26 / 51
26.もしかしたら、すごく大好きです
しおりを挟む
(イーサン・アドル!)
びっくりして、思わず立ち上がった。カバンを胸に引き寄せて、いつでも逃げ出せるように警戒する。
まさかイーサンがこんなところにいるなんて、と思ったが、そういえばアドル商会の店舗もこのあたりにあった。
失敗した、がもう遅い。
彼の視線は一瞬クロエに止まったが、何事もなかったかのように過ぎていった。
それはそうか、とほっと息を吐く。
もう一度花壇に座って、カバンの陰で少し笑った。
気付くわけがなかった、イーサンはこの顔を見たことがないんだから。
正確に言うと、一度屋敷で昼寝中の顔を見られたことはあるけれど。
寝顔を一度しか見たことがない女に街中で出会ったからっていって、声をかけてくるわけもない。
こちらを向いたのは、クロエがじっと見つめていたからだろう、と。
会いたいのは、イーサンじゃないのよね。
なんて思ったらちょっと恥ずかしくなって、また人混みを眺める。
会ってどうするんだろう、とも思う。
ドブスメイクを落としたクロエは、鎧を着ていない戦士のようなもので。
どことなく不安で、ただの一人の女の子だ。
会ってどうするんだろう、本当に。
ラインハートに失礼なことをしたクロエですよ、なんて言えるわけないし。まず顔が違うのに、誰だお前みたいな感じよね。
誰だお前なんて言わないか。
お会いしたことがありました? みたいに優しく訊いてくれるかな。
会いたいのに、会った時にどうしたらいいのかが全く決められない。
何なら、ここにラインハートが通りかからなくてよかったとすら思い始めていた。
まだ、素顔をさらす覚悟もなければフルメイクで謝罪する勇気もない。
嫌われたくない、という気持ちがこんなに強いものだとは、思ってもみなかった。
何度ため息をついても考えはまとまらず、ただただ顔が見たい。
もう、こんなの本当に大好きだ。
大好きなんて言葉で考えたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。
初めてのこと過ぎて、抱えきれる自信もない。
夕闇が迫るころ、クロエはようやく元気になってきた足を奮い立たせて立ち上がった。
また来よう。
お顔だけ見られたら、勇気が出るかもしれないし。
偶然会える可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、それでもただ待っているよりもマシだから。
それから、もっとすごく勇気が出たら、とカバンを抱きしめる。
そしたら、手紙を読んでみよう。
夕刻でまた人通りが増えてきた。街灯が点き始め、日中とはまた違った賑わいだ。
喧騒に背を向けて、クロエは自分の屋敷への帰路についた。
その背中をじっと見つめる影があったことに、気付かないまま。
びっくりして、思わず立ち上がった。カバンを胸に引き寄せて、いつでも逃げ出せるように警戒する。
まさかイーサンがこんなところにいるなんて、と思ったが、そういえばアドル商会の店舗もこのあたりにあった。
失敗した、がもう遅い。
彼の視線は一瞬クロエに止まったが、何事もなかったかのように過ぎていった。
それはそうか、とほっと息を吐く。
もう一度花壇に座って、カバンの陰で少し笑った。
気付くわけがなかった、イーサンはこの顔を見たことがないんだから。
正確に言うと、一度屋敷で昼寝中の顔を見られたことはあるけれど。
寝顔を一度しか見たことがない女に街中で出会ったからっていって、声をかけてくるわけもない。
こちらを向いたのは、クロエがじっと見つめていたからだろう、と。
会いたいのは、イーサンじゃないのよね。
なんて思ったらちょっと恥ずかしくなって、また人混みを眺める。
会ってどうするんだろう、とも思う。
ドブスメイクを落としたクロエは、鎧を着ていない戦士のようなもので。
どことなく不安で、ただの一人の女の子だ。
会ってどうするんだろう、本当に。
ラインハートに失礼なことをしたクロエですよ、なんて言えるわけないし。まず顔が違うのに、誰だお前みたいな感じよね。
誰だお前なんて言わないか。
お会いしたことがありました? みたいに優しく訊いてくれるかな。
会いたいのに、会った時にどうしたらいいのかが全く決められない。
何なら、ここにラインハートが通りかからなくてよかったとすら思い始めていた。
まだ、素顔をさらす覚悟もなければフルメイクで謝罪する勇気もない。
嫌われたくない、という気持ちがこんなに強いものだとは、思ってもみなかった。
何度ため息をついても考えはまとまらず、ただただ顔が見たい。
もう、こんなの本当に大好きだ。
大好きなんて言葉で考えたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。
初めてのこと過ぎて、抱えきれる自信もない。
夕闇が迫るころ、クロエはようやく元気になってきた足を奮い立たせて立ち上がった。
また来よう。
お顔だけ見られたら、勇気が出るかもしれないし。
偶然会える可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、それでもただ待っているよりもマシだから。
それから、もっとすごく勇気が出たら、とカバンを抱きしめる。
そしたら、手紙を読んでみよう。
夕刻でまた人通りが増えてきた。街灯が点き始め、日中とはまた違った賑わいだ。
喧騒に背を向けて、クロエは自分の屋敷への帰路についた。
その背中をじっと見つめる影があったことに、気付かないまま。
1
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる