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26.もしかしたら、すごく大好きです
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(イーサン・アドル!)
びっくりして、思わず立ち上がった。カバンを胸に引き寄せて、いつでも逃げ出せるように警戒する。
まさかイーサンがこんなところにいるなんて、と思ったが、そういえばアドル商会の店舗もこのあたりにあった。
失敗した、がもう遅い。
彼の視線は一瞬クロエに止まったが、何事もなかったかのように過ぎていった。
それはそうか、とほっと息を吐く。
もう一度花壇に座って、カバンの陰で少し笑った。
気付くわけがなかった、イーサンはこの顔を見たことがないんだから。
正確に言うと、一度屋敷で昼寝中の顔を見られたことはあるけれど。
寝顔を一度しか見たことがない女に街中で出会ったからっていって、声をかけてくるわけもない。
こちらを向いたのは、クロエがじっと見つめていたからだろう、と。
会いたいのは、イーサンじゃないのよね。
なんて思ったらちょっと恥ずかしくなって、また人混みを眺める。
会ってどうするんだろう、とも思う。
ドブスメイクを落としたクロエは、鎧を着ていない戦士のようなもので。
どことなく不安で、ただの一人の女の子だ。
会ってどうするんだろう、本当に。
ラインハートに失礼なことをしたクロエですよ、なんて言えるわけないし。まず顔が違うのに、誰だお前みたいな感じよね。
誰だお前なんて言わないか。
お会いしたことがありました? みたいに優しく訊いてくれるかな。
会いたいのに、会った時にどうしたらいいのかが全く決められない。
何なら、ここにラインハートが通りかからなくてよかったとすら思い始めていた。
まだ、素顔をさらす覚悟もなければフルメイクで謝罪する勇気もない。
嫌われたくない、という気持ちがこんなに強いものだとは、思ってもみなかった。
何度ため息をついても考えはまとまらず、ただただ顔が見たい。
もう、こんなの本当に大好きだ。
大好きなんて言葉で考えたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。
初めてのこと過ぎて、抱えきれる自信もない。
夕闇が迫るころ、クロエはようやく元気になってきた足を奮い立たせて立ち上がった。
また来よう。
お顔だけ見られたら、勇気が出るかもしれないし。
偶然会える可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、それでもただ待っているよりもマシだから。
それから、もっとすごく勇気が出たら、とカバンを抱きしめる。
そしたら、手紙を読んでみよう。
夕刻でまた人通りが増えてきた。街灯が点き始め、日中とはまた違った賑わいだ。
喧騒に背を向けて、クロエは自分の屋敷への帰路についた。
その背中をじっと見つめる影があったことに、気付かないまま。
びっくりして、思わず立ち上がった。カバンを胸に引き寄せて、いつでも逃げ出せるように警戒する。
まさかイーサンがこんなところにいるなんて、と思ったが、そういえばアドル商会の店舗もこのあたりにあった。
失敗した、がもう遅い。
彼の視線は一瞬クロエに止まったが、何事もなかったかのように過ぎていった。
それはそうか、とほっと息を吐く。
もう一度花壇に座って、カバンの陰で少し笑った。
気付くわけがなかった、イーサンはこの顔を見たことがないんだから。
正確に言うと、一度屋敷で昼寝中の顔を見られたことはあるけれど。
寝顔を一度しか見たことがない女に街中で出会ったからっていって、声をかけてくるわけもない。
こちらを向いたのは、クロエがじっと見つめていたからだろう、と。
会いたいのは、イーサンじゃないのよね。
なんて思ったらちょっと恥ずかしくなって、また人混みを眺める。
会ってどうするんだろう、とも思う。
ドブスメイクを落としたクロエは、鎧を着ていない戦士のようなもので。
どことなく不安で、ただの一人の女の子だ。
会ってどうするんだろう、本当に。
ラインハートに失礼なことをしたクロエですよ、なんて言えるわけないし。まず顔が違うのに、誰だお前みたいな感じよね。
誰だお前なんて言わないか。
お会いしたことがありました? みたいに優しく訊いてくれるかな。
会いたいのに、会った時にどうしたらいいのかが全く決められない。
何なら、ここにラインハートが通りかからなくてよかったとすら思い始めていた。
まだ、素顔をさらす覚悟もなければフルメイクで謝罪する勇気もない。
嫌われたくない、という気持ちがこんなに強いものだとは、思ってもみなかった。
何度ため息をついても考えはまとまらず、ただただ顔が見たい。
もう、こんなの本当に大好きだ。
大好きなんて言葉で考えたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。
初めてのこと過ぎて、抱えきれる自信もない。
夕闇が迫るころ、クロエはようやく元気になってきた足を奮い立たせて立ち上がった。
また来よう。
お顔だけ見られたら、勇気が出るかもしれないし。
偶然会える可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、それでもただ待っているよりもマシだから。
それから、もっとすごく勇気が出たら、とカバンを抱きしめる。
そしたら、手紙を読んでみよう。
夕刻でまた人通りが増えてきた。街灯が点き始め、日中とはまた違った賑わいだ。
喧騒に背を向けて、クロエは自分の屋敷への帰路についた。
その背中をじっと見つめる影があったことに、気付かないまま。
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