
「ひとんちの廊下を素っ裸で歩けって?」
僕は別にいいけど、と続けた言葉が途中で止まる。力の限り頬を殴られて舌を噛みそうになったせいだ。もっと殴られるかと思ったが、意外にも一度だけで終わった。薬のおかげですっかり機嫌がよくなったからだろう。
愛撫もなければ指で慣らすこともなく、脱がされるや否やすぐに陰茎を叩きこまれた。思わず身体に力が入りそうになり、息を吐いて衝撃をやり過ごす。
「は、ぁあ、あ゛っ、ふ、っ……」
「お前身体あっつ」
「おふろあがりだも、ン、んぁっ、あぁっ、あっ!」
休む間もなく律動が開始されたが、苦痛を感じたのはほんの一瞬で、すぐに体中を甘い痺れが駆け巡った。脚を持ち上げられ、上から潰されるようにして押さえつけられると、奥にある弱いところが強く抉られて理性が蕩けていく。
「ぁあっ、あっ、はぁっ、ん、きもち、あっ、あっ、そこもっとぉっ」
準夜が強請ったところで舞人が聞き入れてくれるわけもないが、正直どこをどういうふうにされても気持ちがいいので問題なかった。身体の相性だけはすこぶるいいので、お互いに自分本位のセックスをしているだけでどちらも最高の気分になれる。
「はぁっ、あっ、ぁあっ、んっ、いく、いっちゃ、もういっひゃいそ……」
「はー、うっるさ、イくなら勝手にイけよ」
「あ、あっ、やぁっ、いくいくっ、ぁあっ、あぁああっ……!」
乱暴な舞人の律動に合わせて、自らも貪るように腰を振る。急激にせり上がってきた絶頂感になすすべなく、準夜は大きく仰け反って悲鳴を上げた。前には一切触れないまま達したせいで、爪先まで痺れて力が抜ける。自然と出てきた涙が肌を伝い落ち、そのくすぐったさにもまた感じてしまった。
「ぁ、あ、あぁっ、やぁっ、きもひぃの、とまんな、あっ、ひぃっ、あっ、あっ、あ!」
余韻から抜け出せず震える体を、舞人が容赦なく激しく揺さぶる。技巧もなにもないような、それこそ自慰のための道具のような扱いをされていても、耐えがたい快楽に襲われて何度も意識が飛びそうになった。根本まで隙間なく突き立てられたまま、もっと奥をこじ開けるように乱暴に抉られる。その先にある準夜の最も弱いところを狙っているのが分かって、今度こそ体中から力が抜け落ち、身も心も快楽に屈服した。
「はひ、ひぃっ、ぁ、あ゛、――ッ!!」
一瞬、呼吸も止まるほどの衝撃に襲われる。慣れた痛みと苦しさが通り過ぎると、すぐに頭の中は『きもちいい』の一言で塗り替えられた。目の前が真っ白になり、開きっぱなしの口から唾液が垂れる。
「ひ、ぎゅ、ぁ、あ! そこぉっ! あ、ひぃっ、あ、あ゛っ、ひっ……!」
「っはー、きもちー」
耳元に熱い声が流れ込み、背筋がぞくぞくと痺れる。早く中を思い切り汚されたい気持ちと、もっと長くこのまま犯されていたい気持ちと、その両方に支配されて頭の中はぐちゃぐちゃになった。
「ぁ、ん、あぁっ、あ、おく、すきぃっ……! きもひぃよおっ、あぅ、あっ! あ゛~~っ!!」
律動がいっそう激しくなり、舞人の呼吸も荒くなっていく。準夜も思わずその背にしがみつき、早く中に出して欲しいと言わんばかりに締め付けた。どうせ一度では終わらないのだから、みっともないくらいの早打ちをして沢山中を満たしてほしい。
「あっ、あ、んぁっ、はやく、ちょぉだ、あっ、あぁっ! なか、いっぱいらしてぇっ……!」
強請るように腰を擦り付け、両手足で強く相手に縋りつく。ずっぽりと奥で繋がったまま、ふいに律動が止んで腹の中に熱いものが注がれていった。味がするわけでもないのに、思わず「おいしい」と熱に浮かされたように呟く。本当に美味しいような感じがした。身体が悦んでいる。
「ぁ、は……、おなかいっぱいだぁ……」
「いやまだ全然っしょ」
