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告白
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オレと瀬来さんは、遂にこのダンジョンのラスボスの間へと足を踏み入れた。
ここに辿り着くまでには瀬来さんの5分遅刻。その胸に秘められていた真実の告白。そして意外に混んでて座れなかったバスでの移動など、数々の艱難辛苦を乗り越えねばならない、とても苦しい旅路だった。
しかし遂に、オレと瀬来さんはラスボスと対峙したのだ。
しかもこのダンジョンのラスボスは、糧品瑠羽。そう、それは瀬来さんにとっては因縁深き相手。なぜならば糧品さんは、瀬来さんに裏切られたと思い込んでダークサイドに堕ちてしまった親友なのだから。。。
するとラスボスの糧品さんは可愛らしいぬいぐるみの置かれた大きなベッドの縁に腰かけ、辺りを睥睨…はしてはおらず、顔を背けるようして女の子の部屋らしいピンクのカーテンの閉められた窓の方を向いていた。
そんな緊迫した状況のなか、パジャマを着た糧品さんに瀬来さんは声をかけた。
「ルウ…」
そしてその間、オレは年頃の女の子の部屋に入ってちょっとドキドキしていた。
「…なんで、来たの?」
糧品さんは窓の方に顔を向けたまま振り返らず、瀬来さんにそう問うた。
「え、それはルウに謝ろうと思って…」
「嘘ッ!じゃあどうして私に嘘なんてついたのッ!!秘密だってお願いしたことも守ってくれないでッ!!」
怒声を上げながら振りかえった糧品さん。その顔は涙に濡れ、目を泣き腫らした実に痛々しい姿。
うん、糧品さんは瀬来さんの事が大好きだった。それはオレが見ていた僅かな間でも、充分に理解できた。糧品さんは少しでも瀬来さんのそばにいて、常に軽いスキンシップで瀬来さんに触れていようとしていた。
気弱な糧品さんが明るく快活な瀬来さんに、精神的に依存していたようにもみえた。
そんな糧品さんが大好きな瀬来さんを信用し、くれぐれも秘密でと頼んで相談した恋愛話。それが嘘で事実を捻じ曲げられ、その秘密すら守られなかったことで糧品さんは心に深い傷を負ってしまったのだ…。
「何とか言ったらどうなのッ!!」
糧品さんが眦を吊り上げて叫ぶ。
「それはルウの事を考え―」
「言い訳なんて聞きたくないッ!!」
「………」
うん…。糧品さんが今、とても理不尽なことを言った。
何とか言えと言われたから事情を説明をしようとした瀬来さんに対し、言い訳なんて聞きたくないとその言葉を遮ったのだ。これにはさすがの瀬来さんも、唇を硬く結んで閉口。
今の瀬来さんの気持ちを代弁するならば、「じゃあ、いったいどうしろっていうのよ?」だろう。
しかし会話のイニシアチブを取ったことで、若干機嫌を良くしたような気配をみせる糧品さん。鬼女のように吊り上がった眦だけでなく、今度は口の端も嫌味な感じに吊り上げて語り出した。
「フンッ!どうせ言えないんでしょう!?なら私が代わりに言ってあげるッ!万智はコーチが好きだから、コーチを好きになった私が邪魔なんでしょ?だから私に嘘やイジワルまでしてッ!…なんてズルイ女なのッ!!」
怒りに声を荒らげ、叫びに似た甲高い声で瀬来さんを罵倒。そして泣きすぎて酷く腫れた目で瀬来さんを睨みつけた。
「そ、そんな…ッ!」
親しい友人からの言葉とはとても思えない厳しい罵倒を浴び、動揺を隠せない瀬来さん。まさに修羅場真っ只中。
しかしここに到り、オレはなぜ怒っていた糧品さんがオレと瀬来さんを部屋に招き入れたのか?その意図を明確に理解した。
糧品さんはオレの見ている前で瀬来さんの悪行を暴くことで、その恋路を妨害しようと考えたのだ。だが当然それは糧品さんにとっても大きなマイナス。そんな悪しざまに友人を罵倒する姿を好意を持っている男性に見られる事は、糧品さんにとっても堪らないことだろう。
しかし、それすらも承知のこと。
