追い求めるのは数字か恋か

あまき

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ガチャッ……

「…おはようございまーす」
「あ、山色くん!おはよう。昨日はよく眠れた?」
「ははは、課長、昨日は騒音すみませんでした」

いいよいいよ~なんて笑う山崎課長にほっとしつつ、デスクに向かう。今日は特にやるべき大きな仕事もないし、定時で帰るぞ!と意気込んでいると、来客用のお茶をお盆にのせた課長が近づいてきた。

「それでね、山色くん。来た早々悪いんだけど」
「?はい。何かありましたか?」
「今、冬木くんが隣の会議室にいるから、行ってきてくれる?」
「は?」

突然のラスボス登場発言に心臓が凍る心地がした。

「昨日見てた案件、直接聞けたら~って山色くんも言ってたよね?冬木くんも、一度ぜひ君の意見を聞きたいって」

にっこり笑ってお盆を差し出す課長に、心臓だけでは飽き足らず背筋にも冷たいものが走った。

「っいや!ちょっと待ってください。詳しく聞けるに越したことはないですけど、まだ企画開発部の方でも通る案件かわからないんですよね?」
「その辺りも含めて君と話したいって冬木くんが」
「も、もしこの話を進めるにしても、私今、経理部の方の仕事が大詰めですし、この場合蒼汰くんが適任だと思うのですが」
「横山くんに任せるのも有りかなぁと僕も思ってるけど、その辺りも含めて君と話したいって冬木くんが」
「課長が蒼汰くんに任せると仰るなら!蒼汰くんがお話を伺うべきかと思いますが!」
「誰が担当になるにせよ、まずは君の意見が聞きたいらしいし…まぁその辺りも含めて、ぜひ、君と、話したいって、冬木くんが」

にっこり笑う課長にぐうの音も出なくなった私は肩を落として会議室に向かう他なかった。何が間違ってたのか…やはり今日は会社に来るべきじゃなかったのか、そういえばお腹痛いかも、いや熱っぽいかも、なんて小学生の言い訳のような言葉で頭の中をぐるぐるさせながら、ラスボスのもとへ歩みを進める。

いやまてよ、きっと冬木部長は、管理者権限で記事を見ている私のことを失念しているのだ。
仮に知っていたとして、特に私なんぞには見られても困らない内容だからこそ、掲示板に書き込んでいたのかもしれない。いやそもそもだって私に直接言われた言葉ではないし、山崎課長の推理通りのその…『あいたい』なんて言葉ではなく、ほんとにただの数字だったのかもしれない。
何にせよ万が一ポケベル推理が合っていたと仮に想定しても、私が解読できたなんて知るはずもないわけで。…え、ならこんなに慌てなくてよくない?私。

なぁ~んだ、とほっと息を吐いてから、ドアの前で顔を軽く叩く。いつもどおり、平常心で、仕事なんだから。

コンコン……
「山色です」
「…どうぞ」

くぐもった冬木部長の声が聞こえる。そういえば、面と向かって会うのはこれが初めてだな、なんて思いながら扉を開いた。

ガチャ……

「失礼いたします。お待たせしてしまい申し訳ありません。はじめまして、山色です」
「冬木です。こちらこそ朝早く押しかけてすまないね。この時間しか空いてる暇がなくてね」

一礼した体を直すと、わざわざ立ち上がって右手を差し出す冬木部長と目が合う。
なるほど女子社員が騒ぐのもうなずけるなぁ、と一人納得した。背は180をゆうに超え、またとにかく顔がいい。この顔によって泣かされた女の子たちを楓先輩が慰めているのかぁ、と今はここにいない味方の一人を思い出しながら、ラスボスとの対面を果たした。



「それで、昨日課長より聞いた例の案件のことですが」
「うん。資料にも載せたように、△△社との契約をなるべくスムーズにとりたくて。そのために、こんなシステムが導入されればいいなぁと思ったんだけど」

仕事の話は割とスムーズに進み、資料だけでは分からない疑問点も解消された。なるほど、これは確かに面白い案件だなぁと顎に手を添えてふむふむ頷く。ただ実装には日がかかるし、開発に向けては企画開発部と連携を取りながら進めなければならないので、なかなか大掛かりなプロジェクトになるなぁ、と頭の中で今抱えるスケジュールを思い浮かべた。

「どうだろう?うちとしても、必ず契約を抑えたい仕事だし、システム開発課の皆さんにも作り損なんてことには僕が絶対させないから。僕らと一緒にこの仕事、乗り切ってくれないかな」

これはすごい口説き文句だな、と思った。仕事において絶対なんて言えないし言うべきではない。それに仮にこの契約がうまくいかなかったとして、冬木部長たちならともかく、うちの課が損を被ることなんてないのだ。言われるシステムを開発して実装する、それが仕事なのだから。

「私の一存では決定できませんが、案としてはとても面白いと思います」
「本当かい?」
「これから持ち帰って、正式に課長の方から連絡させていただきます。ついでに蒼汰くん…」
「…蒼汰くん?」
「あーっと、すみません…この案件は横山に一任することになると思いますので、また改めて挨拶させますね」
「…山色くんは携わらないのかい?」

突然声色を変えた冬木部長を訝しげに見ながら、もう一度頭の中でスケジュールを呼び起こす。今の仕事はあと一ヶ月も立てば落ち着くが、その後は半年に一度計画している全サーバーのクリーンアップと、それに伴うバックアップから更新という一大イベントが待っている。つまりはシステム開発課の繁忙期だ。その時期は他の部署との合同企画をやらないようにしている。屍が屍を産むだけで、お互いに何の利益にもならないからだ。

「うーん実は私、今経理部との合同案件が大詰めでして。今回のお話も社運をかけたものですし、今スケジュールに余裕のある横山が妥当だと考えますので」
「ふーん、そうか…経理部ねぇ……」
「?…あの、横山も優秀なエンジニアですので、彼の実力は私が保証します」

社内システムの開発から立ち上げ、実装に至っては私が行ったことであり、それは各部署説明会で全社員に周知されていることである。仕事のできる冬木部長に頼りにされているのなら、これほど光栄なことはない。
ただ、現時点でトラブルなく運用し、社員から業務効率が上がったと言われるのは私一人の力でできたことではない。課長や楓先輩のご助力はもちろん、行き詰まっている時に配属された蒼汰くんの力が大きいのだ。彼はまだ若いが実力はあるので、関わったことがない冬木部長がそれを知らないにせよ、始まる前から心配に思われるのは少し癪に感じた。

「あぁ!言い方が悪かったかな、ごめんね。なにもその横山くんを疑ってるわけではないよ」
「はぁ…えっと、じゃあ…?」
「僕はただ、山色くんと仕事したかっただけ」
「……へ?」

ラスボスの発言に思考回路が停止する。言葉に詰まっていると、突然椅子に座ったまま距離をつめてきた。

「な、なんですか?」
「…ふーん、もう気付いていると思ったけど、頭はいいのに存外鈍いのかな?」
「っ、なにが…」

にっこりと笑いながら机に頬杖をついて、その流し目でちらりとこちらを見てくる。この色っぽい仕草に、世の女性はやられてるのかと思うと、逆に冷静になれた。前情報ありがとうございます、楓先輩。

「にしても…そんなに大事に思われてる蒼汰くんには、妬けるなぁ…」
「…?なんのことです…?」
「僕はずっと、山色くんに「あいたい」って思ってたよってこと」

その瞬間全身の筋肉が固まって、一歩も動けない。
もしかして、と思った私は間違ってはいなかったのかもしれない。
やはりこの人は全て分かった上で、社内掲示板であんなことをしてたのか。私が彼の記事を食い入るように見つめていたことも、不思議な数字に頭を捻って考えていたことも、もしかしたら昨日の資料に課長が気づくところに分かりやすく数字を残したのも、それらから私が数字の暗号を解読していったことも…全てお見通しなのだろうか。
だからこんなカマをかけるような言い方をするのか。バカにされたと思ったが、怒りよりも情けなさが勝る。私は見事彼の思惑に釣られていた愚かな魚になっていたのだから。

「…ねぇ、ほんとに会いたかったんだよ。会って話して、僕のこと覚えてもらいたかったんだ」
「……っそれで…社内掲示板に…?」
「だって、それ以外に気にかけてもらえる方法なかったからね」

人が開発したものをなんて使い方するんだ。仕事に使ってくれよなせめて!と心の中は竜巻のようにぐるぐるしているが、怒りと不安と情けなさに打ちひしがれている今、迫りくる冬木部長を押し退けることもできないまま、彼に囚われそうになってしまう。

「アレ、読めたとき…どう思った?」
「…どう…って」
「ちょっとは僕のこと意識してくれたかな?」

彼の手が私の頬に伸びる。払いのけなければ、と身体の緊張をなんとか解こうとしていると、不意にノックの音が響いた。

コンコン…ガチャ…

「会談中失礼します、深山です。穂、そろそろ打ち合わせを始めたいって経理部の秋本さんが…って、……っぎゃああああああああ!!!!!」

救世主、現る。

「せ、せせ先輩!お、おち、おちついて!」
「これが落ち着いていられるかあああ!おいこら冬木ぃ!!お前は社内の風紀をどこまで乱したら気が済むんだこるああああ!!」
「あれ、深山。久しぶりだね、元気にしてた?ちょっと疲れてるんじゃない?ビタミン足りてる?」
「ゔぁっかやろおおお!お前の尻拭いをしている身にもなれえええ!」
「ははは、そんなことを頼んだ覚えはないけどな」

前言撤回。救世主ではなく、怒れる魔王の降臨だ。

「あんたねぇ!!この子に軽々しく手出してみなさいな!!このあたしが許さないわよ!!!!」
「せ、せんぱぁい……!」
「この子が万が一この会社を辞めるなんてことがあってみなさい!潰れるわよ!!この会社!!!あたしを路頭に迷わせる気?!!」

こちらの味方戦士として共にラスボスへと立ち向かってくれるのかと思いきや、ただの保身に走る悪魔だったとは。

呆然とする私をよそに、烈火の如くキレまくる先輩と、より神経を逆撫でするようににこやかに言い返す冬木部長の掛け合いは、若手ホープ蒼汰くんの「いい大人達が朝からなにやってんすか」という冷めた目と呆れた声によって幕を閉じた。


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