青春〜或る少年たちの物語〜

Takaya

文字の大きさ
上 下
44 / 47
第三章 始まる闘い

第十三話 慰霊の日1

しおりを挟む
 毎年6月になると、沖縄では平和についての話題を授業で取り上げる。日本で唯一地上戦があった沖縄では、太平洋戦争の記憶を風化させないための取り組みが盛んだ。そして、沖縄での地上戦が終わった6月23日は「慰霊の日」として公休日になっており、正午になると鐘がなり黙祷を捧げるのが恒例になっている。
 しかし、近頃の若者たちにとって慰霊の日はただの公休日と同じ感覚になっており、普通に友だちと遊んだりしている。

 6月22日の放課後、貴哉たちはいつも通り野球部の部室に集まる。そして、トランプで遊んでいると、いきなり恵弥の携帯が鳴った。話を終えた恵弥が、やや呆れ顔で携帯をしまう。

「どうした、そんな顔してよ?」

 恭典が問いかける。

「今、祐士先輩からだったんだけどよ、本当、意味分かんなくてよ....」
「なんて言われたんだよ?」

 恵弥が一息ついてこう告げる。

「今日、コザまで行ってアメリカ兵と喧嘩するんだってよ....」
「は?」

 恭典が何を言っているのか分からない、といった反応をする。

「よりによってなんで今日なんだよ?」
「明日慰霊の日だろ?だから、戦没者たちに捧げるとかなんとか言ってたぜ。」
「....ただ喧嘩したいだけじゃねぇか。」
「最高じゃねぇか!」

 音也がどこかで聞いたことのある台詞を吐く。

「アメリカ相手にも怖じ気づかねぇなんてよ、俺もあんな風になりたいぜ!」
「....相変わらずお前は頭悪ぃな。」
「な!?」
「そんなんだからお前はこないだの中間試験で全部30点以下なんだよ。」

 恭典がからかうと全員が笑う。

「俺だって30点なんか取ったことねぇよ!」

 裕明が茶化すとみなそれに同調する。しかし、奏は無言で音也に近付き肩を叩いた。

「....安心しろ....俺もそんぐらいだ....」
「うるせぇよ!」

 音也が叫ぶとみな笑うが、貴哉はなぜか黙っている。それに気付いた和人が話かける。

「おい、貴哉どうした?さっきから何も言わねぇけどよ。まさか、お前も30点ぐらいしか取れなかったとか?」

 和人が軽くからかうと、貴哉は口を開いた。

「そんなんじゃねぇよ。俺だってそんな馬鹿じゃない。」
「!?」

 貴哉の突き放したような発言に音也が若干カチンと来たが、他のみんなは笑っている。

「それよりよ、俺たちもやらねぇか?アメリカ狩りよ。」

 貴哉の言葉に全員がキョトンとする。最初に口を開いたのは恵弥だ。

「お前、何言ってんだよ?」
「だってよ、俺たち喧嘩なんて全然してねぇじゃん。そろそろしようぜ。」
「は?」
「2年生だって、近々よその奴らと喧嘩するんだろ?だったら俺たちだって....」

 貴哉がそこまで言いかけると、恭典が口を挟んだ。

「おい待てよ。ろくに喧嘩も出来ない癖に何言ってるんだよ?お前みたいのがアメリカ兵と喧嘩したら本当に死ぬぞ?」
「....だけどよ....」
「だけどなんだよ?」

 貴哉だって本当はアメリカ兵となんか闘いたくない。なぜこんな発言をしたかというと、桃子との事件の日に祐士から言われた言葉が今も耳から離れないからだ。

「俺は、もっと強くならなきゃいけないような気がするんだ。」
「もっと他に方法はあるだろ?そんな馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。」
「....分かった。」

 それだけ言って、貴哉は立ち上がった。

「おい、どこに行くんだよ?」
「国際通り。よくアメリカ兵たちが集まって飲んでる場所があるって聞くからよ。」
「馬鹿!やめるんだ!」

 恭典が立ち上がり、貴哉の肩を掴もうとするが恵弥に止められた。

「貴哉、お前は本気なんだな?」
「あぁ。」
「だったら俺も行くよ。」

 その言葉に全員が度肝を抜かれる。

「何考えてるか知らねぇが、お前が1人で闘おうとしてるのを見過ごす訳にはいかねぇだろ?それによ....」

 恵弥が一息付いてこう呟く。

「お前に死なれたら、寂しくなるじゃねぇか....」

 すると、いきなり奇声があがった。謙治だ。

「いいねぇ!いいねぇ!実は俺もそろそろ喧嘩したかったんだ!」
「うるせぇな、俺より弱い癖によ。しょうがねぇからついてってやるよ。」

 和人が謙治をからかうように宥める。謙治は「俺より弱い」という言葉が気にくわないようで、なんだかぶつくさ言っている。そして、次は春樹がしたり顔で立ち上がった。

「俺もよ、幹部決めた日からずっと蹴りの練習してたんだよ。早いとこ試したかったが、アメリカ兵相手なら不足はねぇや!」
「おい待て!お前ら何考えてんだ!?」

 抗議の声をあげたのは裕明だ。

「死にたいのかお前ら!」
「なんだよ、でかい図体の癖してびびってんのか?」

 春樹が問いかけると、裕明がさらに声を荒げる。

「んな訳あるか!」
「じゃあ、なんだよ?」
「....お前らだけで行かせられるかって言ってんだよ!俺より弱い癖によ!」

 その言葉に3人が一斉に抗議する。言い合いになりかけたのを止めたのは以外にも音也だ。

ヤガマサンうるせぇ!男なら拳で語れや!自分が強ぇと思ってんなら1人でも多く倒してみやがれ!」
「....やってやるよ!」

 既に彼らは戦闘モードだ。もう誰にも止められないだろう。

(へぇ、あいつもたまには良いこと言うじゃねぇか。)

 恵也は心の中でそう思いながら恭典の方を見る。

「....何も言うな。俺も付き合うよ。」

 どうやら観念したようだ。

「なぁ、恵也。」
「なんだよ?」
「....ありがとな。」
「気にすんな。」

 恵也は貴哉に素っ気なく返事を返すと、さっきから静かな奏の方を見る。

「さっきから何も言わねぇけど、お前はどうすんだよ?」
「....俺は....」
「なんだよ、言えよ?」
「....正直、怖い....」

 その言葉を横で聞いていた謙治が茶化す。

「お前な!その顔で何アホみたいなこと言ってアガァッいてぇ!」

 謙治が奏に足を踏まれた。

「....けど、1人だけ残る訳にはいかねぇだろ....」

 奏の決意を聞いて恵也は笑う。

「そう言ってくれるって信じてたよ。さぁ、お前ら、行くぞ。」

 こうして、彼らは学校近くのバス停まで移動し、国際通りへ向かうことにした。20分ほどして目的地に着く。既に暗くなり始める時間だが、やはり観光客で溢れ返っている。どうにかして通行の邪魔にならないスペースを見つけて輪になる。

「いいかお前ら。アメリカ兵見つけたら上手いことやって横道スージに連れてこい。」

 恵也が作戦を語る。

「おいおい、タイマンじゃねぇのかよ。」

 謙治が不満げに抗議する。

「あぁ。やはり今の俺たちじゃアメリカ兵相手にタイマンは厳しいものがあるからな。」
「闘わない、つってる訳じゃねぇんだからいいだろ?」

 恭典がたしなめると謙治も渋々納得する。

「さぁ、さっさと探そうぜ。」

 恵也の指示で全員が動き出す。そこには、いつもの和気あいあいとした雰囲気はない。まるで、獲物を狙っている獣の群れだ。その獣たちの中でただ1人、浮かない顔をした男がいる。言い出しっぺの貴哉だ。

(なんで恵也が仕切ってるんだ....俺が言い出したことなのに....)

つづく


 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた佐藤達也が自転車で県内の各市を巡り向津具のダブルマラソンにも出場して山口県で様々な体験や不思議な体験をする話

僕と言う人間の物語

Rusei
青春
高校生として高校に入学した少年 綾小路由良 彼が入った教室で様々な人に会う これは彼の周りに起きる短い日常の話である

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...