うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

文字の大きさ
上 下
223 / 627

ダンジョンスタンピード第二波 休養

しおりを挟む
大きな土鍋が火にかけられ、ふつふつと美味そうな匂いでハミングしている。

「よし…、そろそろ良さそうだ。さぁみんな、遅くなったが夕飯にしよう」

ガパリと鍋の蓋を開けると、白い湯気がモウモウと湧いて実に食欲を刺激する。

「わぁ~美味しそぉ!もうおなかペコペコだよぉ~!」
「ホンマ、美味しそうやねぇ~」

「おかあさん!おかあさんにはわたしが取ってあげるね!」
「あら、ありがとう瑠羽」

午後10時。色々あったが、ようやくオレ達は糧品宅で鍋を囲んでの夕飯タイム。今夜のメニューは、蠍鍋さそりなべだ。

「ふぅ~!ふぅ~ッ!んッ…アチチ!」
「もぉ慌てるからやろ。ほら、万智お水」

ガンバってモンスターを追い払ってくれた瀬来さんは食欲旺盛。熱い肉団子を食べて火傷しそうになったところを、仁菜さんにフォローされている。

「ん…まぁ、とってもいいお味ね!」
「すごいでしょ!コーチは料理も得意なんだよ、おかあさん」

瑠羽の取り分けた小鉢からまずスープを頂いた瑠羽ママは、その頬を綻ばせている。うんうん、お口にあったようでなにより。ま、料理が得意というよりは、使ってる塩が違うんですよ。

自宅に戻ったはいいものの、母親の姿が見えずに瑠羽は青くなったそう。だが、ひとりで心細かった瑠羽ママはお隣に身を寄せていたのだそうだ。いやはや無事でなにより。


で、現在の状況はというと、暗がりのなかボンヤリと光るファイヤーワンドの明かりを頼りに食事をするという、いかにも闇鍋チックな光景となっております。

というのもこのマンションは、火災に見舞われてしまった。

その為に、電気もガスも水道もダメになってしまったのだ。ああ、ちなみにガスは機械室の扉をあけて大元を締めて来た。ガス漏れしたままじゃ危ないからね。

水道はしばらくの間は使えたんだけど、すぐに断水。

電気がダメになったせいで揚水ポンプが動かず、高架水槽が空になってしまったようだ。ほら、災害に直面して各ご家庭で一斉に水を確保しようとしたみたいだからさ。

「んふぅ~…ッ!このトロミのあるスープと、肉団子のマッチングが最高~ッ!」
「万智、野菜もしっかりとらなアカンよ?この先、また元の生活にすぐ戻れるかわからんのやから」

うん、瀬来さんは蠍鍋をいたく気に入ったご様子。まぁ字ズラが酷いけど、見た目的にはまんま塩鳥団子鍋といった感じだもんね。

こちら、粗く刻んだ巨大赤蠍の身とすり鉢で磨り潰してペースト状にした身を混ぜて肉団子を作り、それを豆腐タマネギ白菜と共に塩ベースの粘液スープで煮込んだお鍋となっております。なので瑠羽ママも気にせず食べている。まぁ、巨大赤蠍の肉とは話してないけどさ。

ああ、もちろん調理をする前にオーラに因るサイコメトリーとパッチテストを行ない、安全は確認済。

それにスキルで生み出した粘液も、特に人体に悪い影響はない。ほら、断水してるからこういう方法でしか、飲料水が確保できないのよ。

とはいえオレ達は非常に恵まれている。なぜならばオレの【粘液】に加え、4人ともが【酸】のスキル持ち。これらを超極薄で発動させれば、まず水に困ることがないのだから。

特に瀬来さんたちは女性だけあって、【酸】のスキルで日頃からスキンケア用の弱酸性化粧水を自力で生み出していた。う~む、さすが女子。美に対する探究心が半端ない。

そんな訳でほぼ水みたいな酸液を生み出すことも、全員造作もないことなのだ。

「あの江月さん…、コレもっと作ってお隣さんにおすそ分けしてもいいかしら?」
「ええ、構いませんよ。材料はまだまだたくさんありますから」

瑠羽ママは自分達だけがこんな状況で良い食事を摂っていることに気が引けたのか、そんなことを訊いてくる。だが蠍の身はそれこそ腐らせてしまうほどにあるので、なんの問題も無い。

巨大赤蠍をなんとか倒した後、その外殻が欲しくて解体をした。

けど脚の身まで綺麗にほじってなかったから、その身がたんまりとあるのよ。でもそのせいで空間庫が満タンになってしまい、出がけに確保した巨大カニの身はオレ達を追っかけてた百鬼夜行集団のなかに投棄。

食材を捨てるなんてもったいないことだが、レアリティのことを考えればそうせざるを得なかった。

巨大カニの身ならいつでも手に入る。が、巨大赤蠍の外殻を手にすることのできるチャンスは、またとないのだから。そんな訳で現在オレの空間庫は、巨大赤蠍の外殻や肢に鋏に尻尾とパンパン。それでも入りきらずに、百舌の速贄みたいにして神社の境内に茂ってた樹上に隠してきたくらいだ。

