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新年三日目と賢治訪問
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明けて3日。この日、日本政府は新たな総理大臣を選出し、『新内閣を組閣し現在直面している国難に、全力をもって取り組む』と唐突に発表した。
新年を迎えて、少しは身を引き締める気になったのだろうか。
しかし就任したという新たな総理大臣は、なんとも気の弱そうなちっさいおっさん。見た目は政治家というよりは、どこかの役所に万年課長として勤めていそうな印象だ。
なのでこれを見て多くの国民が、『ああ…この人ババ抜きのババを引かされたんだな』と感じた事だろう。まぁ不正とかはしなさそうではあるが、『この人でホントに大丈夫なの?』と国民を不安にさせるような人事だった。
そんな訳でテレビのニュースでも非常に微妙なコメントの多い訳だが、オレ的には『変なのが総理になるよりは、まぁ良かったかな』と感じた次第だ。
なにせ今は大変な時。
年が明けたというのに、日本はダンジョンスタンピードと中国の侵攻で自粛ムード真っ只中。とてもじゃないが『新春は晴着を着て初詣に』なんて雰囲気ではない。
が、そんな新総理が挨拶の記者会見を行い、質問されたなかで件の回復薬について触れ、『日本と友好的な国には、この先回復薬を提供することも検討している』と発言したことでなんだか急に事態が進展した。
その記者会見があってからいくらもしないうちに、なんとアメリカが韓国を名指しで口撃し始めたのだ。
言うまでもなく日本と韓国の関係は冷え切っている。
韓国は中国の侵攻に合わせて、日本に攻撃を仕掛けようとしていたくらいなのだから。しかしアメリカは日本と韓国、そのどちらとも同盟関係にある。
そんなアメリカがなぜ韓国に対し急に口撃を始めたかというと、単純に日本と韓国を天秤にかけ、『今は日本に対しリップサービスすべき時』とでも判断したに過ぎないのだろう。
しかしなぜ自国と同盟関係にある韓国を、アメリカは名指しで責める必要があったのか?それは遠回しに中国に対する牽制であり、もうひとつは韓国という国自体に大きな問題があったから。
なぜかというと韓国という国は、同盟関係にあるアメリカから売ってもらった最新鋭戦闘機のブラックボックスを、平気でバラしちゃう国だから。
いうまでもなくブラックボックスとは機密情報の詰まった回路で、これは決して無断で開けたりしてはいけないお約束。それをしてしまうのは正に、信頼を裏切る行為に他ならない。
さらに酷い事に韓国はそれを一切悪びれることなく『故障したニダ、これは不良品ニダ、賠償しろニダ』とアメリカに対し言い出したのだから、これにはアメリカも激オコプンプンである。
なにせ韓国はアメリカから得た軍事兵器をそうやって解析し、アメリカの仮想敵国である中国にもその情報を高く売りつけているとの濃厚な疑惑を持たれている。
まぁそもそもなんでアメリカがそんな信用するに足らない国に戦闘機なんか売ったのかと甚だ疑問だが、金が欲しかったんだろう。ともかくそれにアメリカと同盟関係にある日本に攻め込もうとした事案も加え、ダブルで『おまえなにしてんじゃゴルァ!』と今になって急に怒り出したアメリカ。
ただこれによりアメリカは『〇び太、ここはこの俺様にまかせておけ!』と日本に対し劇場版ジャイ〇ンを気取り、『やっぱり頼れるのはアメリカだ!』と日本に思わせ、回復剤を巧い事せしめようという魂胆があけすけの視え視えでもある。
…。
とまぁそんな社会情勢はそれはそれとして、我が家には新旋風が巻き起こっていた。
それはカニ…。そう、カニ旋風だ。
おうちでカニといえば、それは裕福なご家庭の食卓にしか上ることを許されない高級食材。
見た目だけ似せたイミテーションのカニカマとは訳が違うのだ。だがしかし!そんな高級食材であるカニが、なんとタダ!タダで腹いっぱい!いくらでも食べ放題とくれば、みんなのテンションも爆上がりというモノ。
