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オンナって大変
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リビングに入るとアンティークのダイニングテーブルに座る父親の姿が見えた。白髪混じりの黒髪を短く刈り込む相変わらずの髭面で、こちらを見ている。
「あっ、えぇ、おかえりオヤジ」
緊張してぎこちない挨拶をしてしまった。
はぁ、まいったな。意外にオレって繊細なのかも……。
椅子を引いてムックと無言で立ち上がると、オヤジがオレに近づいてくる。
うん? 何だか様子が変だな……。
目の前で立ち止まったオヤジの顔を見たなら、くしゃりと皺が集まり、瞳には涙を浮かべていた。
へっ、なんで? オレ、やらかしたか?
すると、突然!
「夕里乃!」
オヤジは死んだお袋の名前を叫び、オレをガシッと抱きしめた!
オヤジの胸板に顔面が押し付けられる。
はうっ、強く抱き締め過ぎ、どうした? ボケ始めたか?
「いっ痛、苦しいオヤジ」
オヤジには全くオレの声が届いていない。
「ちょっと、何やってるの! 父さん、正気に戻って!」
樹乃が、オヤジの異変に気づき声を張り上げた!
「おっと、すまない取り乱してしまった」
その声にハッとなるオヤジは、力を抜きオレを解放する。
「急にどうしたのよ? 父さん」
不安げな面持ちで樹乃が質問した。
「いやいや、あまりにも樹里が死んだ母さんにそっくりだったもんで、あっ、そっくりと言っても若い頃の母さんだけどな。で、ついつい懐かしくなって思わず抱きしめずにはいられなくてな。脅かせてすまん」
オヤジは頭をぽりぽりと掻きながら、照れ笑いを浮かべ応える。
「ああ、そう言う事ね。ホント良かったわ」
「ホント、勘弁してくれよ」
胸をなで下ろし安堵する樹乃に対し、オレは呆れ気味に口を開いた。
「立ち話も何だ。座ろうか」
オヤジはオレたちをテーブルへと促がす。
「ホントに人騒がせね」
「マジで焦ったよ」
席に着くなり、樹乃が口を開けば、続いてオレもオヤジに言ってやる。
「おいおい、そんなに責めないでくれ。ちょっとした父さんのお茶目に」
目を泳がせて、ばつの悪そうにするオヤジ。
お茶目って半分本気だったろうに。
オヤジは湯呑に入ったお茶をズズッと一口飲むと。
「その話は置いといて早く飯にしようか! 腹減ってしょうがない」
「そうね、早く食べましょ」
オヤジの言葉に賛同する樹乃。
「それにしても樹乃から話しを聞いた時は、何、突拍子もない事を言ってるんだと思ったが、実際に目にすると信じるもんだな」
食卓に並べられるオカズをつつきながな、オヤジはマジマジとオレを見つめ言う。
「ちょっと、行儀悪いわよ」
樹乃が眉間にシワを寄せて、オヤジの行動を注意する。
「おぅ、すまんすまん」
口では謝っているが全く意に介していない。
いつもの食卓すぎる。
大丈夫か、本当に? 簡単にことが運び過ぎて逆に不安なんですが……。
「いつき、どうした難しい顔をして?」
オレの様子を察し、オヤジが訊ねてきた。
「ああ、別に何でもないよ……」
できる限り平静を装い応えたが、オヤジは、オレの顔色より何か読み取ったらしく、話し始める。
「俺はな、お前が樹里だと直ぐに確信したよ。なんせ生まれた頃からずっと樹里を見て来たからな。外見が変わっても心は全く変わってないよお前、それにな、俺も勘違いするくらい、死んだ母さんにそっくりだしな。お前は樹里だよ」
そう言葉すると、真剣な眼差しを俺に向けた。
「うん」
オヤジの言葉が、オレの胸を熱くさせる。なんだか気恥ずかしくなり、視線を下げ静かに頷くだけだった。
「かっははは! 俺もなかなかイイ事言うだろ」
突然の笑い声、オヤジは得意げな顔を見せたなら、そんな言葉を吐く。
おい、それ、余計だ。オレの感動を返せ。
「それより、これからどうするの」
素知らぬ顔して樹乃はオヤジに訊いた。
「おおっ?! そうだな……一度、病院で樹里の身体を診てもらう。何かあってからでは遅いからな」
「そうね。私もそうした方がいいと思う」
オヤジの言葉に樹乃は頷き賛成した。
何かあってからって、もう、起こってますけど……ツッコミを入れたいがやめとこ。
「俺の知り合いの医師に、それとなく事情を伝えて樹里を診てくれるように段取りをつけておく。嫌かもしれんが、これだけは樹里も従ってくれ」
オヤジは何時になく真摯な態度で頼んできた。
まあ、頑な理由はわかってる。
ここは素直に従わないとな。
「わかったよ、オヤジ」
「そうか良かった」
オレの応えにオヤジは笑顔を見せ話を続けた。
「それと樹乃には樹里のサポートを頼めるか?」
「ええ、任せて」
大丈夫、心配するなと自信に満ちた表情のタカノ。
「それにしても食卓が華やかになった。やはり女の子が二人もいるといいもんだな」
オヤジはにこやかな笑顔見せて、オレたちに言ってきた。
「それ嬉しくないんだけど……」
オレは愛想のない態度でオヤジに言う。
「そんなに怒らなくてもいいでしょ。父さんも場を明るくしようとしただけよ」
オレを宥めてオヤジをフォローするタカノ。
「悪かったな」
「別にいいよ。オレも悪いし」
オレとオヤジはお互いに謝罪して場を収めた。
「終わったなら、さっさと食事を済ませてね。早く片付けたいから」
相変わらず淡白な女。でも、いつものように振る舞ってくれるのは有難い。
変に気を遣われると余計に参ってしまうからな。
「ふぅ、食った食った。ご馳走さん」
腹を摩りご満悦なオヤジを横目に、オレは手を合わせて食事のお礼をする。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
樹乃は食器を片付けながら、返事を返した。
「あっ、そうそう! お風呂沸いてるから、入りたい人からどうぞ」
「ん? おしっと、どうだ久しぶりにパパと一緒に風呂に入るか樹里」
オヤジは、かけ声と共に椅子から立ち上がれば、敢えて態とらしく聞いてくる。
「ありえないでしょ、白々しいよオヤジ。さっさと、一人で入って来な」
オレは素っ気なく邪魔くさそうに手を振り応えた。
「つれないねぇ。昔はあんなにパパっ子だったのに」
オヤジは肩を竦ませて、そう言い残し、リビングを出て行った。
わかってはいるけど、そういうのウザいよ。
「今日はありがとな。タカ姉」
オレは改まってタカノに礼を言う。
「なっ、何よ。急に気持ち悪い。おっとと」
台所で食器を洗うタカノは、オレの言動に戸惑い手に持ったお皿を滑らせていた。
「気持ち悪いって、素直に礼を言っただけだなのに、それはないんじゃね」
ちょっと傷付いたフリをしてタカノを責めてみる。
「ああ、ごめんごめん。その気持ちは素直に受けとっておくわ」
オレの言葉をしれっと流し、黙々と食器を洗い続けるタカノ。
さっきも思ったが、ホント、飽きれくらい普段通りだな。
嬉しい限りだよ、全く。
オレも、もっと強くならなきゃいけないな。
「んああ!」
暫くリビングで寛いでいたオレは、腰掛けたソファから立ち上がり、両手を思いっきり振り上げ伸びした。
「タカ姉、今日は疲れたし、もう寝るわ」
オレは身体を解しつつタカノに伝える。
「ええ、お休みなさい」
こちらを一切、振り向かず返事をするタカノは、ダイニングテーブルに座り家計簿をつけていた。
毎日、ご苦労な事で。こう言う所は尊敬するよ。
他は無理だけど……。
オレは、タカノの邪魔にならないよう、そろっとリビング出て二階の部屋へ向かった。
あれから、数日が経ち、夏休みもあと少しとなる。
くそっ、一向に元の身体に戻る気配がない。
このまま始業式まで元に戻らなければ……ああっ! 女子高生になっちまうよ。
それだけは、何としても避けねば。
あっ?! そういや、今日は病院に行く日だったけか。
病院の場所って何処だったけ?
