うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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ダンジョンスタンピード第二波 利己

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封鎖された校門に、ハシゴに伸ばした六尺の脚立が降ろされた。それを使ってオレと瀬来さん、それに重機ファイターのリーダーであるオッチャンが中へと入る。

だが案内された交渉場所は降りてすぐのとこ。特に応接室に案内されることもなく、先生方に取り囲まれての立話。あ、これはあんまり歓迎されてないヤツやん…。

「あなた方はいったい…?」

まずは事務職員の課長って感じのおっさんが、瀬来さんに話しかけた。

「私達はこの学校の1-Eの生徒、利賀るりって子の友人です。彼女の安全を確かめに来ました」
「こちらの方は…?」

教師のひとりが重機ファイターのリーダーである汚れた作業着姿のオッチャンを見やり、怪訝そうな表情を浮かべる。だがそれよりさらに不気味で不審な怪人蟲男には一切触れたくない様子で、目を合わせようともしてくれない。

「この方は『善意ある大人』です。以前もこの学校がモンスターに襲われたと知って、加勢の為に重機を駆って来てくれました。私達は他もあって出ないといけないんで」
「は、はぁ…」

「あの…上からは、重機の他にもたくさん車が視えたんですが…」
「あれは勝手についてきちゃった人達で、あの人達と私達は一切関係ありません」

あ、瀬来さんがバッサリ避難民を切り捨てた。うん、これはよっほどモンスターの擦り付けされた事を怒っているな。

だが、それも仕方のない事。

必死に戦っている最中にそんな真似をされては、命にかかわるのだから。そう言うとそれを行なった者達は『強いんだから』とか、『戦えるんだから』などと言って反論してくるが、だからといって他人にモンスターを擦り付けていい理由にはならない。

それは『我が身惜しさに他人を犠牲にしてでも助かろうとする、下劣で浅ましい行為』だという事を、まるで理解していない。うん、そんな真似は漫画でも悪役しかしないんだぞ。知ってるか?

「はぁ、そうですか…。ただ、今この学校でも最寄りの住人の方々や生徒の親御さんが大勢避難されており、スペースその他諸々も不足する恐れもありまして―」
「それなら重機の方たちだけ受け入れればいいと思いますよ。このおじさん達はとっても強いですから」

遠回しに避難民の受け入れを拒否しようとする事務課長風味のおっさん。それに対し遠慮無用で剛腕直球ストレートを投げ返す瀬来さん。『んな身も蓋もない』と思いつつも、オレも同意見に近いので黙っておこう。

そう、こんな時。オレはよく『ヒーローのジレンマ』について考える。

例えば頭がパンのヒーローの前に、餓死寸前の子供が10人いたとする。10人全ての子供に頭であるパンを分け与えれば、子供たちの命は助かるだろう。でも全てを与えてしまったヒーローは、それでおしまい。命を失ってしまうとしたら…果たしてどうすればいいだろうか?

これは他から一切助けがないのが前提の問題。頼りになる仲間も、おじさんやお姉さんどころか、犬すら助けに来てはくれないとしたら…。

仮に10人全ての子供に頭であるパンを分け与えてその日は助かったとしても、明日は…?また半分の子供たちを犠牲にして5人を2日救ったとしても、3日目は…?

ピンチのヒーローに奇跡の力が宿ったり、ここぞというタイミングで仲間が助けに来てくれたりするのは、そういう脚本だからだ。もし本当にヒーローがこの世界に実在したとしたなら、そうそう上手くはいかないだろう。

「お~い万智ぃ、ジャング~!」

と、そんな事を考えていると誰かが知らせてくれたのか、ジャージ姿のシャークが校舎の方から走ってきた。普段から『小さいよなコイツ』とは思ってるけど、他の女子生徒もいるなかで見ると余計に小さく視える。

「来てくれたのか~!4人ともか?」
「ふふん、みなさい!ここに重機おじさんもいるわ!凄いんだから!ここに着くまでに、百や二百じゃきかないモンスターをあの重機でやっつけてきたのよッ!」

「ウワッ…マジか!げ、スゲェ…なんだアレ返り血でドロドロじゃん!どんな戦い方したらあんな風になるんだよッ!」

シャークは机の山に登って首を伸ばすと、血に塗れた重機を視て目を丸くしている。そしてそれを聞いたオッチャンは、満更でもない感じでさり気なく胸を張っている。

「しかし大したもんだ。よく短い時間で、ここまで学校を要塞化できたな」
「それは前の件もあったしな…。みんな必死で頑張って…って、あ!そういえばジャング!ピクシーはッ!?」

「ふふ、ちゃんと連れて来てるよ。それッ…!」
「「「ぴぴぃ~ッ!!」」」

魔力を籠めて宙に撒かれたのは銀板。それが輝くと陽の暮れたなかに、ピクシー達の舞い飛ぶ燐光に似た光が躍る。

「やったぁ!ヴェール!どこだ!あ…ヴェール!」
「ぴぃ~!」

これはシャークからのリクエスト。

もしまたダンジョンスタンピードが起きた時には、『ヴェールと学校を守ってくれたピクシー達を貸してほしい』と頼まれていたのだ。そんなジャージ姿のシャークを囲み、楽しげに舞い踊るピクシー達。

「「「わぁぁぁ…」」」

そしてその幻想的な光景に、感嘆の声を漏らす先生方…。

ふふふ…どうだ!前のスタンピードの時にも、この学校を守ったピクシー様だぞ。その活躍を覚えている生徒や先生方も多いのか、あちこちで歓声があがっている。ピクシー達を衆人環視の目に触れさせるのはあまり得策ではないが、ここは雰囲気を変える為にもやむを得まい。その実績をもって、堂々とここに来た正当性を主張できるのだから。


…。


こうして午後7時。

オレ達はなんだかんだでシャーク女子高に受け入れられた。避難民も含めてだ。別にシャークの学校という訳ではないが、便宜上そう呼ぶことにする。

なんだかんだとは、例によって例の如く。

具体的にはまだ学校側と交渉をしている途中だというのに、焦れた避難民たちが正門前につめかけ騒ぎ出した。『どうした!早くいれろ!』だのってね…。さらに状況のみえない後ろについて来ている車両からも、『なにやってんだ早くしろ!』とばかりに『パッパカプップー!』とクラクションの嵐。

ハァ…もうね、馬鹿すぎるでしょ?そんな真似をして騒げばどうなるのか、まるで学習していない。

それで案の上、騒いだことでまた大量のモンスターが集まってしまう。

すると今度は盗難してきた車両を乗り捨てて、避難民たちがどっと正門前に押し寄せた。うん…、なんか当然の如く乗って来てるけど、みんな盗難車よ。だって非常時につき鍵の挿したままで路肩に置かれていた車両に、勝手に乗ってきちゃってるんだから。

そして正門前で『たすけてぇ!』とか『人殺しぃ!見殺しにする気かぁ!!』などと血の叫びをあげた。

これには学校関係者もゲンナリ…。

もう『受け入れたら絶対問題しか起こさない!』と、一目見ただけで解る連中だ。だがそれでも教育者という立場上、見殺しにも出来ない。大勢の生徒たちが、その光景を視ているのだから。

そこで止む無く、学校は避難民を受け入れることにした。ただ本当に…、ほんとうに止む無くだ。板挟みに遭い苦悩の表情を浮かべ硬直する先生方や事務の方々の後姿。その心中は如何ばかりであったろうか。

だが受け入れるとなるとオレ達もまた、動かなければならない。

学校側からすれば、あの面倒な連中を連れてきたのもまたオレ達ということになるから。さらに当の避難民たちからも何もしていなければ『どうして襲われてるのに助けてくれなかったんだ!』などと、後で相当に恨まれる事になる。まったく…、面倒な事このうえない。