しかしてなぜそれが可能かというと、オレが空間接続型ダンジョンと繋がったポリバケツの蓋を、ちゃっかり持ち帰ってきていたから。故にこのカニダンジョンからは、無限に巨大カニが湧きだしてくるのである。
だがこれには、カニ以外にも大きな発見が。
それは空間接続型ダンジョンに限っていえば、『ダンジョンの移動が可能』ということだ。
これはなんとも重大な発見。うちの冷蔵庫ダンジョンも、過去にその向きを変える時などは実に気を使って行なっていた。しかしこの情報が手に入ったことで、オレは今住んでいるアパートから引っ越すのも容易になったという訳だ。
もし冷蔵庫ダンジョンが移動不可であれば、オレは冷蔵庫ダンジョンを守るためにずっとこの部屋を借り続けねばならなかっただろう。
ともあれどの程度まで移動出来て、移動距離に制限はないのかまでは不明の為、いますぐ引っ越そうとは考えていない。
それと重要なことがもう一点。
なんと『空間接続型ダンジョンには、別の空間接続型ダンジョンを持ち込める』ということ。つまりダンジョン・イン・ダンジョンである。
お互いに空間になんらかの作用を及ぼしている訳だからして、一緒にしたらその力が干渉し合って何か悪影響を起こすのではないかと非常に心配したのだが、実際に冷蔵庫ダンジョンにカニダンジョンのポリバケツの蓋を入れてみたら、何事も無くスルッと入ってくれた。
まったくもって拍子抜けだが、これはこれで有難い。
通常、ダンジョン内の戦闘区域は時間経過で物品が分解されてしまうようだが、空間接続型ダンジョンの影響下にあるモノは例外らしく、地下1層の奥に置いたポリバケツの蓋は無傷であり、またスライムからも見向きもされてなかった。
なので今はたくさんの巨大カニを得るために、カニダンジョンのポリバケツの蓋は地下1層の奥に放置中。なにせカニダンジョンのなかに入ってカニを狩ろうとしても、ダンジョン内で倒しては煙になって消えてしまうから。
しかし一度ダンジョンから抜け出るとその制約からは外れるらしく、カニダンジョン内にいた巨大カニを冷蔵庫ダンジョン内で殺しても、煙となって消えはせずちゃんと身を残してくれる。うん、これはありがたい。
ゆえに『冬にカニ、贅沢三昧、シュラシュシュシュ♪』なのだ。
…。
「と…、ここがそうか?」
手にした通信端末から視線をあげた利賀賢治(とがけんじ)は、一軒のアパートを見上げた。
利賀賢治の父は警察官。
そんな父の影響もあり、賢治自身も警察官になる道を選んだ。だが最近そんな父親が自宅で預かっている姪のことを、『ルリがなにやらおかしな行動を取っている』と、しきりに気にかけていたのだ。
賢治にとっても年下の従妹であるルリは、可愛い実妹も同じ。
そんなルリが昨晩はどういう訳か、大量の蟹ほぐし身を持ち帰って両親を驚かせたらしい。『一体こんな高価な品をどうして…?』、さすがにこれには何かあると感じた父は、『ルリの様子をさりげなく探ってくれないか』と賢治に持ちかけたのだった。
そういった経緯もあって本日、ちょうど非番だった賢治は自宅で母親から詳しい動きを知らされると、親族のみに知らされているルリの通信端末に秘められた迷子機能を頼りに、密かに後を追ってきたのだった。
(るりの話だと、たぶんこの部屋だな…)
チャイムを鳴らしインターホンの返答を待っているとすぐ応答があり、ホン越しにガヤガヤと騒がしい音が男性の声の後ろで聞こえた。
『はい』
「こんにちは、自分は利賀賢治と申します。こちらに利賀るりという者はおりますでしょうか?」
『父親からはさりげなく探ってくれ』と言われたが、探偵ではないのだからそれは土台無理な話。それに張り込みなんてしていたら、それこそ時間ばかり食ってしまう。
そこで賢治は一計を案じ、贈答用の海苔を持参してきていた。
つまり『高価な蟹の身を頂いた返礼にお伺い致しました』というスタイルで、るりの様子を見に来たのである。
「(がちゃ)あ、ほんとに賢治兄ぃだ!えぇ~、どうしたんだよ?」
玄関の扉が開き顔を見せたのは、るり。そんなるりがいつもの調子で…いや、今までよりも持っている人としての圧のようなモノを強く感じる。
(え、急に…どうして?)
警察官として働いている賢治は教練でも身体を鍛えているし、乱暴狼藉を働いたりする一般人の相手をするのに精神力もそれなり鍛えられているはず。
だというのにどういう訳か自分よりもはるかに若いまだ高校生のるりに、自分以上の強さを感じ取って戸惑った。が、それは表情には出さぬよう気を付けて口を開く。
「いや、るり。おまえウチになんだか高価な頂き物をしたって母さんから聞いたぞ?なら頂きっぱなしじゃ悪いからな。お礼の品を届けに来たんだよ」
「ふ~ん、なんだそっか。そんなの別に鍋貸してくれただけでいいのに…。まぁいいや、お~いジャング~!」
従妹のるりはここでも傲岸に振る舞っているのかと苦笑しつつも、変な事に巻き込まれている訳ではなさそうなのを見て取り、賢治は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
が、次の瞬間。
(うッ!?)
るりが部屋の奥へと声をかけてすぐ、ヌッと姿を見せた逞しい男性を目にし心臓が凍りついた。
(な、なんだこの人はッ!いや、はたして本当に人なのか…?)
まるで突然猛獣の檻の中に放り込まれたような…、はたまた泳いでいた海で突然鮫の姿を見たような…、そんな恐怖とも驚愕ともつかぬ感情に、賢治の思考は乱れる。
「やぁいらっしゃい。ええと、従妹のお兄さんだって…?」
「あ…はい!自分は利賀賢治と言いますッ!」
口調は間延びした感じで柔らかい。
だが持っている存在の圧があまりに凄まじい。我知らず賢治はピンと背筋を伸ばし、警察学校の指導官に対する時のような態度に変わっていた。
「蟹の身のお礼を持って来てくれたの?へぇ、そんな気にしなくてもいいのに」
「あ、えぇ!ハイ!これ…、つまらないものですが!」
壇上で表彰状でも受け取るようなキビキビとした動作で、賢治は土産として持ってきた海苔を男性に差し出した。
(あのサンドラさんという女性も強かったけど…、いま目も前にいるこの男性はそれ以上じゃないのか…)
だが内心で江月に圧倒されている賢治には全く気付かず、るりはいつもの調子で賢治に昼食をすすめてきた。
「いまスゲェ美味そうなカニ汁が出来たとこなんだぜ。賢治兄ぃも食ってけよ♪」
(え…、るりはこの人が怖くはないのか…?)
「シャーク、おまえが言うな。でも、まぁそうだな。賢治兄さん、寒いんだし良かったら少し温まっていくといい」
「え~と、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
ともあれ招待されたのなら好都合、『心配する両親の為にも、少しるりの交友関係を洗っておこう』と、賢治は招きに応じたのだった。
「わぁ、これはまた男前が現れたなぁ」
「あ、どうも。るりの従妹で利賀賢治と言います」
部屋に賢治兄さんを招き入れると、すぐに仁菜さんが良い感じで受け入れてくれる。こういうとこは、やっぱり流石だよな。
「よろしく~♪私は瀬来ね、でこっちが仁菜で、この子は糧品」
「よろしくおねがいします」
「あ、こちらこそ団欒のところ、急にお邪魔してしまいまして…」
「そんなの気にしなくっていいって♪なぁ、それより早く座ってメシにしようぜ♪」
外は寒いが、部屋の中は暖かく味噌仕立てのカニ汁の美味そうな匂いで溢れている。実にアットホームな光景だった。
「ウッ…!?」
だがふつふつと煮えるカニ汁を前に、賢治兄さんが硬直してしまった。
「あ?…ああ。まぁ、テーブルのことは気にしないで」
「え?あ!は、はい…」
うん、まぁ普通ビックリするよね。巨大カメムシの甲羅でちゃぶ台作ってたら。
いやね、シャークがおばさん家から炊き出しに使うようなバカデカい鍋を持って来てくれたからさ。どうせなら今まで使っていた小さなガラステーブルじゃなくて、皆で囲めるような大きなテーブルを用意しようと思ったのよ。
な訳で幅広なホームベース状の巨大カメムシの甲羅二枚を天板に使い、六角形なローテーブルを作ってみました。中央部にはカメムシコンロを内蔵でき、折り畳める肢もカメムシの肢をそのまま使っております。
なので見た目的には、なんか魔王城とかに置いてありそうな感じだけど。
「ほら、賢治兄ぃ。アタシも作るの手伝ったんだぜ♪」
「あ、ありがとう…」
「へへ~ん♪そう言ったって、シャークはダシに使う殻を砕いてただけでしょ♪」
「べ、別にいいだろ!それだって料理の一部なんだから!」
「よし、ではいただこうか」
「「「いただきまぁ~す♪」」」
ほぅ…、あったまる。
たっぷりの巨大カニの殻を砕いてとったダシに、コクのある味噌の風味。具にはカニの身の他、ネギに里芋や人参大根と、根菜を主にしております。ああ、美味い。これで美味くない訳がないよな♪
にしても昨日シャークが、『おばさん家にデカイ鍋があるからさ、明日持ってくるぜ!』なんて言うもんだから、流石にタダで借りるのも悪いと思って『ボイルしたカニのほぐし身』を作って帰りに持たせたんだけど。まさかそれでダンジョンスタンピードの時に会った賢治兄さんがお礼の挨拶に来ちゃうとはな。
はぁ…。サンドラだとバレずにホッとしたよ。
「美味しい…!それにこのカニの身の量、いったいどうしたんです?」
「ああ、実は魚市場にマッスルな知り合いがいてね。その仲買人に真のマッスルと認められると、こういったカニもマッスル価格で譲ってもらえるんだ」
「なるほど、そうなんですか!」
いやぁ、ほんと便利だなマッスル♪オレが力こぶを作ってそう説明すると、大概のことは皆それで納得してくれるもんな♪
新年を迎えて、少しは身を引き締める気になったのだろうか。
しかし就任したという新たな総理大臣は、なんとも気の弱そうなちっさいおっさん。見た目は政治家というよりは、どこかの役所に万年課長として勤めていそうな印象だ。
なのでこれを見て多くの国民が、『ああ…この人ババ抜きのババを引かされたんだな』と感じた事だろう。まぁ不正とかはしなさそうではあるが、『この人でホントに大丈夫なの?』と国民を不安にさせるような人事だった。
そんな訳でテレビのニュースでも非常に微妙なコメントの多い訳だが、オレ的には『変なのが総理になるよりは、まぁ良かったかな』と感じた次第だ。
なにせ今は大変な時。
年が明けたというのに、日本はダンジョンスタンピードと中国の侵攻で自粛ムード真っ只中。とてもじゃないが『新春は晴着を着て初詣に』なんて雰囲気ではない。
が、そんな新総理が挨拶の記者会見を行い、質問されたなかで件の回復薬について触れ、『日本と友好的な国には、この先回復薬を提供することも検討している』と発言したことでなんだか急に事態が進展した。
その記者会見があってからいくらもしないうちに、なんとアメリカが韓国を名指しで口撃し始めたのだ。
言うまでもなく日本と韓国の関係は冷え切っている。
韓国は中国の侵攻に合わせて、日本に攻撃を仕掛けようとしていたくらいなのだから。しかしアメリカは日本と韓国、そのどちらとも同盟関係にある。
そんなアメリカがなぜ韓国に対し急に口撃を始めたかというと、単純に日本と韓国を天秤にかけ、『今は日本に対しリップサービスすべき時』とでも判断したに過ぎないのだろう。
