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スクランブル

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日曜、朝10時。

まだ布団の中でぬくぬくと、かつ瑠羽と万智の両手に華状態でイチャイチャしていると、珍しくオレの通信端末に電話がかかってきた。

「ん、だれだろ?(プッ)…はいもしもし、と?ああ田所さんでしたか」
『ええ、田所です。どうも日曜日にすみません』

電話の主は真田薬品工業の担当者、どこかいつも困り顔をしているメガネの田所さんだった。でもあれ?田所さん日曜日も仕事してんの?大企業なのに大変だな。

「いえいえ大丈夫ですよ。でも、どうしました?次の納品の準備もいま進めてますが…?」
『ええ、おねがいします。で、それとはまた別のご相談なんですが、江月さんの伝手でウォーキングプラントのドロップは手に入りませんか?』

なに、ウォーキングプラントとな?うむむ…ワーキングプアなら、つい去年までのオレのことだが。

「(それ…植物モンスターのことじゃない?)」

ちょっと考え込んでいたら、脇から小声で瀬来さんが教えてくれた。つか電話の声聞こえたんだ?まぁそうだよね、瀬来さん達ももう常人10倍くらいの能力になってるんだから。

いや、でもうん、知ってたよ!オレは『もしかして工場とかのことかな~?』なんてちょっと思ってただけだから!

「ゴホンゴホン…!ええ、ウォーキングプラントというと、植物系モンスターのことですね。するとそれもまた例の薬の原料として、必要なんですか?」
『はい、今までは国が確保していた物を我々に融通してもらっていたのですが、自衛隊が忙しくなってからはそちらが滞ってまして。それで江月さんにどうにかならないかとご相談を…」

ふむむ、そういうことか。

自衛隊は今、対中国問題と日本中のダンジョンから溢れ出たモンスターの間引きにてんてこ舞いの状態。以前に掲げていた、ダンジョンの駆除すら真面に出来ていないもんな。な状態なので、とてもドロップの確保なんかに手間暇を割いている時間などないのだろう。

ただ、植物系モンスターの伝手なんてモノは、オレにもさっぱり無いのだが…。

「にゃッ!?ゴホン…な、なるほど、それは田所さんもお困りでしょう。生憎と植物系モンスターの素材は普段取り扱わないモノなので、すぐにご用意できますとは言えませんが、田所さんの頼みとあれば、こちらでも手を尽くしてみましょう!」
『いやぁ~、それはどうも。江月さんにそう言って頂けると助かります。では資料をメールで送っておきますので、なにとぞよろしくお願い致します。では…』

一応ながら便宜上、オレ達は過去ダンジョンが一般開放されていた時に集められたモンスターのドロップを、伝手を用いて集め都合していることになっている。まぁ仲卸とか仲介とか、そんな感じだな。ほら、今はおおっぴらに『オレ達、ダンジョン潜ってます!』とは言えない時だから。

「(プッ)ふぅ~、やれやれ…。にしてもウォーキングプラント、植物系モンスターか。そんなのこの辺じゃあ見たことも無いな」
「へぇそうなんだ、冷蔵庫の奥にはいたりしないの?」

うん、そうなんですよ瀬来さん。ウチの冷蔵庫はどっちかっていうと変なモンスターばっかりなんだ。ああ、可愛いピクシーは除くけど。

「はむ…あむ…チュッ…レロ…」

ときに、瑠羽はずっとオレの首筋を舐めている。

普段はとっても恥ずかしがりな瑠羽だが、こうしてお布団の中でいっしょにいる時には甘えん坊でキス魔な瑠羽に大変身するのだ。

でも電話中は少し控えてほしかったな、もうちょっと変な声が出そうになったじゃない。

「ん~そうねぇ。たしかパレードでバイトしていた時にも、植物系モンスターのドロップは見なかったなぁ」
「だろうね。国が一般に試験解放したダンジョンは、毒とかそういう被害の出ないダンジョンを選定したはずだから。植物系モンスターなんかは、結構毒とか持ってるヤツも多そうだもんな」

「チュッ…チュッ…。もしコーチが毒にかかったら、わたしが吸い出してあげます♡」
「ああ、嬉しいよ瑠羽。でも口で吸ったりしたら危ないから、ほんとにしたらダメだよ」

「はい」

うん、よしよしいい子だ。今日も瑠羽はなんて可愛いんだろう。

「やっぱり分布やと関東より西か、東北の方にそういうモンスターの出るダンジョンが多いみたいやね…」

そう言いながらロフトから顔を覗かせたのは仁菜さん。

彼女は日曜の朝早くから起き出すと、今週の市場の動きを纏め、来週の投資戦略について独り黙々と自前のノートパソコンに向かってキーを叩いていたのだ。ただオレに掛かってきたのが田所さんの電話だと気付いてからは、気にしてチラチラとロフトから顔を見せていた。

「ふむ…そうか。オレも幾つか都内に、手薄で潜り込めそうなダンジョンの目星もつけてる。けど植物系モンスターを探してあちこち潜るというのは、ちょっと面倒だな。捕まってもヤダし」
「ならシャークに訊いてみたら?あの子あれでなかなか顔が広いから、そういった情報も持ってるかもよ?」

「ほう、なるほど。それも一理あるな。ヨシ、ではまずはシャークに訊いてみるとするか」

そこで手にしていた通信端末で、シャークにメッセージを送ってみることに。内容はシンプルに『植物モンスターのいるダンジョン知らないか?』だ。今日のアイツは、トライデントのおっさん連中とサバゲに出かけている筈。

するとすぐに『いるぞ、目の前に』という返事が返ってきた。

「なに!なんだコレ、どういうことだ?」
「なになに見せて!」

「もしかしてシャークちゃんの行ったサバゲフィールドに、植物モンスターが出たんちゃう?」
「ああ、なるほど、そういうことか」

と、そこでまたオレの通信端末が珍しく、電話の受信音を響かせる。

「もしもし、お、シャークか。楽しんでるところすまないな」
「ヤベェ、ジャング!すぐに来てくれ!このままじゃやられちまいそうだ!!」

「は…?」

電話の向こうではシャークの声の他に、ガチャガチャと走る雑音が聞こえる。

それに複数のエアガンを撃つ発射音と、木や金属を叩きつけるような音が混ざり合って…。おい、今そっちで何が起きてるんだ??

「シャーク!シャークっ!おい聞こえてるのかッ!?」
「地図と住所送る!全滅する前に来てくれよな!!(プッ!)」

ちょ!おま!そんな一方的に電話切るなよ!

…。

呆然だ。今まで普通に生きてて、日本でこんなSOSの電話を受ける日が来ようとは…。

「ね!江月さんどうしたの!?あの子に何があったって??」

顔を覗きこむようにして、せっついて問いかけてくる瀬来さん。

常人の数倍する聴力でしっかりと電話のやりとりもしっかりと聞き取れていたはずだが、それでもなお心配なのか、さらなる情報を求めてくる。

「うむ、詳しい事は解らん!でもピンチなのは確かなようだ。すぐにもシャークを助けに行ってやらないと」
「なら私も行く!!」

「いや、だがまだ居場所がどこなのかも―(ピロリン!)っと、来たぞ。なになに千葉?ちょ、房総半島じゃないか!?」
「あ、それなら『メンバーの人に車で乗せてってもらうんだ』って、前にシャークが話してたよ!」

なるほど、とすると鍋さんの車かな。あの人も家族持ちで都内に住んでて、『娘にもシャークくらい自分の趣味に理解を持ってほしい』なんて零してたから。

「まぁともかく状況がこれ以上解らないなら、もう直接行くしかないか。オレならバイクですぐに出られるし、あとは―」
「だから私も行くってば!あの子には私、二度も助けられてるんだから!」

む、うむむ…そうはいっても瀬来さん。首都高は二人乗りできないんだ。

「コォチ、もうこの子も連れてったってぇ。万智は言い出すと聞かんから…。それに、ウチらもレンタカー借りて後から追いかけるわ」
「はい!ちゃんと戸締りも荷物も準備して持っていきますから!コーチは先に万智ちゃんとシャークちゃんの所に行ってあげてください!」

おお…、こんな時にもしっかりと段取りのできる仁菜さんに感謝。そして瑠羽もすぐに冷蔵庫を開けて、ダンジョンからスーツや武器を取り出そうとしてくれている。

「よしわかった!じゃあ先行するから、ふたりは後から追いかけてきてくれ!行こう瀬来さん!」
「うん!」

いざ鎌倉へ。スクランブル発進だ。ま、行先は千葉だけど。

急いで着替えを済ませると、部屋から飛び出しバイクのエンジンを始動させる。普段ならしっかりと暖機をしてから走らせるところだが、今はその時間すら惜しい。心の中で詫びつつも近所迷惑な空ぶかしで無理やりエンジンを温め、ヘルメットを被って部屋から出てきた瀬来さんを後ろに乗せるとすぐさま走り出した。

だが今日は日曜、交通量は少ないが休日しか運転をしないドライバーや、休みで浮かれた感じで飛ばす車も多い。気を付けねば…。

そんな感じで走りつつ、頭の中にルートを思い浮かべ時間を計算していく。都内を抜けるのに20分弱、湾岸線まで出てしまえば後は千葉まで一直線。その先からは渋滞さえなければ、フルスロットルで目的地まで走れるだろう。

と、そこに前方を塞ぐ車の列。

「…おっと瀬来さん、ターボジャンプだ!」
「え、なに?きゃああッ~!」

信号待ちを避けるために裏道を抜けきていた。

が、交差点でおばさんドライバーの運転する車が、右折するために道をがっつり塞いでいる。こういう右折する時は車線の右一杯に車を寄せれば後続の車は右折車を避け渋滞せず直進できるのだが、この手のドライバーにはそういった周囲を気遣える余裕や感覚がない。

前しか見ていないし、そもそもの空間把握能力が低い。

特に女性は脳の言語野が発達している分、空間把握系の知覚が男性よりも劣っている。まぁこれは男女問わずそういった人は相応にいるのだが、今はそんなへっぽこ右折車で起こされた渋滞に、のめのめと捕まっていられる暇はない。

故に加速したまま両足ジャンプで宙に浮き、飛び越えさせてもらおう。

『バリュウウウウン!………ダスンッ!ダッ!バリュリュリュリウゥゥ…!!』

バイクと男女各一名の重量約300kg超が軽々と宙を舞い、交差点を飛び越え疾風の如く走り去る。

後輪サスペンションが着地で底付きを起こし嫌な金属音を立てるが、今は仲間のピンチ。ひどく傷んでしまうが、ここは目をつぶろう。

あと道交法に『バイクは飛んではいけません』との記載は無いと記憶しているので、たぶん大丈夫だろう。いや、でもやっぱダメかな?うん、この技はおまわりさんの見ている前ではやらないでおこう。

「ちょっともぉ、ビックリしたじゃない!跳ぶなら跳ぶって、ちゃんと説明してよ!!」
「悪い!でも首都高が使えないから、そのぶん急がないと!」

でもターボジャンプってちゃんと言ったよ?ターボジャンプといえば、ジャンプの事じゃんね。まぁオレのバイクは、ターボでもなんでもないけど。
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