うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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納品

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さて、真田薬品へと急ぎの納品を済ませると、その足で居酒屋紫へとやってきた。すこし話もしたかったけど田所さんも忙しそうにしてたから、ホントに納品だけだったね。

で、ダンジョンスタンピードの第二波が起きた時にはまだ桜が咲いてたのに、気付けばもう新緑が枝葉を伸ばし汗ばむような陽気に。なんとも季節の移ろいを早く感じてしまう。

「あ、あのお店がそうなんですね」
「うん、あのお店だ」

ちいさな飲み屋の並んだ通り。そのなかの一店舗が居酒屋紫になる。見ればシャッターが半ばほどまで開けられているのでまだ営業はしていないだろうが、大将はなかにいるのだろう。

近付いて擦りガラス越しになかを覗くと、大将は厨房で仕込みか何かをしている様子。うむ、ではお待ちかねの食材をお届けしようか。

「こんちわ大将、注文の品を届けに来たよ」

ガラガラと音のする木枠の扉をスライドさせ、店内に入らせてもらう。

「アラまぁ江月ちゃん!もぉ~待ってたのよぉ~…て、なにソレ?庭石なんて頼んでないわよ?」
「いやいや。コレが加工してない現物の、巨大ムール貝なんだよ大将」

「まぁ!そんなにおっきなモノだったのねェ~!なによもう、黒くて光ってるから庭石かと思ったじゃない~!あら、そちらのお嬢さんは?」
「こんにちは、糧品と言います。万智ちゃんが美味しい料理を教わったそうで、ありがとうございます」

「アラそう!おいしかった?よかったわぁ~!じゃあ万智ちゃんのお友達なのね。ヨロシク!ささ、とりあえずふたりとも座って。いまビールでも出すからね!」
「じゃあって、ああいや、今日はバイクなんだ。だから気持ちだけ、ありがとう大将」

うむむ、なんとも小気味良く早口で話す大将のペースにはまって、思わず飲んでしまいそうになったじゃない。さすが年季の入った客商売をしている人は違うな。

「でも助かったわぁ~。スタンピードが終わったっていっても、市場もまだ閉まったままじゃない?仕入れができなくて困ってたのよぉ~。はいどうぞ」

なんてことを言いながらも、大将は手際よくオレ達にポットからお茶を淹れてくれる。その流れるような間とテンポには、思わす芸能のような美を感じてしまう。

「あの特大貝ヒモ?美味しいわよねェ~。特にタケちゃんがそれはもう気に入っちゃって、毎日アレで飲んじゃうの。だからお店で出す分がなくなっちゃったのよぉ~」
「ハハハ、そうでしたか。じゃあ、あの後はふたりとも何事もなく?」

「そうね、おかげさまで命拾いしたわ。ところでその庭石、じゃなかった巨大ムール貝?もう死んでるの??」
「ええ。でもここに持ってくる前にシメたばかりだから、死後一時間も経ってないですよ」

「そう良かった。貝類は当たるとホント怖いからねェ。で、まだ荷物がある所をみると、ほかに何があるのかしら?」
「ふふふ、ご明察。コッチも現物で、巨大カニを持って来たよ」

ブルーシートにくるまれた荷をほどくと、そこから巨大カニが顔を出す。

「まっ!それがあのカニチーズになったカニなの!?んまぁ、おっきいわねェ~~!!」
「ええ。コイツも人の腕くらい簡単にちょん切る力があるから、同じくシメてありますよ」

「そうね、見慣れた姿はしてても大きさもぜんぜん違うし、モンスターだものね…。でもコレならお客さんも抵抗感なく食べられるから安心よ!ね、江月ちゃん、コレって定期的に卸せるかしら??」
「ふぅむ、定期的にですか…」

「だってこの先、いつになったら市場が開いてくれるかわからないんだものぉ~!それにコレなら、看板メニューとしても申し分ないでしょ!だって美味しさについては、もう折り紙つきなんだから!!」
「一応流通元は抑えてあるけど、そこはダンジョン次第なので急に供給が止まってしまっても納得してもらえるなら」

「じゃあ、それでおねがいね!そんなに心配しなくてもだいじょうぶよもう、水商売してればそういった経験は何度もあるんだから。そんなことで恨んだりしないわよ」
「そう言ってもらえるなら。じゃあ卸値について詰めましょうか」

「はい、じゃわたしが書記をしますね」
「ああ、頼むよ瑠羽」

「あらま二人ががり?もぉ、こんな時だから少しは勉強してほしいのだけどぉ?」
「ハハハ、じゃあその辺も加味して詰めていきますか」

「あ、ちょっと待ってね!そのまえに冷蔵庫にスペース作って食材しまっちゃうから!」
「ああ、解体するなら手伝いますよ」

「まぁ嬉しい!じゃあ教えてちょうだい。モンスターじゃ知ってる食材と違うかも知れないものね!」

そう言うとウキウキとした様子で冷蔵庫の整理をはじめる大将。その後ろ姿をみていて、オレはなんとなく料理という概念を覚えた猿の事を思い出すのだった。
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