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33.妹の様子がおかしいんだ
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叔父であるヴァルターの来訪があった日から、妹・クロエの様子がおかしい。
物思いにふけったと思ったら、父に聞きたいことがあると急に出かけ、しょぼくれて帰ってきたり。
ちょっと前、抜け殻になっていた時より悪化している気がしてならない。
ユーゴは、どうしたものか、とため息を吐いた。
原因はわかっている。どうせラインハートだろう。まったく来なくなったあの男、あれっきり手紙すら出してこない。
うちのクロエの何が気に入らないんだ、とユーゴは表情には出さないが内心憤慨しきりだ。ちょっと突拍子もないところもあるが、可愛い妹。
その妹が、初めて気に入った男。どうにかしてやりたいところではあるけれど。
孤児だったユーゴとクロエを拾って育ててくれたのは、豪商ゴドルフィンの娘、ポーリーンだ。生活や教育にかかる全ても、ポーリーンとその夫であるテオドールが負担している。
ただ、それは特に公言していることではない。孤児を引き取った、なんて美談になるもの嫌だし、子供を憐憫と同情の目にさらされるのも、好奇の目で見られるのもごめんだからだ。
そうしていたら、不思議なことに、『ゴドルフィンの孫=ゴドルフィンの財産を受け継ぐもの』のようなイメージがついたらしい。
クロエは「どうせおじいちゃまの財産が目当てでしょうが!」と最初から決めてかかっていたが、ユーゴはその裏取りを丁寧に行っていたので知っている。
事実、クロエに舞い込むお見合い依頼は、資産狙いが多かった。
没落しかかっている貴族や資金難の商家、貧しい国の王族なんていうのもいた。なりふり構わず、と言ったところだ。
だが、クロエは当然それを許さない。
たとえ本当にクロエと結婚したところで、ゴドルフィンの財産が手に入るわけはない。
クロエが祖父から金を引っ張るなんてことは認めないし、ゴドルフィンは本当の孫煩悩なのでクロエの意思を尊重する。食うに困ったって、クロエが望まない資金援助は絶対にしないと断言できる。
だから、金目当ての求婚など何の意味もないのだ。
そして、特殊なメイクで返り討ちにする行為にも、何の意味もないのだった。
「……ややこしいことして……」
ユーゴは深くため息をつきながら、頭を抱えた。
クロエがしょぼんとしてソファの上で膝を抱えている。サラサラの髪の隙間から見える表情は落ち込みきっている。
「いい考えだと思ったんだけど……」
「嫌われたくないからって、ゴドルフィン家から出るっていうのは違うんじゃない? 今までたくさんかわいがってくれた父さん母さん、おじいちゃまと離れるってことだよ?」
「そうだけど……でも、ラインハート様がわたしのことを好きだって言ってくれたのよ」
クロエに求婚した男が、クロエのことを好きと。
それだけだったら何の問題もないはずなのに。
「ほんっと、ややこしいことして……」
「好きって言われたのは、わたしだけど、ゴドルフィン家のわたしじゃなくて、その、」
「あぁ大丈夫、意味は分かるよ、分かるけど。にやにやしないの!」
嬉しいは嬉しいんだろう。メイクを落としてうろうろしていた時の自分のことを好きだと言われた、ということは祖父の資産どうのこうの関係なく自分を選んでくれたということだから。
「クロエ=ゴドルフィンは死んだことにして、一般人のわたしとしてラインハート様に嫁ぐっていうのは」
「不謹慎発言は認めない」
「ごめんなさい」
恋は人を狂わせるのよ、とか何とか呟く妹に見せつけるように深くため息を吐く。
「全部自分のしでかしたことなんだから、ちゃんと謝って正体ばらして、気持ちを伝えたら?」
「嫌われたくない……」
どちらにしても、ラインハートから連絡がない間は動きが取れないだろう。
クロエがノヴァック領に行くという手もなくはないが、向こうの考えが読めないうちは下手に動かない方がいい。
どうしたものか、と考えていると、にわかに廊下が騒がしくなるのが聞こえた。
ユーゴがドアから顔を出すと、走り回っている部下がこちらに気付いて慌ただしく頭を下げた。
「何かあった?」
「ユーゴ様、えっと、まだ詳細は不明なんで確認中ですが、」
連絡係として使われている少年は、手にしたメモに目を落としながら口早に告げた。
「北部ノヴァック領にて大規模崩落、あり、とのことでちょっと物流に影響が出そうだとのこと、です」
「大規模崩落!?」
いつのまにか横から出てきていたクロエの大声にびっくりしたように、少年は「すみません」と謝った。彼が悪いわけではないのに。
