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ピンチ・ピンチ・ピンチ

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 爽やかな朝鳥のさえずりが聞こえてくるも、それさえ、今のオレには、煩わしい。
 等々、この日が来てしまったか……始業式。
 今日から学校が始まるのだ。

「嗚呼、イヤだ、嫌だ、行きたくない……」

 何故と言われたならば、もちろん、この身体の所為。

 因みに、一週間後、検査結果を聞くため、病院へ行ったなら

『イツキくん、キミは、もう、完璧な女の子よ』

 と波切ナキリさんに宣告されてしまった。

 どうしようもない事実に、愕然となってしまったけど、心の底では、とっくに諦めてた。
 でもよ、やっぱ酷すぎねぇか?
 何で、オレだけ、こんな目に遭わなきゃいけねぇ!
 これから、どうしたらいいの?

「ああ、もう、わかんねぇよ!」

 どうにもならない憤りが、叫びとなった。
 その前に、学校へ行きたくねぇ……嫌だ。
 オレは頭を抱え、ベッドの端から端を行ったり来たりして、寝返りを打ちながら駄々こねていた。
 そんな時、部屋の扉が、バタンと勢いよく開け放たれた!

樹里イツキ何やってるの? 早く支度しな。学校に遅れるよ」

 ドタドタと部屋へ入って来たのは、セーラー服姿の樹乃タカノ
 いつまでも起きて来ない、オレを心配し、起こしに来てくれたのだろうけど、今は大きなお世話だ。
 チラッとベッド脇に立つ樹乃を見るも、オレは顔を隠しつつ不貞腐れそっぽ向く。

「無理学校休む。嫌だ、行きたくない」

「あんたね。昨日からずっとその調子だけど、いい加減にしなよ! 起こった事をウジウジ悩んでも仕方ないわよ。早く今の状況に慣れなさい」

「簡単に言ってくれる。ハイ、そうですかとはいかないんだよ! こっちは……」

 枕に顔を埋めながら、樹乃に言った。

「大丈夫よ。父さんがうまいこと、学校に伝えてくれてるから。それと、あんたのクラスにも春國から、ちゃんと伝えて貰えるようお願いしたわ」

 えっ? 学校に伝えてある?

「はぁああ? マジでか! 聞いてねぇ!」

 ベッドからガバッと起き上がり、オレは悲鳴に近い声を上げた!

「だって、イツキに言ってないもの」

 全く意に介さない様子で、タカノはニコリと微笑んで言う。
 オレの知らない間に、どんどん事が進んでるぞ。

「だから、何も心配いらないわ」

 心配いらないって軽く言うけど……ん? ちょっと待てよ。オヤジともう一人誰か居たな。
 確か、春國って言ってたような……。

「ハ、春國だって!」

 オレは無意識に声を張り上げた!
 選りに選ってアイツはダメだ! 有る事無い事を触れ回る。
 マジに、どうする? ここは、学校に行くのが賢明か。

「急いだ方がいいんじゃない」

 彼是と思い悩むオレに、樹乃が、そうやって促してくる。
 えっ? 何故、このタイミングでそんな事言う?
 樹乃の顔をサッと見やり視線を送ると、何か含みある笑顔でオレを見ていた。

「まさか! 態か! テメェ汚ねぇぞ!」

 ベッドから立ち上がり、樹乃に詰め寄りながら、オレは口汚く声を荒げてしまう。

「その口の聞き方は、ナニ?」

 オレの言葉を聞いた樹乃。場の空気が一瞬で凍りつく。

 し、しまった、やっちまった。

「お姉様に向かって、その言葉使いは、頂けないなぁ、いつきぃぃ!」

 鬼にしか見えない形相の樹乃が、オレのホッペをこれでもかと言わんばかりに抓り引っ張り上げる!

「ひっ、ひたい! おへぇさま、やめてくはさい……」

 あまりの激痛で目に涙を溜めて、オレは、懇願し謝った。

「私に刃向かうなんて百年早い。次はこんなんもんじゃ済まないから肝に銘じておいてね」

 まだ、怒りが治まらないのか、樹乃は笑顔を引きつらせて脅しかけてきた。

「は、はい、わかりました」

 オレは、ビックと身体を強張らせ、直立不動になり返事をする。
 長年培われた関係性は、おいそれとくつがえらないのだ。

「はぁ。もういいわ! あんたに付き合ってたら私まで遅刻するから、先行くわ」

 少し苛立ち、煩わしいそうに言うとタカノは、部屋を出て行った。

「ちっ、偉ぶりやがって、オレとそんな歳変わらないのによ」

 樹乃が出て行ったドアを見つめて、不満を垂れる。

「はぁぁ、それより、マジでどうする? ほっとくと、面倒なことになりそうだし……ウシッ、学校行くか」

 そう思い立てば、気合いを入れ直す。

 寝間着代わりに着用してたTシャツと短パンをベッドの上へ脱ぎ捨てパンツ一丁になれば、オレは部屋のクローゼットの扉を開いた。

 お? あれ? ないぞ、オレの制服が無いぞ。
 その代わり、女子制服一式が木製ハンガーに掛けられていた。
 もしや、コレって……嗚呼、やっぱり制服も女子になるのね。
 男子制服を着用して学校へ行こうとしてたのが、既に察知されたか。

「って言うかよ! オレの服、全部、女物に替えられてるじゃねぇか!」

 絶対、樹乃の仕業だ! これだけは断言出来る!

