20 / 51
20.まずは相手を知ることです
しおりを挟む
考えてみたら、クロエはラインハートのことをよく知らない。
兄ユーゴと同じくらいの年で辺境伯の息子、ということくらいしか。
今まで、結婚を申し込みに来るような男はすべてお断り前提だったため、特に身元を調べるようなことはなかったのだ。
そのことをユーゴに伝えると、兄は小さくため息をついて10枚ほどの紙の束を差し出してきた。
「これは?」
「ノヴァック伯の送ってきた釣書と、こちらで調べた身上書」
「いつの間に……」
「可愛い妹に近づいてくる男のことを、何も調べてないとでも思っていたの?」
さも当然のようにそう言われて、驚いた。全員お断りしてきた(というかお断りされるように仕向けてきた)のを知っているのだから、そんなことに時間を割くことはないと思っていた。
が、ユーゴは何でもないことのように、
「いつ何があるかわからないじゃないか。一応、お前に会わせる前に10分の1くらいの人数までふるってるんだけど」
すごいな、ゴドルフィンの財力。有象無象をそんなにも引き付けるなんて。ふるわれた人の中に、素晴らしい人がいたかもしれないのに。
とはいえ、兄のお眼鏡に適わなかった人が素晴らしい人なわけはない。自分の見る目より、よっぽど信用できるのだ。
兄から渡された紙の束に目を走らせていく。
趣味・特技・出身校・成績、身長体重好きな食べ物、……よくもこんなに調べ上げたな、と思う。
女性関係の調査欄はあったが、親しく付き合っている人はいなかったようだった。親戚の名前だけがそこに連なっており、さっと目を通していると、見たことのある名前が一つ。
「カーティス女史……」
「知り合いか?」
「いえ、直接は知らないけれど、……」
よく見る名前だ。アナスタシア先生の著作の装丁欄で。
いいなぁ、と深くため息をついた。先生と近しい人が知り合いにいるというだけで、憧れる。
「今度ラインハートが来た時に聞いてみたらどうだ?」
「え」
「気になる女性の名前があったんだろう?」
兄は何を勘違いしたのか、瞳に剣呑な色を浮かべてこちらを見ている。調査したのはユーゴの抱える調査部隊なんだから、ここの中にラインハートの「特別に親しい仲」の女性名があるわけはないのに。
初めて会った、素顔のクロエにあんなに優しい目を向けてくるような人だから、実はすごく女性に慣れた男なのかしら、と疑っていた。けれど、これを見る限りではそんなことはまるでない。兄の調査部隊の仕事ぶりは疑いようもないし、別に取り立てて惚れっぽいとかではないのかもしれない。
もやもやする気持ちをぐっと抑えて、クロエは立ち上がった。
「お呼びしましょう、ラインハート様を!」
兄ユーゴと同じくらいの年で辺境伯の息子、ということくらいしか。
今まで、結婚を申し込みに来るような男はすべてお断り前提だったため、特に身元を調べるようなことはなかったのだ。
そのことをユーゴに伝えると、兄は小さくため息をついて10枚ほどの紙の束を差し出してきた。
「これは?」
「ノヴァック伯の送ってきた釣書と、こちらで調べた身上書」
「いつの間に……」
「可愛い妹に近づいてくる男のことを、何も調べてないとでも思っていたの?」
さも当然のようにそう言われて、驚いた。全員お断りしてきた(というかお断りされるように仕向けてきた)のを知っているのだから、そんなことに時間を割くことはないと思っていた。
が、ユーゴは何でもないことのように、
「いつ何があるかわからないじゃないか。一応、お前に会わせる前に10分の1くらいの人数までふるってるんだけど」
すごいな、ゴドルフィンの財力。有象無象をそんなにも引き付けるなんて。ふるわれた人の中に、素晴らしい人がいたかもしれないのに。
とはいえ、兄のお眼鏡に適わなかった人が素晴らしい人なわけはない。自分の見る目より、よっぽど信用できるのだ。
兄から渡された紙の束に目を走らせていく。
趣味・特技・出身校・成績、身長体重好きな食べ物、……よくもこんなに調べ上げたな、と思う。
女性関係の調査欄はあったが、親しく付き合っている人はいなかったようだった。親戚の名前だけがそこに連なっており、さっと目を通していると、見たことのある名前が一つ。
「カーティス女史……」
「知り合いか?」
「いえ、直接は知らないけれど、……」
よく見る名前だ。アナスタシア先生の著作の装丁欄で。
いいなぁ、と深くため息をついた。先生と近しい人が知り合いにいるというだけで、憧れる。
「今度ラインハートが来た時に聞いてみたらどうだ?」
「え」
「気になる女性の名前があったんだろう?」
兄は何を勘違いしたのか、瞳に剣呑な色を浮かべてこちらを見ている。調査したのはユーゴの抱える調査部隊なんだから、ここの中にラインハートの「特別に親しい仲」の女性名があるわけはないのに。
初めて会った、素顔のクロエにあんなに優しい目を向けてくるような人だから、実はすごく女性に慣れた男なのかしら、と疑っていた。けれど、これを見る限りではそんなことはまるでない。兄の調査部隊の仕事ぶりは疑いようもないし、別に取り立てて惚れっぽいとかではないのかもしれない。
もやもやする気持ちをぐっと抑えて、クロエは立ち上がった。
「お呼びしましょう、ラインハート様を!」
1
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました
奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」
妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。
「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」
「ど、どうも……」
ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。
「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」
「分かりましたわ」
こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる