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28.どこの家にも事情があってですね
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絞り出すような掠れ声で、ラインハートは呟いた。
「それ、って、」
「俺は嫌なんだよ、本当に。いや、相手がブスだか……好みの顔じゃないからってことじゃなくてさ」
ドブスだブスだと言うたびに、ラインハートのこめかみがピクリとするのでちょっと表現をぼかした。
ラインハートがゴドルフィンの娘に求婚したいと言っていることは重々承知していたが、まさか本当に一目惚れとか言ってるわけではないと思っていたイーサンは、この反応に内心驚いていた。
いや、ブスはブスだろう? 本人も言っていたし。
一目惚れするような相手っていうのは、と街で見かけた少女を思い浮かべ、強く頭を振った。
「まぁともかく、俺は嫌なんだ。ゴドルフィンの孫と結婚なんかしたら、一生頭が上がらないのは目に見えてるし、提携なんて言ったって結局のところ吸収されて終わるかもしれないしさ」
「規模感で言ったらそうだよね」
顔を見合わせ、同時にため息。
「せめて美人だったらなぁ」
「美人でしょ、クロエは」
「目ぇ腐ってんのか」
「ひどい」
ラインハートは複雑な顔をして外を眺めていた。
ここに来た時よりもさらに落ち込んでいるように見える。受けたくもない結婚話なんて、しなければよかったか。
乗り気なのが自分の父だけ、なんて馬鹿げている。ゴドルフィンに会ったことは数回しかないが、他の家と繋がりを持つために孫娘を差し出すなんてことはしない男だと思う。
何よりも家族を大事にする、と評判の人格者だ。うちの父親と違いすぎて眩暈がする。
「嫌だってこと、お父様には伝えたの?」
落ち込んだ声で問われて、イーサンは何度も頷いた。
「伝えたさ、即座に拒否したに決まってるだろ! そしたら、『だってお前、ゴドルフィンの孫娘に会いに行ってるじゃないか』とか言うんだぜ?」
会ったからって何だってんだよなぁ、と振ってみたが、ラインハートは神妙な顔をしたまま反応しない。
さらに重ねて告げた。
「会う時はいつもラインハートと一緒だし、……クロエ以外に綺麗な娘がいるんだったらと思ったけどそれもいなかったし」
「綺麗だったら結婚するの?」
「う……」
イーサンの言葉に被せるようにされた質問に、言葉が詰まった。
寝顔しか見たことがないが、ゴドルフィンの家にいた少女のことを思い出す。もしあんな素敵な雰囲気の女性が相手であったら……いや、それでも。
「しない」
「しないんだ?」
「――気になる人も、いるし」
「え?」
「あ、いやそれは別にどっちでもいいんだ、名前も知らない、何度かすれ違ったことがあるだけの子だし」
慌ててごまかすと、ラインハートはちょっと笑った。
「声、かけてみればよかったのに」
「いいんだって!」
人に話すと楽になる、って本当だったんだな。
イーサンは急に緊張が解けたような、身体から余分な力が抜けたような、すっきりした気持ちで大きく伸びをした。
「とにかく、馬鹿なことは考えるなよって親父に言うしかないわ」
「そう、だね。多分、アドルさんの思うようにうまくいくわけはないんだし」
「そういうところが理解できないから、商売もうまくないんだよ」
「イーサンがしっかり跡を継げるようになるまで残ってるといいね、アドル商会」
「縁起でもないな!? 残ってなかったら起業するからいいんだよ!」
商人の子は商人。それ以外にはなれないので。
うまくはないけれど楽しそうに店に立つ父親を、心の底では愛しているし尊敬もしているので。
いつもの調子が戻ってきたイーサンに、ラインハートも安心したように少し笑った。
明るい友人が沈んでいるのを見るのは、自分の落ち込み以上につらいものだ。
「で?」
「ん?」
「ラインハートはどうしたんだよ」
さっきまで理由を聞く気もなかったイーサンだったが、自分のことがすっきりしたら今度はそちらが気になってきた。
いつも飄々としていてつかみどころがないラインハートなのに、今日はやけに心ここにあらずで。