まぁ、タカノに訊けばわかるか。とりあえず、朝飯食べよ。
「おはよう、タカ姉」
落ちそうになる瞼を擦りながら朝の挨拶をした。
「あら、おはよう」
ソファに座り、珈琲の香り湯気立つマグカップを啜り飲むタカノは、オレの声に気づき挨拶を返す。
「今日の朝飯、何?」
手で空腹のお腹を摩りタカノに聞く。
「あんた、今日、朝ごはん食べちゃダメよね」
「へ? 何でさ」
オレはいつもと違う応答に戸惑う。
「今日は病院で検査するから、昨日の十時以降は食べ物を口にしたら、ダメって言われたでしょ」
そういえは、昨日オヤジが言ってたような気がするな。
うぅ、腹減ったな。検査が終わるまで我慢するしかないか。
「ハイ、これでも飲んでなさい」
タカノは冷蔵庫からペットボトルを取り出しオレに渡す。
「水ですか。暫くはこれで飢えを凌げと言う事ですね。お姉さま」
「そう言う事よ。察しがよろしくてよ、いつきさん」
と、タカノとしょうもないやり取りをする。
「あっ! そうそう忘れてた病院の場所って何処だっけ?」
「病院の場所ね。ちょっと待ってメモを父さんから預かってるから」
ダイニングテーブルに置いていた一枚の紙をタカノがオレに渡してきた。
オレは、二つ折りにした紙を拡げメモを見る。
電車に乗るのか、結構、遠いな。
時間もあまり無いから早く支度を済ませるか。
メモを読み終えて、オレが、リビングを出ようとした、その時、
「待って、いつき」
タカノが呼び止めてきたので振り返る。
「どうした? タカ姉」
「ちょっと私の部屋まで来て」
神妙な顔をしてオレを誘う。
何だ? 急に? 怖いぞ。
「お、うん、わかった」
ここは、逆らわずおとなしく従う事にした。
タカノの部屋へと連れて来られたら、オレは着せ替え人形と化してしまう。
「うーん、イイわね。元々の素材が良いから何着せても様になるわね。ハイ、次はコレ」
タカノは上機嫌に次々服を選び取っている。
「あのう、タカ姉。もしかしてこの中のどれかを着て病院に行けと言う事かな?」
オレは恐る恐るタカノに訊ねた。
「モチッ! 当然でしょ!」
満面の笑みを浮かべれば、物を言わせないオーラを纏ったタカノが言う。
マジでか。ムリだぞ、勘弁しろよと心の中でしか言えない。
オレって……情けない。
「よし! 君に決めた!」
何処かで聴いた事あるセリフを口走り、タカノが、オレに服を渡してくる。
服を取り拡げて見たら、ちょっと待って、初めてで、これは流石にハードルが高い。
タカノに服を替えて貰うよう目配せしてみたが……無視された。
「あの、これは、ちょっと」
「…………」
無言のプレッシャーを掛けてくるタカノ。
うわぁ、マジかよ。わ、わかりました!
オレはヤケクソになり服を着た。
「こ、これでイイか」
恥ずかし過ぎて顔から火が出そう。
オレが着用しているのは、白を基調としたフリルが贅沢に誂えられたキャミソールワンピースでスカートの丈が太もも辺りで凄く短い。
「うんうん、良く似合ってる。私のセンスも中々じゃない」
タカノは満足行く結果が得られたようだ。
「あとは、これ穿いて新しいから気にしないで」
そう言うタカノから渡された物は……。
「あっ、あのコレって……しっ下着ですよね」
ピンクのかわいい下着を手渡されて、流石にシドロモドロになってしまう。
「うん、そうよ! やっぱり女の子になったんだからちゃんとしないとね」
タカノは屈託のない笑顔を見せつけてくる。
くっそぉ、絶対遊ばれてる。はぁ、もう嫌だ。誰か助けて……。
玄関まで見送りに来たタカノ。
「それじゃ、気を付けて、いってらしゃい」
「マジで、この格好で行かなきゃだめか」
オレは精いっぱいタカノに食い下がった。
「大丈夫! 凄く似合ってて可愛いわよ」
オレの懇願は軽く受け流される。
姿見で全身を眺めた時、確かに可愛かったけど、人前に出るのは嫌だ。
この姿を人に見られたく無い。
多分、知り合いは、絶対、気づかないだろうけど、男としての何かを失いそうで怖い。ただ、それだけの事だ。
「もう、早く行きな! 時間に遅れるよ」
語尾を強めタカノが言う。
うぅぅ、気が進まないけど、病院には、行くと言ったからな。
「はぁ、じゃ、行って来るよ」
タカノが用意した可愛らしいフラットサンダルを履き、オレはしぶしぶ玄関のドアを開けた。
振り返って玄関を見るとタカノが満面な笑顔で手を振り見送ってくる。
それを確認してオレは、玄関のドアを閉め外へと出た。
暑いな、手を翳して日を遮り空を見上げた。
青く澄み渡った夏の空ってヤツですか……。
今日は雲一つ無く、日差しがこれでもかと照りつけてくる。
肌の露出した部分がジリジリと日に焼かれているのがわかった。
ふぅ、この辺りは、まだ人通りも少ないから良かった。
それよりも、下半身がめっちゃスースーするな。
それに、スカート短過ぎだろ!
少し身体を前に屈んだだけで、下着が丸見えになっちまう。女って何でこんなの着るんだ?
風が吹いただけでもスカート捲れて下着が見える。
意味がわからん? 恥ずかしいだけだろ。
目の前には、多くの古民家が建ち並ぶ。
良く例えると、古き良き街並み、悪く例えると、古臭く寂れた街並み。
まあ、俺はこの街並み、嫌いでは無い。
中々、隠れ家的、名店が色々あるしな。以前この辺でバイトしていた時期があった。
古民家が集まる小道を抜けると、デカイ並木道がある大通りに出れる。
ここからが本番、人通りが一気に増えるのだ。
なるべく、速足で駅まで行くぞ。
小道から出て大通りの並木道の下を歩き駅に向う。
……暑い、急いで歩いているから余計に暑く感じる。
少しペースを落とし、タカノに借りたと言うか、強引に持たされた革製の良い感じで使い込まれるランドセルタイプのリュックから、ペットボトルを取り出して、水を一口含み飲む。
「んぐっ、はぁぁ、生きかえる」
カラカラに渇いた喉が潤っていく。
この並木道に植えられているのは、全部、桜の木で、春になると桜の花が咲き乱れて凄く綺麗な場所だ。
街の観光名所になっている。
それより、さっきから気になっているが、スゲぇ視線を感じるのだが……。
それも、複数人からの視線、何処を視られているかなんとなくわかる。
ケツに太もも、それと胸だな。
こんな格好してたら、そりゃあ視られるわな。
しかし、これはキツイ。男の視線って思ってたよりヤバいな。
やっとの思いで、駅までたどり着けば、駅の切符売場に行き、目的地の切符を買って、そそくさと改札機を通り抜ける。
二階にあるホームへ上がろうとするも、昇りのエスカレーターが、点検中で使用不可だった為、階段を使う事にした。
階段を上がる度、スカートの中身が気になってぎこちない動きになってしまう。
嗚呼、コレって自意識過剰な女と思われてないか? クッソ、皆に言いたい! そんなつもり無いのに。
羞恥心ってヤツが、オレをそうさせてるだけなんです。
ホームに辿り着いた安堵で、気を抜いた瞬間、スカートが風で捲れ上がり下着が丸見えに!
はっ?! しまっ!
企業戦士達の視線が、一気に下半身に集中する。
オレは、慌てて、スカートの裾を手で抑えた。
恥ずかしさに顔を伏せるも、周りが気になり様子を伺う。
何気に一人の企業戦士と目が合うが、案の定、視線を逸らされてしまった。
やっぱり……ですよねぇ。
おい、神風さん、サービスし過ぎだ!
