青春〜或る少年たちの物語〜

Takaya

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第三章 始まる闘い

第六話 特訓

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 貴哉と伯亜が平田家で揉み合いをしている頃、桃子は学校にいた。香織にボクシングを教えるためだ。

「....桃子先輩。」
「....何よ?」
「自家製っていうから、私はてっきり桃子先輩のお家でやるもんだと思ってたんですけど....」
「あー!そゆこと。昔ボクシング部が使ってたサンドバッグとかを私が勝手に使ってるの。だから自家製。」
「....」

 武道場の横にある、古びた小屋に入る。中には小さなリングとサンドバッグがある。

「ここが元ボクシング部の部室で現私の練習場所。」
「....ボクシング部はどこに行ったんですか?」
「私が1年の頃にさ、祐士知ってる?野球部の。あいつらに潰されたのよ。元々人数も少なかったしね。」

 香織は愕然とした。あの野球部、もとい不良たちはそんなに恐ろしい集団なのか、と。

「殴り合いの喧嘩だったんだけどね、やっぱりボクシング部はボクシングに沿った戦い方するけど、祐士たちはルールもへったくれもないからね。」
「えぇ....先生たちは何も言わなかったんですか?」
「部活動結成集会の時見たでしょ?あいつらに文句言える先生なんていないわ。」
「....それでその、ボクシング部の人たちはどうなったんですか?」
「んー、今もだいたい伊志凪にいるけど、転校してったやつもいたわね。あんなに偉そうにしてたのに、今じゃめっきり大人しいわ。」
「....」
「ま、それより練習始めるわよ!」

 こうして、桃子のスパルタボクシング教室が開講した。体力に自信のある香織だが、ついていくのがやっとだ。

「はぁ....はぁ....」
「あんた、やっぱり骨のある女ね。でも、まだまだだわ。」
「桃子先輩....なんで煙草吸ってるのにそんなに動けるんですか....」
「日頃の積み重ねよ。」
「えぇ....」
「さ!お喋りしてないで次行くよ!」

 昼過ぎに始まった練習は夕方まで続いた。練習の終わりを告げられると、香織は地面に倒れこんだ。

「全く、倒れるぐらいならちゃんと途中で休みなさいよ。」
「....はい....」
「お陰で私も結構疲れたわ。本当、真面目っていうかなんていうか....」

 桃子はやや呆れ顔で水を飲む。

「あんたね、そもそもなんでそんなに強くなりたいのよ?」
「....それは....自分自身を変えたくて....」

 香織が倒れたまま答える。

「それは分かるわ。でもあんた、それだけじゃないでしょ?何をそんなに急いでるのよ?」
「....」
「まさかあんた、貴哉に復讐する気じゃないでしょうね?」
「!?」
「やっぱり図星ね。」

 桃子が倒れている香織を起こして座らせる。

「....私、男に殴られそうになったの、あれが初めてなんです....」
「だから何よ?あんたが悪いんじゃない?」
「でも....」
「あんたね、そもそも貴哉と伯亜に謝ったの?」
「....」
「謝ってないんでしょ?っていうか謝れないんでしょ?」
「....」
「いい?どんなに真面目で責任感が強くても、謝れない女はただの性悪よ。」

 香織は何も言わず、黙って聞いている。

「ま、椅子なんか持ってきた貴哉も貴哉だけどね。今度、私が話し合いの場を設けるわ。」
「....はい、お願いします....」

 香織はフラフラしながら立ち上がる。

「香織、待ちな。」
「え?」
「あんた、また自分を責めてるわね?」
「....」
「それがダメなのよ。本当、分らず屋ね。」

 桃子が立ち上がり、香織の肩に手を置く。

「いい?私もあんたも神様じゃないんだから、最初からなんでもできるわけじゃないし、全部を完璧にこなせるわけはないの。」
「桃子先輩....」
「麻耶の事件の日、あんたに言ったじゃん?一緒にバレー部変えていこう、って。私が1人でなんでもできる神様だったら、あんなことわざわざ言わないわよ。」
「....」
「あんた、はっきり言って私にも不満あるんでしょ?何で言わないのよ?私がそんなことで、いちいち殴ると思う?」
「....」
「っていうか、そもそもなんで私があんたに変えていこうなんて言ったか、分かってる?」
「....それは、私を慰めるためじゃ....」

桃子が香織の頭をコツンと叩いた。

「やっぱり分かってないわね。それだけじゃ、そんな事は言わないわ。」
「....じゃあ、どうして....?」
「私はね....」

 桃子が少し息をついて語りかける。

「1年生の中じゃ1番、あんたに期待してるのよ。今はまだ未熟でも、きっとこれからいい女になるってね。」
「....!?」

 香織が驚いた顔で桃子を見つめる。そして、自然と涙が溢れてきた。

「うぅ....桃子先輩....私....私....」

 桃子は優しく抱き締める。

「そんなに泣かないの。せっかくの美人が台無しよ?」
「うぅ....」
「あんた、伯亜と一緒で1回泣いたら泣き止まないタイプね?」

 香織が泣きながら黙って頷く。

「あんた、やっぱり可愛いわ。伯亜の次にね。」

 それから長いこと、香織は桃子の腕の中で泣いた。泣き止んだ頃には辺りは暗くなっていた。

「....あの、桃子先輩。」
「何、どうしたの?」
「....私も早速、桃子先輩に物申していいですか?」

 思わず桃子は苦笑いする。

「立ち直るの早いわねぇあんた。まぁ、いいわ。せっかくの機会だし言いなさいよ。」

 香織がまだ涙の痕がある顔で、桃子をしっかり見つめながら言う。

「桃子先輩、香水の匂いきついです。」
「....はい?」

 桃子は思わず間の抜けた声を出す。

「それと、メールの時に絵文字の使い方おかしいです。はっきり言ってずれてますよ。」
「いや、あの、香織ちゃん?」

 狼狽える桃子に構わず香織は続ける。

「あと、何かと伯亜の次に可愛いって言いますけど、あれ言われたらどんな顔すればいいのかみんな困ってます。」
「えぇ....」
「っていうか、そもそも弟好き過ぎてみんな引いてますよ?」

 桃子の顔が引きつっている。

「はっきり言って、キモいですよ?」

 桃子の中で何が壊れた。

「馬鹿馬鹿馬鹿!私が言ってるのはそういうことじゃないの!」
「じゃあ、どういうこと何ですか?」
「うるさい!」

 桃子はすっかりパニックだ。さっにまでの威厳はどこにもない。

「私だってね、ちゃんと弟に厳しくできるのよ!」
「いや、桃子先輩?桃子先輩は伯亜のママじゃないんだから....」
「あー、もう、うるさい!」

 桃子は1人で練習場から飛び出した。

「今日は一緒に帰ってあげないんだから!馬鹿!」

 香織は1人、部室に残された。そして、笑いがこみ上げてきた。

「はははははっ!あの人も結構可愛いところあるじゃないの!」

 気がすむまで笑ったあと、香織は帰途に着いた。

 一方、桃子はと言うと、そのままムカムカした状態で家に着いた。

(香織のやつ!私だってね、伯亜を甘やかしてるわけじゃないんだから!)

 部屋に入り、荷物をベットに放り投げ、椅子に座って煙草に火を点ける。しばらくして、伯亜が入ってきた。

「あのー、お姉ちゃん....」
「あら、どうしたの?」
「実はお願いがあって....」
「なになに?言ってごらん?」

 伯亜は恥ずかしそうに言う。

「えっとね、僕も煙草吸ってみたい。」
「へ?」
「だから、僕も煙草吸ってみたい!お願い、1本だけ吸わせて。」

 いつもならすんなり渡すところだが、今日の桃子はそうはいかなかった。

「ダメに決まってんでしょ!アホんだら!」
「え?」
「え、じゃないわよ!あんた、吹奏楽部の癖して煙草なんか吸ってどうすんの!?」
「お、お姉ちゃんだってバレー部じゃん!」
「口答えするな!馬鹿!」

 伯亜はすっかり怯えている。

「....お姉ちゃん、どうしたの?怖いよ....」
「あんたが馬鹿なこと言うからじゃない!」
「....うぅ....ぐすっ....」
「泣いてんじゃないわよ!」

 伯亜も運が悪い男である。

つづく
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