近くに寄ってきたイーサンを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「大した話じゃないんだけど」
「おぉ」
「しばらく、領地に帰るんだ」
寂しそうに笑顔を作って、イーサンはそう言った。
「それ、って、」
「俺は嫌なんだよ、本当に。いや、相手がブスだか……好みの顔じゃないからってことじゃなくてさ」
ドブスだブスだと言うたびに、ラインハートのこめかみがピクリとするのでちょっと表現をぼかした。
ラインハートがゴドルフィンの娘に求婚したいと言っていることは重々承知していたが、まさか本当に一目惚れとか言ってるわけではないと思っていたイーサンは、この反応に内心驚いていた。
いや、ブスはブスだろう? 本人も言っていたし。
一目惚れするような相手っていうのは、と街で見かけた少女を思い浮かべ、強く頭を振った。
「まぁともかく、俺は嫌なんだ。ゴドルフィンの孫と結婚なんかしたら、一生頭が上がらないのは目に見えてるし、提携なんて言ったって結局のところ吸収されて終わるかもしれないしさ」
「規模感で言ったらそうだよね」
顔を見合わせ、同時にため息。
「せめて美人だったらなぁ」
「美人でしょ、クロエは」
「目ぇ腐ってんのか」
「ひどい」
ラインハートは複雑な顔をして外を眺めていた。
ここに来た時よりもさらに落ち込んでいるように見える。受けたくもない結婚話なんて、しなければよかったか。
乗り気なのが自分の父だけ、なんて馬鹿げている。ゴドルフィンに会ったことは数回しかないが、他の家と繋がりを持つために孫娘を差し出すなんてことはしない男だと思う。
何よりも家族を大事にする、と評判の人格者だ。うちの父親と違いすぎて眩暈がする。
「嫌だってこと、お父様には伝えたの?」
落ち込んだ声で問われて、イーサンは何度も頷いた。
「伝えたさ、即座に拒否したに決まってるだろ! そしたら、『だってお前、ゴドルフィンの孫娘に会いに行ってるじゃないか』とか言うんだぜ?」
会ったからって何だってんだよなぁ、と振ってみたが、ラインハートは神妙な顔をしたまま反応しない。
さらに重ねて告げた。
「会う時はいつもラインハートと一緒だし、……クロエ以外に綺麗な娘がいるんだったらと思ったけどそれもいなかったし」
「綺麗だったら結婚するの?」
「う……」
イーサンの言葉に被せるようにされた質問に、言葉が詰まった。
寝顔しか見たことがないが、ゴドルフィンの家にいた少女のことを思い出す。もしあんな素敵な雰囲気の女性が相手であったら……いや、それでも。
「しない」
「しないんだ?」
「――気になる人も、いるし」
「え?」
「あ、いやそれは別にどっちでもいいんだ、名前も知らない、何度かすれ違ったことがあるだけの子だし」
慌ててごまかすと、ラインハートはちょっと笑った。
「声、かけてみればよかったのに」
「いいんだって!」
人に話すと楽になる、って本当だったんだな。
イーサンは急に緊張が解けたような、身体から余分な力が抜けたような、すっきりした気持ちで大きく伸びをした。
「とにかく、馬鹿なことは考えるなよって親父に言うしかないわ」
「そう、だね。多分、アドルさんの思うようにうまくいくわけはないんだし」
「そういうところが理解できないから、商売もうまくないんだよ」
「イーサンがしっかり跡を継げるようになるまで残ってるといいね、アドル商会」
「縁起でもないな!? 残ってなかったら起業するからいいんだよ!」
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「で?」
「ん?」
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近くに寄ってきたイーサンを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「大した話じゃないんだけど」
「おぉ」
「しばらく、領地に帰るんだ」
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