感情を爆発させた糧品さんは、もはや死なば諸共。その心境で、恐らく気持ちの上ではダイナマイトを身体中に巻きつけ、敵めがけ玉砕覚悟の特攻をしかけているのだ。
うん、だいたい解った。でも、これならばなんとか出来るかもしれない。
……。
ヒステリーを起こし自棄になった糧品さんは、瀬来さんの恋路を潰すため捨て身の攻撃を敢行。その意気や良し。
うん。完全な修羅場なんだけど、意外にもオレはスンて感じで冷静だった。
なぜならばダンジョンでモンスターと戦い過ぎたせいか、感覚の度合いがだいぶ壊れてしまったようだ。なので女の子がひどく怒ったり騒いでいても、それを全く脅威に感じない。
いうなれば怪鳥のオレからしたら、糧品さんのエキサイトも雀が庭先でチュンチュン騒いで突っつき合っている程度にしか、感じられないのだ。
だがまぁそれもそのはず。いまのオレの精神力は240。推定だが常人の精神力を10前後とするならば、約24倍。うん、まさに異常な精神力。ある意味で精神異常タフネスといえるかもしれない。
ただ、だからといって面倒だから殴って気絶させてしまえとか、そんな風には思わない。感覚は壊れてきてるけれど、そこまで人間性を失ってはいない。なのでここは、対話による解決策を模索してみよう。
という訳でオレは糧品さんに向け、問うようにして手を上げた。
「なぁに…、コーチ?」
剣呑な目つきをして、糧品さんがオレを睨む。
ここでもし瀬来さんを援護するような事を言ったら、絶対に許さないとその目が語っている。うむ、だが応じてくれたという事は、一応ながら発言は許されたのだ。
「糧品さんは今、瀬来さんから何を言われても信じられないだろう?嘘をつかれた訳だからね」
そう言うと隣に立っている瀬来さんが、居心地悪そうに小さく肩を揺すった。そして糧品さんは、オレがいったい何を言い出すのかと不審気に睨んでいる。
「だからオレの口から事の経緯を話そうと思うけど、どうだい?どうしてこんな事になったのか。糧品さんもちゃんとその理由(わけ)を知りたいだろう?」
「………」
「勿論全てを知っている訳ではないから、合間は瀬来さんから聞いた言葉で繋げる。けど事実関係を確かめるのに、糧品さんにもその都度確認を取る。だからひとまず怒りを収めて、オレの話を聞いてみない?」
「…コーチがそう言うなら」
良かった。話を聞いてくれるようだ。では改めて、オレは当事者三人がいる場で事の経緯を説明した。
まずは瀬来さんから、糧品さんがオレと付き合いたいと言っていると聞いた事。そして吊り橋効果で糧品さんがオレの事を好きになったのでは?と瀬来さんが糧品さんのことを心配していた事。さらに時間が経てばその勘違いが治まるのではと、交際の返事を待つよう瀬来さんからオレが言われた事。でさらに糧品さんにはうまく話すと言っていた瀬来さんがそれに失敗し、誤解が生じてしまった事。
そして最後に誤解の解けぬまま現在に至り、オレと瀬来さんはその誤解を解くため今日ここへやってきたのだと説明した。
「…じゃあ、コーチも万智に嘘つかれたんですか?」
「う~んまぁ嘘というか、知らぬ間に離婚調停中の妻帯者にはされてたね。それと、糧品さんは疑っているようだけど、オレはいままで一度も瀬来さんから交際を求められるような事を言われた事はないよ。だから糧品さんが気にしていたような事は、なにも無かったんだ。ほら、オレの通信端末の…この通信記録をみてごらん」
通信端末を取り出すと、糧品さんに向け瀬来さんとのメッセージのやり取りを表示してみせた。
そこには非常に事務的なやりとりで指導の日を決める文章と、時折お礼の文章が並んでいる。お礼の文章は最初にダンジョンで指導した時と、女子大生三人をダンジョンで指導した時のモノ。
そしてそこには、四人でスーパー銭湯で食事をした時のとても愉しげな写真と、その後に『江月さん。ルウから江月さんと付き合いたいって相談受けたんだけど、どうする???』という瀬来さんからのメッセージがしっかりと存在していた。
「そんな…ッ!?」
どこにも証拠はなく、事実無根で完全に自分の思い込みだった。