すぐに固さを取り戻したそれで、まだ痺れている奥を強く貫かれる。仰け反った途端に頭を押さえつけられ、殴られると思い目を閉じると、今度は首筋に思い切り歯を立てられた。殴られる時とは違う痛みが皮膚を走り、思わず小さく悲鳴が洩れる。
「ひっ、い゛っ、たぁい……、あっ、あっ! らめ、ぇっ、まだまってぇ、あ゛ぁあっ!」
注がれたばかりの精液が、腹の中で勢いよくかき混ぜられていく。ひっきりなしに上がる自分の嬌声と一緒に、下肢からもいやらしく濡れた音が大きく響いた。まだ気持ちいいのが止まらないから待って、と、殆ど言葉にならない言葉で準夜が懇願するが、舞人は当然のごとく無視して腰を揺さぶり続ける。もちろん準夜も本当に止めてほしいわけではないので、暴力じみた快感に殴られる悦びに身悶えた。
「やぁっ、あっ、あ、またいっひゃうぅっ! あっ! あ、らめ、きもひぃ、あ、ひっ! あぁっ、あ、あ、あ゛っ!」
準夜の身体ががくがくと大きく痙攣したあと、力を失った手足がシーツに滑り落ちる。二度目の絶頂は射精を伴わず、痛いほど深く甘い余韻が長く尾を引いた。
「ぁ……、ぁー、はぁ、あ、ぁ……」
指の一本も動かせないでいる準夜の腰を舞人が掴み、揺さぶりやすいように持ち上げる。舞人が小さく唸るような声を洩らして腰を大きく引いた、その途端のことだった。
ふいにぴたりと舞人の動きが止まり、掴まれていた腰から手が離れていく。体勢でも変えるのかと思って舞人を見上げると、そこにあったのは今にも倒れそうなほど真っ青な顔だった。
「あえ?」
「う゛ぇえ……っ!」
聞くに堪えない音と一緒に、腹の上に濡れた感触が広がる。下半身はしっかりと繋がったまま、舞人はその後三回ほどに分け、準夜の腹に向かって胃の中身を盛大にぶちまけた。
「わぁ~舞人くんはいちゃった」
舞人の目は完全に据わっていて、頭も頼りなく揺れていた。案の定すぐに倒れ込んできて、受け止めた身体をそっとベッドに寝かせる。まもなく意識を手放してしまった舞人を見下ろし、血の気の引いた頬を撫でると、普段よりも少し低い体温が伝わってきた。
「うふふ、寝ちゃった~かわいい~♡」
酒の飲みすぎか薬の使いすぎか、もしくはその両方か、どちらにしろ人は呼んでおいたほうがいいだろう。とりあえず下着だけ身に付け、シーツで腹の吐瀉物を軽く拭い、ベッドを降りる。
「あ、準ちゃん」
廊下へ出るとすぐ、偶然通りがかったらしい元輝と鉢合わせた。彼は下着一枚で出歩く準夜を見ても狼狽えることなく、当たり前のように声をかけてくる。ちょうどいいタイミングだと思いながら、準夜は舞人の部屋を指してへらりと笑った。
「舞人くん寝ちゃった。汚れてるからよろしくね」
「あ、まじっすか」
気の抜けた反応をする元輝と別れ、本日二度目の風呂場を目指す。もはや勝手知ったる他人の家で、今度は先ほどよりもゆっくり湯船に浸かって身体を休めることにした。正直、途中で行為が終わってしまったせいで、まだ不完全燃焼な感じがしている。帰りに誰か引っかけてもいいかもしれない、なんてことを考えながら、吐瀉物で汚れた下着をゴミ箱に投げ捨てた。
準夜にとって父からの愛情はいつも重いものだった。はじめこそは、優しくて大好きなおとうさん、だったのかもしれない。厳しく怒られることもなかったし、欲しいと言ったものは何でも買い与えてくれた。毎日優しく抱きしめられて、キスをして、一緒に風呂へ入り、同じ布団で眠った。
しかし普通、親子がキスをするときに舌を入れないことや、体中、それも下半身を執拗に触られたり、逆に触るよう強いられることもないことを知った時、これまで普通だと信じていたことを否定されて準夜は酷く戸惑った。それと同時に、今までなんとなく覚えていた違和感や嫌悪感が、間違いではなかったのだと確信してしまった。
身体を触られたくない。触りたくない。そう思ってしまった。いや、思ってもよかったのだ、拒否してもよかったのだと、そう知ってしまった。母の荷物が全て消える少し前、準夜ははじめて父を拒否した。二人きりの夜に、服を脱がせようとしてきた父を押しのけた。その途端、力の限り殴り飛ばされた。生まれてはじめて誰かに殴られた。はじめて父が激昂する声を聞いた。ただ、それも一瞬のことだった。すぐに父は優しい猫なで声で、謝り、抱きしめてきた。
それから準夜も「嫌だ」を口にすることができなくなっていった。もちろん抵抗したのはその一度だけではない。父の機嫌がよさそうな日にやんわりと拒んでみたり、あるいはいっそ思い切り嫌がって逃げ出そうとしてみたり、自分なりに工夫して努力はした。しかしどれも失敗に終わった。最後には必ず捕まるし、捕まればもっとひどい目に遭う。抵抗すればするほど父の機嫌を損ねることになって、その先に待っているのは地獄だ。殴られるだけならまだよかった。長時間縛り付けられたり、首を絞められたり、鞭代わりのベルトで打たれたこともある。刃物で切りつけられたり、真冬に水をかけられ外に放り出されたりもした。しかし折檻があったあとは、決まって必ず優しくされた。抱きしめられキスをされて、愛しているよと囁かれる。怪我も手当されて、汚れた身体も綺麗にされた。これが愛なのだと言われたら、何が正しいのか分からなくなった。
母とはまともに会話した記憶がない。準夜の意識の芽生えは、今はもう辞めていった家政婦の腕に揺られているところだ。一度でも母に抱いてもらったことはあったのだろうか。準夜には分からない。ただ、何も言わず家を去ろうとする母を見て、自分は見捨てられたのだとすぐに理解した。母にとって自分の存在はさして重要なものではなくて、それよりも夫の異常さに対する嫌悪感のほうが強かったのだ。我が子に対する情はなかった。いや、もしかしたら少しはあったのかもしれない。しかし母は夫から逃げることを選んだ。子を連れ出せば夫から付きまとわれると考えたのかもしれない。きっとそれが正解だ。
やがて母は完全なる他人となって、家には準夜と父親、そして頻繁に入れ替わる家政婦だけが残った。もちろん家政婦に相談してみようと思ったこともある。しかし口に出そうとすると、決まって言葉が出てこなかった。家政婦の目があるところでは、父はごく普通の親として振舞う。夜、自分がどんな扱いを受けているのか、それを他人に告白するのはとても勇気がいることだった。性のことをなんとなく理解できる歳になってくると、尚更、口にするのが難しくなった。
一方で、外での生活はとても順調だった。成績も申し分なかったし、何より準夜は自分の容姿が武器になることを知っていた。母親譲りの大きな瞳と長い睫毛、宝石のように透き通った緑の瞳、低めの身長や長く伸ばした髪も、子供のころから少女とよく間違われたし、人形のようだともてはやされた。
だからよりいっそう可愛がられるために、愛嬌のある振る舞いを学んで身に付けた。相手の機嫌を伺い、何を求められているのかを察して行動する。愛されるための嘘も磨いた。そういった形で周りからの愛玩を受けることで、はじめて自分は生きることができると思っていたのだ。
*
日の沈みかけた公園には子供たちの笑い声が響き、平和な午後のひとときを作っていた。ベンチにはカラフルなランドセルが並んでいて、真新しいものから使い込まれたものまで様々な年代が寄り添いあっている。
遊具も少なく殺風景な公園の真ん中では、子供たちがボール遊びに興じていた。そんな様子をなんとなく眺めながら、準夜は一人ふらふらと道を歩く。とくに目的があるわけではなく、ただ気まぐれに散歩に出てきただけだ。今日は誰かと会う約束もないし、声をかけるのも気が乗らない。
