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31.キザったらしいセリフも大好物です
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外出時には、クロエはコーヒーばかり飲んでいる。というのも、アナスタシア女史がコーヒー党ということもあり、読書にはコーヒーとチョコレートがよいと思っているからだ。
「……お花の香り……」
ラインハートが行きつけだというその店は、一歩店内に踏み入ると花の香りに満ちていた。優しい茶葉の香りと相まって、幻想的にすら思える。こう言っては何だけど、コーヒー店というのはどこかうら寂しく薄暗いので、新鮮な気持ちだ。
「ハーブティはお好き?」
こくこく頷くと、彼は優しく「よかった」と笑う。
表通りがよく見える、少し奥まった席に案内された後、ラインハートはウェイトレスに何かを言づけた。
丸いテーブルに向かい合って座る。店の中の方がやや暗いせいか、ガラス向こうからは店内の様子はあまり見えないつくりになっている。
行き交う雑踏を眺めているクロエに、ラインハートは呼びかけた。
「また会えるなんて、思ってなかった」
独り言のような小さな声で。でもそれはまっすぐにクロエに向けられていた。
寂しさを滲ませたままの瞳にクロエを映し、口元だけ笑んでいる。
「声をかけてくれて、本当にうれしい」
「いえ、あの、ご迷惑ではなかったですか?」
「どうして? あなたのお誘いが迷惑なんてこと、ありえない」
ウェイトレスがガラスのティーセットを運んできた。
目の前に置かれたカップは、丁寧に温められているようでうっすら湯気が立っている。
「綺麗な青……」
ティーポットに入っているハーブティは、深い海のように青かった。
口に入れるものでこの青は今まで見たことがない。どうなってるの、と見つめていると、ラインハートはふふっと笑った。
「面白いでしょ?」
「はい、本で読んだことはありますが……実際見たのは初めてで」
「よかった。驚かせたかったんだ」
揺らめく湯気の向こうで、ラインハートの瞳も深い青だ。
目を見つめられていることに気付いたように、彼は軽く片眼を瞑った。
「気に入ってもらえると嬉しい」
「えぇ、とっても……あら」
「わかる?」
少しずつ温度が下がっているハーブティは、徐々に紫色へと変化している。
紫から青へのグラデーションが美しい。つい、時間を忘れて見入ってしまいそうだ。
ラインハートとのこの時間は、とても穏やかな時間だ。
語り合うわけでもなく、ただ一緒にいるだけで心が落ち着く。
ゆっくりゆっくりと色を変えていく紅茶を見つめたままでいるクロエの前に、ラインハートは自分のカップを差し出した。
何だろう、と彼を見上げると、悪戯っぽく笑って、カップの中にレモンを数滴。
瞬く間に、可愛らしいピンク色へと変化した。
「!?」
「こっちが僕。これが君」
紅茶の青を指し、レモンを示し。言ってから恥ずかしくなったのか、彼は目元を赤く染めて笑った。
「赤くなりましたね」
「ね、このとおり」
「ふふふ」
クロエが笑うと、ラインハートは大きな手のひらで自分の顔を隠して「あー」と照れた。
可愛らしい人だ、本当に。
クロエは気付いていた。この姿で出会って、まだ一度も名乗りあっていないこと。
「クロエです」と伝えてもいいけれど、ゴドルフィンのクロエであるとは気付かないだろう。よくいる名前ではあるのだし。
ラインハートもまた、名乗ってこない。これは、つまり深い付き合いになるつもりはない、ということだろう。
街で出会い、ちょっと恋のようなことをして、そしてふらりとどこかに行ってしまうつもりなのかもしれない。
名乗らない理由も分からないけど、今はこの時間を壊したくなくて、クロエもちょっと寂しい笑みをこぼした。
青からピンク色に変わり、レモンの爽やかな風味を纏ったハーブティは、心を落ち着けてくれた。
ふ、と同時に息をついて、顔を見合わせて少し笑う。仲睦まじい恋人同士のように。
ラインハートは、窓の外を指さした。
「あそこ」
「あ。本屋さんですね」
「あなたがあそこによく行くのを、ここから眺めていたよ」
「え……」
ラインハートは、本屋よりも遠くを眺めるように、懐かしむように目を細めた。
「……お花の香り……」
ラインハートが行きつけだというその店は、一歩店内に踏み入ると花の香りに満ちていた。優しい茶葉の香りと相まって、幻想的にすら思える。こう言っては何だけど、コーヒー店というのはどこかうら寂しく薄暗いので、新鮮な気持ちだ。
「ハーブティはお好き?」
こくこく頷くと、彼は優しく「よかった」と笑う。
表通りがよく見える、少し奥まった席に案内された後、ラインハートはウェイトレスに何かを言づけた。
丸いテーブルに向かい合って座る。店の中の方がやや暗いせいか、ガラス向こうからは店内の様子はあまり見えないつくりになっている。
行き交う雑踏を眺めているクロエに、ラインハートは呼びかけた。
「また会えるなんて、思ってなかった」
独り言のような小さな声で。でもそれはまっすぐにクロエに向けられていた。
寂しさを滲ませたままの瞳にクロエを映し、口元だけ笑んでいる。
「声をかけてくれて、本当にうれしい」
「いえ、あの、ご迷惑ではなかったですか?」
「どうして? あなたのお誘いが迷惑なんてこと、ありえない」
ウェイトレスがガラスのティーセットを運んできた。
目の前に置かれたカップは、丁寧に温められているようでうっすら湯気が立っている。
「綺麗な青……」
ティーポットに入っているハーブティは、深い海のように青かった。
口に入れるものでこの青は今まで見たことがない。どうなってるの、と見つめていると、ラインハートはふふっと笑った。
「面白いでしょ?」
「はい、本で読んだことはありますが……実際見たのは初めてで」
「よかった。驚かせたかったんだ」
揺らめく湯気の向こうで、ラインハートの瞳も深い青だ。
目を見つめられていることに気付いたように、彼は軽く片眼を瞑った。
「気に入ってもらえると嬉しい」
「えぇ、とっても……あら」
「わかる?」
少しずつ温度が下がっているハーブティは、徐々に紫色へと変化している。
紫から青へのグラデーションが美しい。つい、時間を忘れて見入ってしまいそうだ。
ラインハートとのこの時間は、とても穏やかな時間だ。
語り合うわけでもなく、ただ一緒にいるだけで心が落ち着く。
ゆっくりゆっくりと色を変えていく紅茶を見つめたままでいるクロエの前に、ラインハートは自分のカップを差し出した。
何だろう、と彼を見上げると、悪戯っぽく笑って、カップの中にレモンを数滴。
瞬く間に、可愛らしいピンク色へと変化した。
「!?」
「こっちが僕。これが君」
紅茶の青を指し、レモンを示し。言ってから恥ずかしくなったのか、彼は目元を赤く染めて笑った。
「赤くなりましたね」
「ね、このとおり」
「ふふふ」
クロエが笑うと、ラインハートは大きな手のひらで自分の顔を隠して「あー」と照れた。
可愛らしい人だ、本当に。
クロエは気付いていた。この姿で出会って、まだ一度も名乗りあっていないこと。
「クロエです」と伝えてもいいけれど、ゴドルフィンのクロエであるとは気付かないだろう。よくいる名前ではあるのだし。
ラインハートもまた、名乗ってこない。これは、つまり深い付き合いになるつもりはない、ということだろう。
街で出会い、ちょっと恋のようなことをして、そしてふらりとどこかに行ってしまうつもりなのかもしれない。
名乗らない理由も分からないけど、今はこの時間を壊したくなくて、クロエもちょっと寂しい笑みをこぼした。
青からピンク色に変わり、レモンの爽やかな風味を纏ったハーブティは、心を落ち着けてくれた。
ふ、と同時に息をついて、顔を見合わせて少し笑う。仲睦まじい恋人同士のように。
ラインハートは、窓の外を指さした。
「あそこ」
「あ。本屋さんですね」
「あなたがあそこによく行くのを、ここから眺めていたよ」
「え……」
ラインハートは、本屋よりも遠くを眺めるように、懐かしむように目を細めた。
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