そう理解した糧品さんが顔を青くして震えだす。でもまだ、納得はできていない。拳をにぎり、震わせている…。胸の怒りがおさまらず、振り上げた拳の落とし場所に困っているようだ。
そしてそのまま抑えきれずに、独り百面相を始めてしまった。
(おっといかん。このまま精神が乱れすぎて、分裂症にでもなったら大変だ)
そこでそっと近づき、ダンジョンでもしたようにベッドに座っている糧品さんの頭を優しく撫でてみた。
「自分の気持ちを素直に話せたね…。えらいよ」
受け取り方によっては、ひどい嫌味になってしまう。
が、今糧品さんに必要なのはきっと心を追い詰めてしまう拒絶や心の壁ではなく、心をのびのびと広げられる全肯定に近い労わりと優しさのはず。その読みは当たっていたらしく、糧品さんはオレに頭を撫でられても、抵抗することなく受け入れている。
そこでさらに腰を屈めて膝をつくと、見せていた通信端末を受けとりそのまま糧品さんの手をとった。
うん。泣き怒りしていた糧品さんをみているうちに、オレもキュンときてしまった。彼女の見せたやぶれかぶれ。だがそこには、しつこく挑発を重ねてくるいじめっ子連中に単身挑みかかっていった過去の自分と、同じにおいを感じたのだ。
「つらかったね。でも、もう大丈夫だよ。それでもまだ…心に怒りやわだかまりが残っているというのなら、それはオレが貰おう。糧品さん、いや瑠羽。オレからキミに、交際を申し込む。今度は瑠羽が選べる立場だ。受けるも良し。断るも良し。瑠羽の好きなように決めるといい。但しお願いがひとつだけある。それは『瀬来さんときちんと仲直りすること』、これがこの交際を申し込む条件だ」
「…ぅッ…ッ…うぅ…ッ!」
そう交際の申し込みを告げると、感極まった糧品さんが顔を両手で覆い震えるようにして泣きだしてしまった。
しかし泣いてはいるが、それはもう悲しみや恨みの涙ではない。あたりに漂っていた剣呑な空気が散り、部屋におだやかな空気が流れ込んできたように感じられるから…。
そこで手を伸ばして瀬来さんの手も握ると、顔を覆って泣く糧品さんの手に添えた。
「ふたりとも、仲直りできるよね?」
そう尋ねると、ふたりは涙を流しながらもコクコクと頷いてくれたのだった。
ここに辿り着くまでには瀬来さんの5分遅刻。その胸に秘められていた真実の告白。そして意外に混んでて座れなかったバスでの移動など、数々の艱難辛苦を乗り越えねばならない、とても苦しい旅路だった。
しかし遂に、オレと瀬来さんはラスボスと対峙したのだ。
しかもこのダンジョンのラスボスは、糧品瑠羽。そう、それは瀬来さんにとっては因縁深き相手。なぜならば糧品さんは、瀬来さんに裏切られたと思い込んでダークサイドに堕ちてしまった親友なのだから。。。
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そんな緊迫した状況のなか、パジャマを着た糧品さんに瀬来さんは声をかけた。
「ルウ…」
そしてその間、オレは年頃の女の子の部屋に入ってちょっとドキドキしていた。
「…なんで、来たの?」
糧品さんは窓の方に顔を向けたまま振り返らず、瀬来さんにそう問うた。
「え、それはルウに謝ろうと思って…」
「嘘ッ!じゃあどうして私に嘘なんてついたのッ!!秘密だってお願いしたことも守ってくれないでッ!!」
怒声を上げながら振りかえった糧品さん。その顔は涙に濡れ、目を泣き腫らした実に痛々しい姿。
うん、糧品さんは瀬来さんの事が大好きだった。それはオレが見ていた僅かな間でも、充分に理解できた。糧品さんは少しでも瀬来さんのそばにいて、常に軽いスキンシップで瀬来さんに触れていようとしていた。
気弱な糧品さんが明るく快活な瀬来さんに、精神的に依存していたようにもみえた。
そんな糧品さんが大好きな瀬来さんを信用し、くれぐれも秘密でと頼んで相談した恋愛話。それが嘘で事実を捻じ曲げられ、その秘密すら守られなかったことで糧品さんは心に深い傷を負ってしまったのだ…。
「何とか言ったらどうなのッ!!」