閑静な住宅街には穏やかな時間が流れていて、近くの家からはおいしそうなカレーの匂いが漂っていた。カレーは準夜の得意料理の一つで、市販のルウを使わずスパイスから作るのがこだわりだ。とはいっても準夜は辛いものが苦手なので、その加減を調整するのがなかなか難しい。甘くしすぎると何か違うような気がするし、辛くしてしまうと自分が食べられない。
カレーといえば、舞人にふるまった時に「俺カレー嫌いなんだよね」と一蹴されたのを覚えている。十代前半頃の記憶だ。玉ネギとにんじんが嫌いなのは知っていたので抜いてはいたが、カレーそのものを拒否された時はさすがに笑ってしまった。舞人の偏食ぶりにはもうすっかり慣れたが、気分でころころと変わるのでなかなか把握が難しくて面白い。たとえば昨日食べたいと言っていたオムライスを、次の日作ったらオムレツじゃないと嫌だと言うのである。子供でももう少し妥協してくれる。
そんなことを思い出しながら、今夜は久しぶりにカレーを作ろうと考えていると、ふいに足元にボールが転がって来た。続いて「蹴ってくださーい!」と、元気な少年の声がする。今時めずらしい坊主頭の少年が、笑顔でこちらに手を振っていた。
言われた通り、足元のボールを少し強めに蹴る。思ったよりも力が入っていなかったようで、今にも止まりそうな弱い勢いでよろよろと頼りなく転がっていく。届かなかったらもう一度蹴りに行ってあげたほうがいいのかな、なんてことを考えているうち、なんとかボールは少年の元にたどり着いた。
「ありがとうございまーす!」
ボールを受け取った少年が元気な声を上げる。準夜は軽く手だけ振ると、公園に背を向けて歩き出した。
住宅街から大通りへ出ようとしたところで、近くに一台の車が停まった。西日を反射させる黒い車体にはとても馴染みがある。ゆっくり開いた窓から顔を出したのは、予想通りの派手な紫髪だった。
「やっほ~。何してんの?」
「ん~、散歩かな」
自分から尋ねておきながら、舞人は興味なさげに「ふうん」と生返事をする。すぐに黒い扉が開かれたため、準夜はとくに何も考えず車に乗り込んだ。広々とした車内にはたばこの臭いが充満していて、舞人が好む攻撃的な音楽が響いていた。耳がついていけないほどの疾走感と重低音で、骨まで痺れるようだ。
「あ、元輝くんこんにちは~」
「どもーっす」
運転席から笑顔を覗かせた男に手を振りながら、少しも場所を譲ろうとしない舞人の隣に密着して腰かける。するとほのかに鉄臭さが漂ってきて、準夜は目を細めながら舞人を見上げた。よく見ると舞人の顔には拭いきれていない血の跡があり、髪や服も少し乱れているのが確認できる。
「セクシーじゃん?」
そう言いながら無遠慮にシャツをめくってみれば、腹に巻かれた包帯に血が滲んでいるのが見えた。しっかりと巻かれているそれを器用に解けば、日焼けしない白い肌にまだ真新しい傷が刻まれていた。
「えっちだ~」
脇腹に走る赤い線は、鋭い刃物によるものと見られる。咄嗟に避けたらしいおかげでこの程度で済んでいるが、内臓を突き刺されていたらそれなりの大怪我になっていただろう。すでに出血は止まっているが、指で触れるとまだ湿っていた。
「やられちゃったねぇ」
ついでに筋肉の凹凸を指でなぞっていると、舞人が無言で自分の股間を指す。言われるまでもなく準夜は席から降りると、舞人の股の間に座り込んでベルトに手をかけた。布地の下が膨らんでいるのを見つめながら、ベルトを外してファスナーを咥える。開ききるのと同時に勃起した陰茎がこぼれ出て、準夜の鼻先を小さく叩いた。
「んふふ、元気~」
