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第27話

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 玄関を開けてリビングに行くと、家の中がすっかり片付いていた。

 片付いているというか、ほたるの下着も部屋着(俺のだけど)も、歯ブラシもシャンプーも、使い捨てたバスタオルも、すべて無くなっている。

「ほたる!?」

 部屋のカーテンは開け放たれ、窓からは日差しが眩しく差し込んでいた。ベッドは綺麗に整えてあって、金髪の髪の毛一本すら落ちていない。ほたるが居た形跡は何も残っていない。

「ウソだろ? まだ十四日も経ってないじゃないか」

 俺は携帯で日付を確認する。六月三十日、今日は九日目だろ? トイレにも、バスルームにも、ほたるの姿はない。

「どうしてだよ。どうして勝手にいなくなるんだよ」

 まさかベッドの下にでも隠れてるのか? クローゼットの中じゃないだろうな。いや、虚をついてベランダの隅か?
 が、ほたるはどこにも居ない。姿もなければ、今までほたるがいたことすら嘘なのかと思えるほどに綺麗さっぱり、もぬけの殻だった。

「アイツ……いつも勝手ばかりで、いなくなる時も自分勝手なのかよ!」

 おかしいじゃないか。ちょっとケンカしたくらいで簡単にいなくなっちゃうなんて。

「待ってくれよ、俺はまだお前に勝ってないだ。俺はお前の舞台で、お前の中身を見ていないんだ」

 俺は右手の携帯電話をソファに投げつけた。そこには『らぶ☆ほたる』のソフトパッケージが置いてある。眩しい笑顔で映る、望月ほたるの顔。
 エロゲのヒロインで、ズボラでグータラで口が悪くて性悪なほたるの顔。

 その時、ピン――ポン――と、チャイムが鳴った。

「ほたる!?」

 俺は急いで玄関に駆け寄り、ドアを勢いよく開ける。

「わっ!」

 驚いて身を引いた女性。大きなカバンを持って、目を丸くしていたのは、

「よかった、帰ってたんだね」

 ほたるじゃなくて、俺の姉ちゃん。百瀬京子だった。

「ね、姉ちゃんか」

「どうして残念そうな顔をするのよ」

「いや、別に……」

 俺の身体をひょいとすり抜けて入ってきた姉ちゃんは、家の中をざっと眺める。キッチンにバスルーム、トレイを覗いてリビングへ。

「あら、珍しく片付いてるのね」

「え? あ、ああ」

 俺がやったんじゃないけどな。俺はキッチン以外はあまり綺麗にしないんだ。ほたるほどじゃないけど。

「食事は? ちゃんと食べてるのかしら」

「食べてるよ、心配しなくてもそんな子供じゃないんだから」

「それにしてもどうしちゃったの? いつも私が来ると部屋の中は散らかってるのに」

「た、たまには自分でやるさ」

 ウソだけど。

「もしかして、彼女でも出来たのかしら」

「なワケないだろ。ゲームばっかりやってるんだから」

 っとソファを見ると『らぶ☆ほたる』のソフトが出しっぱなしだった。まずい、望月ほたるが映ってるだけならギャルゲで済ませるけど、パッケージにはしっかりと、

「成人向け(十八禁)」

 なるキラーワードが書かれている。裏側はもっと過激なイラストのオンパレード。こいつは誰が見てもエロゲームだ。

「ふうん……」

 姉ちゃんはそれからクローゼットを勝手に開けだした。

「服やタオルも、ちゃんとたたんであるじゃない」

「勝手に見るなよ」

 と、言いながらもこれはチャンスだ。姉ちゃんがクローゼットを見ている間に、俺はビーチフラッグよろしくソファに勢いよくダイブし『らぶ☆ほたる』をかすめ取った。
 よし、俺の動きは見られていないな。今のうちにこのソフトを隠してしまわないと。手っ取り早い隠し場所は、ベッドの下か。エロ系を隠しても見つかる確率の高い場所ではあるが、この際仕方ない。

「見られたらマズい物でもあるのかしら?」

 と言って振り向く姉ちゃん。ソフトを後ろ手に固まる俺。

「ね、ねーけど?」

 姉ちゃんはクローゼットを閉めると、その横にあるハンガー掛けの服たちを揃えだした。よし、今だ。このブツをベッドの下に――

「冬物はクローゼットにしまったほうがいいわよ」

 その声に反応してソフトを後ろに回す。そして再び固まる俺。まさに、だるまさんが転んだ状態。

「あら? 何を隠したの? まさか、エッチな本とか?」

「ちちち違う!」

「まあ和馬も大人になったのかしらね。そのくらいは大目に見てあげるわよ」

「あ、ああ」

 ふう……。際どい判定だったが、たぶんセーフだ。エロ本だと思われるのは恥ずかしいが、エロゲがバレるくらいなら断腸の思いでエロ本だと言い張ろう。
 これがエロゲだと知れたら姉ちゃんは天を仰いでひっくり返るかもしれないからな。だから俺の『エロゲコレクション』は、ゲーム棚に前後二列になって奥に隠してある。

 エロゲはエッチな本とはレベルが違うんだ。いろいろな意味で。

「これだけ片付いてるなら今日は掃除はしなくても平気ね。お母さんから預かってきた食材、冷蔵庫に入れておくわよ」

 姉ちゃんはそう言って、カバンを持ってキッチンに移動した。俺はその隙にソフトをベッドの下に隠す。
 ふう、ミッションコンプリートだ。一人の犠牲者も出さずにこの場を収めた俺は、思わず天を仰いでソファに倒れ込んだ。

 それから姉ちゃんは、

「仕事はどうなの? 料理はさせてもらえるようになった?」

 とか、

「実家ではお母さんが寂しそうにしてるわよ。たまには連絡くらいしなさい」

 などの日常会話やら小言やらを七並べのように広げていき、

「このアパートはお父さんが契約してくれたんだから、勝手に女の子を連れ込んだりしたらダメよ?」

 まるでほたると一緒に住んでいたのを見透かすようにジョーカーのカードを切ってくる。それから、

「それじゃあ、また来月末の土曜日に来るから。それまでこの綺麗な部屋が持つといいわね」

 一時間ほどで帰っていった。

 それにしても、部屋の中が綺麗になっていたから助かった。いつもの汚い部屋だったら姉ちゃんが夕方まで掃除をしていくからな。まったく、姉ちゃんはお節介なんだよ。

 俺は昨夜の有様を思い出した。

 服や下着が脱ぎ捨てられているのは、もはや空気の如しだ。ゲーム機、ソフト、ゴミ、さらに長い金髪が散乱し、ベッドはぐちゃぐちゃ。バスルームもキッチンも、ほたるが散らかした跡が残ってたはずなのに――

「こんなに綺麗に片付いてるなんて……もしかしてアイツ、一晩中掃除してたのか?」
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