糧品さんが眦を吊り上げて叫ぶ。
「それはルウの事を考え―」
「言い訳なんて聞きたくないッ!!」
「………」
うん…。糧品さんが今、とても理不尽なことを言った。
何とか言えと言われたから事情を説明をしようとした瀬来さんに対し、言い訳なんて聞きたくないとその言葉を遮ったのだ。これにはさすがの瀬来さんも、唇を硬く結んで閉口。
今の瀬来さんの気持ちを代弁するならば、「じゃあ、いったいどうしろっていうのよ?」だろう。
しかし会話のイニシアチブを取ったことで、若干機嫌を良くしたような気配をみせる糧品さん。鬼女のように吊り上がった眦だけでなく、今度は口の端も嫌味な感じに吊り上げて語り出した。
「フンッ!どうせ言えないんでしょう!?なら私が代わりに言ってあげるッ!万智はコーチが好きだから、コーチを好きになった私が邪魔なんでしょ?だから私に嘘やイジワルまでしてッ!…なんてズルイ女なのッ!!」
怒りに声を荒らげ、叫びに似た甲高い声で瀬来さんを罵倒。そして泣きすぎて酷く腫れた目で瀬来さんを睨みつけた。
「そ、そんな…ッ!」
親しい友人からの言葉とはとても思えない厳しい罵倒を浴び、動揺を隠せない瀬来さん。まさに修羅場真っ只中。
しかしここに到り、オレはなぜ怒っていた糧品さんがオレと瀬来さんを部屋に招き入れたのか?その意図を明確に理解した。
糧品さんはオレの見ている前で瀬来さんの悪行を暴くことで、その恋路を妨害しようと考えたのだ。だが当然それは糧品さんにとっても大きなマイナス。そんな悪しざまに友人を罵倒する姿を好意を持っている男性に見られる事は、糧品さんにとっても堪らないことだろう。
しかし、それすらも承知のこと。
感情を爆発させた糧品さんは、もはや死なば諸共。その心境で、恐らく気持ちの上ではダイナマイトを身体中に巻きつけ、敵めがけ玉砕覚悟の特攻をしかけているのだ。
うん、だいたい解った。でも、これならばなんとか出来るかもしれない。
……。
ヒステリーを起こし自棄になった糧品さんは、瀬来さんの恋路を潰すため捨て身の攻撃を敢行。その意気や良し。
うん。完全な修羅場なんだけど、意外にもオレはスンて感じで冷静だった。
なぜならばダンジョンでモンスターと戦い過ぎたせいか、感覚の度合いがだいぶ壊れてしまったようだ。なので女の子がひどく怒ったり騒いでいても、それを全く脅威に感じない。
いうなれば怪鳥のオレからしたら、糧品さんのエキサイトも雀が庭先でチュンチュン騒いで突っつき合っている程度にしか、感じられないのだ。
だがまぁそれもそのはず。いまのオレの精神力は240。推定だが常人の精神力を10前後とするならば、約24倍。うん、まさに異常な精神力。ある意味で精神異常タフネスといえるかもしれない。
ただ、だからといって面倒だから殴って気絶させてしまえとか、そんな風には思わない。感覚は壊れてきてるけれど、そこまで人間性を失ってはいない。なのでここは、対話による解決策を模索してみよう。
という訳でオレは糧品さんに向け、問うようにして手を上げた。
「なぁに…、コーチ?」
剣呑な目つきをして、糧品さんがオレを睨む。
ここでもし瀬来さんを援護するような事を言ったら、絶対に許さないとその目が語っている。うむ、だが応じてくれたという事は、一応ながら発言は許されたのだ。
「糧品さんは今、瀬来さんから何を言われても信じられないだろう?嘘をつかれた訳だからね」
そう言うと隣に立っている瀬来さんが、居心地悪そうに小さく肩を揺すった。そして糧品さんは、オレがいったい何を言い出すのかと不審気に睨んでいる。
「だからオレの口から事の経緯を話そうと思うけど、どうだい?どうしてこんな事になったのか。糧品さんもちゃんとその理由(わけ)を知りたいだろう?」
「………」
「勿論全てを知っている訳ではないから、合間は瀬来さんから聞いた言葉で繋げる。けど事実関係を確かめるのに、糧品さんにもその都度確認を取る。だからひとまず怒りを収めて、オレの話を聞いてみない?」
「…コーチがそう言うなら」