「だって暴れ足りねえんだもん」
駄々をこねる子供のように口をとがらせながら、舞人が準夜の頭を掴む。準夜はすぐに大きく口を開けると、むれた臭いのするそれを深く咥えこんだ。
「ん、ン……ふ、んぅ……っ」
一気に奥まで呑み込んで、喉で締め付けながら頭を上下に動かす。暴れて来たおかげかいつもより生臭く、苦味も強かった。反射的に込み上げる吐き気と一緒に、溢れ出る先走りを啜って呑み込む。とても不味くて耐えらるものではないが、それがたまらなく美味しくて気持ちがいいと思ってしまう。
「ふ、ン、んっ、ぐっ……!」
強く頭を押さえつけられ、そのまま乱暴に揺さぶられる。固くいきり立ったものでぐぽぐぽと喉を突き上げられて呼吸もままならない。しっかりと頭を固定されているおかげで逃げることもできず、歯を立てないよう口を開けて受け入れるしかなかった。
そんなふうにただの穴として扱われながら、準夜の体の中心には熱が生まれて指先まで甘く痺れた。その快感に恍惚としながら、準夜は蕩けた顔をして喉を鳴らし、下品な音を立てながら愛しそうに肉棒をしゃぶる。小さな口に収まりきらないような屹立を根本まで呑み込んで、乱暴に腰が打ち付けられるのを喜んで受け止めた。
「ぐっ、ふ、ふぅ゛っ、ッ」
されるがまま揺さぶられながら、ふいに髪を鷲掴まれて痛みを感じる。頭上からぶつぶつと何事か呟く声が聞こえてきて、舞人の顔を伺った。
「クソ、くっそむかつく……邪魔さえなけりゃぶち殺してやったのにさぁ……」
「んむ……ん゛、ぐっ……!」
舞人の顔からは普段の軽薄な笑みがいつの間にか消えていて、凶悪にぎらついた目が準夜を見下ろしていた。苛立たしげに歯を食いしばりながら、興奮した息を洩らして準夜の頭を押さえつける。またいっそう喉の奥まで塞がれて、苦痛に呻く準夜にも構わず舞人は腰を揺さぶり続けた。
「っんだよ、クソッ、俺が殺すっつったら殺すんだよ、なんっで止められなきゃなんねーんだよ、くそ、くっそ、つまんねえ、クソさいあく、なんにもたのしくねえ……!」
低く唸るような声を聞きながら、準夜は喉と舌を器用に使って口の中のものを愛撫する。それがぴくぴくと小さく震えるのを感じると、吐き気が増すのも構わずに喉の締め付けを強くした。
「っは、……っ!」
「ンぐ……ん、んっ、んくっ……」
勢いよく注がれた精液を受け止めると、同時に準夜の腰も震えて力が抜けていく。最後の一滴まで絞って飲み干せば、自身の股の間もぐっしょりと濡れて濃い染みを作っていた。
「おいなにイッてんだよ」
「っぷは……えへへ、乱暴にされて感じちゃった」
それを見つけた舞人が準夜の髪を掴み上げ、自分の股間から引き剥がす。準夜は軽く咳き込みつつ、へらりと笑みを浮かべて残った精液も呑み込んだ。それからふと口の中に指を差し込むと、一本の黒い毛をつまみ出して舞人に見せつける。
「チン毛たべちゃった♡」
準夜がそう言うや否や、その腹に舞人の重い靴がめり込む。準夜の身体はそのまま運転席のシートに叩きつけられ、車全体が大きく揺れた。
「危ないから暴れないでくださいよぉ」
「あ゛ー、うっさいうっさい、だりぃ運転してんじゃねえ! 飛ばせ!」
舞人は激しくむせ込んで蹲る準夜は視界にも入れず、運転中の元輝に向かって怒声を上げ、彼のシートに蹴りを入れる。再び車が揺れて、元輝が慌ててハンドルをしっかりと握り直した。
「機嫌わる~っぐえ!」
準夜が床に転がったまま茶々を入れようとすると、その腹が思い切り踏みつけられた。大きく息が詰まって意識が飛びそうになったあと、耐えがたい嘔気が急激に込み上げて咄嗟に横を向く。蛇口をひねったように流れた吐瀉物にほとんど固形物はなく、今しがた飲んだばかりの精液に血が混じったものが出てきた。