ホーム上は風が強く、面倒臭いがスカートを手で抑えておかないとパンチラし放題で痴女ってしまう。
しばらく待つと場内アナウンスが流れ汽笛を響かせてホームに電車が入って来た。
目的地の病院は駅前にあるらしく、電車に乗りさえすれば迷うことはない。
しかし、女ってのはいつもこんな感じなんかな。
ホント、疲れた……。
「あっ、えぇ、おかえりオヤジ」
緊張してぎこちない挨拶をしてしまった。
はぁ、まいったな。意外にオレって繊細なのかも……。
椅子を引いてムックと無言で立ち上がると、オヤジがオレに近づいてくる。
うん? 何だか様子が変だな……。
目の前で立ち止まったオヤジの顔を見たなら、くしゃりと皺が集まり、瞳には涙を浮かべていた。
へっ、なんで? オレ、やらかしたか?
すると、突然!
「夕里乃!」
オヤジは死んだお袋の名前を叫び、オレをガシッと抱きしめた!
オヤジの胸板に顔面が押し付けられる。
はうっ、強く抱き締め過ぎ、どうした? ボケ始めたか?
「いっ痛、苦しいオヤジ」
オヤジには全くオレの声が届いていない。
「ちょっと、何やってるの! 父さん、正気に戻って!」
樹乃が、オヤジの異変に気づき声を張り上げた!
「おっと、すまない取り乱してしまった」
その声にハッとなるオヤジは、力を抜きオレを解放する。
「急にどうしたのよ? 父さん」
不安げな面持ちで樹乃が質問した。
「いやいや、あまりにも樹里が死んだ母さんにそっくりだったもんで、あっ、そっくりと言っても若い頃の母さんだけどな。で、ついつい懐かしくなって思わず抱きしめずにはいられなくてな。脅かせてすまん」
オヤジは頭をぽりぽりと掻きながら、照れ笑いを浮かべ応える。
「ああ、そう言う事ね。ホント良かったわ」
「ホント、勘弁してくれよ」
胸をなで下ろし安堵する樹乃に対し、オレは呆れ気味に口を開いた。
「立ち話も何だ。座ろうか」
オヤジはオレたちをテーブルへと促がす。
「ホントに人騒がせね」
「マジで焦ったよ」
席に着くなり、樹乃が口を開けば、続いてオレもオヤジに言ってやる。
「おいおい、そんなに責めないでくれ。ちょっとした父さんのお茶目に」
目を泳がせて、ばつの悪そうにするオヤジ。
お茶目って半分本気だったろうに。
オヤジは湯呑に入ったお茶をズズッと一口飲むと。
「その話は置いといて早く飯にしようか! 腹減ってしょうがない」
「そうね、早く食べましょ」
オヤジの言葉に賛同する樹乃。
「それにしても樹乃から話しを聞いた時は、何、突拍子もない事を言ってるんだと思ったが、実際に目にすると信じるもんだな」
食卓に並べられるオカズをつつきながな、オヤジはマジマジとオレを見つめ言う。
「ちょっと、行儀悪いわよ」
樹乃が眉間にシワを寄せて、オヤジの行動を注意する。
「おぅ、すまんすまん」
口では謝っているが全く意に介していない。
いつもの食卓すぎる。
大丈夫か、本当に? 簡単にことが運び過ぎて逆に不安なんですが……。
「いつき、どうした難しい顔をして?」
オレの様子を察し、オヤジが訊ねてきた。
「ああ、別に何でもないよ……」
できる限り平静を装い応えたが、オヤジは、オレの顔色より何か読み取ったらしく、話し始める。
「俺はな、お前が樹里だと直ぐに確信したよ。なんせ生まれた頃からずっと樹里を見て来たからな。外見が変わっても心は全く変わってないよお前、それにな、俺も勘違いするくらい、死んだ母さんにそっくりだしな。お前は樹里だよ」
そう言葉すると、真剣な眼差しを俺に向けた。
「うん」
オヤジの言葉が、オレの胸を熱くさせる。なんだか気恥ずかしくなり、視線を下げ静かに頷くだけだった。
「かっははは! 俺もなかなかイイ事言うだろ」
突然の笑い声、オヤジは得意げな顔を見せたなら、そんな言葉を吐く。
おい、それ、余計だ。オレの感動を返せ。
「それより、これからどうするの」
素知らぬ顔して樹乃はオヤジに訊いた。
