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37.旅は道連れと言いますけれど
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ここでは寒いでしょうから、とイーサンの同行者に促され、焚火近くの仮設休憩所まで移動した。
イーサンの背丈よりも高く燃え上がる火は、焚火というにはいささか大きい。ベンチへ腰かけると、ほっと身体から力が抜ける。
イーサンは、座ったクロエのそばでそわそわと落ち着かない。このイーサンが、お見合いに来た挙句に笑ってお断りしてきたあのイーサンと同じ人物とはとても思えない。
クロエは笑ってベンチの横を叩いた。
「座ってください、イーサン様」
「え!? と、隣に? い、いいんですか」
「何の遠慮ですか。みんなのベンチですよ」
女性が苦手なのだろうか。でも、お見合いの席では必要以上に堂々としていたし。
クロエと同一人物だと気付いていないからこの様子なのかしら。だとしたら、申し訳ない。
以前のクロエだったら、申し訳ないなんて思うはずもなかった。
金目当てで寄ってくる男をからかうことに対しても、罪悪感を抱いたことなど一度もなかった。
なのに。
クロエは、隣に腰掛けてまだそわそわしているイーサンに、深く頭を下げた。
「お久しぶりです、イーサン様。……クロエ=ゴドルフィンです」
「……?」
キョトンとした顔で、彼はクロエを見つめた。じっと目を見て、髪を見て、また目を見つめて、微かに首を傾げる。
何も言わないイーサン。いたたまれない気持ちになりながら、クロエはじっと身を固くして反応を待った。
膝の上できつくこぶしを握り、怒鳴られるかもしれない、と覚悟を決める。
「クロエ=ゴドルフィン……」
小さな声でイーサンは名前を呟き、びっくりしたように大きく目を見開いた。
「クロエ!? え、ちょっとまって、……クロエ、ゴドルフィン?」
その表情からは驚きしか見えない。
「俺の知ってるクロエとは顔が違うんだけど」
「――はい、すみません。……お化粧です」
「女ってすごいなー!」
クロエだと知ったとたん、一人称が「俺」に戻っている。感心しているイーサンは、人懐っこい笑顔を浮かべていて、それにひどく安心した。
イーサンは無遠慮にクロエの頬を手のひらで撫でまわし、帽子から出ているポニーテールの栗毛をさらさらと指で梳き、へーとかほーとか言っている。
「外に出るときは、この顔なんだな」
「いえ、すっぴん状態でこの顔です」
「そばかすもきれいに消えてる」
「今日は描いてないんです」
「自然な色の化粧だな」
「自然そのものです」
「?」
強めに擦ったり髪をかき上げられておでこを見られたり、とむずむずするような好き放題。
くすぐったくて顔をしかめると、はっとしてイーサンはようやく手を離してくれた。
「ご、ごめん! 女の子の顔に!」
「いえ……ちょっとびっくりしたけれど大丈夫です」
「――そっか、あの子がクロエだったのか、気が付かなかったな……」
独り言のように小声でそう言い、イーサンは深くため息を吐いて空を仰いだ。
「イーサン様?」
「あー、うん、何でもない。うんうん、何でもないんだ」
どことなくすっきりした顔をして、イーサンは笑った。
「女の子って、化粧でほんとに変わるんだな!」
「……ごめんなさい、だましたみたいになって」
みたいというか、事実騙したのではあるけれど。
クロエの謝罪に、彼はまた笑った。
「別にそんな、謝るようなことじゃ。っていうか、好きな子の変装も見抜けないようじゃ、駄目だよなぁ」
後半、声が小さくてよく聞き取れなかったけれど、クロエはすっと肩から重荷が下りたような気がした。
素直に話せた、謝れた。よかった。
「あ、それで、クロエ」
「?」
「すっかり忘れてたけど、川、渡るんじゃないの? 通行証持ってる?」
首を振るクロエに、イーサンはちょっとだけ真剣な声で言った。
「俺の通行証があるから、一緒に渡る?」
「! いいんですか!?」
イーサンは上着の内ポケットから通行証を出し、クロエに見せた。
イーサン=アドル、と名前が入っている。また、先ほどの同行者の名前らしい名前も。
「これ、……名前入りだから、途中での追加は出来ないんでは……」
「出来るよ」
「そうなんですか!?」
だったら、と言いかけたクロエに、イーサンは続けた。