舞人は煙草に火を点けようとしたが、かちかちと数回音を鳴らしたあと大きく舌打ちをする。オイルが切れたらしく、いくら試しても火が点くことはない。苛立ちのまま舞人はそれを準夜に叩きつけると、再び運転席のシートを蹴り上げて一層激しく怒鳴りつけた。
「もっとスピード出せよこのグズ!!」
「舞人くん落ち着いてくださいよぉ~」
元輝の情けない声を聞きながら、準夜は踏みつけられた腹をそっと擦る。とりあえず骨は折れていないようだった。
「ね~お腹蹴るとか酷くない? お詫びにちゅーしてよ」
「死ね」
もう一度腹を蹴り上げられ、今度こそ息が止まりそうになる。舞人はすっかり機嫌を損ねているようだから、あとでしこたま暴行されるのは確定だ。今日は家に帰れないかもしれない。これからされるであろう行為を想像すると、腹の奥がきゅんと疼いた。
小雨の降る住宅街の一角に、重い空気を纏った一軒の大きな屋敷がある。全国的に巨大な勢力を持つ滋賀組の本家であるこの場所には、平和であるべき閑静な街に不釣り合いな緊迫感が漂っていた。
「お邪魔しまぁす」
舞人が脱ぎ散らかしてひっくり返した靴を直し、準夜も玄関に上がる。早々に自室へ引っ込んでいった舞人を追いかけると、途中で上品な和服姿の女性とすれ違った。傍目には年齢の分からない顔をしたこの女性は、舞人にとっては血の繋がらない母親だ。つまりは極道の妻とは思えないほど、彼女はおっとりとした雰囲気を持っている。
「あら準夜くん、こんばんは」
「こんばんは~」
「今日は泊まっていくの?」
にこにこと微笑みながら訪ねる女に、準夜は「舞人くん次第かな」と答える。泊まるかどうかの決定権は準夜にないどころか、実際には「意識を飛ばして帰れなくなるかどうか」の問題だ。そんな事情を知ってか知らずか、女は白く細い手を伸ばして準夜の頬に触れた。
「ほんと、可愛らしいわねぇ。お人形さんみたいだわ」
「あれ? 僕がお人形だってことバレちゃった?」
おどけてみせる準夜に、女がそっと口元を押さえて笑う。女の後ろにはスーツ姿の若い男が立っており、好奇の目で準夜を見ていた。
「あら、こんなに可愛いお人形、うちに欲しくなっちゃうわ」
「いつでも貰ってよ。大事にしてくれる?」
「そうねえ。お花と一緒に飾っておこうかしら」
短く会話を終えて、玄関へ去っていく女を見送る。去り際に男と視線がぶつかり、準夜はにっこりと笑みを向けた。細長い男の目が丸くなり、逃げるように逸らされる。こういった反応をされるのは珍しいことではない。今しがた和やかそうに言葉を交わしていた女も、微笑んでいたのは口元だけで、準夜を見つめる瞳は終始冷ややかだった。この組にとって準夜は扱いづらい腫物のような存在だ。何かと周囲を困らせ迷惑をかける暴君のような舞人と、全く同じ括りで認識されている。普通であれば舞人もろとも組から追い出されるどころだが、舞人の父である組長が二人を甘やかしているため、周りは複雑な顔をするしかないのだろう。
「舞人くんお風呂借りるからねー」
扉が開きっぱなしになっていた舞人の部屋に向かって声をかける。返答はなかったが、無視して風呂場に向かった。
必要な準備だけ済ませて部屋に入ると、床に空の注射器が転がっているのが目に入った。ベッドの上では舞人がボトルから直で酒を煽っており、灰皿に煙草の吸殻が山積みになっているのも見える。
「おっせぇぞグズ」
「女の子のお風呂は長いんだよ」
準夜の冗談を無視して舞人がボトルを投げ捨てる。床に酒の残りがこぼれてじわじわと染みを広げていった。舞人が準夜の腕を強く引き、ベッドへ乱暴に放り投げる。軋んだ音がして、濡れた髪がシーツに散らばった。
「ふ、は、あははっ」
「楽しそ~」
