上 下
21 / 51

21.おじいちゃまが大好きです

しおりを挟む
 念入りに念入りに、化粧を施す。
 ムラなく無駄なくファンデを塗り、そばかすの場所も正確に。もじゃもじゃ髪もほんの少しのオイルをつけて、質感を整える。
 と、静かに扉が開くのが鏡越しに見えて、クロエはぱっと振り返った。

「クロエ!」

 ノックもせずに入ってくるのは、ポール=ゴドルフィン。
 弾かれるように椅子から飛び出して、大きく腕を広げて待っている大好きな祖父の胸に飛び込んだ。
「おじいちゃま! お帰りなさい!」
「おや、クロエ。しばらく見ない間にまた綺麗になって」
 にこにこしながら、頬を両手で挟んでぐりぐりと撫で回す。乱暴なようで温かい大きな手は、少しかさついている。
 
 今回の買い付け旅行は、少し期間が長かった。2か月ほどかかっただろうか。船で海外を周ると聞いていたから、正直帰ってくるまでは安心できなかった。
 無事に帰ってきてくれた祖父に抱きしめられて、クロエはじわりと涙を浮かべた。

「遅かったです、おじいちゃま。もっと早く帰ってきてくださると思っていたのに」
「おじいちゃまももう年だから、そんなに無理はできないんだよ」

 船乗りよりも猟師よりも屈強な体を持つ祖父。年だとは言っても、もしかしたらユーゴよりも体力はあるだろう。
 でも。
「冗談はやめてよ」
「怒った顔も素敵だぞ、クロエ。わしの若葉」

 緑色に輝くクロエの瞳は、特にゴドルフィンのお気に入りだった。
「濡れた若葉も綺麗だが」
 クロエの目じりを指で拭うと、手を取って小さな包みを握らせた。
「これで機嫌を直してくれると嬉しいのだが」
「? ……ブローチ!」

 異国の小鳥を模した、緑の輝石のブローチ。ゴドルフィンが太い指で器用にそれをクロエの胸元へ飾った。
 
「ありがとう、おじいちゃま!」
「とてもよく似合うぞ! ……で、おしゃれをしてどこかに行くのかい、クロエ」
「あ、忘れてた」

 慌てて鏡に向き直り、そばかす描きに戻る。
 その様子を珍しそうに見つめる祖父を鏡越しに見つめて、クロエは答えた。

「お客様が来るのよ、おじいちゃま」
「そうか! お友達かい?」
「んー……」
「クロエに求婚してきた、ノヴァック辺境伯のご子息ですよ」

 ユーゴが書類ケースを持って入ってきた。早速ゴドルフィンに報告することが盛りだくさんのようだ。祖父の不在時に家業を回しているため、決済をもらいたいものもたくさんあるらしい。

「クロエに求婚!? もうそんな年になったのか、クロエは」
「16歳なのよ」
「まだ早いじゃないか、おじいちゃまのところにずっといたらいいじゃないか」
「わたしもそう思うのだけど」
「僕は早くお嫁に行ってしまってほしい気がしてきたけれど。クロエが家にいたんじゃ、気が休まらない」
「それってどういう、」

「ねえさま!」

 フィンの声が廊下を近づいてくる。
「ラインハートさん来たよー!」
 訪問を伝えに来たフィンは、祖父の土産の図鑑を抱えてクロエを見つめた。
 弟を見つめ返し、一つ頷く。

 さて、どう話をつけるか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛しいあなたに、夢でもう一度逢いましょう

冬馬亮
恋愛
ふたりの出会いは森の奥深く。 怪我もしていないのに、なぜか瀕死の状態だった天才魔法使い、アユールをある女の子が助けたのがきっかけで。 アユールに一目惚れした少女サーヤは、かいがいしく世話を始める。声を出せないけれど、明るく元気なサーヤが気になるアユールだったが・・・。 実は、サーヤの声には呪いがかけられていたことを知り、王国一の(自称)魔法使いとしての誇りにかけて、・・・というより、サーヤへの恋心にかけて、その呪いを解くことを誓う。 どこか訳アリの魔法使いと、どこか訳アリの女の子の出会いから始まる、あったかラブストーリー。

公爵令嬢は愛に生きたい

拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。 一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

処理中です...