「俺の妻、としてだったら」
イーサンの指が示す通行証の備考欄に、その記載があった。
『通行証における名義人、及び配偶者に限り通行を許可する』
イーサンの背丈よりも高く燃え上がる火は、焚火というにはいささか大きい。ベンチへ腰かけると、ほっと身体から力が抜ける。
イーサンは、座ったクロエのそばでそわそわと落ち着かない。このイーサンが、お見合いに来た挙句に笑ってお断りしてきたあのイーサンと同じ人物とはとても思えない。
クロエは笑ってベンチの横を叩いた。
「座ってください、イーサン様」
「え!? と、隣に? い、いいんですか」
「何の遠慮ですか。みんなのベンチですよ」
女性が苦手なのだろうか。でも、お見合いの席では必要以上に堂々としていたし。
クロエと同一人物だと気付いていないからこの様子なのかしら。だとしたら、申し訳ない。
以前のクロエだったら、申し訳ないなんて思うはずもなかった。
金目当てで寄ってくる男をからかうことに対しても、罪悪感を抱いたことなど一度もなかった。
なのに。
クロエは、隣に腰掛けてまだそわそわしているイーサンに、深く頭を下げた。
「お久しぶりです、イーサン様。……クロエ=ゴドルフィンです」
「……?」
キョトンとした顔で、彼はクロエを見つめた。じっと目を見て、髪を見て、また目を見つめて、微かに首を傾げる。
何も言わないイーサン。いたたまれない気持ちになりながら、クロエはじっと身を固くして反応を待った。
膝の上できつくこぶしを握り、怒鳴られるかもしれない、と覚悟を決める。
「クロエ=ゴドルフィン……」
小さな声でイーサンは名前を呟き、びっくりしたように大きく目を見開いた。
「クロエ!? え、ちょっとまって、……クロエ、ゴドルフィン?」
その表情からは驚きしか見えない。
「俺の知ってるクロエとは顔が違うんだけど」
「――はい、すみません。……お化粧です」
「女ってすごいなー!」
クロエだと知ったとたん、一人称が「俺」に戻っている。感心しているイーサンは、人懐っこい笑顔を浮かべていて、それにひどく安心した。
イーサンは無遠慮にクロエの頬を手のひらで撫でまわし、帽子から出ているポニーテールの栗毛をさらさらと指で梳き、へーとかほーとか言っている。
「外に出るときは、この顔なんだな」
「いえ、すっぴん状態でこの顔です」
「そばかすもきれいに消えてる」
「今日は描いてないんです」
「自然な色の化粧だな」
「自然そのものです」
「?」
強めに擦ったり髪をかき上げられておでこを見られたり、とむずむずするような好き放題。
くすぐったくて顔をしかめると、はっとしてイーサンはようやく手を離してくれた。
「ご、ごめん! 女の子の顔に!」
「いえ……ちょっとびっくりしたけれど大丈夫です」
「――そっか、あの子がクロエだったのか、気が付かなかったな……」
独り言のように小声でそう言い、イーサンは深くため息を吐いて空を仰いだ。
「イーサン様?」
「あー、うん、何でもない。うんうん、何でもないんだ」
どことなくすっきりした顔をして、イーサンは笑った。
「女の子って、化粧でほんとに変わるんだな!」
「……ごめんなさい、だましたみたいになって」
みたいというか、事実騙したのではあるけれど。
クロエの謝罪に、彼はまた笑った。
「別にそんな、謝るようなことじゃ。っていうか、好きな子の変装も見抜けないようじゃ、駄目だよなぁ」
後半、声が小さくてよく聞き取れなかったけれど、クロエはすっと肩から重荷が下りたような気がした。
素直に話せた、謝れた。よかった。
「あ、それで、クロエ」
「?」
「すっかり忘れてたけど、川、渡るんじゃないの? 通行証持ってる?」
首を振るクロエに、イーサンはちょっとだけ真剣な声で言った。
「俺の通行証があるから、一緒に渡る?」
「! いいんですか!?」
イーサンは上着の内ポケットから通行証を出し、クロエに見せた。
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「これ、……名前入りだから、途中での追加は出来ないんでは……」
「出来るよ」
「そうなんですか!?」
だったら、と言いかけたクロエに、イーサンは続けた。
「俺の妻、としてだったら」
イーサンの指が示す通行証の備考欄に、その記載があった。
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