しかしなぜ自国と同盟関係にある韓国を、アメリカは名指しで責める必要があったのか?それは遠回しに中国に対する牽制であり、もうひとつは韓国という国自体に大きな問題があったから。
なぜかというと韓国という国は、同盟関係にあるアメリカから売ってもらった最新鋭戦闘機のブラックボックスを、平気でバラしちゃう国だから。
いうまでもなくブラックボックスとは機密情報の詰まった回路で、これは決して無断で開けたりしてはいけないお約束。それをしてしまうのは正に、信頼を裏切る行為に他ならない。
さらに酷い事に韓国はそれを一切悪びれることなく『故障したニダ、これは不良品ニダ、賠償しろニダ』とアメリカに対し言い出したのだから、これにはアメリカも激オコプンプンである。
なにせ韓国はアメリカから得た軍事兵器をそうやって解析し、アメリカの仮想敵国である中国にもその情報を高く売りつけているとの濃厚な疑惑を持たれている。
まぁそもそもなんでアメリカがそんな信用するに足らない国に戦闘機なんか売ったのかと甚だ疑問だが、金が欲しかったんだろう。ともかくそれにアメリカと同盟関係にある日本に攻め込もうとした事案も加え、ダブルで『おまえなにしてんじゃゴルァ!』と今になって急に怒り出したアメリカ。
ただこれによりアメリカは『〇び太、ここはこの俺様にまかせておけ!』と日本に対し劇場版ジャイ〇ンを気取り、『やっぱり頼れるのはアメリカだ!』と日本に思わせ、回復剤を巧い事せしめようという魂胆があけすけの視え視えでもある。
…。
とまぁそんな社会情勢はそれはそれとして、我が家には新旋風が巻き起こっていた。
それはカニ…。そう、カニ旋風だ。
おうちでカニといえば、それは裕福なご家庭の食卓にしか上ることを許されない高級食材。
見た目だけ似せたイミテーションのカニカマとは訳が違うのだ。だがしかし!そんな高級食材であるカニが、なんとタダ!タダで腹いっぱい!いくらでも食べ放題とくれば、みんなのテンションも爆上がりというモノ。
しかしてなぜそれが可能かというと、オレが空間接続型ダンジョンと繋がったポリバケツの蓋を、ちゃっかり持ち帰ってきていたから。故にこのカニダンジョンからは、無限に巨大カニが湧きだしてくるのである。
だがこれには、カニ以外にも大きな発見が。
それは空間接続型ダンジョンに限っていえば、『ダンジョンの移動が可能』ということだ。
これはなんとも重大な発見。うちの冷蔵庫ダンジョンも、過去にその向きを変える時などは実に気を使って行なっていた。しかしこの情報が手に入ったことで、オレは今住んでいるアパートから引っ越すのも容易になったという訳だ。
もし冷蔵庫ダンジョンが移動不可であれば、オレは冷蔵庫ダンジョンを守るためにずっとこの部屋を借り続けねばならなかっただろう。
ともあれどの程度まで移動出来て、移動距離に制限はないのかまでは不明の為、いますぐ引っ越そうとは考えていない。
それと重要なことがもう一点。
なんと『空間接続型ダンジョンには、別の空間接続型ダンジョンを持ち込める』ということ。つまりダンジョン・イン・ダンジョンである。
お互いに空間になんらかの作用を及ぼしている訳だからして、一緒にしたらその力が干渉し合って何か悪影響を起こすのではないかと非常に心配したのだが、実際に冷蔵庫ダンジョンにカニダンジョンのポリバケツの蓋を入れてみたら、何事も無くスルッと入ってくれた。
まったくもって拍子抜けだが、これはこれで有難い。
通常、ダンジョン内の戦闘区域は時間経過で物品が分解されてしまうようだが、空間接続型ダンジョンの影響下にあるモノは例外らしく、地下1層の奥に置いたポリバケツの蓋は無傷であり、またスライムからも見向きもされてなかった。