覆いかぶさった舞人が唐突に笑いだす。何をどれくらい摂取したのか準夜は知らないが、酒と薬の相乗効果でかなり効いている様子だ。
「あ゛~ハハハ、ああうん、すげ~気分いい」
「じゃ気分いいついでにちゅーしよ?」
笑い続けている舞人の頬に手を添えると、思い切り払いのけられて組み敷かれた。すぐに服を千切られる勢いで脱がされて、いつも以上の性急さに笑ってしまう。
「なぁに舞人くん、そんなに我慢できない?」
「なんで脱ぐくせに着てきてんだよ」
「ひとんちの廊下を素っ裸で歩けって?」
僕は別にいいけど、と続けた言葉が途中で止まる。力の限り頬を殴られて舌を噛みそうになったせいだ。もっと殴られるかと思ったが、意外にも一度だけで終わった。薬のおかげですっかり機嫌がよくなったからだろう。
愛撫もなければ指で慣らすこともなく、脱がされるや否やすぐに陰茎を叩きこまれた。思わず身体に力が入りそうになり、息を吐いて衝撃をやり過ごす。
「は、ぁあ、あ゛っ、ふ、っ……」
「お前身体あっつ」
「おふろあがりだも、ン、んぁっ、あぁっ、あっ!」
休む間もなく律動が開始されたが、苦痛を感じたのはほんの一瞬で、すぐに体中を甘い痺れが駆け巡った。脚を持ち上げられ、上から潰されるようにして押さえつけられると、奥にある弱いところが強く抉られて理性が蕩けていく。
「ぁあっ、あっ、はぁっ、ん、きもち、あっ、あっ、そこもっとぉっ」
準夜が強請ったところで舞人が聞き入れてくれるわけもないが、正直どこをどういうふうにされても気持ちがいいので問題なかった。身体の相性だけはすこぶるいいので、お互いに自分本位のセックスをしているだけでどちらも最高の気分になれる。
「はぁっ、あっ、ぁあっ、んっ、いく、いっちゃ、もういっひゃいそ……」
「はー、うっるさ、イくなら勝手にイけよ」
「あ、あっ、やぁっ、いくいくっ、ぁあっ、あぁああっ……!」
乱暴な舞人の律動に合わせて、自らも貪るように腰を振る。急激にせり上がってきた絶頂感になすすべなく、準夜は大きく仰け反って悲鳴を上げた。前には一切触れないまま達したせいで、爪先まで痺れて力が抜ける。自然と出てきた涙が肌を伝い落ち、そのくすぐったさにもまた感じてしまった。
「ぁ、あ、あぁっ、やぁっ、きもひぃの、とまんな、あっ、ひぃっ、あっ、あっ、あ!」
余韻から抜け出せず震える体を、舞人が容赦なく激しく揺さぶる。技巧もなにもないような、それこそ自慰のための道具のような扱いをされていても、耐えがたい快楽に襲われて何度も意識が飛びそうになった。根本まで隙間なく突き立てられたまま、もっと奥をこじ開けるように乱暴に抉られる。その先にある準夜の最も弱いところを狙っているのが分かって、今度こそ体中から力が抜け落ち、身も心も快楽に屈服した。
「はひ、ひぃっ、ぁ、あ゛、――ッ!!」
一瞬、呼吸も止まるほどの衝撃に襲われる。慣れた痛みと苦しさが通り過ぎると、すぐに頭の中は『きもちいい』の一言で塗り替えられた。目の前が真っ白になり、開きっぱなしの口から唾液が垂れる。
「ひ、ぎゅ、ぁ、あ! そこぉっ! あ、ひぃっ、あ、あ゛っ、ひっ……!」
「っはー、きもちー」
耳元に熱い声が流れ込み、背筋がぞくぞくと痺れる。早く中を思い切り汚されたい気持ちと、もっと長くこのまま犯されていたい気持ちと、その両方に支配されて頭の中はぐちゃぐちゃになった。
「ぁ、ん、あぁっ、あ、おく、すきぃっ……! きもひぃよおっ、あぅ、あっ! あ゛~~っ!!」
律動がいっそう激しくなり、舞人の呼吸も荒くなっていく。準夜も思わずその背にしがみつき、早く中に出して欲しいと言わんばかりに締め付けた。どうせ一度では終わらないのだから、みっともないくらいの早打ちをして沢山中を満たしてほしい。
