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雑学晩餐

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昨日、一昨日はとても幸せな日だった。まさに夢のような。

そんな幸せを何度も反芻しては喜びを噛み締めつつニマニマとした顔で部屋の掃除をしたり、ダンジョン前室で筋トレをしたりして、オレはゆっくりと今日一日を過ごしていた。

そして夜7時。

食べ方の気に入った巨大カマドウマのしゃぶしゃぶでテレビを観ながら夕飯を頂いていると、玄関の扉がノックされた音が響く。ん、誰だろう…。

「は~い?」
「(コォチ、ウチや)」

(え…、仁菜さん?)

「(がちゃ)あ、仁菜さん。もしかして何か忘れ物?あれ、でもおかしいな。今日部屋の掃除をしたけど何も…?」
「ちゃうんよ、ウチもコォチの部屋にしばらく住まわせてもらおう思て」

言われて見てみれば、仁菜さんは伊豆旅行の時に見たコロコロ旅行バッグを持っていた。

「え…もしかして仁菜さんも何かトラブル!?」
「ううん。そうやないけど…ウチもコォチといっしょに暮してみたくて♪」

なんですと!?なにその素敵提案。

「え、でも…いいの?いっしょに暮らすと、その…いろいろだよ?」
「それはわかっとるわ。で…どない?まさかコォチも肌を重ねた女性を、袖にはせんやろ…?」

「それは勿論。さ、あがって」
「わぁ♪おおきに♪」

コロコロ旅行バッグを受けとり部屋の隅に置くと、部屋に入って上着を脱いだ仁菜さんからオレにはなんという名前なのかよく解らないとてもおしゃれコートを受け取る。するとなかに着ていたのは、グレーのニット。厚手のタートルネックで、とても暖かそうだ。そして相変わらずセンスが良い。

「あ、夕飯食べとったんや。タイミング悪かったんちゃう?」
「ううん、別にそんなことないよ。逆に部屋にいる時で良かった。連絡くれれば良かったのに…?よっ」

受け取ったおしゃれコートは、クローゼットを開けハンガーにかけしまっておく。瀬来さんが部屋に泊まっていた時に空けた空間がそのままになっているから、今度は仁菜さんが泊まっても全く問題はない。

「う~ん、まぁ今の時分ならいるやろなぁ~って。それにちょっと、コォチを驚かせたかったしな♪」

なんだろう。いつも冷静な仁菜さんに、この間から少々突飛な行動が目立つような気がするが。

「ああ、確かに驚いたよ。でもいなかったらどうするつもりだった?もう外も夜はだいぶ寒いのに」
「着いておらんかったら電話しようと思ってたんよ。でもいてくれて良かったわ♪なぁ…コレこないだの『しゃぶしゃぶ』やろ?ウチも頂いてええ?」
「うん、じゃあいっしょに食べようか」

今日はひとりで淋しく夕飯と思っていたが、仁菜さんといっしょに夕飯なら嬉しい。

それにオレも、以前は女性とふたりきりなんて相当に相手を意識して緊張していたけど、瀬来さんといっしょに暮らしたり、彼女らと肌を重ねたことでだいぶ慣れた。コミュ障っぽさを出さずに普通に話せるようになったぞ。オレも成長したものだ。

お箸と食器を用意し、仁菜さんといっしょに食事を頂く。といっても、料理は巨大カマドウマのしゃぶしゃぶになんちゃってレモン水だけなんだが…。

「(はむ…もぐもぐ…)でも、夕飯これだけやの?万智も言うとったけど…、コォチ自分にはめっちゃストイックやねぇ~」
「ハハハ、まぁ言っても無職だしな。ダンジョンで手に入る魔石が売れてたからお金に余裕があったけど、基本は節約しないとだ」

「それもそうやね。そういえばコォチも一日二食なんやて?ウチもおんなじや♪」
「ああ、それも瀬来さんに聞いた?それとも瑠羽からかな?まぁホントは一日一食が良いのだけど、オレはどうしても筋肉を維持するのに二食は必要だからね」