なので今はたくさんの巨大カニを得るために、カニダンジョンのポリバケツの蓋は地下1層の奥に放置中。なにせカニダンジョンのなかに入ってカニを狩ろうとしても、ダンジョン内で倒しては煙になって消えてしまうから。
しかし一度ダンジョンから抜け出るとその制約からは外れるらしく、カニダンジョン内にいた巨大カニを冷蔵庫ダンジョン内で殺しても、煙となって消えはせずちゃんと身を残してくれる。うん、これはありがたい。
ゆえに『冬にカニ、贅沢三昧、シュラシュシュシュ♪』なのだ。
…。
「と…、ここがそうか?」
手にした通信端末から視線をあげた利賀賢治(とがけんじ)は、一軒のアパートを見上げた。
利賀賢治の父は警察官。
そんな父の影響もあり、賢治自身も警察官になる道を選んだ。だが最近そんな父親が自宅で預かっている姪のことを、『ルリがなにやらおかしな行動を取っている』と、しきりに気にかけていたのだ。
賢治にとっても年下の従妹であるルリは、可愛い実妹も同じ。
そんなルリが昨晩はどういう訳か、大量の蟹ほぐし身を持ち帰って両親を驚かせたらしい。『一体こんな高価な品をどうして…?』、さすがにこれには何かあると感じた父は、『ルリの様子をさりげなく探ってくれないか』と賢治に持ちかけたのだった。
そういった経緯もあって本日、ちょうど非番だった賢治は自宅で母親から詳しい動きを知らされると、親族のみに知らされているルリの通信端末に秘められた迷子機能を頼りに、密かに後を追ってきたのだった。
(るりの話だと、たぶんこの部屋だな…)
チャイムを鳴らしインターホンの返答を待っているとすぐ応答があり、ホン越しにガヤガヤと騒がしい音が男性の声の後ろで聞こえた。
『はい』
「こんにちは、自分は利賀賢治と申します。こちらに利賀るりという者はおりますでしょうか?」
『父親からはさりげなく探ってくれ』と言われたが、探偵ではないのだからそれは土台無理な話。それに張り込みなんてしていたら、それこそ時間ばかり食ってしまう。
そこで賢治は一計を案じ、贈答用の海苔を持参してきていた。
つまり『高価な蟹の身を頂いた返礼にお伺い致しました』というスタイルで、るりの様子を見に来たのである。
「(がちゃ)あ、ほんとに賢治兄ぃだ!えぇ~、どうしたんだよ?」
玄関の扉が開き顔を見せたのは、るり。そんなるりがいつもの調子で…いや、今までよりも持っている人としての圧のようなモノを強く感じる。
(え、急に…どうして?)
警察官として働いている賢治は教練でも身体を鍛えているし、乱暴狼藉を働いたりする一般人の相手をするのに精神力もそれなり鍛えられているはず。
だというのにどういう訳か自分よりもはるかに若いまだ高校生のるりに、自分以上の強さを感じ取って戸惑った。が、それは表情には出さぬよう気を付けて口を開く。
「いや、るり。おまえウチになんだか高価な頂き物をしたって母さんから聞いたぞ?なら頂きっぱなしじゃ悪いからな。お礼の品を届けに来たんだよ」
「ふ~ん、なんだそっか。そんなの別に鍋貸してくれただけでいいのに…。まぁいいや、お~いジャング~!」
従妹のるりはここでも傲岸に振る舞っているのかと苦笑しつつも、変な事に巻き込まれている訳ではなさそうなのを見て取り、賢治は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
が、次の瞬間。
(うッ!?)
るりが部屋の奥へと声をかけてすぐ、ヌッと姿を見せた逞しい男性を目にし心臓が凍りついた。
(な、なんだこの人はッ!いや、はたして本当に人なのか…?)