「全く、なんて奴だよ。手際が、良すぎる」

 ふと枕元に置いてた目覚まし時計に目をやると、おっと、もうこんな時間か!
 こんなとこで、モタモタしてられない早く支度を済ませて学校に行かないと。
 急ぎハンガーに掛かった制服を取り出し、ベッドの上へポンと放り投げた。

「ふぅぅ」

 と一息吐いて、穿いたてた下着ショーツを脱ぎ、素っ裸になる。
 そしたら、樹乃が制服と一緒に用意してたであろう下着をベッドに並べて腕を組みし、マジマジとそれらを眺めた。
 フロントの上部にスケスケレースをあしらった水色のショーツと同じくレースのハーフカップブラだ。
 こ、これは、ちょっと色々見え過ぎないか?
 
「あのアマ、完全にオレで遊んでるだろ」

 頭ん中では、してやったりな笑顔の樹乃の姿が思い浮かぶ。

「ああ、もう!」

 オレは、半ばヤケクソ気味にショーツを穿き、ブラへと手を付けるが……ブラジャーって着けた事なかった。

「ハァハァ……なんでこんな事……ハァハァ」

 何とか、悪戦苦闘しながらも、おっぱいをブラジャーに収めた。
 後は、楽勝だろ。白いブラウスを羽織りボタンを留めたら、次に瑠璃色で裾に二本の白いラインが入ったプリーツスカートを穿く。
 そして、ベッドへ腰掛ければ、脚を組み白い靴下を履いた。
 黒革の学生鞄を抱えれば、赤いリボンを襟に結び付けながら、部屋を出て一階へ降りた。


 リビングの姿見で、自身の身なりを確認しつつ、リボンの結び目を整える。
 こう言うのって、キッチリしないとダメ何だよな、オレ。

「よし! 完璧」

 姿見の前でクルッと一回りして見せる。
 自分で言うのもアレだけど、制服姿がよく似合ってた。

「我ながらイケてんじゃん……はうっ」

 にこやかな笑顔から一転、頬を赤らめて目を伏せる自分が姿見に写った。
 まぁ、すぐには慣れないよな。
 鏡を見てて思ったけど、夏の制服って何でこう薄いんだ。
 涼しいのはイイけど、ブラジャーがスケスケなんだが、こう言うもんなのか? 
 ここで考えててもわからんし、さっさと、学校行くか。
 
「あ、そうそう!」

 オレは思い出したかのように、リビングに祀ってある神棚の前まで行く。
 学校へ行く前に、ここは一つ神棚でお祈りでもしよう!

「ええ、今日一日、平穏無事に過ごせますよう、よろしくお願いします」

 そう呟きながら、手を合わした。



 青々とした空が広がり、燦々と輝く太陽。
 まだまだ、真夏日が続くと天気予報で言ってたっけ……。

「そんなことより、あちぃぃ……」

 全身から汗が吹き出して身体がベトついて気持ち悪い。
 早く、電車に乗ってエアコンで涼みてぇ。
 電車に乗るため駅を目指して大通りの並木道を歩いていると、ちらほらと同じ制服姿の奴等が目に付く。
 オレはと言えば、キョロキョロ辺り見回して、春國アイツの姿がないか探してみたけど……

「やっぱ、いないよな……」

 学校へ着く前に出来ることなら、春國を捕まえたかったな。
 あのアホに、余計な事を言わないよう口止めしたい。


 ーー結局、春國に出会う事なく、最寄りの駅に到着した。

「まあ、こう言う時は、だいたい上手くいかないもんだ」

 改札に定期を翳し通り抜けると、二階のホームへ向った。

 あちゃ、やっちまった!

 ホームへ辿り着いたら、そこは、企業戦士サラリーマンや学生達で、ごった返していた。
 そうだった、この時間帯は、通勤ラッシュと重なって、人が多いんだった。

「マジかよ……」

 地獄の登校タイムが始まってしまう。

「はぁぁ、しゃーねぇな、気合い入れますか!」

 オレは、鞄を脇に挟み、顔を両手でパンッと軽く叩き自分を奮い立たせる!
 そうこうしている内に、ホームに電車が入って来た。

 いざ戦場へ! 

