追い求めるのは数字か恋か

あまき

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「……つまり、ここ最近の無言電話はこないだ穂先輩が見つけたあのハッキングソフトの作成者で、この会社と何らかの理由でコンタクトを取りたくて無言電話なる迷惑行為を繰り返してきた結果、全く取り合ってもらえずに悶々としてたら、今日電話とった相手がまさかの穂先輩で感極まったその男はこれから会社にやってくる…ってことですか?」
「とんだ寂しがりヤローだな」
「楓先輩の担当分野ですね」
「ど変態はお断りだよ」

企画開発部のフロアにある会議室に移動した私たちは椅子を持ち寄って円になり、あの男、クラウス=ベーカーについて話していた。

「でもそいつ、ドイツ人なんでしょ?なんで今、日本の会社に来ることができるのよ」
「来日しているタイミングで、無言電話をかけてたのかと。多分理由は…」
「…もしかして、これのことかな?」

克己さんがスマホでネットニュースから一つの記事を拾ってきて見せてくれた。

「『日本のゲーム会社と、ドイツのクリエイターが共同開発。詳細は近日公開!』…3週間ほど前の記事だね。全国ニュースでも発表されてたみたいだ」
「この男、ゲーム開発者としては有能らしく、多くのコンテンツを残してきているそうです。詳細は明らかになっていませんが、ここにある"ドイツのクリエイター"である可能性はあるかと」

「なんでそんな奴がハッキングソフトなんて作ってるのよ」「趣味と実益を兼ねた副業感覚じゃないですかきっと」「それで人様に迷惑かけるもの作ってるなんて究極の構ってちゃんね。専門外だわ」「楓先輩の守備範囲内に入られても困りますけど」と楓先輩と蒼汰くんの息のあった掛け合いを続けているが、特に大事な話ではないので全力でスルーさせていただく。

「まぁ趣味にしてはあれ、えげつないプログラムでしたけど。まじ穂先輩のソフトなきゃ、やばかったですからね」

「最初ぶち当たったとき、ぞっとしましたよ」と腕をさする蒼汰くんに苦笑する。あのカウントの速さは確かに、なかなか追い詰められるものがあった。聞いていた楓先輩は「ふ~ん」と少し興味なさげだがったが、はっとした顔をした。

「それはそうと、穂。よく無言電話相手がそのハッカーだと分かったわね」

私もこの事態は全く想定していなかった。電話中は不可解な数字の繰り返しに嫌悪感を感じていたし、無音になってからは何が起きるか分からないことに恐怖心を抱いていたほどだ。今でも少し、身体が震えているのが分かる。ぐっと握りしめる手を隣に座る克己さんがそっと上から握ってくれたが、真っ暗な夜道を歩いている時のような背後の寒気が消えない。

「その人が電話越しに唱えていた数字っていうのが、そのー…海外の携帯番号だったみたいで…」
「……サーバー内で検索かけたら、穂ちゃんが前回調べて報告書に載せていた男の番号と一致したってことだね」

克己さんの言葉に大きく頷いて、あまりに静かな楓先輩と蒼汰くんを見ると、苦虫を噛み潰した顔をしていた。あれ、この顔既視感がある。

「……は、きっしょ」
「先輩に同意」
「またそういうこと言う…」

今度は身内の人間に言ってないだけマシか。

「いやきっしょいでしょ。自分の存在認知のために電話番号を繰り返すなんて…そいつはほんとに人の子か?」
「"ミノルちゃんなら、電話番号で分かるだろ?俺のこと…"っていう意図があるならそいつは人の子じゃないですね」
「"ミノルちゃんは名前よりも数字の方が馴染み深いだろ…?"っていうのは何、エンジニアなりのネタなの?それとも今の流行りなの?なぁ冬木」
「深山、穂ちゃんの害でしかない奴と僕を一緒にしないでくれる?」
「それとエンジニアのことも馬鹿にしないでください。少なくとも俺はそんなことしないですから」
「蒼汰はただの小坊だもんな」
「え、横山くん小学生なの?」
「だまれ、本命童貞」
「ふふふ、穂ちゃん限定でね」
「「褒めてないから」」
「いい加減話戻しませんか?」

エンジニアの口説き方なんてどうでもいいけどその気持ち悪いアテレコはいい加減やめてほしい。
げんなりした顔で三人を見つめていると、克己さんが不思議そうな顔で呟いた。

「でも、どうしてその男は穂ちゃんの名前を知っていたのかな?」
「あー…もしかしたら、前回彼のPCに潜り込んだ時にこっちのことも知られちゃったのかもしれません」
「潜り込んだ?」

突然克己さんの声色が低くなってドキリとする

「なにそれ。どういうこと?前回ってあの時のこと?あれは前から知ってた情報とかじゃないの?」
「いや、流石にそんな遠い国の人知らないし、スリーサイズまで知りたいと思わないし」
「だからあの時潜り込んだっていうの?なにそれ聞いてないけど」
「えちょっとなんでそんな怒ってるの?」
「怒るでしょ。危ないことして。もう二度としないで」

ふんっと鼻息を荒くする克己さんに呆然とする。そうか、確かにこれは危ないことだったな。久しくこのことを心配されることがなかったから油断してた。ソッチ方面の防御は完璧だったし、あまり自分の危険というものを考えたことがなかったのもある。きっと克己さんが心配するようなことは起きないのだが、知らない人からすれば危険だと思われるのかもしれない。

「ご、ごめんなさい…」
「もう二度としないで」

どうしよう。2回も言われてしまった。

「はぁー……まぁ、仮に"そんなことしなくても"穂先輩は界隈で有名ですからね。エンジニアとして知らない人はいないから、その男も普通にアイドルに会えた一般人くらいの感覚で言ったんだと思いますけどね」
「…へー、ふーん、アイドルねぇ…」

なかなか不機嫌がなおらない克己さんをチラチラ見つめる。そんなに怒られることとは思わなかった。自分のことをアイドルなんてそんなおこがましいこと思ったことはないのに。



……コンコン、ガチャッ…

「お話中失礼します。……冬木部長、企画開発部に用があるっていう男が、ロビーに来たらしいんですけど。アポとってないですし、どうしましょうかって…」

来た。

「僕が迎えに行くと伝えてくれる?」
「え…克己さん、」
「彼はうちの部に用があるみたいだからね。僕が対応するよ。あとは全部僕に任せて」
「で、でも…」
「大丈夫。僕を信じて?……それに、」
「?」

「僕はね、相手がただのファンであれ…僕の知らないところで君を困らせ怖がらせたその男が、心底許せないんだよ」

克己さんの目は真剣そのもので、その熱に何も言うことができなかった。










「とりあえず、ここからは僕が預かるから~」と言って、克己さんは1階のロビーまで行ってしまい、私たちは企画開発部を半ば追い出される形でシステム開発部に戻った。時刻は12:58。午後の勤務が始まる頃。

一体二人は何を話すんだろう。あの男の目的はなんだろう。彼は、どんな……彼に何かあったら…どうしたら、

コンコンッ…

「っ…、……え、克己さん…?」
「穂ちゃん、もう終わったからね」
「、え?」
「もう大丈夫だから。君は安心してね」
「そ、それってどういう…」
「ごめんね、これから社外で打ち合わせで。詳しくはまた帰ったら。とりあえず安心してって伝えたくて。……だからそんな顔しないで」

フロアの出口で話していた彼がデスクで頭を抱えていた私に寄ってきて、優しく頭を撫でてくれた。

「大丈夫だから。ね?」
「…っ、う、うん…」
「じゃ、また」

にっこり笑って去って行く彼になんとも声をかけれず、中途半端に伸びした手が宙を舞った。

「なんだったの、あいつ」
「さぁ…?」

…タタタッ………

「穂先輩!なんかやばいです!」

楓先輩のお使いというパシリに使われていた蒼汰くんが勢いよくフロア内へ滑り込んでくる。

「え、なにどうしたの?」
「顔面蒼白で行き倒れかけの外国人が全力疾走で会社から出ていきました。あれ絶対クラウス=ベーカー!」
「は?」
「うわぁ…冬木は何したの」

余計に心配事が増えたのは言うまでもない。



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