クロエは、そわそわと数秒視線をさまよわせていたが、自室に駆け込んでいった。
嫌な予感しかしない。
物思いにふけったと思ったら、父に聞きたいことがあると急に出かけ、しょぼくれて帰ってきたり。
ちょっと前、抜け殻になっていた時より悪化している気がしてならない。
ユーゴは、どうしたものか、とため息を吐いた。
原因はわかっている。どうせラインハートだろう。まったく来なくなったあの男、あれっきり手紙すら出してこない。
うちのクロエの何が気に入らないんだ、とユーゴは表情には出さないが内心憤慨しきりだ。ちょっと突拍子もないところもあるが、可愛い妹。
その妹が、初めて気に入った男。どうにかしてやりたいところではあるけれど。
孤児だったユーゴとクロエを拾って育ててくれたのは、豪商ゴドルフィンの娘、ポーリーンだ。生活や教育にかかる全ても、ポーリーンとその夫であるテオドールが負担している。
ただ、それは特に公言していることではない。孤児を引き取った、なんて美談になるもの嫌だし、子供を憐憫と同情の目にさらされるのも、好奇の目で見られるのもごめんだからだ。
そうしていたら、不思議なことに、『ゴドルフィンの孫=ゴドルフィンの財産を受け継ぐもの』のようなイメージがついたらしい。
クロエは「どうせおじいちゃまの財産が目当てでしょうが!」と最初から決めてかかっていたが、ユーゴはその裏取りを丁寧に行っていたので知っている。
事実、クロエに舞い込むお見合い依頼は、資産狙いが多かった。
没落しかかっている貴族や資金難の商家、貧しい国の王族なんていうのもいた。なりふり構わず、と言ったところだ。
だが、クロエは当然それを許さない。
たとえ本当にクロエと結婚したところで、ゴドルフィンの財産が手に入るわけはない。
クロエが祖父から金を引っ張るなんてことは認めないし、ゴドルフィンは本当の孫煩悩なのでクロエの意思を尊重する。食うに困ったって、クロエが望まない資金援助は絶対にしないと断言できる。
だから、金目当ての求婚など何の意味もないのだ。
そして、特殊なメイクで返り討ちにする行為にも、何の意味もないのだった。
「……ややこしいことして……」
ユーゴは深くため息をつきながら、頭を抱えた。
クロエがしょぼんとしてソファの上で膝を抱えている。サラサラの髪の隙間から見える表情は落ち込みきっている。
「いい考えだと思ったんだけど……」
「嫌われたくないからって、ゴドルフィン家から出るっていうのは違うんじゃない? 今までたくさんかわいがってくれた父さん母さん、おじいちゃまと離れるってことだよ?」
「そうだけど……でも、ラインハート様がわたしのことを好きだって言ってくれたのよ」
クロエに求婚した男が、クロエのことを好きと。
それだけだったら何の問題もないはずなのに。
「ほんっと、ややこしいことして……」
「好きって言われたのは、わたしだけど、ゴドルフィン家のわたしじゃなくて、その、」
「あぁ大丈夫、意味は分かるよ、分かるけど。にやにやしないの!」
嬉しいは嬉しいんだろう。メイクを落としてうろうろしていた時の自分のことを好きだと言われた、ということは祖父の資産どうのこうの関係なく自分を選んでくれたということだから。
「クロエ=ゴドルフィンは死んだことにして、一般人のわたしとしてラインハート様に嫁ぐっていうのは」
「不謹慎発言は認めない」
「ごめんなさい」
恋は人を狂わせるのよ、とか何とか呟く妹に見せつけるように深くため息を吐く。
「全部自分のしでかしたことなんだから、ちゃんと謝って正体ばらして、気持ちを伝えたら?」
「嫌われたくない……」
どちらにしても、ラインハートから連絡がない間は動きが取れないだろう。
クロエがノヴァック領に行くという手もなくはないが、向こうの考えが読めないうちは下手に動かない方がいい。
どうしたものか、と考えていると、にわかに廊下が騒がしくなるのが聞こえた。
ユーゴがドアから顔を出すと、走り回っている部下がこちらに気付いて慌ただしく頭を下げた。
「何かあった?」
「ユーゴ様、えっと、まだ詳細は不明なんで確認中ですが、」
連絡係として使われている少年は、手にしたメモに目を落としながら口早に告げた。
「北部ノヴァック領にて大規模崩落、あり、とのことでちょっと物流に影響が出そうだとのこと、です」
「大規模崩落!?」
いつのまにか横から出てきていたクロエの大声にびっくりしたように、少年は「すみません」と謝った。彼が悪いわけではないのに。
クロエは、そわそわと数秒視線をさまよわせていたが、自室に駆け込んでいった。
嫌な予感しかしない。
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