なのでオレ達も本当に嫌々…、本当に渋々と学校への避難を援護した次第。

オレが避難民と呼ぶ彼らは、きっとそのほとんどが自分達の事を『普通』だと思っているだろう。

思いっきり独断と偏見であるが、普段は贅沢やオシャレを気にして資源や電力を無駄に消費するような生活を送っていながらも、ちょっとエコの真似事をしただけで『私って意識高い系なのよ』とか気取っちゃうような。

そういう『普通』だ。並の、一般人。だが彼らの考える『普通』とは、『守ってもらって当たり前』、『助けてもらって当たり前』と考えている節が、行動の端々からも感じ取れた。

よく日本人は外国人から『水と安全をタダと思っている人種だ』などと揶揄されるが、まさにそれ。それが行動の端々に如実に表れている。

オレや瑠羽たちにモンスターを擦り付けてその命を助けてもらいながらも、ペコペコ頭を下げるだけで済まそうとする。『おかげで助かりました。そのお詫びとお礼がしたいのでお金を振り込ます。ですのでぜひあなたの銀行口座を教えてください』などと殊勝な申し出をしてきた者は、いままでで誰一人としていない。

ここまで辿り着く道中には、そういった声を掛ける時間がなかったわけでもないのに…。『どこ向かってんですか?』なんてのは、散々に訊かれたからね。

ま、完全に助かってからお礼を申し出ようと考えていた人も、もしかしたらいるかもしれないのでそんな事は口にしないけど。

ただ、オレ達も無敵の超人ではない。言うなればそこそこに強く、そこそこにモンスターと戦えるだけの存在だ。

異世界転生モノのチート主人公の如く並み居るモンスターを片手で蹴散らし、大怪我を負った人達もポンポン治してしまえるような力なんて、ひとつも持ち合わせていないのだ。

だからモンスターが数で押し寄せてくればすぐに押し潰されそうになるし、回復ポーションだってひとりにつき1本きり。

途中、瑠羽が怪我を負った子供に対しその回復ポーションを使おうとして『そないな事せんでええ!他の人に知れたらどないするんッ!?』と、仁菜さんに窘められるといった場面があった。

うん、仁菜さんの言う通りである。

オレが田所さんにもらった回復ポーションは、ひとりにつき1本しかない。それを迂闊に怪我人の大勢視ている前で使ったりしたら、『俺も!私も!』と騒ぎだされるのは目にみえている。そしてその先にあるのは、醜い争いしかない。誰がその回復ポーションを使うかで、揉めに揉めるのだ…。

それにその回復ポーションも、万が一彼女たちが怪我をした時の為にとあげたモノ。

だから厳密にいえば、『誰に使用してもいい』というモノではない。さらに回復ポーションは、現状はまだ市場にも出回っていないシロモノ。そんなモノを持っていると知られれば、さらに余計な面倒事をしょい込むことにもなりかねない。

ただ…瑠羽は悪くはない。瑠羽は人道的な行動を取ろうとしただけで、それは尊ぶべき行為。だがそれも時と場合による。

そうして戦えない者に回復ポーションを消費してしまった後で、もし戦う必要のある自分達が怪我を負ってしまったら、どうするのか?そういうことも考えて、行動しなければならないのだ。

実際、瀬来さんと仁菜さんはすでに回復ポーションを使ってしまっている。

ふたりもスーツの性能で大きな負傷は受けていなかったが、打撲などの痛みが蓄積してしまい動きが鈍っていた。それを嫌って使用に踏み切ったようだ。だがそれでここまで無事に辿り着けたのだから、彼女らの判断は良いものだったといえるだろう。

「はぁ…。しかし現実はどこまでも…か。引き立て役の悪役然としたヤツもいなきゃ、どこまでも善良で協力的な村人ってのも、いないよな…」

そうひとりゴチながら、学校関係者に案内されてゾロゾロと校舎へと入って行く避難民たちの後姿を見送る。すでに体育館は、満杯なんだそうだ。
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