良かった。話を聞いてくれるようだ。では改めて、オレは当事者三人がいる場で事の経緯を説明した。
まずは瀬来さんから、糧品さんがオレと付き合いたいと言っていると聞いた事。そして吊り橋効果で糧品さんがオレの事を好きになったのでは?と瀬来さんが糧品さんのことを心配していた事。さらに時間が経てばその勘違いが治まるのではと、交際の返事を待つよう瀬来さんからオレが言われた事。でさらに糧品さんにはうまく話すと言っていた瀬来さんがそれに失敗し、誤解が生じてしまった事。
そして最後に誤解の解けぬまま現在に至り、オレと瀬来さんはその誤解を解くため今日ここへやってきたのだと説明した。
「…じゃあ、コーチも万智に嘘つかれたんですか?」
「う~んまぁ嘘というか、知らぬ間に離婚調停中の妻帯者にはされてたね。それと、糧品さんは疑っているようだけど、オレはいままで一度も瀬来さんから交際を求められるような事を言われた事はないよ。だから糧品さんが気にしていたような事は、なにも無かったんだ。ほら、オレの通信端末の…この通信記録をみてごらん」
通信端末を取り出すと、糧品さんに向け瀬来さんとのメッセージのやり取りを表示してみせた。
そこには非常に事務的なやりとりで指導の日を決める文章と、時折お礼の文章が並んでいる。お礼の文章は最初にダンジョンで指導した時と、女子大生三人をダンジョンで指導した時のモノ。
そしてそこには、四人でスーパー銭湯で食事をした時のとても愉しげな写真と、その後に『江月さん。ルウから江月さんと付き合いたいって相談受けたんだけど、どうする???』という瀬来さんからのメッセージがしっかりと存在していた。
「そんな…ッ!?」
どこにも証拠はなく、事実無根で完全に自分の思い込みだった。
そう理解した糧品さんが顔を青くして震えだす。でもまだ、納得はできていない。拳をにぎり、震わせている…。胸の怒りがおさまらず、振り上げた拳の落とし場所に困っているようだ。
そしてそのまま抑えきれずに、独り百面相を始めてしまった。
(おっといかん。このまま精神が乱れすぎて、分裂症にでもなったら大変だ)
そこでそっと近づき、ダンジョンでもしたようにベッドに座っている糧品さんの頭を優しく撫でてみた。
「自分の気持ちを素直に話せたね…。えらいよ」
受け取り方によっては、ひどい嫌味になってしまう。
が、今糧品さんに必要なのはきっと心を追い詰めてしまう拒絶や心の壁ではなく、心をのびのびと広げられる全肯定に近い労わりと優しさのはず。その読みは当たっていたらしく、糧品さんはオレに頭を撫でられても、抵抗することなく受け入れている。
そこでさらに腰を屈めて膝をつくと、見せていた通信端末を受けとりそのまま糧品さんの手をとった。
うん。泣き怒りしていた糧品さんをみているうちに、オレもキュンときてしまった。彼女の見せたやぶれかぶれ。だがそこには、しつこく挑発を重ねてくるいじめっ子連中に単身挑みかかっていった過去の自分と、同じにおいを感じたのだ。
「つらかったね。でも、もう大丈夫だよ。それでもまだ…心に怒りやわだかまりが残っているというのなら、それはオレが貰おう。糧品さん、いや瑠羽。オレからキミに、交際を申し込む。今度は瑠羽が選べる立場だ。受けるも良し。断るも良し。瑠羽の好きなように決めるといい。但しお願いがひとつだけある。それは『瀬来さんときちんと仲直りすること』、これがこの交際を申し込む条件だ」
「…ぅッ…ッ…うぅ…ッ!」
そう交際の申し込みを告げると、感極まった糧品さんが顔を両手で覆い震えるようにして泣きだしてしまった。
しかし泣いてはいるが、それはもう悲しみや恨みの涙ではない。あたりに漂っていた剣呑な空気が散り、部屋におだやかな空気が流れ込んできたように感じられるから…。
そこで手を伸ばして瀬来さんの手も握ると、顔を覆って泣く糧品さんの手に添えた。
「ふたりとも、仲直りできるよね?」
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