19 / 51
19. それはわたしであって、わたしでないのです
しおりを挟む
頭の中がぐしゃぐしゃのまま、クロエは夕食を取り、風呂に入り、髪を乾かしてもらって布団に入った。
何かが引っ掛かったまま出てこない。
熱い瞳でこちらを見つめるラインハートの顔が、閉じた瞼の裏によみがえる。
……はっとして飛び起きた。
「――やっぱり騙されてるんじゃないの!?」
気付いてしまった、彼が知らずに自分だけが知っている事実に。
ブス令嬢に求婚しているラインハートは、曲がり角でぶつかったクロエにも熱い視線を向けてくる。
つまり、考えられることは2つ。
「どうかした?」
「ひぇっ! 何で黙って入ってくるの、フィン!」
「ねえさまがいきなり不穏なことを叫ぶから何事かと思ったんじゃないか。ただでさえ、様子がおかしいのに」
いちいち酷い言われようだけど、今はそこを詰めている場合じゃない。ノックもせずに足音も立てずに入ってきたフィンをたしなめている余裕すらない。
クロエはフィンに向き直ると、ゆっくり口を開いた。
「フィン、変なことを聞くけど」
「なあに?」
「……やっぱり駄目だわ、フィンみたいな子供に聞かせる話ではないわ」
「2歳しか違いませんけど!?」
頬を膨らませるフィンは、14歳とは思えないほど幼い。
サイドテーブルに置いてあった手鏡を覗き込み、じっと自分の顔を見つめる。
「ねぇ」
「ん、なあに?」
「わたし、綺麗?」
「何その自尊心高め妖怪みたいな言葉……ねえさまは綺麗だよ、お化粧していなければだけど」
ちゅ、と姉の頬にキスをして、フィンはにっこり笑った。家族中から可愛がられすぎて育ったフィンは、あざとさも持ち合わせている。
「わたしが綺麗だっていうのが事実なら、ラインハート様はドブスがお好きな変態ではなかった、ということ……?」
「初恋の相手に対する評価とは思えない言い様だよね」
「綺麗な女性を熱く見つめるなんて、つまりまっとうな審美眼をお持ち……」
「そして意外でもないけど、割と自分の素顔に自信があるよね」
「ということは、」
チャチャを入れてくるフィンの言葉を丸ごと無視して考える。
と、いうことは、だ。
「ラインハート様がドブスに一目惚れなんて、ありえない話だったってことじゃない!?」
ふかふかの枕に突っ伏して、クロエは足をばたつかせた。悔しい。すごく悔しい。
「ねえさま、あの、」
「騙された! わたし、騙されたのね!」
「お、おちついて、」
「ほんとに本気で一目惚れだなんて思ってなかったけど! ほんとその場で結婚受け入れますとか即答しなくてよかったわ!! 悔しいわ!!!」
普通に綺麗な女性が好きな男でも、ドブスに求婚はあり得る。それは、何らかの目当て……うちの場合であれば、お金。があってのこと。
(それなら、お金が欲しいからブスでもいいです、結婚しますって言えばいいのよ)
(言いにくいなら、そこはやんわり伏せて結婚の申し込みをしてくればいいのよ!)
