【完結】うちのブス知りませんか?~金目当ての貴族との縁談をブチ壊そうと、全力醜女メイクしてたら引っ込みがつかなくなった件~

羊蹄

文字の大きさ
上 下
37 / 51

37.旅は道連れと言いますけれど

しおりを挟む
 ここでは寒いでしょうから、とイーサンの同行者に促され、焚火近くの仮設休憩所まで移動した。
 イーサンの背丈よりも高く燃え上がる火は、焚火というにはいささか大きい。ベンチへ腰かけると、ほっと身体から力が抜ける。

 イーサンは、座ったクロエのそばでそわそわと落ち着かない。このイーサンが、お見合いに来た挙句に笑ってお断りしてきたあのイーサンと同じ人物とはとても思えない。
 クロエは笑ってベンチの横を叩いた。

「座ってください、イーサン様」
「え!? と、隣に? い、いいんですか」
「何の遠慮ですか。みんなのベンチですよ」

 女性が苦手なのだろうか。でも、お見合いの席では必要以上に堂々としていたし。
 クロエと同一人物だと気付いていないからこの様子なのかしら。だとしたら、申し訳ない。

 以前のクロエだったら、申し訳ないなんて思うはずもなかった。
 金目当てで寄ってくる男をからかうことに対しても、罪悪感を抱いたことなど一度もなかった。
 なのに。

 クロエは、隣に腰掛けてまだそわそわしているイーサンに、深く頭を下げた。

「お久しぶりです、イーサン様。……クロエ=ゴドルフィンです」
「……?」

 キョトンとした顔で、彼はクロエを見つめた。じっと目を見て、髪を見て、また目を見つめて、微かに首を傾げる。
 何も言わないイーサン。いたたまれない気持ちになりながら、クロエはじっと身を固くして反応を待った。
 膝の上できつくこぶしを握り、怒鳴られるかもしれない、と覚悟を決める。
 
「クロエ=ゴドルフィン……」

 小さな声でイーサンは名前を呟き、びっくりしたように大きく目を見開いた。
「クロエ!? え、ちょっとまって、……クロエ、ゴドルフィン?」
 その表情からは驚きしか見えない。
「俺の知ってるクロエとは顔が違うんだけど」
「――はい、すみません。……お化粧です」
「女ってすごいなー!」

 クロエだと知ったとたん、一人称が「俺」に戻っている。感心しているイーサンは、人懐っこい笑顔を浮かべていて、それにひどく安心した。
 イーサンは無遠慮にクロエの頬を手のひらで撫でまわし、帽子から出ているポニーテールの栗毛をさらさらと指で梳き、へーとかほーとか言っている。

「外に出るときは、この顔なんだな」
「いえ、すっぴん状態でこの顔です」
「そばかすもきれいに消えてる」
「今日は描いてないんです」
「自然な色の化粧だな」
「自然そのものです」
「?」

 強めに擦ったり髪をかき上げられておでこを見られたり、とむずむずするような好き放題。
 くすぐったくて顔をしかめると、はっとしてイーサンはようやく手を離してくれた。

「ご、ごめん! 女の子の顔に!」
「いえ……ちょっとびっくりしたけれど大丈夫です」
「――そっか、あの子がクロエだったのか、気が付かなかったな……」

 独り言のように小声でそう言い、イーサンは深くため息を吐いて空を仰いだ。
「イーサン様?」
「あー、うん、何でもない。うんうん、何でもないんだ」

 どことなくすっきりした顔をして、イーサンは笑った。
「女の子って、化粧でほんとに変わるんだな!」
「……ごめんなさい、だましたみたいになって」

 みたいというか、事実騙したのではあるけれど。
 クロエの謝罪に、彼はまた笑った。
「別にそんな、謝るようなことじゃ。っていうか、好きな子の変装も見抜けないようじゃ、駄目だよなぁ」

 後半、声が小さくてよく聞き取れなかったけれど、クロエはすっと肩から重荷が下りたような気がした。
 素直に話せた、謝れた。よかった。

「あ、それで、クロエ」
「?」
「すっかり忘れてたけど、川、渡るんじゃないの? 通行証持ってる?」

 首を振るクロエに、イーサンはちょっとだけ真剣な声で言った。

「俺の通行証があるから、一緒に渡る?」
「! いいんですか!?」

 イーサンは上着の内ポケットから通行証を出し、クロエに見せた。
 イーサン=アドル、と名前が入っている。また、先ほどの同行者の名前らしい名前も。

「これ、……名前入りだから、途中での追加は出来ないんでは……」
「出来るよ」
「そうなんですか!?」

 だったら、と言いかけたクロエに、イーサンは続けた。

「俺の妻、としてだったら」

 イーサンの指が示す通行証の備考欄に、その記載があった。
 
『通行証における名義人、及び配偶者に限り通行を許可する』
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

処理中です...