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第三章 始まる闘い
第十三話 慰霊の日1
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毎年6月になると、沖縄では平和についての話題を授業で取り上げる。日本で唯一地上戦があった沖縄では、太平洋戦争の記憶を風化させないための取り組みが盛んだ。そして、沖縄での地上戦が終わった6月23日は「慰霊の日」として公休日になっており、正午になると鐘がなり黙祷を捧げるのが恒例になっている。
しかし、近頃の若者たちにとって慰霊の日はただの公休日と同じ感覚になっており、普通に友だちと遊んだりしている。
6月22日の放課後、貴哉たちはいつも通り野球部の部室に集まる。そして、トランプで遊んでいると、いきなり恵弥の携帯が鳴った。話を終えた恵弥が、やや呆れ顔で携帯をしまう。
「どうした、そんな顔してよ?」
恭典が問いかける。
「今、祐士先輩からだったんだけどよ、本当、意味分かんなくてよ....」
「なんて言われたんだよ?」
恵弥が一息ついてこう告げる。
「今日、コザまで行ってアメリカ兵と喧嘩するんだってよ....」
「は?」
恭典が何を言っているのか分からない、といった反応をする。
「よりによってなんで今日なんだよ?」
「明日慰霊の日だろ?だから、戦没者たちに捧げるとかなんとか言ってたぜ。」
「....ただ喧嘩したいだけじゃねぇか。」
「最高じゃねぇか!」
音也がどこかで聞いたことのある台詞を吐く。
「アメリカ相手にも怖じ気づかねぇなんてよ、俺もあんな風になりたいぜ!」
「....相変わらずお前は頭悪ぃな。」
「な!?」
「そんなんだからお前はこないだの中間試験で全部30点以下なんだよ。」
恭典がからかうと全員が笑う。
「俺だって30点なんか取ったことねぇよ!」
裕明が茶化すとみなそれに同調する。しかし、奏は無言で音也に近付き肩を叩いた。
「....安心しろ....俺もそんぐらいだ....」
「うるせぇよ!」
音也が叫ぶとみな笑うが、貴哉はなぜか黙っている。それに気付いた和人が話かける。
「おい、貴哉どうした?さっきから何も言わねぇけどよ。まさか、お前も30点ぐらいしか取れなかったとか?」
和人が軽くからかうと、貴哉は口を開いた。
「そんなんじゃねぇよ。俺だってそんな馬鹿じゃない。」
「!?」
貴哉の突き放したような発言に音也が若干カチンと来たが、他のみんなは笑っている。
「それよりよ、俺たちもやらねぇか?アメリカ狩りよ。」
貴哉の言葉に全員がキョトンとする。最初に口を開いたのは恵弥だ。
「お前、何言ってんだよ?」
「だってよ、俺たち喧嘩なんて全然してねぇじゃん。そろそろしようぜ。」
「は?」
「2年生だって、近々よその奴らと喧嘩するんだろ?だったら俺たちだって....」
貴哉がそこまで言いかけると、恭典が口を挟んだ。
「おい待てよ。ろくに喧嘩も出来ない癖に何言ってるんだよ?お前みたいのがアメリカ兵と喧嘩したら本当に死ぬぞ?」
「....だけどよ....」
「だけどなんだよ?」
貴哉だって本当はアメリカ兵となんか闘いたくない。なぜこんな発言をしたかというと、桃子との事件の日に祐士から言われた言葉が今も耳から離れないからだ。
「俺は、もっと強くならなきゃいけないような気がするんだ。」
「もっと他に方法はあるだろ?そんな馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。」
「....分かった。」
それだけ言って、貴哉は立ち上がった。
「おい、どこに行くんだよ?」
「国際通り。よくアメリカ兵たちが集まって飲んでる場所があるって聞くからよ。」
「馬鹿!やめるんだ!」
恭典が立ち上がり、貴哉の肩を掴もうとするが恵弥に止められた。
「貴哉、お前は本気なんだな?」
「あぁ。」
「だったら俺も行くよ。」
その言葉に全員が度肝を抜かれる。
「何考えてるか知らねぇが、お前が1人で闘おうとしてるのを見過ごす訳にはいかねぇだろ?それによ....」
恵弥が一息付いてこう呟く。
「お前に死なれたら、寂しくなるじゃねぇか....」
すると、いきなり奇声があがった。謙治だ。
「いいねぇ!いいねぇ!実は俺もそろそろ喧嘩したかったんだ!」
「うるせぇな、俺より弱い癖によ。しょうがねぇからついてってやるよ。」
和人が謙治をからかうように宥める。謙治は「俺より弱い」という言葉が気にくわないようで、なんだかぶつくさ言っている。そして、次は春樹がしたり顔で立ち上がった。
「俺もよ、幹部決めた日からずっと蹴りの練習してたんだよ。早いとこ試したかったが、アメリカ兵相手なら不足はねぇや!」
「おい待て!お前ら何考えてんだ!?」
抗議の声をあげたのは裕明だ。
「死にたいのかお前ら!」
「なんだよ、でかい図体の癖してびびってんのか?」
春樹が問いかけると、裕明がさらに声を荒げる。
「んな訳あるか!」
「じゃあ、なんだよ?」
「....お前らだけで行かせられるかって言ってんだよ!俺より弱い癖によ!」
その言葉に3人が一斉に抗議する。言い合いになりかけたのを止めたのは以外にも音也だ。
「ヤガマサン!男なら拳で語れや!自分が強ぇと思ってんなら1人でも多く倒してみやがれ!」
「....やってやるよ!」
既に彼らは戦闘モードだ。もう誰にも止められないだろう。
(へぇ、あいつもたまには良いこと言うじゃねぇか。)
恵也は心の中でそう思いながら恭典の方を見る。
「....何も言うな。俺も付き合うよ。」
どうやら観念したようだ。
「なぁ、恵也。」
「なんだよ?」
「....ありがとな。」
「気にすんな。」
恵也は貴哉に素っ気なく返事を返すと、さっきから静かな奏の方を見る。
「さっきから何も言わねぇけど、お前はどうすんだよ?」
「....俺は....」
「なんだよ、言えよ?」
「....正直、怖い....」
その言葉を横で聞いていた謙治が茶化す。
「お前な!その顔で何アホみたいなこと言ってアガァッ!」
謙治が奏に足を踏まれた。
「....けど、1人だけ残る訳にはいかねぇだろ....」
奏の決意を聞いて恵也は笑う。
「そう言ってくれるって信じてたよ。さぁ、お前ら、行くぞ。」
こうして、彼らは学校近くのバス停まで移動し、国際通りへ向かうことにした。20分ほどして目的地に着く。既に暗くなり始める時間だが、やはり観光客で溢れ返っている。どうにかして通行の邪魔にならないスペースを見つけて輪になる。
「いいかお前ら。アメリカ兵見つけたら上手いことやって横道に連れてこい。」
恵也が作戦を語る。
「おいおい、タイマンじゃねぇのかよ。」
謙治が不満げに抗議する。
「あぁ。やはり今の俺たちじゃアメリカ兵相手にタイマンは厳しいものがあるからな。」
「闘わない、つってる訳じゃねぇんだからいいだろ?」
恭典がたしなめると謙治も渋々納得する。
「さぁ、さっさと探そうぜ。」
恵也の指示で全員が動き出す。そこには、いつもの和気あいあいとした雰囲気はない。まるで、獲物を狙っている獣の群れだ。その獣たちの中でただ1人、浮かない顔をした男がいる。言い出しっぺの貴哉だ。
(なんで恵也が仕切ってるんだ....俺が言い出したことなのに....)
つづく
しかし、近頃の若者たちにとって慰霊の日はただの公休日と同じ感覚になっており、普通に友だちと遊んだりしている。
6月22日の放課後、貴哉たちはいつも通り野球部の部室に集まる。そして、トランプで遊んでいると、いきなり恵弥の携帯が鳴った。話を終えた恵弥が、やや呆れ顔で携帯をしまう。
「どうした、そんな顔してよ?」
恭典が問いかける。
「今、祐士先輩からだったんだけどよ、本当、意味分かんなくてよ....」
「なんて言われたんだよ?」
恵弥が一息ついてこう告げる。
「今日、コザまで行ってアメリカ兵と喧嘩するんだってよ....」
「は?」
恭典が何を言っているのか分からない、といった反応をする。
「よりによってなんで今日なんだよ?」
「明日慰霊の日だろ?だから、戦没者たちに捧げるとかなんとか言ってたぜ。」
「....ただ喧嘩したいだけじゃねぇか。」
「最高じゃねぇか!」
音也がどこかで聞いたことのある台詞を吐く。
「アメリカ相手にも怖じ気づかねぇなんてよ、俺もあんな風になりたいぜ!」
「....相変わらずお前は頭悪ぃな。」
「な!?」
「そんなんだからお前はこないだの中間試験で全部30点以下なんだよ。」
恭典がからかうと全員が笑う。
「俺だって30点なんか取ったことねぇよ!」
裕明が茶化すとみなそれに同調する。しかし、奏は無言で音也に近付き肩を叩いた。
「....安心しろ....俺もそんぐらいだ....」
「うるせぇよ!」
音也が叫ぶとみな笑うが、貴哉はなぜか黙っている。それに気付いた和人が話かける。
「おい、貴哉どうした?さっきから何も言わねぇけどよ。まさか、お前も30点ぐらいしか取れなかったとか?」
和人が軽くからかうと、貴哉は口を開いた。
「そんなんじゃねぇよ。俺だってそんな馬鹿じゃない。」
「!?」
貴哉の突き放したような発言に音也が若干カチンと来たが、他のみんなは笑っている。
「それよりよ、俺たちもやらねぇか?アメリカ狩りよ。」
貴哉の言葉に全員がキョトンとする。最初に口を開いたのは恵弥だ。
「お前、何言ってんだよ?」
