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姉弟

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「「おまえを、殺す!」」

街を歩いていたら、突然見知らぬ少年ふたりに道を塞がれ、殺害宣言を受けた。

これまたなんとも唐突なヒットマンの登場である。え、なにキミたち?コロニーからの刺客??

しかしオレが0.05秒で年々低年齢化し、かつ凶悪化する少年犯罪を憂い日本の行く末を案じていると、並んで歩いていた仁菜さんが少年ヒットマンらになぜか笑顔で話しかけた。

「なんやぁマサにユキやないのぉ!えぇ~!いつ東京に来たん?ひさしぶりやなぁ!!」

今日は珍しく仁菜さんから『美味しいパスタのお店があるからいっしょにいかへん?』と食事に誘われ、ふたりでおでかけしていたのだ。

「今日、今さっきだよ…」
「姉ちゃんを驚かせようと思って…」

なるほど、仁菜さんと少年ヒットマンらは知り合いの様子。

そういえば以前、仁菜さんには双子の弟がいると聞いたことがある。とすると仁菜さんが少年ふたりの名を知っていて、なおかつ少年らが仁菜さんのことを姉さんと呼ぶことからも、三人が姉弟の関係であることは間違いないようだ。

(はは~ん、そういうことか…)

そこまで解れば、後のプロファイリングはカンタンだ。

進学の為、東京に行ってしまった大好きな姉。そんな離ればなれな姉に久々に会えると、双子の兄弟がワクワクで東京に降り立ったことは想像に難しくない。きっと『突然会いに行って、姉ちゃんを驚かせてやろう!』などと、そんな相談も楽しくしていたはず…。

が、だというのに住所を頼りに姉の住まいに向かっていると、当の姉が自分達の見知らぬ男性と仲良く並んで歩いているのを発見。これは心中穏やかではないだろう。

しかし大好きな姉にその怒りや憤りをぶつける訳にもいかない。そこで並んで歩いていたオレに、殺意の波動が目覚めてしまった…。と、そういう訳だな。

「「姉ちゃん、だれソイツ…?」」

殺害宣言の時と同じように、ハモって姉に問う兄弟。その眼は明らかにオレに対する敵意で満ち満ちている。ほら、やっぱりな…。

「え…?こ、この人はヨガの先生や!お姉ちゃん今、ヨガ習っとるんよッ!!」

なんと…弟たちの詰問に焦った仁菜さんによって、オレはヨガの先生にされてしまった。

だが、それも仕方ないこと。正直に『ダンジョンをコーチしてもろうとるんよ』とも言えないしな。ダンジョンの事はおおっぴらに出来ないし、ダンジョンに潜っているなんて知られたら、弟たちにも余計な心配をかけてしまうと思ったのだろう。

うむ、ならば今この瞬間から、オレはヨガのマスターだ!

仁菜さんの為ならインドの山奥で修行して聖人の魂もこの身に宿してみせるし、手足が伸びたりテレポートだってしてみせよう!

と、そんな熱い想いを胸に首を左右に振って少年らに『ナマステー』と挨拶すると、姉の手前渋々といった感じで少年らも顎を突き出すようなお辞儀を返してきた。

むむ…なんとも可愛気のない。

でも大好きな姉を取られまいとする少年らの思いはヒシヒシと伝わってきたので、ここでいらん波風は立てないでおこう。

…。

突然の姉弟再会もあり、落ち着く先はパスタ屋ではなく甘味処に変わった。大阪にいた頃は、三人でよくあんみつ等を食べに行っていたらしい。

「(コォチ…!)」

と、店員さんの案内で席に着く途中、仁菜さんがこっそり目顔でオレを拝んでくる。

(む、心得た!)
「あ、オレはちょっと所用を思い出したのでそれを片付けてくるよ。先に注文して食べてて」

そう言って、一度入店した店を出る。

『せっかく久しぶりに会えたのだから』と、オレは三人を残しハケようとした。しかし仁菜さんに弟たちを紹介すると言われては帰る訳にもいかず、いっしょに入店したのだった。

そうしてオレの向う先はATM、仁菜さんにお金を渡す為…だ。

仁菜さんは普段ほとんどお金を持ち歩かない。それは無駄使いをしない為。でもどうしてそこまでお金に固執しているかというと…、仁菜さんは実家から送られてくる仕送り以上のお金を、実家に送り返しているから。

さらには『かすみ荘』のようなオンボロいアパートを住まいとしてアレコレ節約し、自分の将来の為にと投資にもお金を回しているのだ。

それを知った時、オレは恥ずかしい気持ちで胸がいっぱいになった。

なぜならオレが彼女と同じ歳の頃、いったい何をしていただろうか…と思い返せば、毎月ゲームやオタグッズにお金を突っ込んではただただ浪費していただけ…。

仁菜さんのように自分や育ち盛りの男の子をふたりも抱えて苦労する両親のことを慮る事もしなければ、将来の為に貯蓄することもしなかった。

だれだよ仁菜さんの事を『今時のわがまま贅沢女子大生』なんて思ってたヤツ…、オレだよごめん。

確かに最初知り合った時にはそう見えたんだけどさ…。付き合いが深まってその人となりを知るとそれはそれはもう!とっても家族思いの良く出来た娘さんだってことを知ったんですよ!どうですか奥さんッ!!

