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35.北へ向かいます。
しおりを挟む馬で駆けるのは久しぶりだった。背負った鞄は重くはないが、弾むたびに肩に食い込む。
正直、自分が行ったところでどうなるのよ、とは思う。何の役にも立たないと思う。
けれど、居ても立っても居られない。
さよなら、と言われた。
まるで、今後ずっと、一生、死ぬまで会えないみたいな言い方だと思った。
クロエの屋敷から出るときには、「また」と言ってくれた。しばらく来ない、と手紙には書いてあった。でも、それは彼なりの、角を立てないための言い回しな気がした。
会いに来てくれないなら会いに行けばいい。
クロエには、馬もあるし元気もある。言わなければいけないこともたくさんある。
街に向かう人の流れに逆らうように、馬を速める。
先は長い。でも、兄が指定してきた最初の休憩所よりも一つでも向こうへ行きたかった。
「ごめんね、疲れちゃうよね」
ごわごわした茶色のたてがみを撫でると、ブル、と小さく返事が返ってきた。10歳の誕生日に祖父からもらったこげ茶の馬。
「チョコラ、一緒に頑張ろうね」
ポニーだったころにつけた愛らしい名前は、今の馬体にはあまり似つかわしくないように思う。しかも、雄だったから余計に。
でも、大きな身体のチョコラのしっかりした走りは、クロエに安心感を与えてくれる。触れれば温かい、愛馬。
途中の町で、休憩を取ることにした。
遠乗りは久しぶりで、馬から降りると一瞬ふらつく。気づかない間に、身体に変な力が入っていたようだ。
オープンカフェ、というにはいささか野暮ったい、街道の休憩所。
馬を繋いでシートに座ると、奥から気のよさそうな女性が笑顔で出てきた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何か飲む? お腹は空いていないかい?」
「ありがとう。紅……コーヒーと、あればパンを。あと、馬にお水を飲ませたいのですが」
「はいよ!」
女性の息子と思われる少年が、チョコラの前に水桶を持ってきてくれた。そばかすが可愛い。
クロエには、砂糖のかかった白パンとコーヒー。素朴な味に、ほっと息をついた。
まだ、道のりは遠い。あと8割ほどか。
「どこまで行くんだい?」
他に客がいないからか、先ほどの女性が声をかけてきた。少年も、そわそわした様子で女性の後ろからこちらを見ている。
クロエは口の中のパンをコーヒーで流し込んで答えた。
「ノヴァック領まで」
「おや……一人で、かい?」
「はい。……?」
「馬でいくの?」
「うん」
二人はよく似た顔で、うーんと腕を組んで唸った。
何か知っているのか、と訊く前に、女性が口を開いた。
「急ぎでなければ、今は行かない方がいいかもしれないよ」
どきり、と胸が鳴った。
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