まるで突然猛獣の檻の中に放り込まれたような…、はたまた泳いでいた海で突然鮫の姿を見たような…、そんな恐怖とも驚愕ともつかぬ感情に、賢治の思考は乱れる。
「やぁいらっしゃい。ええと、従妹のお兄さんだって…?」
「あ…はい!自分は利賀賢治と言いますッ!」
口調は間延びした感じで柔らかい。
だが持っている存在の圧があまりに凄まじい。我知らず賢治はピンと背筋を伸ばし、警察学校の指導官に対する時のような態度に変わっていた。
「蟹の身のお礼を持って来てくれたの?へぇ、そんな気にしなくてもいいのに」
「あ、えぇ!ハイ!これ…、つまらないものですが!」
壇上で表彰状でも受け取るようなキビキビとした動作で、賢治は土産として持ってきた海苔を男性に差し出した。
(あのサンドラさんという女性も強かったけど…、いま目も前にいるこの男性はそれ以上じゃないのか…)
だが内心で江月に圧倒されている賢治には全く気付かず、るりはいつもの調子で賢治に昼食をすすめてきた。
「いまスゲェ美味そうなカニ汁が出来たとこなんだぜ。賢治兄ぃも食ってけよ♪」
(え…、るりはこの人が怖くはないのか…?)
「シャーク、おまえが言うな。でも、まぁそうだな。賢治兄さん、寒いんだし良かったら少し温まっていくといい」
「え~と、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
ともあれ招待されたのなら好都合、『心配する両親の為にも、少しるりの交友関係を洗っておこう』と、賢治は招きに応じたのだった。
「わぁ、これはまた男前が現れたなぁ」
「あ、どうも。るりの従妹で利賀賢治と言います」
部屋に賢治兄さんを招き入れると、すぐに仁菜さんが良い感じで受け入れてくれる。こういうとこは、やっぱり流石だよな。
「よろしく~♪私は瀬来ね、でこっちが仁菜で、この子は糧品」
「よろしくおねがいします」
「あ、こちらこそ団欒のところ、急にお邪魔してしまいまして…」
「そんなの気にしなくっていいって♪なぁ、それより早く座ってメシにしようぜ♪」
外は寒いが、部屋の中は暖かく味噌仕立てのカニ汁の美味そうな匂いで溢れている。実にアットホームな光景だった。
「ウッ…!?」
だがふつふつと煮えるカニ汁を前に、賢治兄さんが硬直してしまった。
「あ?…ああ。まぁ、テーブルのことは気にしないで」
「え?あ!は、はい…」
うん、まぁ普通ビックリするよね。巨大カメムシの甲羅でちゃぶ台作ってたら。
いやね、シャークがおばさん家から炊き出しに使うようなバカデカい鍋を持って来てくれたからさ。どうせなら今まで使っていた小さなガラステーブルじゃなくて、皆で囲めるような大きなテーブルを用意しようと思ったのよ。
な訳で幅広なホームベース状の巨大カメムシの甲羅二枚を天板に使い、六角形なローテーブルを作ってみました。中央部にはカメムシコンロを内蔵でき、折り畳める肢もカメムシの肢をそのまま使っております。
なので見た目的には、なんか魔王城とかに置いてありそうな感じだけど。
「ほら、賢治兄ぃ。アタシも作るの手伝ったんだぜ♪」
「あ、ありがとう…」
「へへ~ん♪そう言ったって、シャークはダシに使う殻を砕いてただけでしょ♪」
「べ、別にいいだろ!それだって料理の一部なんだから!」
「よし、ではいただこうか」
「「「いただきまぁ~す♪」」」
ほぅ…、あったまる。
たっぷりの巨大カニの殻を砕いてとったダシに、コクのある味噌の風味。具にはカニの身の他、ネギに里芋や人参大根と、根菜を主にしております。ああ、美味い。これで美味くない訳がないよな♪
にしても昨日シャークが、『おばさん家にデカイ鍋があるからさ、明日持ってくるぜ!』なんて言うもんだから、流石にタダで借りるのも悪いと思って『ボイルしたカニのほぐし身』を作って帰りに持たせたんだけど。まさかそれでダンジョンスタンピードの時に会った賢治兄さんがお礼の挨拶に来ちゃうとはな。
はぁ…。サンドラだとバレずにホッとしたよ。
「美味しい…!それにこのカニの身の量、いったいどうしたんです?」
「ああ、実は魚市場にマッスルな知り合いがいてね。その仲買人に真のマッスルと認められると、こういったカニもマッスル価格で譲ってもらえるんだ」
「なるほど、そうなんですか!」
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