 ホームへと停車した電車のドアが開くと、同時に、そこへ蟻の如く群がる人、人、人。
 オレも、その集団の中へ身を投じれば、押し寄せる人並みに揉みくちゃにされる。
 痛い……苦しい、臭いよ。
 ハゲおやじやら、ハゲおやじやら、ハゲおやじやらに、囲まれとる。
 ココから逃げたいけど、人が密集し過ぎて身動きとれねぇ。
 そのまま、車両に流されるように押し込まれた。
 うわぁ、密着率が半端ない。
 おやじ達の汗と熱気と臭気により気持ち悪いったら、ありゃしない。
 男の時は、あんま気にならなかったのに……色々と神経過敏になってるのか?
 それにしても、クッソ、汗が全く引かない。冷房、効いてないのかよ。
 マジに暑いな。
 少しでも涼みたいオレは、襟元のリボンを解きブラウスのボタンを外した。

 ……ああ、最悪な気分です。

 そう、周りのおやじ達に匂いを嗅がれとる。
 気の所為と思いたいけど、顔を紅潮させて、そんな鼻をヒクヒク動かしてたら誰でもわかるぞ。
 やめろと言うのもおかしいから、オレは意識しないように、ただただ、黙って俯き目を瞑った。
 何駅か過ぎると混雑が少しだけマシになったので、車両のドア脇へと移動して、なんとか自分の場所を確保する。
 ドア脇へ持たれかかりガタゴト、と揺れる車両に身を委ねていたら、心地よい眠気に襲われウトウトしてきた……。

「ぁっん!」

 太ももの間を冷たい何かが撫で通った。
 へっ、なっ、なに? 
 オレは、目をパチリと見開き、俯かせた顔で太ももを見る。
 視線を向けると、またも、なにかが股間を押しなぞったのだ。

「ふあっ……」

 その行為が、下腹部のアレを刺激し、背筋にビリリッと電気を走らせようものなら、鼻にかかった甘々な嬌声が出てしまう。
 ちょ、なに、パニックにりながらも、先の光景を思い出すと、一瞬にして、オレは青ざめ、口つぐむ。
 もしかして、みんなに聞かれた?
 オレは伏せ顔で、恐る恐る周りを確認してみた。
 見た感じ、周りの人達は、何も気づいてないかな。

「ふぅぅ」

 胸に手を当てつつ、小さな吐息とともに安堵した。
 よし、大丈夫そう。
 まさか、これが、世に言う、痴漢というやつ?
 いや、けど、たまたまって事もあるし、どっちだ?
 だけど、マジに痴漢だったら、なんかムカつくし、
 そういや、なぞの物体は、オレの背後から飛び出してきたよな。
 それとなく、チラリと背後へ顔を振り向かせると、そこに居たのは……

「ハッ、春國!」

「ウッス、樹里!」

 驚くオレに対し、ニコニコと笑顔を見せて春國が、挨拶してきた。

「お前か、なんのつもりだ?」

 オレは怒りを露わにし、睨み付けた。

「朝からご機嫌斜めですな。お嬢さん」

「テメェ、バカにすんな」

「お、こわっ、そんな怒んなよ」

 春國は笑顔を崩すことなく、オレを宥める。

「それより、お前近い。暑苦しいから離れろ!」

 オレは、ムスッとしながら春國に言い放つ。
 しかし、こちらの態度など何のそのな春國は、オレの背中へと身体を預けてピッタリとくっ付いてくるのだ。
 ほのかに香る柑橘系の香水の匂いが、鼻にまとわりつく。
 春國くせして香水ですか。色気付きやがって。

「そうかそうか、しょうがないな……」

 どう言う解釈すれば、そうなるのか、春國は、オレの腰へと手を回してきたら、更にオレを抱き寄せる。

「なっ、なんのつもりだ」

 そんな意味不明な行動に、戸惑うばかりのオレ。 

「ナニって……この前のお返しだ。しばらく脇腹痛くて寝れんかったんだよな」

「はぁ? 訳わからん、アレは、お前の自業自得だろ」

「さあ、どうしてくれよう」

 そうして春國が耳元で囁けば、またも、オレの文句など、お構いなしに、腰に回していた手が下腹部へと這わされる。
 その手先が、今にもオレを詰ろうとして、いやらしく動きだそうとするのが、手に取るように分かった。
 ただ、現状、下腹部に手を置かれている状態なだけなのに、どうにもままならない感情が芽生えている、オレもいた。

「お、おい……やっ、やめろ……」

 そんな感情から逃れるべく、オレは身を攀じって、どうにか春國から身体を放そうとするも、あれよあれよと右手を後ろ手に掴まれたなら、身動き出来ないようにドア脇へと押しやられた。

 うぅぅ、動けない。また、このパターンですか。

「フフッ、今から俺が、イイことしてやろう」

 嫌な予感しかしない、その言葉。
 でもって、言葉通りに行動するのが、春國なのである。
 逃げる間も与えられず、春國の膝が強引に股の間へとねじ込まれたかと思えば、そのまま膝頭で大事な場所を圧迫する。

「ふっ、ふざ、んぁぁ……けんっ、な」

 弱々しい声しか出せないでいるオレ。
 ここは大声で罵声を浴びせたい所なのに、この状況が、この場所が、そうさせてくれない。
 そんなことしようものならば、一瞬にして周囲の視線を集めてしまう。
 こんな恥ずかしい姿を見られる訳にいかない。
 なら、我慢するしかない。流石にこれ以上は、何もしないだろうから……。


 この時、淡い期待を抱く自分が、いかに愚かだったかを後悔する事になるのだった。

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