「あっ、あ、んぁっ、はやく、ちょぉだ、あっ、あぁっ! なか、いっぱいらしてぇっ……!」
強請るように腰を擦り付け、両手足で強く相手に縋りつく。ずっぽりと奥で繋がったまま、ふいに律動が止んで腹の中に熱いものが注がれていった。味がするわけでもないのに、思わず「おいしい」と熱に浮かされたように呟く。本当に美味しいような感じがした。身体が悦んでいる。
「ぁ、は……、おなかいっぱいだぁ……」
「いやまだ全然っしょ」
すぐに固さを取り戻したそれで、まだ痺れている奥を強く貫かれる。仰け反った途端に頭を押さえつけられ、殴られると思い目を閉じると、今度は首筋に思い切り歯を立てられた。殴られる時とは違う痛みが皮膚を走り、思わず小さく悲鳴が洩れる。
「ひっ、い゛っ、たぁい……、あっ、あっ! らめ、ぇっ、まだまってぇ、あ゛ぁあっ!」
注がれたばかりの精液が、腹の中で勢いよくかき混ぜられていく。ひっきりなしに上がる自分の嬌声と一緒に、下肢からもいやらしく濡れた音が大きく響いた。まだ気持ちいいのが止まらないから待って、と、殆ど言葉にならない言葉で準夜が懇願するが、舞人は当然のごとく無視して腰を揺さぶり続ける。もちろん準夜も本当に止めてほしいわけではないので、暴力じみた快感に殴られる悦びに身悶えた。
「やぁっ、あっ、あ、またいっひゃうぅっ! あっ! あ、らめ、きもひぃ、あ、ひっ! あぁっ、あ、あ、あ゛っ!」
準夜の身体ががくがくと大きく痙攣したあと、力を失った手足がシーツに滑り落ちる。二度目の絶頂は射精を伴わず、痛いほど深く甘い余韻が長く尾を引いた。
「ぁ……、ぁー、はぁ、あ、ぁ……」
指の一本も動かせないでいる準夜の腰を舞人が掴み、揺さぶりやすいように持ち上げる。舞人が小さく唸るような声を洩らして腰を大きく引いた、その途端のことだった。
ふいにぴたりと舞人の動きが止まり、掴まれていた腰から手が離れていく。体勢でも変えるのかと思って舞人を見上げると、そこにあったのは今にも倒れそうなほど真っ青な顔だった。
「あえ?」
「う゛ぇえ……っ!」
聞くに堪えない音と一緒に、腹の上に濡れた感触が広がる。下半身はしっかりと繋がったまま、舞人はその後三回ほどに分け、準夜の腹に向かって胃の中身を盛大にぶちまけた。
「わぁ~舞人くんはいちゃった」
舞人の目は完全に据わっていて、頭も頼りなく揺れていた。案の定すぐに倒れ込んできて、受け止めた身体をそっとベッドに寝かせる。まもなく意識を手放してしまった舞人を見下ろし、血の気の引いた頬を撫でると、普段よりも少し低い体温が伝わってきた。
「うふふ、寝ちゃった~かわいい~♡」
酒の飲みすぎか薬の使いすぎか、もしくはその両方か、どちらにしろ人は呼んでおいたほうがいいだろう。とりあえず下着だけ身に付け、シーツで腹の吐瀉物を軽く拭い、ベッドを降りる。
「あ、準ちゃん」
廊下へ出るとすぐ、偶然通りがかったらしい元輝と鉢合わせた。彼は下着一枚で出歩く準夜を見ても狼狽えることなく、当たり前のように声をかけてくる。ちょうどいいタイミングだと思いながら、準夜は舞人の部屋を指してへらりと笑った。
「舞人くん寝ちゃった。汚れてるからよろしくね」
「あ、まじっすか」
気の抜けた反応をする元輝と別れ、本日二度目の風呂場を目指す。もはや勝手知ったる他人の家で、今度は先ほどよりもゆっくり湯船に浸かって身体を休めることにした。正直、途中で行為が終わってしまったせいで、まだ不完全燃焼な感じがしている。帰りに誰か引っかけてもいいかもしれない、なんてことを考えながら、吐瀉物で汚れた下着をゴミ箱に投げ捨てた。
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