【完結】うちのブス知りませんか?~金目当ての貴族との縁談をブチ壊そうと、全力醜女メイクしてたら引っ込みがつかなくなった件~

羊蹄

文字の大きさ
上 下
7 / 51

7. 兄さんに相談します。

しおりを挟む
 帰宅するという師匠に、ほんの少し寂しいなと思いながら、万葉は軽めの朝食を胃へと投げ込む。師匠は朝はコーヒーと甘い物一かけらのようで、朝から食べられないんですと、困った顔をしていた。

「では万葉さん、お世話様でした。お引越しはいつでもいいですけど、早めだと僕も嬉しいです」

「……あ、はい。それはまた連絡します。師匠、甘やかしすぎじゃないですか、私のこと?」

 それに玄関の扉のドアノブを持っていた師匠は、うーんと考えて首をかしげる。二歩で万葉の元へと戻ってくると、万葉の頭をよしよしと撫でた。かと思うと、急に肩を引っ張って、耳元に近づいて来る。

「僕は本当は優しくないです……今すぐにでも、貴女の素肌に触れたいし、僕がどれだけ好きかを、貴女の体中に叩き込みたいですが。甘やかしていますよ……好きですからね、奥さん」

 ちゅっとほっぺたにキスをされて、万葉がビックリしていると、ニコニコと師匠が微笑んだ。

「万葉さんは、僕に甘やかされているくらいが丁度よさそうです。そうやって、可愛い反応も見られますし、まんざらでもない顔されると僕も嬉しいです」

 もう一度ドアノブに手をかけると、師匠は穏やかに口元を緩めた。

「僕だけに夢中でいて下さいね。後悔はさせませんから」

 では、と軽やかに手を振って去って行く姿を見送って、万葉はその場にぽかんと立ちすくんだまま、しばらくそうしていた。

「師匠って、本当に……」

(手練れのすけこましすぎる……)

 言われなくとも、万葉はすでに師匠に夢中だった。思い切りこの感情をぶつけても、師匠は怒らないだろうか。面倒くさく思わないだろうか、と少しは考えたのだが、マスターが言っていた寄りかかっても支えてくれる人という言葉を、信じてみようと思った。



 ***



 月初の出社で気が重たくなるのは、いつも首位争いをしている後輩の遠藤が、トップの座をそうやすやすと譲ってはくれないからだ。

 朝礼で先月のトップ賞を発表されて、いつも二位になってしまっている万葉は、毎月苦い思いをする。しかし、今月はその気持ちが薄らいだ。

 名前によるクレームは相変わらずあるけれども、実は自分の名字が今は田中であって、あんな素敵な人が旦那さんなのだと思うと、溜飲が下がる思いだ。師匠の笑顔を思い出して、発表中に顔を赤らめてしまった万葉は、部長に怪訝な顔をされたのだが、大丈夫ですと作り笑いでごまかした。

 師匠の影響力がすごいのか、結婚というものの影響力がすごいのかは分からないが、どちらにしても、万葉の心は落ち着いて安定していた。クレームが来たところで以前のようにイラっとしなくなったし、新海無しで対処できる回数が、前月は多かった。

(恋心、凄まじい……)

 心境の変化を感じながら、やっぱり引っ越しをしようとふと考える。安心してほしいと何回も言われたが、言葉だけで満足できないのが乙女心の面倒くさいところでもある。

 実際に一緒に住めば、もしかしたら捨てられてしまうのではないかという不安が和らぎ、そして師匠の事をもっと知ることができるのかもしれないと考えていた。

 のんびりとそんなことを考えていると、総務から呼び出しが来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました

奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」  妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。 「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」 「ど、どうも……」  ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。 「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」 「分かりましたわ」  こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

処理中です...