【完結】うちのブス知りませんか?~金目当ての貴族との縁談をブチ壊そうと、全力醜女メイクしてたら引っ込みがつかなくなった件~

羊蹄

文字の大きさ
上 下
44 / 51

44.深い雪、白、グリーン

しおりを挟む
 雪を踏みしめて歩く。カバンはない。が、毛皮は被ったまま持ってきた。
 空はさっきまでが嘘のように晴れ渡っている。日の高さからいって、日没までもまだ時間があるだろう。

 崩落があった三峰は、すぐにわかった。土色の地面が露出していて、そこだけ雪がない。そちらに向かって歩を進めていくことにした。
 そこにラインハートがいるのかはわからない。坊ちゃんの救出、のようなことを衛兵は言っていたけれど、崩落に巻き込まれたという確証があるわけでもない。

 そもそも、崩落が起こったと聞いてから3日経っている。もしも、巻き込まれてしまっていたとしたら。
 もしものことなど考えたくはない。今は絶望している場合ではないから。まっすぐに三峰を目指して歩くことしか、出来ることはない。

 息が弾むのは、疲れのせいだけではなかった。少し標高が高いせいで、空気が薄く感じる。
 クロエが辿るのは、雪の中の道なき道。鎖すらも張っておらず、等間隔で打ってある杭が唯一の目印だ。これもなかったら遭難一直線なので、このルートは通ることもなかっただろう。

 通常の通行ルートは、捜索隊が辿ってくれている。そちらでラインハートが見つかってくれるのなら、安心だ。
 でも、崩落から3日。通常ルートにいるならとっくに戻ってきているはず。大事な嫡男だもの、いなくなってから何日も放置なんてことは。

「……ない、よね?」

 大丈夫。クロエは顔を上げて、あたりの景色を見渡した。
 真っ白な雪には、何の痕跡もない。人の足跡も、動物の歩いた痕跡も。
 自分の来た方向を見ると、引きずったような跡が道になって続いていた。

 土色の峰を目指して進む。理由はない。ただ白い中でもよくわかる目印がそこにしかないから。まずは、崩落の現場を調査するという建前で来ていることだし、と自分に言い聞かせた。

 目標がないと、その場に崩れてしまいそうだった。
 一面の雪の中に一人というのは、こんなにも心細いのか。
 ……ラインハートは大丈夫だろうか。

 よいしょ、と毛皮を被り直して、リズミカルに呼吸をしながら進んでいく。毛皮の温かさがありがたかった。何となく強くなった気もするし。

 

 休まずに一時間ほど歩いただろうか。足元に少しに雪をかぶった落石が目立つようになってきた。
 石を踏むと滑って転んでしまう。足元を慎重に確認しながら進んでいくと、鮮やかなグリーンが目に入った。

 奇跡的に土砂崩れが直撃しなかったのか、それとも崩落後に張ったのかは分からなかったが、それは確かにテントだった。数メートルの間をあけて、二張のテント。

 そして、表面に見たことのある紋章が描かれていた。
 ノヴァック辺境伯の、家紋だった。

「……!」

 重く怠く感じていた足がうそのように、クロエは転がるようにテントに向かって走った。
 雪と土が絡まりつく。安心感からか、涙で景色がにじむ。ぐっと目元を袖で拭って、はやる心を抑えながら、坂を上る。

 ゆら、と人影が見えた。逆光のせいで顔はわからないが、呼びかけようとクロエが口を開きかけたとたん、破裂音とともに頬の真横を何かが風を切って通り過ぎた。
 
 発砲された?

 前へ進む勢いが殺せず、驚きで腰が引けてその場に昏倒した。雪と毛皮のおかげで、身体は固い地面に叩きつけられはしなかった。が、腹の底から震えがせり上がってくる。
 起き上がることができない。でも、逃げなければ。逃げなければ、また撃たれたら?

 一度横になってしまった身体は震えが止まらず、ゆっくりと近づいてくる人影から目が離せない。長い猟銃の口がこちらを向いているのが恐ろしくて、目を閉じたいのに視線が逸らせない。
 どくどくと心臓の音が耳元で聞こえる。
 ゆっくりと近づいてくる、雪と石を踏みしめる音がやけに遠くに聞こえる。

 銃の影が身体に触れるかどうか、というところまで近づいてきた人影は、驚いたように小声で呟いた。

「――クロエ?」

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...