追い求めるのは数字か恋か

あまき

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「……………特撮、ですか」
「あれ?嫌いだったかな」
「………いえ、ただ罪悪感が少し…」
「え?」





話は3時間ほど前に遡る。今日は冬木部長と約束した日曜日だ。

『いい天気だね。君に会えるのが嬉しくて、つい早起きしちゃったよ』

「……いや、だから文言よ…」

朝起きてスマホを開いた第一声とは思えない発言をしてしまった。なんだこのオジサン構文は。あぁだめだ、ツッコミが楓先輩化してきた。それだけは避けなければならない。このままじゃ常に脳内に楓先輩が住みついてしまうことになる。断じて困る。

「にしても、待ち合わせは10時だし……これ送信時間5時とか…おじいちゃんかよ…」

運命の日曜日。時刻は8:00。山色穂起床。
遡る同日3時間前、冬木克己起床。



やっときた休日に浮かれて、前日はずっと桃鉄やってたなんてことは口が避けても言えないなぁと思いながら、重たい体を起こして下に降りていく。

「俊兄、おはよー」
「ん?あれ、穂。今朝は早いねぇ!朝ごはんまだだよ」
「あー、私のいらないや。いつもありがとう」

「昨日桃鉄してたから、今日はお昼まで起きてこないのかと思ったよ」とにこやかに笑う俊兄に、やっぱりバレてたかと苦笑する。ゲームって素晴らしい。日本が世界に誇れる文化だ。あぁ私にも同じエンジニアとしてゲームを作るだけの能力があれば、すぐにでも転職してゲームアプリとか作ってみたい。プレイするのも楽しいけど、作るのもまた一段と面白いだろうなぁなんて朝から妄想に励む。
その間に俊兄がコーヒーを入れてくれるので、ゆっくりいただく。あぁー寝起きに染み渡る。

「ねぇ俊兄、今日の店番健兄だよね?」
「そうだよ。穂は?早起きだし、なにか予定でもあるの?」
「うん、ちょっと出かけるから。お昼はいらないや」
「わかったよ。でも珍しいね、友だち?」
「ううん、会社の(他部署の)先輩」
「ん?あぁ!会社の(同じ課の)先輩ねー」

「楽しんでくるんだよ~」という俊兄の言葉に手をひらひらさせながら、また一口コーヒーを飲む。置きっぱなしになっていた昨日の新聞を手に取って読んでいると悟兄がやってきた。

「…穂、それ読み終わったら貸して」
「え、あいいよ。先読んで。私これ飲んだら出かけなきゃだし」
「ん?昨日桃鉄してたくせに、今日は出かける日なのか?」

「なら早く寝ないと駄目だろう」と眉間にしわを寄せながら新聞を受け取る悟兄にふふっと笑ってしまう。悟兄はすぐお父さんみたいなことを言うから、私も「はーーい」なんて子どもじみた返事をした。悟兄はそんな私に呆れて、コーヒーを注いで目の前に座った。私もまた一口飲み進める。

「友だちと出かけるのか?」
「ううん。会社の先輩と」
「ん?あぁ、会社の先輩か。世話になってるんだから、よろしく言っとけよ」
「?うん」

冬木部長のこと、悟兄に話したっけなぁと思いながらまた一口飲む。俊兄が朝から入れてくれるコーヒーは少し温くなった頃がベストな美味しさで、それを堪能するのが私の好みだ。今日も一段と美味しい。

「…あ、その見出し」
「気になる記事があったか?」

角度的に見えづらいが、ゲーム関連の記事が大きく取り沙汰されていた。

「ほら、それ!ゲーム会社の共同製作、ってやつ」
「ん?…あぁ、日本の大手ゲーム会社と、ドイツのクリエイターが共同開発するらしいぞ」
「へーえー、面白そう」
「はぁー、お前はほんとゲーム好きな」
「えへへ」

記事を読んでくれる悟兄の言葉を聞きながらどんなゲームができるのかと夢を膨らませる。ゲームは時間を忘れて没頭してしまうくらいには好きだ。

「何言ってんの悟兄!日本の誇れる文化だぞ!なぁ穂!」
「穂のゲーム好きは、健の影響だね~」
「俊兄もそんなこと言うけど、俺のゲーム好きは俊兄の影響だからな」

どこからともなく途中参戦してきた健兄も加わり、30を超えた兄たちが高校生みたいな会話で盛り上がっているのが面白くて笑ってしまう。そんな会話を楽しみつつ、美味しいコーヒーをしっかり飲み終えてコップを片付けに立ち上がった。これから顔を洗ってー、服を着替えて用意をしたら出る時間だな。










ー9:50 駅前東口ー

「…あと10分なんだけど」
待ち合わせ15分前にたどり着いた駅前は土曜日にしては人が多くて、待ち合わせの目印にしていた時計台の下に人だかりができていたので、少し離れたとこほで落ち着くのを待っていた。でも、時間が経つにつれてその人数が多くなっている気がするので困っているところだ。

