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第五十九話 天才の証明
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「またずいぶんと無茶をしましたねぇ」
メディカルセンターにるり子さんを運ぶと、トウジョウ先生が細目に笑みを浮かべて迎えてくれた。
プログラミング言語の改変を解いた僕らは、高度治療室に通されていた。ここなら一般生徒が入ってこないのでひとまず安心だ。
元の姿に戻った修子はスカスカの胸をまさぐって、
「うん、やっぱりこっちの方がいい。おっぱいがボインだと重くて走るのが大変だったぞ」
などと言いつつも、見張り生徒の追走を余裕で振り切ったようだった。
「それで、るり子の容態はいかがです?」
ベッドに横たわったるり子さんを見て、ステ娘教師が尋ねる。
「高圧電流で気絶させられて、電撃で火傷を負っていますね。まあ身体の損傷は大したことありませんよ、パーソナルデータのバックアップですぐに治ります。けど――」
トウジョウ先生はるり子さんの左腕を持ち上げた。
「このノートパソコンはダメですね、完全に焼けています」
電撃でショートしたパソコンは使い物にならないらしい。電源は入らないし、CPUが損壊していて修理は不可能だ、と。
「執拗に電撃を当てられていますね。本人よりもパソコンが狙われた感じですけど……」
「バズリティーを封じるためか。CPUを殺せばバズリティーは立ち上がらない。奴らの考えそうなことだ」
「奴ら、ですか」
糸のように細い目を向けたトウジョウ先生は「はて?」と不思議そうな表情を浮かべる。
「いえ、トウジョウ先生にご迷惑はかけませんよ。この子の治療だけ、お願いします」
「いいですとも。ステ娘教師の頼みは断れませんからね」
再びニコニコとお日様のように微笑むトウジョウ先生。この人はいつも笑顔だ。
「治療は私のパソコンを媒介してください。パーソナルデータを移植して、この子のバックアップをお願いします」
と言ってステ娘教師は自分の左腕を差し出した。腕に留めるバンドを外し、パソコン底部の接続端子を引っこ抜く。
続けてるり子さんの腕からもノートパソコンを取り外して、接続端子を差し替えた。
「いいんですか?」
「ええ。るり子にはパソコンが必要です。そして、この子たちにはるり子が必要です」
「でもそれじゃあ、あなたがブログを書けなくなってしまいます」
「替えのパソコンが用意できるまでは『ステ娘の教育ブログ』はお休みです。なに、しばらく休んでも私の読者は逃げませんよ。よく教育してありますからね」
ふふっと笑みをこぼすステ娘教師。読者を教育してるって、どういう意味でしょうか。
「あはは、たしかに教育されてます。私も逃げるつもりはありませんよ、ヘビーユーザーですからね」
トウジョウ先生は高らかに笑った。先生も読者なんですね、しかもヘビーな。
「ではすぐに治療を始めましょう。あなたは早く新しいパソコンを手配してください。『ステ娘の教育ブログ』を楽しみに待っている読者がたくさんいますからね」
治療プログラムが立ち上がり、るり子さんの身体がみるみる癒えていく。この世界がすべてプログラムだというのは分かっていても、その光景はまるで魔法のようだ。
修子はそれを食い入るように眺めていた。
「これでるり子は大丈夫だな」
安堵を浮かべるステ娘教師は、
「私は一度、教員棟に戻る。大事な仕事が残っているんでな。トウジョウ先生、あとはお願いします」
と高度治療室を出ていく。
「あの、ステ娘教師」
扉が閉まる寸前、僕は廊下に出てステ娘教師を呼び止めた。
「ありがとうございました」
「礼には及ばん。だが、私が手伝えるのはここまでだ」
「はい。僕は自分に出来ることを、自分の力でやってみせます」
「ふむ、良い目だ」
僕を見つめる優しい眼差しがそこにあった。親が子を見るような、慈愛に満ちた瞳が僕を見ていた。
しかし――とステ娘教師は浅く息を吐き、
「私の作ったリンクシステムのせいで迷惑をかけた。本来なら最後まで責任を取るべきだが、私の立場ではこれ以上の手助けはできん」
「大丈夫です。僕には修子がいます、みんながいます。それに、リンクシステムは素敵な機能だと思いますよ。人と人を繋ぐ、絆を深める――yukiBerryさんが学園に込めた想いが広がっていくシステムです」
「知っていたのか、yukiBerryのことを」
「るり子さんに教えてもらいました。この学園を救った救世主ですよね」
稀代のトップブロガーはその後、姿を見せなくなった。そして今もどこかで生徒たちのブログを見ている、と。
「どこかで――か。アイツは案外近くにいるんだ。あれでも一応、学園長だからな」
ステ娘教師は横顔を向けると「ふっ」と笑った。
「ところで、yukiBerryさんもリンクシステムでアクセスを伸ばしていたんですか?」
一日に百万を超えるアクセス数は、リンクシステム無しではあり得ない――男衾つよしはそう言っていた。
「私がリンクシステムを作ったのはyukiBerryがブログ王国を抜けた後だよ。彼女はシステム無しで百万アクセスを持っていたんだ」
ついでにいうと、るり子さんもリンクシステムは使っていないのだとか。この学園でるり子さんとバズリティーバトルをする生徒がいないから、らしい。
そりゃ、そうか。誰も勝てないらしいからね。
「yukiBerryはリンクシステムなど必要ない。彼女のブログは純粋に面白かった。多くの人を惹きつける魅力があった」
「そうですよね! たしかにyukiBerryさんやるり子さんのブログは面白いし、可愛いし……」
僕は少し興奮して、声が上ずっていた。yukiBerryさんもるり子さんも、やっぱりすごい人なんだ。男衾つよしの言っていたことは、勝手な憶測だったんだ。
とんでもないアクセス数を見て「不正だ」なんて決めつけてただけじゃないか。
「僕も大好きなブログです!」
と、思わずはしゃいでしまった。
「世の中には、ああいう天才が稀にいるのだ。もっとも、相当な努力の賜物だがな」
そう言ってステ娘教師はふいに首を傾げる。
「ところでモモイロ、お前……」
「はい?」
ジっと顔を寄せてきたステ娘教師は、目線を上下に動かしてから、
「いや。お前がバズリティーを使いこなせないのが、何となく分かった気がするよ」
「??」
それから踵を返すと、
「お前はどこかyukiBerryに似ているな。中身も、バズリティーも、同じ素質を持っているのかもしれん」
後ろ姿のままチラっと片手を振って行ってしまった。
メディカルセンターにるり子さんを運ぶと、トウジョウ先生が細目に笑みを浮かべて迎えてくれた。
プログラミング言語の改変を解いた僕らは、高度治療室に通されていた。ここなら一般生徒が入ってこないのでひとまず安心だ。
元の姿に戻った修子はスカスカの胸をまさぐって、
「うん、やっぱりこっちの方がいい。おっぱいがボインだと重くて走るのが大変だったぞ」
などと言いつつも、見張り生徒の追走を余裕で振り切ったようだった。
「それで、るり子の容態はいかがです?」
ベッドに横たわったるり子さんを見て、ステ娘教師が尋ねる。
「高圧電流で気絶させられて、電撃で火傷を負っていますね。まあ身体の損傷は大したことありませんよ、パーソナルデータのバックアップですぐに治ります。けど――」
トウジョウ先生はるり子さんの左腕を持ち上げた。
「このノートパソコンはダメですね、完全に焼けています」
電撃でショートしたパソコンは使い物にならないらしい。電源は入らないし、CPUが損壊していて修理は不可能だ、と。
「執拗に電撃を当てられていますね。本人よりもパソコンが狙われた感じですけど……」
「バズリティーを封じるためか。CPUを殺せばバズリティーは立ち上がらない。奴らの考えそうなことだ」
「奴ら、ですか」
糸のように細い目を向けたトウジョウ先生は「はて?」と不思議そうな表情を浮かべる。
「いえ、トウジョウ先生にご迷惑はかけませんよ。この子の治療だけ、お願いします」
「いいですとも。ステ娘教師の頼みは断れませんからね」
再びニコニコとお日様のように微笑むトウジョウ先生。この人はいつも笑顔だ。
「治療は私のパソコンを媒介してください。パーソナルデータを移植して、この子のバックアップをお願いします」
と言ってステ娘教師は自分の左腕を差し出した。腕に留めるバンドを外し、パソコン底部の接続端子を引っこ抜く。
続けてるり子さんの腕からもノートパソコンを取り外して、接続端子を差し替えた。
「いいんですか?」
「ええ。るり子にはパソコンが必要です。そして、この子たちにはるり子が必要です」
「でもそれじゃあ、あなたがブログを書けなくなってしまいます」
「替えのパソコンが用意できるまでは『ステ娘の教育ブログ』はお休みです。なに、しばらく休んでも私の読者は逃げませんよ。よく教育してありますからね」
ふふっと笑みをこぼすステ娘教師。読者を教育してるって、どういう意味でしょうか。
「あはは、たしかに教育されてます。私も逃げるつもりはありませんよ、ヘビーユーザーですからね」
トウジョウ先生は高らかに笑った。先生も読者なんですね、しかもヘビーな。
「ではすぐに治療を始めましょう。あなたは早く新しいパソコンを手配してください。『ステ娘の教育ブログ』を楽しみに待っている読者がたくさんいますからね」
治療プログラムが立ち上がり、るり子さんの身体がみるみる癒えていく。この世界がすべてプログラムだというのは分かっていても、その光景はまるで魔法のようだ。
修子はそれを食い入るように眺めていた。
「これでるり子は大丈夫だな」
安堵を浮かべるステ娘教師は、
「私は一度、教員棟に戻る。大事な仕事が残っているんでな。トウジョウ先生、あとはお願いします」
と高度治療室を出ていく。
「あの、ステ娘教師」
扉が閉まる寸前、僕は廊下に出てステ娘教師を呼び止めた。
「ありがとうございました」
「礼には及ばん。だが、私が手伝えるのはここまでだ」
「はい。僕は自分に出来ることを、自分の力でやってみせます」
「ふむ、良い目だ」
僕を見つめる優しい眼差しがそこにあった。親が子を見るような、慈愛に満ちた瞳が僕を見ていた。
しかし――とステ娘教師は浅く息を吐き、
「私の作ったリンクシステムのせいで迷惑をかけた。本来なら最後まで責任を取るべきだが、私の立場ではこれ以上の手助けはできん」
「大丈夫です。僕には修子がいます、みんながいます。それに、リンクシステムは素敵な機能だと思いますよ。人と人を繋ぐ、絆を深める――yukiBerryさんが学園に込めた想いが広がっていくシステムです」
「知っていたのか、yukiBerryのことを」
「るり子さんに教えてもらいました。この学園を救った救世主ですよね」
稀代のトップブロガーはその後、姿を見せなくなった。そして今もどこかで生徒たちのブログを見ている、と。
「どこかで――か。アイツは案外近くにいるんだ。あれでも一応、学園長だからな」
ステ娘教師は横顔を向けると「ふっ」と笑った。
「ところで、yukiBerryさんもリンクシステムでアクセスを伸ばしていたんですか?」
一日に百万を超えるアクセス数は、リンクシステム無しではあり得ない――男衾つよしはそう言っていた。
「私がリンクシステムを作ったのはyukiBerryがブログ王国を抜けた後だよ。彼女はシステム無しで百万アクセスを持っていたんだ」
ついでにいうと、るり子さんもリンクシステムは使っていないのだとか。この学園でるり子さんとバズリティーバトルをする生徒がいないから、らしい。
そりゃ、そうか。誰も勝てないらしいからね。
「yukiBerryはリンクシステムなど必要ない。彼女のブログは純粋に面白かった。多くの人を惹きつける魅力があった」
「そうですよね! たしかにyukiBerryさんやるり子さんのブログは面白いし、可愛いし……」
僕は少し興奮して、声が上ずっていた。yukiBerryさんもるり子さんも、やっぱりすごい人なんだ。男衾つよしの言っていたことは、勝手な憶測だったんだ。
とんでもないアクセス数を見て「不正だ」なんて決めつけてただけじゃないか。
「僕も大好きなブログです!」
と、思わずはしゃいでしまった。
「世の中には、ああいう天才が稀にいるのだ。もっとも、相当な努力の賜物だがな」
そう言ってステ娘教師はふいに首を傾げる。
「ところでモモイロ、お前……」
「はい?」
ジっと顔を寄せてきたステ娘教師は、目線を上下に動かしてから、
「いや。お前がバズリティーを使いこなせないのが、何となく分かった気がするよ」
「??」
それから踵を返すと、
「お前はどこかyukiBerryに似ているな。中身も、バズリティーも、同じ素質を持っているのかもしれん」
後ろ姿のままチラっと片手を振って行ってしまった。
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