だからソレも、誰かに見つかる前に回収しておきたいところである。

「あむあむ!うふふ…、次々ぃ~!」
「もぉ万智…、食べ過ぎておなか壊さんようになぁ」

うむむ…瀬来さん、なにやら育ち盛りのわんぱく小学生みたいな食べっぷり。

だがそんな健康的な笑顔が視れて、実に嬉しい。まぁ下から光があたる暗がりのなかで鍋ガッツいてる姿は、ちょっと不気味にも視えるけど…。

とはいえ巨大黒蜘蛛の生命エナジーを吸収してる時に突然血を吐いた時は、ほんとにビックリした。なので元気になってくれたのであれば、それがなにより。

「よしよし、では追加でたっぷりと肉団子を作ってくるとしよう」
「あ、コーチ、わたしも手伝います!」

そう言って席を立つと、瑠羽もいっしょについてきてくれる。

「そうか、じゃあ頼もうかな」
「はい!」

今まで孤独でボッチだったオレには、彼女たちのそんな笑顔がなによりのご褒美。なべぶたを、保つ衣が美しい。で、ご褒美ですよ。

さてさて、それじゃあ山ほど肉団子を仕込みますか。


……。


糧品宅に落ち着き2日、ゆっくりと休息を摂り英気を養うことが出来た。

『ここまでお疲れ様。コォチもゆっくり休んでええんやで?』などという暖かい言葉を頂き、3人も夜の見張りに手を上げてくれた。なのでここ最近続いていた変な夢などを視ることもなく、オレもぐっすりと眠ることができた。

そして今さっき。瑠羽からコッソリと『おとうさんに回復ポーション使っちゃいました、ごめんなさい』と謝られた。

うん、実に家族思い。

そしてそれをなかなか言い出せずに悩んでいた事もまた、優柔不断な瑠羽らしい。それに対し『瑠羽がどうしてもそうしたかったのなら、いいんだよ』と返すと、涙を浮かべて感謝された。どうも怒られるんじゃないかと、ずっと心配してたようだ。

いや、それくらいで怒らないよ。別に私利私欲で行なった訳じゃなし。純粋に父親を心配して、助けたいと思っただけじゃんね。

なのでそんなことを説明すると、『ありがとうございます。でもお礼がしたいから、なんでも言ってください!』などと言いだす瑠羽。いや、オレにはいいけどさ。『なんでも言ってください!』なんて、他の男に絶対言ったらダメよ?

「ん~…と、じゃあ、耳かきでもしてもらおうかな?」
「わかりました。それなら、わたしの部屋で…」

瑠羽なりに両親を助けてもらったお礼がしたいのだろう。『そんなの気にしないで良いよ』と済ませることも出来るけど、それだと瑠羽の気が納まりそうになかったので耳かきをしてもらうことに。

いやほら、別にマッサージでもいいんだけどさ。瑠羽とオレとだと、だいぶ体格差が一番あるし。一番小柄な瑠羽に一番大きな身体をしているオレがマッサージさせてるのって、なんかヤじゃん?

それにマッサージであれば、最近は瀬来さんが自分からすすんでしてくれる。

瀬来さんて結構Sな気があるのか、ツボを捉えてこちらがそれに反応を示すと、『ねぇ、ここが気持ちイイの?』なんて言いながらグリグリと執拗に責めてくる。そんな風に言われながらしつこくグリグリされたら、『こりゃもう堪りませんッ!』てなわけですよグヘヘ…。って、何言わせんだよ。てオレか、こりゃ失礼。

ともかく戦闘スーツ姿の瑠羽のあとに付いて、部屋へと入る。

うん、ふたりともスーツ姿。だって非常時だもん。自宅に着いたからといって装備を解けるほどには、落ち着いていない。それに瑠羽だけが私服というのも、ほかのふたりに不公平だしね。といっても室内なので、頭部と腕部は外してるよ。

「それじゃコーチ…、こっちに来てください」

ベッドのふちに座った瑠羽が、ふとももの上にバスタオルを敷いて恥ずかしそうにオレを呼ぶ。その余りの可愛いらしさに、このままジャンピングダイブで押し倒してしまいたくなる。が、そこは激しく自重。これから耳かきしてもらうのに突然そんな真似をしたら、ものすごく怒らせてしまうだろう。

「うん…、それじゃあおねがいます」

なのでゆっくりとベッドの上に乗ると、横向きになり瑠羽の太腿のうえに頭を載せる。

「はい、それじゃあ耳かき始めますね…」

『ブッピガン!』と脳内ドッキング音が再生されるなかで、瑠羽の耳かきが始まった。

『(ごそごそごそ…こしょこしょこしょ…)』
「「………」」

う~ん、心地良い…。

生ふとももでないのが非常に残念ではあるが、この状況だけでも十分に癒される。アキバでもこういうお店は、30分くらいで¥3000とか¥4000もするらしいからな…。いや、むしろ戦闘スーツに身を包んだ従順美少女に耳かきしてもらうという特殊プレイは、そんな金額では絶対収まらないぞ。

「あの…コーチ?」
「ん…?」

「コーチの耳の中、ぜんぜん汚れてないですけど…」
「て、あれ?そう…?」

うむむ…、実はスキル習熟訓練の過程で粘液耳かきも試してみたんだよな。

まずはスライム状の粘液を耳の穴を塞がぬように侵入させ、粘性を高めて壁面の耳垢をしっかりと吸着させる。その後にズビャっと引き抜けば、耳垢は粘液に絡め取られ綺麗さっぱり除去できるという塩梅だ。

「うぅむ、実は少し前に、粘液での耳かきに挑戦してみたんだ。自分では解らなかったけど、そんなに綺麗になってる?」
「はい、耳かきがぜんぜん必要ないくらいに…」

あやや、瑠羽の声のトーンがさがっちゃった。コレはマズイ。

「い、いや!瑠羽の耳かきはとっても気持ち良くてすごく癒されるよ!汚れてなくても、良ければこのまま続けてくれないかな?」
「え…?あ、ハイ!」

『(ごそごそごそ…こしょこしょこしょ…)』

ホッ、どうやら持ち直してくれたようだ。

ん~、でもこうして耳かきしてもらうのって、やっぱり気持ちいいもんだなぁ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...