「とりあえず、部長に連絡、「おねーさん!ひとりー?」………はぁー」

快活な声が聞こえてきて、ため息もつきたくなる。私じゃない私じゃないと唱えながらも後ろを振り向くと、若い二人の男が立っていた。

「さっきから一人で立ってるよね?まちあわせ?」
「友だち来るまであっちのカフェに行かない?」
「なんなら待ち合わせ場所もカフェにしちゃおうよ」
「あーいいじゃん!ナイスー!」

ちっともナイスではないことに気がついてないのは本人たちだけだろうな、とまた大きなため息をついた。こういう時は簡単に済ませるに限る。

「悪いけど、これから仕事なんだよね。こわ~い上司が待ってんの。だからカフェには行かないし待ち合わせ場所も変えないから。ごめんね」

そう言うと二人はキョトンとした顔で顔を見合わせて、すごく残念そうな顔をする。

「なーんだー、そっかー」
「残念ー。おねーさん、お仕事がんばってねー」
「こわ~い上司によろしくー」

そう言って去っていく彼らの素直さに思わず笑ってしまい、「ありがとー」なんて手を振った。

「誰がこわ~い上司だって?」
「…いつからいらしたんですか」

振り返った先には腕組をしてこちらを見下ろす冬木部長がいた。怒ってはなさそうだけど、不機嫌ではある。その後ろにはこちらをちらちら見る人たちがいて、あぁ、あの人だかりは彼だったのかと納得した。黒の革パンツに白いニットという組み合わせがここまで似合う人も珍しい。仕事もできてイケメンでなんて、そらモテるわなと心の中で激しく頷いた。

「仕事なら、これから会社でも行く?」
「勘弁してくださいよ。穏便に済ませたかったんです」
「正直にデートって言えばよかったじゃない」

なかなか機嫌が戻らない冬木部長に、自分から彼の手を握ってみた。冬木部長は少し考える素振りをしたあとに小さくため息をついた。

「そんな可愛いことされると何も言えなくなるね」
「可愛いことをしたつもりはないですけど」
「それに、その服もよく似合っているよ」

「隣を歩くのが少し照れくさいくらいだ」なんて言う部長に苦笑する。淡いラベンダーのニットにスキニーパンツなんてそれこそありがちな姿にそこまで言ってもらえることもまあないだろうなと思う。

「機嫌はなおりました?」
「うーん…君の可愛さに免じて、と言いたいところだけど、もう一つわがままを言わせてもらおうかな」
「なんですか?」
「今日は名前で呼んでほしい」

「さぁ、呼んでみて」とまるでヒーローがヒロインを抱き止める映画のワンシーンのように腕を広げる冬木部長は、楓先輩の言葉を借りるならまさしく、"たらし"である。こういう言葉を囁いた相手は他にもいるんだろうか。こうやって腕を広げた相手をこれまでも隣に歩かせてきたんだろうか。そんなことを考え出す自分にも、またそんな素振りを見せる彼にもだんだん腹が立ってきて、私はその腕の中に思いっきり飛び込んでやった。

「っ?!み、穂…ちゃん?」
「いくらでも呼びますよ、克己さん」
「ーーっ!」

微動だにしない冬木部長を不審に思って顔を上げると、手を広げたまま固まる彼がそこにいた。顔は真っ赤で、口をぱくぱくさせている。

―体も童貞、心も童貞ってか―

あぁ、また楓先輩の言葉が襲ってくる。それでも彼の真っ赤な顔がおかしくって声を上げて笑ってしまった。なぁんだ、こんな顔もするんだ。



「…それで、今日はどこか行きたいとこでも?」
「うん。君には僕のことをたくさん知ってほしいから、まずは僕の好きなものを一緒に見てほしい」

「その次は君の好きなものを教えてね」と言う冬木部長と私の手は繋がっている。ここまでは許容範囲らしく最初はだいぶ照れていたが、今となってはるんるんと繋いだ手を上下に振っていた。どこに連れて行ってもらえるのか、またその後どこに行こうかなんて考えながら歩いていると、なんだか本当に楽しんでいる自分がいることに気がついて、また少し笑ってしまった。


「…映画、ですか…」
「そう!きらい?」
「いえ。映画は、むしろ好きです」

よく時間があると一人で観に来る程には、映画館は好きだった。なので映画館に来れたことも嬉しいし、彼が映画好きだということもとても好印象だ。あんな会話を先日しなければ。
ふらりとレイトショーなんかに訪れたりするこの映画館の上映スケジュールはそれなりにチェックしているつもりだったが、確か今は…

「僕、特撮映画好きでさ。一緒に見てほしいんだけど」
「………」
「ごめん、興味ないものはみたくないかな?」
「…いえ、ただ今はちょっと罪悪感でいっぱいで…」
「え?」

冒頭に戻るわけである。
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