追い求めるのは数字か恋か

あまき

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……パタン……

「いや~みんな、お疲れだったね」
「…社長、この度は…」
「ああ!冬木くん。そんなのはいいから。君の処分も、金本くんの処分も、特に考えていないよ」
「ですが」
「まぁまずはさ、山色くんの話を聞こうじゃないか。………ねぇ?山色くん」
「え?」

開口一番に頭を下げた冬木部長がこちらを見て、山崎課長や沖田部長までもが不思議そうに私を見つめるので、今日何度目か分からないため息が出た。

「…そのニタニタ顔やめてもらえますか?」
「いやぁ?君があんな風に笑うの、久しぶりに見たからさ、ついね」

あの目が合った時のことを言っているんだろうけれど、確かに笑った自覚はあるがこんなにニタニタしていなかったはずだ。多分。

「…商店街の福引が当たったんですよ」
「私にはお気に入りの俳優に出会えた輝きが見えたけどね」
「そんな宝物見つけたわけじゃないですよ」
「私にとっては利益を生むものならなんでも宝物だよ」

「だから、それも…ねぇ?」なんて顎を触り、私のポケットを指さす社長にイラッとして思わず舌を出した。こんなことをしても許される程には、私たちは親密なビジネスの関係を結んでいる。

「社長、話が見えないのですが…」
「ほら、沖田くんも困ってるから。早く喋っちゃって」

そう言われて、私は個人PCを社長のデスクに置いて開き、全員が画面に注目する中で一つのファイルを開いた。

「これが、今回のUSBにハッキングソフトを仕込んだ人物です。居住はドイツで、おっきな企業でゲームアプリ開発をやってます」
「ゲームアプリ?ゲーム会社ってこと?」

社長が訝しげに画面を見つめる。企業サイトはドイツ語だが、資本金額を見るにこの国でも相当な大手企業であることが分かる。

「彼が個人的に売りに出してるそのソフトが入ったUSBを、ここ最近海外通販サイトから購入した日本人がいると界隈で騒がれていたのですが、それというのがこの人……豊田謙太郎、通所"トヨケン"です」
「っ!あの、金本さんが言ってた?」

「よくその人にたどり着いたね!」と沖田部長が驚きの声を上げた。私もまさか昨日ナンパしてきて一晩共に過ごした男の子たちから情報を得ましたなんてことを馬鹿正直に言えるはずもなく。まぁカラオケオールでひたすらソースコードやプログラミングの話をし続けたのはなかなかしんどかったが、彼らに出会えたのは今日というこの日、"トヨケン"のためだったのかもしれないと思うと、この出会いには感謝しかない。

「"トヨケン"は元フリーのシステムエンジニアで、今は私立大学の外部講師をしています。実際にその大学に通う子に聞いたので間違いないかと」
「へーえー、山色くんには珍しい知り合いだね」

山崎課長がにっこりと微笑んでいるがあれは「山色くん、友だちいたんだ~」という微笑ましい視線であり、その生暖かさが今は少し辛い。

「それと、これはとある筋の、信頼の置ける人間から得た情報ですが…"トヨケン"の友人がある商社の社員で、その会社は△△会社と長年契約を結んでいましたが、最近△△会社からの契約解除の動きがあるとか」
「△△会社って、今僕たちが契約を結ぼうとしている…」
「はい。蒼汰くんが血反吐を吐きながらシステム組んでる案件ですね。その友人とやらが勤める商社についてはあまり聞いたことのない会社ですが…」

冬木部長も額に手を当て考え込んでいる。まさかここで△△会社の名が出てくるとは思わなかったんだろう。顎に手を当てて考え込んでいた山崎課長も、沖田部長と一緒に難しい顔をして話し出す。

「つまり、契約解除になるのを恐れて、ライバル社になり得るうちをハッキングした、ってこと?」
「そのために、その辺に詳しい友人"トヨケン"を頼って、頼られた"トヨケン"がこのUSBを手に入れた、のか?」
「そのUSBが、偽名を使ってまで我が社員に近づいた人間によって、彼女の元へとたどり着いたって?」

三人が繋げていく推理に、「おそらく」と頷きを返す。全ては断片的な情報を元にした推測でしかないが、これ以上踏み込むには法の力を借りなければならないので、素人の推理ではここら辺が潮時だろう。

「我HM社のウェブページにうちの電話番号も載ってるんですから、調べて嘘の身分名乗って営業して、契約を結ばせようとUSBを渡すなんて、猿でもできることです」
「はーっはっは!なるほど、これで全てが繋がったね」

じっと全員の会話を聞いていた社長が机を叩いて笑った。まさかここまで巡り巡って起きたこととは、全員の想定の範囲外だった。

「…で、山色くん。どうしたらいいかな?」

悪い顔でこちらを見つめる社長に、なんと返そうものかと考えながら、



「まぁ損害賠償を請求するにせよ、金本さんにこのUSBを渡した偽名の男を特定する必要がありますよね」
「その"トヨケン"の友人とやらが本当に金本さんに接触したかも分からないしね」
「あとは"トヨケン"が買ったUSBのロット番号とここにあるUSBが同じである裏取りをしないといけませんが…まぁそれはこちらでもすぐにできます」
「ほほぅ」
「ただ今回のは普通に詐欺案件なので、やはりまずは警察に相談するのがいいかと」