「だってよ、俺たち喧嘩なんて全然してねぇじゃん。そろそろしようぜ。」
「は?」
「2年生だって、近々よその奴らと喧嘩するんだろ?だったら俺たちだって....」
貴哉がそこまで言いかけると、恭典が口を挟んだ。
「おい待てよ。ろくに喧嘩も出来ない癖に何言ってるんだよ?お前みたいのがアメリカ兵と喧嘩したら本当に死ぬぞ?」
「....だけどよ....」
「だけどなんだよ?」
貴哉だって本当はアメリカ兵となんか闘いたくない。なぜこんな発言をしたかというと、桃子との事件の日に祐士から言われた言葉が今も耳から離れないからだ。
「俺は、もっと強くならなきゃいけないような気がするんだ。」
「もっと他に方法はあるだろ?そんな馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。」
「....分かった。」
それだけ言って、貴哉は立ち上がった。
「おい、どこに行くんだよ?」
「国際通り。よくアメリカ兵たちが集まって飲んでる場所があるって聞くからよ。」
「馬鹿!やめるんだ!」
恭典が立ち上がり、貴哉の肩を掴もうとするが恵弥に止められた。
「貴哉、お前は本気なんだな?」
「あぁ。」
「だったら俺も行くよ。」
その言葉に全員が度肝を抜かれる。
「何考えてるか知らねぇが、お前が1人で闘おうとしてるのを見過ごす訳にはいかねぇだろ?それによ....」
恵弥が一息付いてこう呟く。
「お前に死なれたら、寂しくなるじゃねぇか....」
すると、いきなり奇声があがった。謙治だ。
「いいねぇ!いいねぇ!実は俺もそろそろ喧嘩したかったんだ!」
「うるせぇな、俺より弱い癖によ。しょうがねぇからついてってやるよ。」
和人が謙治をからかうように宥める。謙治は「俺より弱い」という言葉が気にくわないようで、なんだかぶつくさ言っている。そして、次は春樹がしたり顔で立ち上がった。
「俺もよ、幹部決めた日からずっと蹴りの練習してたんだよ。早いとこ試したかったが、アメリカ兵相手なら不足はねぇや!」
「おい待て!お前ら何考えてんだ!?」
抗議の声をあげたのは裕明だ。
「死にたいのかお前ら!」
「なんだよ、でかい図体の癖してびびってんのか?」
春樹が問いかけると、裕明がさらに声を荒げる。
「んな訳あるか!」
「じゃあ、なんだよ?」
「....お前らだけで行かせられるかって言ってんだよ!俺より弱い癖によ!」
その言葉に3人が一斉に抗議する。言い合いになりかけたのを止めたのは以外にも音也だ。
「ヤガマサン!男なら拳で語れや!自分が強ぇと思ってんなら1人でも多く倒してみやがれ!」
「....やってやるよ!」
既に彼らは戦闘モードだ。もう誰にも止められないだろう。
(へぇ、あいつもたまには良いこと言うじゃねぇか。)
恵也は心の中でそう思いながら恭典の方を見る。
「....何も言うな。俺も付き合うよ。」
どうやら観念したようだ。
「なぁ、恵也。」
「なんだよ?」
「....ありがとな。」
「気にすんな。」
恵也は貴哉に素っ気なく返事を返すと、さっきから静かな奏の方を見る。
「さっきから何も言わねぇけど、お前はどうすんだよ?」
「....俺は....」
「なんだよ、言えよ?」
「....正直、怖い....」
その言葉を横で聞いていた謙治が茶化す。
「お前な!その顔で何アホみたいなこと言ってアガァッ!」
謙治が奏に足を踏まれた。
「....けど、1人だけ残る訳にはいかねぇだろ....」
奏の決意を聞いて恵也は笑う。
「そう言ってくれるって信じてたよ。さぁ、お前ら、行くぞ。」
こうして、彼らは学校近くのバス停まで移動し、国際通りへ向かうことにした。20分ほどして目的地に着く。既に暗くなり始める時間だが、やはり観光客で溢れ返っている。どうにかして通行の邪魔にならないスペースを見つけて輪になる。
「いいかお前ら。アメリカ兵見つけたら上手いことやって横道に連れてこい。」
恵也が作戦を語る。
「おいおい、タイマンじゃねぇのかよ。」
謙治が不満げに抗議する。
「あぁ。やはり今の俺たちじゃアメリカ兵相手にタイマンは厳しいものがあるからな。」
「闘わない、つってる訳じゃねぇんだからいいだろ?」
恭典がたしなめると謙治も渋々納得する。
「さぁ、さっさと探そうぜ。」
恵也の指示で全員が動き出す。そこには、いつもの和気あいあいとした雰囲気はない。まるで、獲物を狙っている獣の群れだ。その獣たちの中でただ1人、浮かない顔をした男がいる。言い出しっぺの貴哉だ。
(なんで恵也が仕切ってるんだ....俺が言い出したことなのに....)
つづく
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