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第13話
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帰宅すると、我が家のヒロイン様はロゴTシャツにパンティーだけという無防備な姿ですぅすぅと寝息を立てている最中だった。俺のベッドはすでにほたる専用の寝床と化している。
それにしても部屋の散らかり方が半端でない。
脱ぎ捨てられた服たち、特に下着を部屋のど真ん中に放置するのやめてもらえませんか。使い終わったバスタオルも置きっぱなし、テーブル上が定位置だったテレビリモコンは電池が飛び出して転がってるし、ゴミ箱は中身をまき散らしながら転がってるし、こんな部屋を姉ちゃんに見られたら――
「そうだ、今度の土曜は姉ちゃんが来るんだった!」
和風おろしチキン弁当をレンジでチンしながら叫ぶと、奥の部屋でほたるが目を覚ましたようだ。
俺の声で目覚めたのか、チキンの匂いで目覚めたのかは、まあ後者だろう。
「和馬、腹が減った」
寝起き一番で言うセリフがこれである。さらに、
「それはチキンか? 和風おろしソースの匂いだな」
匂いでソースの種類まで当ててくるエロゲのヒロイン様である。和風はともかく、おろしまでわかるか?
「ほたるさん、ちょっとお願いがあるんですが」
「嫌だ」
まだ何も言ってねえ。
「その言い方はあたしが嫌だっていうお願いだろ」
かもしれないが、ここは構わずに話を続けてしまおう。
「今度の土曜は俺の姉ちゃんが来るんだ。月に一度の様子見ってやつで、食材を持ってきてくれたり部屋の掃除をしていくんだよ」
ここで「チン!」と温まった和風おろしチキン弁当を、ほたるは無言で強奪していく。
「だからその日だけでいい、姉ちゃんが帰るまでどこか出掛けてくれないか?」
ほたるは熱々のチキンをはふはふ言いながら口に運ぶ。
「たぶん午前中には来ると思う。で、夕方には帰るから……」
「嫌だ」
「このアパートは親父の名義で契約してるから、人を連れ込んでると怒られるんだよ」
「嫌だ」
「まして女の子と同棲してるなんて知れたら、真面目な姉ちゃんは絶対許してくれない」
「い~や~だ」
ほたるはあっという間にチキン弁当を平らげて、
「別に居てもいいじゃん、あたしはゲームのキャラなんだから」
「だから、こんな有様を姉ちゃんに見せられるかっての」
部屋は散らかすし、下着は脱ぎっぱなし、てか何着持ってるんだよ。それにこの脱ぎ散らかしっぷりはいくら何でもズボラすぎだろ。
バスルームにはどこから手に入れたんだか女性モノのシャンプーや歯ブラシまで並んでいるし、よく見るとベッドや床には長い金髪の髪の毛が何本も。
「これじゃ、まるっきり同棲じゃないか」
こんなんで尻をかきながらテレビを見てるほたるがいたら、姉ちゃんは卒倒するぞ。姉ちゃんはお堅い性格なんだ。
俺の必死の説得もほたるにはまったく届いている様子がない。これで無理やり追い出そうものなら、逆に俺が追い出されるのは火を見るよりも明らかだ。
よし、ならば……
俺は自分の弁当を持ってテーブルに着く。
「ゲームで勝負だ。俺が勝ったら土曜日は外出してもらう」
「エロゲ展開はいいのか?」
「姉ちゃんに見つかったら、ほたるとのエンディングを見る前に俺の人生がエンディグを迎えてしまう。エロゲをやっていることは姉ちゃんには内緒なんだ」
「普通に恋人が遊びに来てますって言えばいいじゃん」
と言って、俺のチキン弁当に手を伸ばすほたる。まさかこっちも食べる気か?
「いや、お前は恋人じゃない」
「え……?」
ここでほたるの手が止まる。ピクっと反応した手が固まるのを見て、俺はこう続けた。
「俺はまだほたるを攻略できていない。いいか、エロゲの攻略ってのは、まずは相手の舞台で戦うんだ。それが勉強でもスポーツでも趣味でも、相手のことを知らないと自分を知ってもらうことができない。俺はまだ、ほたるのことを何も分かってない。だからほたるのことを恋人とは呼べない」
「あたしにゲームで勝ててないから?」
「ほたるの舞台はゲームなんだろ? 俺はまだほたるの舞台に立てていないんだ。ギリギリしがみついてるだけで、ほたるの中身が見えていない」
ほたるはなぜかほっとしたように、俺の弁当を手前に引き寄せた。
「和馬はゲームが下手だからな」
「ちげーよ! 俺が下手なんじゃなくてお前の強さがバグって……いや、難易度が高すぎなんだって」
「あたしはメインヒロインだからな」
熱々のチキンに、ふぅふぅと息を当てる。和風ソースと紫蘇の匂いが、ほたるの息に乗って俺の鼻孔をくすぐった。
「ちぇ、エラそうに」
「和馬は一緒にゲームやる女の子とかいないのか?」
苺のような愛らしい唇の奥に肉厚のチキンをパクリ。ついでにご飯もパクリ。
「いるわけないだろ、ゲーム好きな女の友達なんて」
「ふうん……」
「だいたい俺に女の友達なんていない。自慢じゃないが、携帯のアドレスだって母ちゃんと姉ちゃん以外は全員男だ」
チキンとご飯が残り僅かになった。ねえ知ってる? それ俺のだよ?
「チュリー君だもんな」
「うっさい!」
和風おろしの「おろし」までも余すことなく食べ尽くされた。
「わかった。じゃあ今回の勝負は和馬の姉さんにバレないようにあたしが協力するってことだな。和馬が勝ったらついでにチューも付けてやる。でもあたしが勝ったら、この間のレタスチャーハンを作ってくれよ」
って、まだ食べるのかよ。
「ああ、食べた食べた」
と、ほたるは幸せそうな顔をしている。良かったな、俺の分までしっかり食べて、さぞご満悦だろう?
「ん? まあ、ね」
それにしても部屋の散らかり方が半端でない。
脱ぎ捨てられた服たち、特に下着を部屋のど真ん中に放置するのやめてもらえませんか。使い終わったバスタオルも置きっぱなし、テーブル上が定位置だったテレビリモコンは電池が飛び出して転がってるし、ゴミ箱は中身をまき散らしながら転がってるし、こんな部屋を姉ちゃんに見られたら――
「そうだ、今度の土曜は姉ちゃんが来るんだった!」
和風おろしチキン弁当をレンジでチンしながら叫ぶと、奥の部屋でほたるが目を覚ましたようだ。
俺の声で目覚めたのか、チキンの匂いで目覚めたのかは、まあ後者だろう。
「和馬、腹が減った」
寝起き一番で言うセリフがこれである。さらに、
「それはチキンか? 和風おろしソースの匂いだな」
匂いでソースの種類まで当ててくるエロゲのヒロイン様である。和風はともかく、おろしまでわかるか?
「ほたるさん、ちょっとお願いがあるんですが」
「嫌だ」
まだ何も言ってねえ。
「その言い方はあたしが嫌だっていうお願いだろ」
かもしれないが、ここは構わずに話を続けてしまおう。
「今度の土曜は俺の姉ちゃんが来るんだ。月に一度の様子見ってやつで、食材を持ってきてくれたり部屋の掃除をしていくんだよ」
ここで「チン!」と温まった和風おろしチキン弁当を、ほたるは無言で強奪していく。
「だからその日だけでいい、姉ちゃんが帰るまでどこか出掛けてくれないか?」
ほたるは熱々のチキンをはふはふ言いながら口に運ぶ。
「たぶん午前中には来ると思う。で、夕方には帰るから……」
「嫌だ」
「このアパートは親父の名義で契約してるから、人を連れ込んでると怒られるんだよ」
「嫌だ」
「まして女の子と同棲してるなんて知れたら、真面目な姉ちゃんは絶対許してくれない」
「い~や~だ」
ほたるはあっという間にチキン弁当を平らげて、
「別に居てもいいじゃん、あたしはゲームのキャラなんだから」
「だから、こんな有様を姉ちゃんに見せられるかっての」
部屋は散らかすし、下着は脱ぎっぱなし、てか何着持ってるんだよ。それにこの脱ぎ散らかしっぷりはいくら何でもズボラすぎだろ。
バスルームにはどこから手に入れたんだか女性モノのシャンプーや歯ブラシまで並んでいるし、よく見るとベッドや床には長い金髪の髪の毛が何本も。
「これじゃ、まるっきり同棲じゃないか」
こんなんで尻をかきながらテレビを見てるほたるがいたら、姉ちゃんは卒倒するぞ。姉ちゃんはお堅い性格なんだ。
俺の必死の説得もほたるにはまったく届いている様子がない。これで無理やり追い出そうものなら、逆に俺が追い出されるのは火を見るよりも明らかだ。
よし、ならば……
俺は自分の弁当を持ってテーブルに着く。
「ゲームで勝負だ。俺が勝ったら土曜日は外出してもらう」
「エロゲ展開はいいのか?」
「姉ちゃんに見つかったら、ほたるとのエンディングを見る前に俺の人生がエンディグを迎えてしまう。エロゲをやっていることは姉ちゃんには内緒なんだ」
「普通に恋人が遊びに来てますって言えばいいじゃん」
と言って、俺のチキン弁当に手を伸ばすほたる。まさかこっちも食べる気か?
「いや、お前は恋人じゃない」
「え……?」
ここでほたるの手が止まる。ピクっと反応した手が固まるのを見て、俺はこう続けた。
「俺はまだほたるを攻略できていない。いいか、エロゲの攻略ってのは、まずは相手の舞台で戦うんだ。それが勉強でもスポーツでも趣味でも、相手のことを知らないと自分を知ってもらうことができない。俺はまだ、ほたるのことを何も分かってない。だからほたるのことを恋人とは呼べない」
「あたしにゲームで勝ててないから?」
「ほたるの舞台はゲームなんだろ? 俺はまだほたるの舞台に立てていないんだ。ギリギリしがみついてるだけで、ほたるの中身が見えていない」
ほたるはなぜかほっとしたように、俺の弁当を手前に引き寄せた。
「和馬はゲームが下手だからな」
「ちげーよ! 俺が下手なんじゃなくてお前の強さがバグって……いや、難易度が高すぎなんだって」
「あたしはメインヒロインだからな」
熱々のチキンに、ふぅふぅと息を当てる。和風ソースと紫蘇の匂いが、ほたるの息に乗って俺の鼻孔をくすぐった。
「ちぇ、エラそうに」
「和馬は一緒にゲームやる女の子とかいないのか?」
苺のような愛らしい唇の奥に肉厚のチキンをパクリ。ついでにご飯もパクリ。
「いるわけないだろ、ゲーム好きな女の友達なんて」
「ふうん……」
「だいたい俺に女の友達なんていない。自慢じゃないが、携帯のアドレスだって母ちゃんと姉ちゃん以外は全員男だ」
チキンとご飯が残り僅かになった。ねえ知ってる? それ俺のだよ?
「チュリー君だもんな」
「うっさい!」
和風おろしの「おろし」までも余すことなく食べ尽くされた。
「わかった。じゃあ今回の勝負は和馬の姉さんにバレないようにあたしが協力するってことだな。和馬が勝ったらついでにチューも付けてやる。でもあたしが勝ったら、この間のレタスチャーハンを作ってくれよ」
って、まだ食べるのかよ。
「ああ、食べた食べた」
と、ほたるは幸せそうな顔をしている。良かったな、俺の分までしっかり食べて、さぞご満悦だろう?
「ん? まあ、ね」
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