「おおっ?! そうだな……一度、病院で樹里の身体を診てもらう。何かあってからでは遅いからな」
「そうね。私もそうした方がいいと思う」
オヤジの言葉に樹乃は頷き賛成した。
何かあってからって、もう、起こってますけど……ツッコミを入れたいがやめとこ。
「俺の知り合いの医師に、それとなく事情を伝えて樹里を診てくれるように段取りをつけておく。嫌かもしれんが、これだけは樹里も従ってくれ」
オヤジは何時になく真摯な態度で頼んできた。
まあ、頑な理由はわかってる。
ここは素直に従わないとな。
「わかったよ、オヤジ」
「そうか良かった」
オレの応えにオヤジは笑顔を見せ話を続けた。
「それと樹乃には樹里のサポートを頼めるか?」
「ええ、任せて」
大丈夫、心配するなと自信に満ちた表情のタカノ。
「それにしても食卓が華やかになった。やはり女の子が二人もいるといいもんだな」
オヤジはにこやかな笑顔見せて、オレたちに言ってきた。
「それ嬉しくないんだけど……」
オレは愛想のない態度でオヤジに言う。
「そんなに怒らなくてもいいでしょ。父さんも場を明るくしようとしただけよ」
オレを宥めてオヤジをフォローするタカノ。
「悪かったな」
「別にいいよ。オレも悪いし」
オレとオヤジはお互いに謝罪して場を収めた。
「終わったなら、さっさと食事を済ませてね。早く片付けたいから」
相変わらず淡白な女。でも、いつものように振る舞ってくれるのは有難い。
変に気を遣われると余計に参ってしまうからな。
「ふぅ、食った食った。ご馳走さん」
腹を摩りご満悦なオヤジを横目に、オレは手を合わせて食事のお礼をする。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
樹乃は食器を片付けながら、返事を返した。
「あっ、そうそう! お風呂沸いてるから、入りたい人からどうぞ」
「ん? おしっと、どうだ久しぶりにパパと一緒に風呂に入るか樹里」
オヤジは、かけ声と共に椅子から立ち上がれば、敢えて態とらしく聞いてくる。
「ありえないでしょ、白々しいよオヤジ。さっさと、一人で入って来な」
オレは素っ気なく邪魔くさそうに手を振り応えた。
「つれないねぇ。昔はあんなにパパっ子だったのに」
オヤジは肩を竦ませて、そう言い残し、リビングを出て行った。
わかってはいるけど、そういうのウザいよ。
「今日はありがとな。タカ姉」
オレは改まってタカノに礼を言う。
「なっ、何よ。急に気持ち悪い。おっとと」
台所で食器を洗うタカノは、オレの言動に戸惑い手に持ったお皿を滑らせていた。
「気持ち悪いって、素直に礼を言っただけだなのに、それはないんじゃね」
ちょっと傷付いたフリをしてタカノを責めてみる。
「ああ、ごめんごめん。その気持ちは素直に受けとっておくわ」
オレの言葉をしれっと流し、黙々と食器を洗い続けるタカノ。
さっきも思ったが、ホント、飽きれくらい普段通りだな。
嬉しい限りだよ、全く。
オレも、もっと強くならなきゃいけないな。
「んああ!」
暫くリビングで寛いでいたオレは、腰掛けたソファから立ち上がり、両手を思いっきり振り上げ伸びした。
「タカ姉、今日は疲れたし、もう寝るわ」
オレは身体を解しつつタカノに伝える。
「ええ、お休みなさい」
こちらを一切、振り向かず返事をするタカノは、ダイニングテーブルに座り家計簿をつけていた。
毎日、ご苦労な事で。こう言う所は尊敬するよ。
他は無理だけど……。
オレは、タカノの邪魔にならないよう、そろっとリビング出て二階の部屋へ向かった。
あれから、数日が経ち、夏休みもあと少しとなる。
くそっ、一向に元の身体に戻る気配がない。
このまま始業式まで元に戻らなければ……ああっ! 女子高生になっちまうよ。
それだけは、何としても避けねば。
あっ?! そういや、今日は病院に行く日だったけか。
病院の場所って何処だったけ?
まぁ、タカノに訊けばわかるか。とりあえず、朝飯食べよ。
「おはよう、タカ姉」
落ちそうになる瞼を擦りながら朝の挨拶をした。
「あら、おはよう」
ソファに座り、珈琲の香り湯気立つマグカップを啜り飲むタカノは、オレの声に気づき挨拶を返す。
「今日の朝飯、何?」
手で空腹のお腹を摩りタカノに聞く。
「あんた、今日、朝ごはん食べちゃダメよね」
「へ? 何でさ」
オレはいつもと違う応答に戸惑う。
「今日は病院で検査するから、昨日の十時以降は食べ物を口にしたら、ダメって言われたでしょ」
そういえは、昨日オヤジが言ってたような気がするな。
うぅ、腹減ったな。検査が終わるまで我慢するしかないか。
「ハイ、これでも飲んでなさい」
タカノは冷蔵庫からペットボトルを取り出しオレに渡す。
「水ですか。暫くはこれで飢えを凌げと言う事ですね。お姉さま」
「そう言う事よ。察しがよろしくてよ、いつきさん」
と、タカノとしょうもないやり取りをする。
「あっ! そうそう忘れてた病院の場所って何処だっけ?」
「病院の場所ね。ちょっと待ってメモを父さんから預かってるから」
ダイニングテーブルに置いていた一枚の紙をタカノがオレに渡してきた。
オレは、二つ折りにした紙を拡げメモを見る。
電車に乗るのか、結構、遠いな。
時間もあまり無いから早く支度を済ませるか。
メモを読み終えて、オレが、リビングを出ようとした、その時、
「待って、いつき」
タカノが呼び止めてきたので振り返る。
「どうした? タカ姉」
「ちょっと私の部屋まで来て」
神妙な顔をしてオレを誘う。
何だ? 急に? 怖いぞ。
「お、うん、わかった」
ここは、逆らわずおとなしく従う事にした。
タカノの部屋へと連れて来られたら、オレは着せ替え人形と化してしまう。
「うーん、イイわね。元々の素材が良いから何着せても様になるわね。ハイ、次はコレ」
タカノは上機嫌に次々服を選び取っている。
「あのう、タカ姉。もしかしてこの中のどれかを着て病院に行けと言う事かな?」
オレは恐る恐るタカノに訊ねた。
「モチッ! 当然でしょ!」
満面の笑みを浮かべれば、物を言わせないオーラを纏ったタカノが言う。
マジでか。ムリだぞ、勘弁しろよと心の中でしか言えない。
オレって……情けない。
「よし! 君に決めた!」
何処かで聴いた事あるセリフを口走り、タカノが、オレに服を渡してくる。
服を取り拡げて見たら、ちょっと待って、初めてで、これは流石にハードルが高い。
タカノに服を替えて貰うよう目配せしてみたが……無視された。
「あの、これは、ちょっと」
「…………」
無言のプレッシャーを掛けてくるタカノ。
うわぁ、マジかよ。わ、わかりました!
オレはヤケクソになり服を着た。
「こ、これでイイか」
恥ずかし過ぎて顔から火が出そう。
オレが着用しているのは、白を基調としたフリルが贅沢に誂えられたキャミソールワンピースでスカートの丈が太もも辺りで凄く短い。
「うんうん、良く似合ってる。私のセンスも中々じゃない」
タカノは満足行く結果が得られたようだ。
「あとは、これ穿いて新しいから気にしないで」
そう言うタカノから渡された物は……。
「あっ、あのコレって……しっ下着ですよね」
ピンクのかわいい下着を手渡されて、流石にシドロモドロになってしまう。
「うん、そうよ! やっぱり女の子になったんだからちゃんとしないとね」
タカノは屈託のない笑顔を見せつけてくる。
くっそぉ、絶対遊ばれてる。はぁ、もう嫌だ。誰か助けて……。
玄関まで見送りに来たタカノ。
「それじゃ、気を付けて、いってらしゃい」
「マジで、この格好で行かなきゃだめか」
オレは精いっぱいタカノに食い下がった。
「大丈夫! 凄く似合ってて可愛いわよ」
オレの懇願は軽く受け流される。
姿見で全身を眺めた時、確かに可愛かったけど、人前に出るのは嫌だ。
この姿を人に見られたく無い。
多分、知り合いは、絶対、気づかないだろうけど、男としての何かを失いそうで怖い。ただ、それだけの事だ。
「もう、早く行きな! 時間に遅れるよ」
語尾を強めタカノが言う。
うぅぅ、気が進まないけど、病院には、行くと言ったからな。
「はぁ、じゃ、行って来るよ」
タカノが用意した可愛らしいフラットサンダルを履き、オレはしぶしぶ玄関のドアを開けた。
振り返って玄関を見るとタカノが満面な笑顔で手を振り見送ってくる。
それを確認してオレは、玄関のドアを閉め外へと出た。
暑いな、手を翳して日を遮り空を見上げた。
青く澄み渡った夏の空ってヤツですか……。
今日は雲一つ無く、日差しがこれでもかと照りつけてくる。
肌の露出した部分がジリジリと日に焼かれているのがわかった。
ふぅ、この辺りは、まだ人通りも少ないから良かった。
それよりも、下半身がめっちゃスースーするな。
それに、スカート短過ぎだろ!