一目惚れなんて、口にしてほしくなかった。
金でも容姿でもなく、クロエを見てくれるんじゃないかなんて勘違いするところだった。
「ほら、やっぱり、わたしの変装には意味があったわ」
「ねえさま、泣かないで」
「泣いてなんかいないわ」
悔しい。悔しい悔しい。
こうなったら、何があってもラインハートに認めさせなければ気が済まない。
お金が欲しいです、と。
ブスは嫌いです、と。
「許さないわ、ラインハート」
「ねえさま……」
「フィンも覚えておきなさい、悪い人間は悪い考えを持つときに顔色一つ変えることはないのよ」
「ねえさま、お顔が怖い」
次にラインハートがやってくるのはいつだろう。どんな顔をしてやってくるのか。
素敵な……本当に素敵なプレゼントをいただいたけれど、それとこれとは話が別。クロエの趣味を理解してくれたと喜んでしまったけれど、それもすべて作戦かもしれない。
何を信じたらいいのかわからないときは、まず自分を信じる。これも、アナスタシア先生が著作の中で教えてくれたこと。
自分をしっかり持った素敵な女性になりたいのだ、そうしないとロマンスなんてやってこない。
何かが引っ掛かったまま出てこない。
熱い瞳でこちらを見つめるラインハートの顔が、閉じた瞼の裏によみがえる。
……はっとして飛び起きた。
「――やっぱり騙されてるんじゃないの!?」
気付いてしまった、彼が知らずに自分だけが知っている事実に。
ブス令嬢に求婚しているラインハートは、曲がり角でぶつかったクロエにも熱い視線を向けてくる。
つまり、考えられることは2つ。
「どうかした?」
「ひぇっ! 何で黙って入ってくるの、フィン!」
「ねえさまがいきなり不穏なことを叫ぶから何事かと思ったんじゃないか。ただでさえ、様子がおかしいのに」
いちいち酷い言われようだけど、今はそこを詰めている場合じゃない。ノックもせずに足音も立てずに入ってきたフィンをたしなめている余裕すらない。
クロエはフィンに向き直ると、ゆっくり口を開いた。
「フィン、変なことを聞くけど」
「なあに?」
「……やっぱり駄目だわ、フィンみたいな子供に聞かせる話ではないわ」
「2歳しか違いませんけど!?」
頬を膨らませるフィンは、14歳とは思えないほど幼い。
サイドテーブルに置いてあった手鏡を覗き込み、じっと自分の顔を見つめる。
「ねぇ」
「ん、なあに?」
「わたし、綺麗?」
「何その自尊心高め妖怪みたいな言葉……ねえさまは綺麗だよ、お化粧していなければだけど」
ちゅ、と姉の頬にキスをして、フィンはにっこり笑った。家族中から可愛がられすぎて育ったフィンは、あざとさも持ち合わせている。
「わたしが綺麗だっていうのが事実なら、ラインハート様はドブスがお好きな変態ではなかった、ということ……?」
「初恋の相手に対する評価とは思えない言い様だよね」
「綺麗な女性を熱く見つめるなんて、つまりまっとうな審美眼をお持ち……」
「そして意外でもないけど、割と自分の素顔に自信があるよね」
「ということは、」
チャチャを入れてくるフィンの言葉を丸ごと無視して考える。
と、いうことは、だ。
「ラインハート様がドブスに一目惚れなんて、ありえない話だったってことじゃない!?」
ふかふかの枕に突っ伏して、クロエは足をばたつかせた。悔しい。すごく悔しい。
「ねえさま、あの、」
「騙された! わたし、騙されたのね!」
「お、おちついて、」
「ほんとに本気で一目惚れだなんて思ってなかったけど! ほんとその場で結婚受け入れますとか即答しなくてよかったわ!! 悔しいわ!!!」
普通に綺麗な女性が好きな男でも、ドブスに求婚はあり得る。それは、何らかの目当て……うちの場合であれば、お金。があってのこと。
(それなら、お金が欲しいからブスでもいいです、結婚しますって言えばいいのよ)
(言いにくいなら、そこはやんわり伏せて結婚の申し込みをしてくればいいのよ!)
一目惚れなんて、口にしてほしくなかった。
金でも容姿でもなく、クロエを見てくれるんじゃないかなんて勘違いするところだった。
「ほら、やっぱり、わたしの変装には意味があったわ」
「ねえさま、泣かないで」
「泣いてなんかいないわ」
悔しい。悔しい悔しい。
こうなったら、何があってもラインハートに認めさせなければ気が済まない。
お金が欲しいです、と。
ブスは嫌いです、と。
「許さないわ、ラインハート」
「ねえさま……」
「フィンも覚えておきなさい、悪い人間は悪い考えを持つときに顔色一つ変えることはないのよ」
「ねえさま、お顔が怖い」
次にラインハートがやってくるのはいつだろう。どんな顔をしてやってくるのか。
素敵な……本当に素敵なプレゼントをいただいたけれど、それとこれとは話が別。クロエの趣味を理解してくれたと喜んでしまったけれど、それもすべて作戦かもしれない。
何を信じたらいいのかわからないときは、まず自分を信じる。これも、アナスタシア先生が著作の中で教えてくれたこと。
自分をしっかり持った素敵な女性になりたいのだ、そうしないとロマンスなんてやってこない。
1
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる