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10.借りたジャケット、2枚
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綺麗な子だなー、と言ったイーサンの感心したような声を思い出して、自然と口元が緩んだ。
そんなこと、今まで家族以外に言われたことない。それも至極当たり前なことで、原因はすべてクロエの策略にあるのだけど。素顔なんて、家族以外にさらしたことはほぼないのだから。
ちなみに、屋敷に出入りする業者や商人・社員のみんなには、クロエの容姿については口外しないようにと強く言い含めている。何を訊かれても、「お会いしたことがありません」と答えるように、と。
それにしても、と気付いた。ラインハートは特に顔については何も言っていなかったな。
手にした深緑のジャケットに視線を落とす。
「……帰り、寒くなかったかしら」
ちょっとだけ、と心の中で言い訳しながら、そっと袖を通してみた。指先も出ない、長い袖。
「クロエ、どうしたの?」
「!!」
後ろから声を掛けられて軽く跳ねた。
振り返ると、祖父の手伝いで朝から不在だったユーゴが不思議そうな顔で首を傾げていた。
「それ、誰の?」
「あ、えーと、忘れ物? 多分ラインハート様だと思うけど」
「――そう」
なら僕が預かるね、と手早くジャケットをはぎ取られた。それから、ユーゴは自分のジャケットをサラッと脱いでクロエに差し出した。
「寒かったらこっち着て」
「え、ユーゴの? でも、」
「いいから。必要なくなったら僕の部屋に投げておいてね。……忘れ物を勝手に着たらだめだよ」
あれ、ちょっと機嫌が悪い? いつも穏やかな兄の眉が微かに寄っている。
確かに、他人の物を許可もなく着たのはよくなかった。
こくりと頷いたクロエに目元だけで笑って、ユーゴはジャケットを手に、そのまままた玄関から出て行った。多分、祖父の用事でちょっと家に立ち寄っただけなんだろう。
「――寒くないのかしら」
ラインハートもユーゴも、結構暑がり?
家の中にいるクロエには別に必要ないのに、と思いつつ、兄のジャケットをそのままくるりと畳んで抱えた。
「あ、もしかして、邪魔だから部屋に戻しておいて、ってことだったのかな」
ならそう言えばいいのに。
それに、ラインハートのジャケットはどこに持って行ってしまったんだろう。
取りに来られたらどうしよう。でも、クロエに掛けてくれたってことは分かっていないだろうから、いったん知らんぷりしておけばいいか。素顔で二人に会ったことはないし、大丈夫だろう。
没落しかけているとはいっても伯爵家。ジャケットの替えくらいは持っているでしょうし。
袖を通した時の温かさを思い出して、ぎゅっと拳を握った。
次はいつ来るのかしら、と思った自分に少し驚いて、振り払うように兄の部屋へと向かう足を速めた。
そんなこと、今まで家族以外に言われたことない。それも至極当たり前なことで、原因はすべてクロエの策略にあるのだけど。素顔なんて、家族以外にさらしたことはほぼないのだから。
ちなみに、屋敷に出入りする業者や商人・社員のみんなには、クロエの容姿については口外しないようにと強く言い含めている。何を訊かれても、「お会いしたことがありません」と答えるように、と。
それにしても、と気付いた。ラインハートは特に顔については何も言っていなかったな。
手にした深緑のジャケットに視線を落とす。
「……帰り、寒くなかったかしら」
ちょっとだけ、と心の中で言い訳しながら、そっと袖を通してみた。指先も出ない、長い袖。
「クロエ、どうしたの?」
「!!」
後ろから声を掛けられて軽く跳ねた。
振り返ると、祖父の手伝いで朝から不在だったユーゴが不思議そうな顔で首を傾げていた。
「それ、誰の?」
「あ、えーと、忘れ物? 多分ラインハート様だと思うけど」
「――そう」
なら僕が預かるね、と手早くジャケットをはぎ取られた。それから、ユーゴは自分のジャケットをサラッと脱いでクロエに差し出した。
「寒かったらこっち着て」
「え、ユーゴの? でも、」
「いいから。必要なくなったら僕の部屋に投げておいてね。……忘れ物を勝手に着たらだめだよ」
あれ、ちょっと機嫌が悪い? いつも穏やかな兄の眉が微かに寄っている。
確かに、他人の物を許可もなく着たのはよくなかった。
こくりと頷いたクロエに目元だけで笑って、ユーゴはジャケットを手に、そのまままた玄関から出て行った。多分、祖父の用事でちょっと家に立ち寄っただけなんだろう。
「――寒くないのかしら」
ラインハートもユーゴも、結構暑がり?
家の中にいるクロエには別に必要ないのに、と思いつつ、兄のジャケットをそのままくるりと畳んで抱えた。
「あ、もしかして、邪魔だから部屋に戻しておいて、ってことだったのかな」
ならそう言えばいいのに。
それに、ラインハートのジャケットはどこに持って行ってしまったんだろう。
取りに来られたらどうしよう。でも、クロエに掛けてくれたってことは分かっていないだろうから、いったん知らんぷりしておけばいいか。素顔で二人に会ったことはないし、大丈夫だろう。
没落しかけているとはいっても伯爵家。ジャケットの替えくらいは持っているでしょうし。
袖を通した時の温かさを思い出して、ぎゅっと拳を握った。
次はいつ来るのかしら、と思った自分に少し驚いて、振り払うように兄の部屋へと向かう足を速めた。
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