「ふ~ん、その一日一食がいいのはなんでなん?(もぐもぐ…)」
「それはだね、人間は空腹時の時が一番身体の免疫抵抗力が上がったり、細胞の入れ替わりが起こるからなんだ」

「へぇ~不思議やね。おなかが空いてるのに??」
「そこは逆に、空いてるからこそだな。空腹は肉体の非常事態。だから身体の方で肉体を守ろうと自然と防衛態勢を整える。それで免疫抵抗力が上がったりするんだ」

「そうなんや。ほんならコォチが普段一切お酒飲まないのも、なにか理由があるん?」
「そうだね。オレはサラリーマン時代にも身体を鍛えようとしたことがあったんだけど、全然上手くいかなかった。それは栄養不足と、睡眠不足と、毎晩のようにアルコールを飲んでいたから。最近になってよく調べたら、なんとアルコールには身体が筋肉を生成しようとする働きを30~40%近くも阻害するというデータがあるらしいんだ。今なら勉強してそれらが理解できたけど、当時はなんで筋肉が増えないのかホント不思議だったよ」

「せやったんやぁ~。やっぱりコォチみたいなスゴイ身体になるんは、色々と勉強してしっかりと鍛えんとあかんのやねぇ~」
「ハハハ、まぁそうだね。どう、ゴハン足りた?」

「うん、ご馳走さま♪もうお肉はイッパイやわ。ほんでも少し甘いモノが欲しい気分やから、コンビニでなにか買うてくるわ」
「ああ。それなら、フルーツなんかの消化の早いモノは避けて、重い系のケーキとか大福とかの方がいいよ」


「え…、それはなんでなん?」

コンビニに出かけようと立ち上がりかけた仁菜さんが座り直す。どうやらオレの言ったことが気になったようだ。では解説しよう。

「それは『消化の早いモノ』と『消化の遅いモノ』を一緒に食べると、腸の中で吸収渋滞を起こして、それぞれで食べた時の倍も吸収に時間がかかってしまうからなんだ。腸自体にもすごく負担がかかるから、食事を終えた後で変な疲労感を覚えるようにもなる」
「えッ!?ウチ、その感覚あるかも…」

「そうか、だとすると腸内で吸収渋滞を起こしている可能性があるな。厳密に分けるのは難しいけど、すこし気を付けて『消化の早いモノ』と『消化の遅いモノ』を分けて食べるといいよ」
「え~と、でもそれはどないしたらええの…?」

「そうだね、例えば朝食はハチミツ、リンゴ、ヨーグルトなんかの『消化の早いモノ』をまとめて食べるとか。お昼は普通に『消化の遅いモノ』を食べればいい。『消化の早いモノ』以外は『消化の遅いモノ』と捉えていいから、ほとんどの食べ物は『消化の遅いモノ』だ」
「へぇ~、そうなんや。他にはなにか食事で気を付ける事ってあるん?」

「ん~他にか…。というと小麦だな。小麦には体内で色々と悪さをするグルテンが含まれているから、小麦の使われている食べ物は軽微な毒と考えてもいいくらいだ」
「あ、それは聞いたことあるわ♪グルテンフリーちゅうヤツやろ?」

「そうそう。グルテンは小麦に含まれるたんぱく質で、あのねばり気の元になる成分。でもこのグルテン、身体には吸収されず腸のなかでもずっとネバネバと栄養の吸収を阻害する。すると腸は頑張って栄養を吸収しようとして、普段なら取りこまない毒素まで一緒に吸収してしまうんだ」
「はぁ~…、ガンバリ過ぎてまうんやね。厄介やな。ほんなら他には?」

「エッ!?え~後はもう…さすがに脂質と糖質くらいしか思い浮かばないな。脂質と糖質が身体に良くないのは、肥満の原因として有名だろ?」
「さすがコォチは随分と物知りやねぇ~、ウチも今日だけでだいぶ賢くなったわぁ~♪」

「なら良かった。じゃあ片付けはしておくから、シャワーでも浴びてきたら」
「うん、ほなそうさせてもらうわ♪」


…。


「んぅ~~…。至れり尽くせりで、極楽やわぁ~」
「そうかい?仁菜さんはだいぶ首肩周りが凝ってるね。勉強か、それとも通信端末の弄り過ぎじゃないかな(ぐいっぐいっ…)」

