35 / 51
35.北へ向かいます。
しおりを挟む馬で駆けるのは久しぶりだった。背負った鞄は重くはないが、弾むたびに肩に食い込む。
正直、自分が行ったところでどうなるのよ、とは思う。何の役にも立たないと思う。
けれど、居ても立っても居られない。
さよなら、と言われた。
まるで、今後ずっと、一生、死ぬまで会えないみたいな言い方だと思った。
クロエの屋敷から出るときには、「また」と言ってくれた。しばらく来ない、と手紙には書いてあった。でも、それは彼なりの、角を立てないための言い回しな気がした。
会いに来てくれないなら会いに行けばいい。
クロエには、馬もあるし元気もある。言わなければいけないこともたくさんある。
街に向かう人の流れに逆らうように、馬を速める。
先は長い。でも、兄が指定してきた最初の休憩所よりも一つでも向こうへ行きたかった。
「ごめんね、疲れちゃうよね」
ごわごわした茶色のたてがみを撫でると、ブル、と小さく返事が返ってきた。10歳の誕生日に祖父からもらったこげ茶の馬。
「チョコラ、一緒に頑張ろうね」
ポニーだったころにつけた愛らしい名前は、今の馬体にはあまり似つかわしくないように思う。しかも、雄だったから余計に。
でも、大きな身体のチョコラのしっかりした走りは、クロエに安心感を与えてくれる。触れれば温かい、愛馬。
途中の町で、休憩を取ることにした。
遠乗りは久しぶりで、馬から降りると一瞬ふらつく。気づかない間に、身体に変な力が入っていたようだ。
オープンカフェ、というにはいささか野暮ったい、街道の休憩所。
馬を繋いでシートに座ると、奥から気のよさそうな女性が笑顔で出てきた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何か飲む? お腹は空いていないかい?」
「ありがとう。紅……コーヒーと、あればパンを。あと、馬にお水を飲ませたいのですが」
「はいよ!」
女性の息子と思われる少年が、チョコラの前に水桶を持ってきてくれた。そばかすが可愛い。
クロエには、砂糖のかかった白パンとコーヒー。素朴な味に、ほっと息をついた。
まだ、道のりは遠い。あと8割ほどか。
「どこまで行くんだい?」
他に客がいないからか、先ほどの女性が声をかけてきた。少年も、そわそわした様子で女性の後ろからこちらを見ている。
クロエは口の中のパンをコーヒーで流し込んで答えた。
「ノヴァック領まで」
「おや……一人で、かい?」
「はい。……?」
「馬でいくの?」
「うん」
二人はよく似た顔で、うーんと腕を組んで唸った。
何か知っているのか、と訊く前に、女性が口を開いた。
「急ぎでなければ、今は行かない方がいいかもしれないよ」
どきり、と胸が鳴った。
1
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる