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長かった冬も終わり、ジェミリオン王国にあるダグラス伯爵家の庭園では小鳥たちが優雅にさえずり、色とりどりの花々が美しく咲き乱れていた。
その庭園の一角で、私は丹精込めて育てたネモフィラを、これから訪れる婚約者のために摘んでいた。
その澄んだ空色の可憐な花は婚約者の瞳と同じ色で、私の大好きな花だった。
『次に会った時は結婚式の日取りを決めよう』
前回、彼と会った時に言っていた言葉を思い出し、幸せのあまり頬が緩んだ。
愛する人との結婚──ずっと待ち望んでいた未来が、やっと手に入る。
私はこれから訪れる最愛の人との幸福な日々を想像して期待に胸を膨らませていた。
「ティアラ」
背後から自分の名を呼ぶ声に、鼓動が一気に早くなる。
私はネモフィラを摘む手を止め、素早く立ち上がると婚約者である彼に駆け寄った。
「レオンハルト様!」
月夜に光る雪原のような銀髪に澄んだ空色の瞳。
その中性的で美麗な容姿に、私は何度だって目を奪われてしまう。
こんなに美しい人と結婚出来るなんて。
自らの幸運を歓喜していた時──
「君との婚約を破棄する」
突如、彼が放った言葉に頭が真っ白になった。
それは私が予期していたものとは真逆の言葉だったのだ。
自らの手からネモフィラの花が滑り落ち、地面にパッと空色の花が散らばった。
「婚約を破棄する……?そんな……ご冗談ですよね」
ここ最近、彼と全く会えない日々が続いて気になっていた。
でも、それは前国王陛下が昨年崩御し、新国王として彼が即位したばかりだったので、きっと仕事が忙しいのだろうと思っていた。
それに前回会った時、結婚式の日取りを決める約束をしたのだ。
それから、まだ1ヶ月も経っていなかった。
そんな短期間に、一体どんな心境の変化があったというのだろう。
「冗談ではない。その代わり君の義妹であるローズ嬢と婚約を結ぶ」
「ローズと……?」
彼が腹違いの義妹を選ぶなんて、信じられなかった。
私を虐げていた義妹を、誰よりも忌み嫌っていたのは彼だったのに──
「レオンハルト様……どうして私との婚約を破棄するのですか?どうか理由をお聞かせください」
自分よりも義妹を選んだ彼に激情しそうな感情を懸命に抑えながら問いかけた。
「僕はこの国の王妃として、より相応しい方を選んだだけだ」
「そんな……納得出来ません。今まで一緒に過ごしてきた時間は何だったのですか?ずっとそばにいると仰ってくれたあなたの言葉は偽りだったのですか?……どうして、どうして、寄りによってローズを──」
「ティアラ!もう止めないか。みっともない」
興奮していた私を諫めるように父が叫んだ。
気がつくと、私達の近くには伯爵である父と義母が立っていた。
「ジェミリオン国王陛下。ティアラと婚約破棄をしてローズと新たに婚約する話は誠でしょうか」
父の言葉にレオンハルト様は黙って頷いた。
「嘘です!レオンハルト様がローズと婚約するなどありえません!何か理由があるんですよね?」
私は助けを求めるように目の前にいるレオンハルト様の顔を見上げた。
彼は何処か遠くを見るような瞳をしており、何故なのか会ってから一度も私と視線を合わせていなかった。
「どうして私の顔を見ないのですか?!レオンハルト様!」
自分を見て欲しくて、思わず彼の名を叫んでしまった。
その時、びくりと彼の肩が微かに揺れると、やっとこちらに視線を向けた。
「僕はもうお前の婚約者ではない。そう気安く何度も名を呼ぶな」
突き放すような冷たい言葉に胸が深く抉られる。
いつも優しく穏やかに自分を見つめていた空色の瞳が、別人のように鋭く冷酷な光を宿していた。
「家族から虐げられていたお前が哀れで、今まで付き合っていただけだ」
愛情だと思っていた彼の気持ちは、ただの同情だった──今まで積み重ねてきた彼との大切な思い出が、ガラガラと崩れ奈落の底に堕ちていった。
「ジェミリオン国王陛下が貴女よりローズを選ぶのは当然の摂理ですわ」
その場にいた義母が私に蔑んだ視線を寄越しながら言った。
──やはり自分の娘の方がお前よりも美しく、勝っている。
そう彼女の瞳が物語っていた。
「お話の続きは屋敷の中へ入ってから致しましょう」
父がそう言うと、連れ立って屋敷の中へ消えて行った。
その場には自分と、地面に無惨に散らばったネモフィラの花だけが取り残された。
その庭園の一角で、私は丹精込めて育てたネモフィラを、これから訪れる婚約者のために摘んでいた。
その澄んだ空色の可憐な花は婚約者の瞳と同じ色で、私の大好きな花だった。
『次に会った時は結婚式の日取りを決めよう』
前回、彼と会った時に言っていた言葉を思い出し、幸せのあまり頬が緩んだ。
愛する人との結婚──ずっと待ち望んでいた未来が、やっと手に入る。
私はこれから訪れる最愛の人との幸福な日々を想像して期待に胸を膨らませていた。
「ティアラ」
背後から自分の名を呼ぶ声に、鼓動が一気に早くなる。
私はネモフィラを摘む手を止め、素早く立ち上がると婚約者である彼に駆け寄った。
「レオンハルト様!」
月夜に光る雪原のような銀髪に澄んだ空色の瞳。
その中性的で美麗な容姿に、私は何度だって目を奪われてしまう。
こんなに美しい人と結婚出来るなんて。
自らの幸運を歓喜していた時──
「君との婚約を破棄する」
突如、彼が放った言葉に頭が真っ白になった。
それは私が予期していたものとは真逆の言葉だったのだ。
自らの手からネモフィラの花が滑り落ち、地面にパッと空色の花が散らばった。
「婚約を破棄する……?そんな……ご冗談ですよね」
ここ最近、彼と全く会えない日々が続いて気になっていた。
でも、それは前国王陛下が昨年崩御し、新国王として彼が即位したばかりだったので、きっと仕事が忙しいのだろうと思っていた。
それに前回会った時、結婚式の日取りを決める約束をしたのだ。
それから、まだ1ヶ月も経っていなかった。
そんな短期間に、一体どんな心境の変化があったというのだろう。
「冗談ではない。その代わり君の義妹であるローズ嬢と婚約を結ぶ」
「ローズと……?」
彼が腹違いの義妹を選ぶなんて、信じられなかった。
私を虐げていた義妹を、誰よりも忌み嫌っていたのは彼だったのに──
「レオンハルト様……どうして私との婚約を破棄するのですか?どうか理由をお聞かせください」
自分よりも義妹を選んだ彼に激情しそうな感情を懸命に抑えながら問いかけた。
「僕はこの国の王妃として、より相応しい方を選んだだけだ」
「そんな……納得出来ません。今まで一緒に過ごしてきた時間は何だったのですか?ずっとそばにいると仰ってくれたあなたの言葉は偽りだったのですか?……どうして、どうして、寄りによってローズを──」
「ティアラ!もう止めないか。みっともない」
興奮していた私を諫めるように父が叫んだ。
気がつくと、私達の近くには伯爵である父と義母が立っていた。
「ジェミリオン国王陛下。ティアラと婚約破棄をしてローズと新たに婚約する話は誠でしょうか」
父の言葉にレオンハルト様は黙って頷いた。
「嘘です!レオンハルト様がローズと婚約するなどありえません!何か理由があるんですよね?」
私は助けを求めるように目の前にいるレオンハルト様の顔を見上げた。
彼は何処か遠くを見るような瞳をしており、何故なのか会ってから一度も私と視線を合わせていなかった。
「どうして私の顔を見ないのですか?!レオンハルト様!」
自分を見て欲しくて、思わず彼の名を叫んでしまった。
その時、びくりと彼の肩が微かに揺れると、やっとこちらに視線を向けた。
「僕はもうお前の婚約者ではない。そう気安く何度も名を呼ぶな」
突き放すような冷たい言葉に胸が深く抉られる。
いつも優しく穏やかに自分を見つめていた空色の瞳が、別人のように鋭く冷酷な光を宿していた。
「家族から虐げられていたお前が哀れで、今まで付き合っていただけだ」
愛情だと思っていた彼の気持ちは、ただの同情だった──今まで積み重ねてきた彼との大切な思い出が、ガラガラと崩れ奈落の底に堕ちていった。
「ジェミリオン国王陛下が貴女よりローズを選ぶのは当然の摂理ですわ」
その場にいた義母が私に蔑んだ視線を寄越しながら言った。
──やはり自分の娘の方がお前よりも美しく、勝っている。
そう彼女の瞳が物語っていた。
「お話の続きは屋敷の中へ入ってから致しましょう」
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