「あぁ~、それはあるかもしれん…。投資のこと考えてる時は、めっちゃ集中しとるからやなぁきっと…」
「ああ、生涯独りで生きてゆくための資産形成…だっけ?(もみもみ…)」

「せやぁ…。あ、ソコ気持ちええ…」

オレはシャワーから出た仁菜さんが寝支度を終えると、やさしくマッサージをして差しあげる。

あの時、オレに味方をしてくれたお礼の気持ちも込めて。そして仁菜さんはマッサージを受けて気持ちいい。オレも仁菜さんのカラダに触れられて嬉しい。うん、実にウィンウィンな関係だ。

「なぁ…、コォチ…」
「ん、もっと強く揉んだ方がいい?(ぐっぐっ…)」

「ううん…。ウチが言うたコト…、覚えとる?」
「え…、それってもしかしてスキルの事?」

「せや…。ウチ、人のこと好きになる気持ち知りたいねん(ぐるっ!)」

やにわに寝返った仁菜さんが、仰向けのままオレをジッと見上げる。

「ウッ…でも、それで仁菜さんが好きになるのはオレだよ?それでもいいの…?」
「ふふ…ええよ。コォチなら瑠羽ちゃんも万智もおるし、ウチに夢中になっておかしゅうなることもないやろ?」

「それはまぁ、そうだな」

オレには瑠羽もいれば瀬来さんもいる。ふたりはこんなオレを愛してくれている。

でも、仁菜さんは違う。仁菜さんはオレを愛してはいない。そもそも仁菜さんは異性を好きになれないのだ。そこで彼女は、この先どうせつまらない事で自分の処女を散らせるくらいなら自分の意志で卒業しよう…。と、オレと交わったに過ぎない。

「瑠羽ちゃんみたいにウチにも好きって気持ち、教えて欲しいんよ…」

両手を伸ばしてオレの頭を引き寄せる仁菜さん。するとオレの長い髪の毛が垂れ落ち、ひどく狭い空間で互いの顔を近づけあわせているような錯覚を覚える。

色々と思う所はある…。

でもそれが彼女の願いで、そしてそれをオレが叶えられるのなら、オレはそれを叶えよう。なぜならば、オレは彼女がとても好きだから。

「じゃあそのままジッと、オレの眼を見てて…」
「ふふ、言うねぇコォチも…。ええよ」

「ちゅっ…(ゆけっ!ときめき熱視線ビームッ!!)」
『みぃ~~~~~~~~~!』

オレは仁菜さんに口づけをすると、ゼロ距離射撃でスキル【魅惑】のときめき熱視線ビームを放った。

「んッ!?…ぁ…はぅ…(きゅるん…)」

すると、ときめき熱視線ビームを浴びた仁菜さんの瞳が瞬く間に潤んで、吐息に熱を帯びた。そしてカラダは汗ばむほどに熱くなり、やがてその身を全身で擦りつけるようにして、仁菜さんがオレにきつく抱きついてきた。

「あ…あかんッ!コォチ…、ダメ…こんなん反則や…!ひぅ…ッ!」

オレは何もしていないのに仁菜さんの呼吸は激しく乱れ、腰はガクガクと震えて揺れている。ただ抱きついているだけで、ひどく感じてしまっている様だ。コレはスゴイ…。

「仁菜さん…いや静江、オレの事どう思う…?」
「好きぃ!めっちゃすきぃッ!嘘ッ…こんなんあかんてッ!こんなんウチまで…コォチの事!!(ぎゅう!)」

「オレも好きだよ静江…」
「んんんぅ~~~ッ!!!」

スキル【魅惑】の効果ではあるものの、好きという感情を知った仁菜さん。普段冷静でとても落ち着いている仁菜さんが、今はオレの下で狂おしいほどに乱れている。

最高だ。ならばここで、ひとつだけ言っておこう。

「静江、今夜は寝かさないぞ♡」
「んんんぅ~~~ッ!!!」

オレと仁菜さん。ふたりきりの夜は、いま始まったばかりだ。
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