少し身体を前に屈んだだけで、下着が丸見えになっちまう。女って何でこんなの着るんだ?
風が吹いただけでもスカート捲れて下着が見える。
意味がわからん? 恥ずかしいだけだろ。
目の前には、多くの古民家が建ち並ぶ。
良く例えると、古き良き街並み、悪く例えると、古臭く寂れた街並み。
まあ、俺はこの街並み、嫌いでは無い。
中々、隠れ家的、名店が色々あるしな。以前この辺でバイトしていた時期があった。
古民家が集まる小道を抜けると、デカイ並木道がある大通りに出れる。
ここからが本番、人通りが一気に増えるのだ。
なるべく、速足で駅まで行くぞ。
小道から出て大通りの並木道の下を歩き駅に向う。
……暑い、急いで歩いているから余計に暑く感じる。
少しペースを落とし、タカノに借りたと言うか、強引に持たされた革製の良い感じで使い込まれるランドセルタイプのリュックから、ペットボトルを取り出して、水を一口含み飲む。
「んぐっ、はぁぁ、生きかえる」
カラカラに渇いた喉が潤っていく。
この並木道に植えられているのは、全部、桜の木で、春になると桜の花が咲き乱れて凄く綺麗な場所だ。
街の観光名所になっている。
それより、さっきから気になっているが、スゲぇ視線を感じるのだが……。
それも、複数人からの視線、何処を視られているかなんとなくわかる。
ケツに太もも、それと胸だな。
こんな格好してたら、そりゃあ視られるわな。
しかし、これはキツイ。男の視線って思ってたよりヤバいな。
やっとの思いで、駅までたどり着けば、駅の切符売場に行き、目的地の切符を買って、そそくさと改札機を通り抜ける。
二階にあるホームへ上がろうとするも、昇りのエスカレーターが、点検中で使用不可だった為、階段を使う事にした。
階段を上がる度、スカートの中身が気になってぎこちない動きになってしまう。
嗚呼、コレって自意識過剰な女と思われてないか? クッソ、皆に言いたい! そんなつもり無いのに。
羞恥心ってヤツが、オレをそうさせてるだけなんです。
ホームに辿り着いた安堵で、気を抜いた瞬間、スカートが風で捲れ上がり下着が丸見えに!
はっ?! しまっ!
企業戦士達の視線が、一気に下半身に集中する。
オレは、慌てて、スカートの裾を手で抑えた。
恥ずかしさに顔を伏せるも、周りが気になり様子を伺う。
何気に一人の企業戦士と目が合うが、案の定、視線を逸らされてしまった。
やっぱり……ですよねぇ。
おい、神風さん、サービスし過ぎだ!
ホーム上は風が強く、面倒臭いがスカートを手で抑えておかないとパンチラし放題で痴女ってしまう。
しばらく待つと場内アナウンスが流れ汽笛を響かせてホームに電車が入って来た。
目的地の病院は駅前にあるらしく、電車に乗りさえすれば迷うことはない。
しかし、女ってのはいつもこんな感じなんかな。
ホント、疲れた……。
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