普通仕送りに、仕送り返しなんてしないでしょ!

オレは貰ったことないけど、貰っててもしないと思う。現に瀬来さんなんかは貰った仕送りで生活してて、バイトは自分が贅沢するためにしてただけだしね。

なわけでオレは躊躇いなくATMで20万ほど現金をおろすと、また甘味処に戻るのだった。

…。

「悪いね、少し仕事の連絡もつけないといけなくてさ」

そう離席した言い訳を述べながら座る椅子をひくと、その上に置いてあった仁菜さんのポーチを落とさないよう持った態でおろしたお金をすべりこませる。

うん、これくらいは以心伝心だ。

なにせ以前に仁菜さんとは生命エナジーの授受を行なっていて、パスのようなモノが繋がっている。その為女心の解らないオレでも、彼女たちの気持ちは察することが出来るのだ。

テーブルの下でそっとポーチを渡すと、仁菜さんがキュっとオレの指を握ってくる。それだけでも、感謝の念が伝わってくるというものだ。

仁菜さんの両親は、商店街でちいさな中華料理屋を営んでいるという。

その収入で娘を大学に行かせたり、小学生の息子ふたりを育てるというのは相当に大変だろう。そんな苦労を解っているからこそ、仁菜さんは両親に『仕送り返し』みたいな事をしているのだ。

瀬来さんからはチラと『仁菜さんは彼氏候補の草食系男子から貰ったプレゼントを換金している』といったような話も聞いた。が、『ま、ほどほどにね』というのがオレの感想だ。大学生の身分で金目の物をホイホイ女性にプレゼントできるなんて、どうせ自分で働いた金じゃないだろう。

ともかくそんな経済事情らしいので、東京にやってきた弟たちの宿泊先は姉の住まいという事になる。でもあの『かすみ荘』を弟たちに見せてしまっては、きっとというか間違いなく不安にさせてしまうことだろう。

なのでとりあえず、三人でお手頃価格な都内のホテルになら二泊くらいできそうな金額を用意してみました。20万で足りなければ、あとは支払に使えるアプリの送金システムでなんとかしよう。


「姉ちゃんスタンピードの時、ひとりで大丈夫だった?」
「う、うん、大丈夫やったよ…。ユキとマサは平気やった?怖い思いとかせへんかった?」

弟くんたちは、幸紀に雅紀という名前だそう。仁菜さんの弟たちだけあって非常に整った顔立ちをしている。将来はイケメンとして普通にモテることだろう。いいなぁ。

で、当の姉弟三人は互いの近況を話しながら、デラックスなあんみつを愉し気に食べている。ゴージャスでパフェとあんみつがフュージョンしたようなヤツ。美味そうだな、オレもそれにするか。

「大丈夫だよ!商店街のおっちゃんたちが、モンスター追い払ってくれたし!な、マサ!」
「うん!ポコポコのおっちゃんに、パチパチのおっちゃんがすごかったよ!それに大阪だもん!」

ふむ…、仁菜さんはモンスターよりも大暴落という恐怖を味わって、そっちの方でグロッキーだったからあの時の事はあまり思い出したくはないのかも。にしても大阪の商店街にはポコポコやらパチパチのおっちゃんがゴロゴロしてるのか。意味は解らないが、なんか凄そうだ。

そして、絶大なる大阪への信頼感。

確かリメイクされた宇宙侵略モノの映画でも、最初に宇宙人の兵器を破壊したのって大阪だったか?そう考えると侮れねぇな大阪…。

で、オレの分のデラックスあんみつが届くと、会話に混じるよう仁菜さんから色々話を振られるので、弟くんたちに大阪のダンジョン事情なんかを訊いてみた。

ほら、家族の話なんかを訊いたりすると、『おまえ姉ちゃんのこと狙ってんのか!』って、また敵意を向けられちゃうからさ。

「ダンジョンに入れるようになったら、おれたち冒険者になって強くなるよ!な、マサ!」
「うん!そしたら姉ちゃんのこと、おれたちで守ってあげる!」

うんうん、なんという美しい姉弟愛…。

はぁ…姉って、どんな感じなんだろう。高校に入学したての頃だったか、可愛くて面倒見のいい三年生の先輩と知りあって憧れたりもしたけど。彼氏もいたみたいだったしその後特に接点のないまま卒業しちゃったもんな。

それ以外だとオレにはエロゲやエロ漫画くらいしか…って、そんな事を考えては仁菜さんに失礼極まりないな。再びごめんよ。


……。


「コォチ、おおきに」
「うん、ひさしぶりに姉弟水入らずでゆっくり過ごすといいよ」

夕暮れに染まる街並みに目を細め、去っていく仲の良い姉弟を見送る。姉を真ん中にして、嬉しそうに手を繋いで歩く弟たち。

うん、画になる光景だね。
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