「やっぱり最後は警察かぁ~」とうなだれる社長はちっとも可愛くないなと思いながら画面をめくる。

「それと、ドイツの彼は…個人的には触れない方がいいかと」
「ん~?なぜ?」
「喧嘩売るには会社が大きいし、もともと彼はうちに危害を加えたかったわけではなく、自分の開発したソフトを売って稼いでいただけなので、相手どるにはこちらの負担が大きすぎるかと」
「なるほど」
「まぁどうしてもと言うなら手として…彼はその近辺でなかなか荒稼ぎしてるみたいなので、被害にあった企業に彼の個人情報売るか、ですね」
「個人情報あるの?」
「氏名年齢住所電話番号、それからスリーサイズまでなら」
「はっはっは!上等じゃないか!」

社長が大笑いをかます中、沖田部長が若干引いた目線で見てくるのでいたたまれない。普段楓先輩や蒼汰くんと会話をしているとどうも偏った人間性になってしまうのかもしれない。気をつけなければ。

「…でも、どう考えても後が面倒です。危険はあれどうちの利が少なすぎる」
「なぁに、私もそこまでするつもりはないよ。けど…うん、なるほどねぇ。話が見えてきたよ。よくやったね、山色くん」
「いえ。…あの、私はもう退室しても?」
「うん。あとの事はこちらで相談するよ」
「では後処理が残っているので失礼します。…課長、また後で」
「うん。お疲れ様。冷蔵庫にエクレア入れてあるから、みんなで食べてね」

処分だとか責任だとかの話は私には関係のないものだ。そういうのは"大人たち"がやってくれればいい。社長室の重たいドアを開けてから振り返り、一礼して退出する。冬木部長の顔は見ないようにして。



時計を見ると、社長室に入ってから20分が経過していた。後処理をしようと急いで企画開発部のフロアに戻ろうとして、ふと手にあるUSBを見る。これが一時界隈では、非常に巧妙なハッキングソフトが作られたと話題になったあのUSBだろう。どこの誰が作っているのか、その背景は全て謎であったが、一度侵入したら最後、ものの数分で全てのデータが書き換えられ、なによりその速さが問題なのだと激震が走った。私ももちろん興味を持っていて、何かあったときのためにと対抗しうるソフトを用意していたのだが、それでも書き換えを停止に至らせるまでにはいかなかったことは、私を大いに興奮させた。犠牲になったデータはあれど、このソフトが"無償"で手に入れられたことは、何にも変え難い価値がある。"トヨケン"がこれにいくら注いだのかは知らないが、別で解析された痕跡も見当たらなかったし、中を見られることなく"新品"の状態でここまで辿り着いたのだろう。その新鮮さにうっとりとする。こんなソフトを作るなんて、一体どんな人物なのか。最近なりを潜めていた私の好奇心がうずうずと蘇ってきた。私はやっぱり、こういう機械相手の方が心穏やかにいられる。彼の暗号でもなく、あの冷えて熱い右手でもなく、きっとこっちの方が……
まずは仕事だと頬を一度叩いた。触れた頬はまだ熱を持っていたが、興奮冷めやらない今の私にとっては特に問題のあるものではない。

だが…意気揚々と辿り着いた企画開発部のフロアで、まさに"蛇に睨まれた蛙"達が青白い顔に半泣きで正座して待っている場面にぶち当たるなんて、この時の私は思いもよらなかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「…ちょっと、穂なんか怒ってなかった?」
「冬木サンが怒らせたんですよ」
「はぁ?アンタなにしてくれてんの。普段怒ることない穂を怒鳴らせるなんて、ほんと、このどクズ!!」
「てゆか冬木サン、あの凄まじい集中力で脳使ってハッキング抑えた後の穂先輩によく詰め寄れましたね?時折頭抱えてんの見てなかったんすか?」
「相当頭使ってんのよ!すぐにでも休ませたいのに社長は連れてっちゃうし!!ここは鬼しかいねーな!」
「しかも穂先輩のことコネ入社だなんだって勝手なこと言いやがってこんのモブが」
「なんだなんだ、ここはクズの巣窟か?あんたたち知らないの?穂は社長がストーカーまでして追いかけ回して、頭下げてうちへ来てもらった逸材よ?」
「『MINORU YAMASHIKI』と言えば、世界で三本の指に入るエンジニアですよ。国際コンペでも優勝を飾って、この人に解けないシステムはこの世にないと、世界が認めた人ですよ」
「あんたたちなんて穂に個人情報抜かれて丸裸にされればいいわ!」
「まぁ穂先輩がしなくても、俺が社会的制裁を与えてやってもいいですけどね。こんな奴らどこのセキュリティより弱っちいんで」
「はっ、大人しく私たちの前にひれ伏すがいいわ。正座しろ正座ぁ~」

「深山も横山くんも、いつもこんなにまくしたててやり取りしてるの?これじゃあ穂ちゃん、珍獣使いじゃないか。かわいそうに」
「「お前が言うな、お前が」」



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





「……で、もしかしてこの人たちそれから20分も正座してるんですか?」
「当たり前でしょ。足りないくらいよ」
「蒼汰くん、後処理は?」
「そんなもん後ですよ。まずは分からせてやらないと」
「二人ともそこに正座なさい正座」
「「え?」」


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