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しおりを挟む…prrrr……ガチャッ…プツッ……ツー…ツー……
それは唐突に始まった。
「………だー!またよ、また!またよー!なんなのよー!」
「どうしました?楓先輩」
「あ、穂!もうまたなのよ!また無言電話!今週入って毎日!一日一回お昼時!しかも内線でかかってくるなんて、犯人は社内の人間でしょう?人の手間取らせて、もー!むかつくんですけど!!」
ここはHM株式会社8階、システム開発課のフロア。その名の通り、社内のシステムやネットセキュリティ関連について右に出る者はいないと言えるほどの手練が集う課である。まぁわずか4人しかいないのだけど。
私こと、山色穂は、3年前システム開発課が新設された当初、社長推薦枠で入社し、社内システムの全てを担うことになったしがないエンジニアである。
そして今叫んでいるのが私の唯一の先輩、深山楓先輩だ。『高嶺の楓様』と噂の先輩はその美貌から「傾国の美女」という異名を持つが、なかなかどうにもお酒好きで、昨日だって部を超えた若手の飲み会に参加し、今も少し二日酔いでどんよりしている。新設当時からのメンバーで、社会人経験の薄かった私が、初対面の時から何かと相談に乗ってもらえている頼りになる先輩だ。
そんな楓先輩は今、このフロア内で起きているとある事件に雄叫びをあげている。
「内線で無言電話ですか?それは困りますね…明日は私が出ましょうか?」
「え?いいわよ!事務方はあたしなんだから。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。穂は仕事たくさん抱えてんだから、そっちやって」
彼女の言うたくさんの仕事、とはシステム関連業務のことだ。私と、それから昨年新卒採用でうちにやってきた後輩と二人で業務に当たっている。
楓先輩は主に事務や経理、それから外回りを担当している。だから電話を取るのは自分だという責任感から、ストレスを溜める日々を過ごしていた。
「あー…でもほんと無理。なんなの、暇なの?一日一回昼間に、おにぎり齧りながら反対の手で無言電話って?寂しがり屋かよ。片手間で楽しむなよな。全力で寂しがれ」
「楓先輩、その全力で寂しがるとは?」
「だー!もー!声でかいですよ!楓先輩!!俺今いいとこなんですから静かにしてください」
ヘッドホンを外しながら私の隣で顔を上げたのは、同じシステム担当の後輩、横山蒼汰くんである。彼のエンジニアとしての腕はピカイチで、うちの輝かしきホープだ。ちなみに私たちは基本外部から連絡をもらうことがないので、集中するのにイヤホンやヘッドホンをすることを課長が認めてくれている。もちろん仕事に支障のない範囲でだが。
「なになにぃ?いいとこぉ?昼間からえっちな動画でも見てたのかなぁ~?蒼汰くんは」
「楓先輩はばかなんですか。いいとこっていうのはそっちじゃねーよ仕事だよ!」
「ばかとはなんだばかとは!いいとこなんてソッチしか考えられないでしょうが!!」
「あーあー、もはやばかでしかない!誰もが楓先輩と一緒だと思うなよ!!」
「あたしは昼間からそんなもん見ないわよ。無言電話しかかけられない寂しがり屋と一緒にしないで」
「一緒になんてしてません。俺はただ、静かにしろって言ってるんです!」
「まぁ、でもねぇ…そいつも、イヤホンなんかしちゃって堂々と楽しめないタイプのむっつり蒼汰とは訳が違うわよね」
「誰の話をしてるんだよ!俺はむっつりじゃないです!」
「なんなんですか、もう」とため息を付きながらPCに向かう蒼汰くんに、思わず苦笑した。彼も昨日見つかったシステムエラーには、少し苦戦しているようで、今もピリピリしながら作業をしている。
その無言電話とやらが気になりつつも、ふと時計を見ると現在時刻は13:16。蒼汰くんも私もまだお昼を取れていない。こういうのは根を詰めたっていいことないからと、蒼汰くんにも休憩を促してから一足先に社用スマホを取り出して休憩室へと赴いた。
………ガチャッ…キィー………パタン……
「……ふぅー………」
エレベーターホールの横にある人気のない喫煙ルーム。煙草とは無縁の生活を送っている私がここを使うのはひとえに、私か蒼汰くんのどちらかしか使用しない"仮眠室"となっているからだ。
空気清浄機だけが稼働するこの静かな空間で、首にぶら下がる『Minoru Yamashiki』と書かれた社員証を放り投げ、社長の許可を得て運び込んだふかふかのソファに寝転がりながら、社用スマホで社内掲示板を確認する。
3年前、社内システムを組んでいく中で、そこに独立したサーバーを作りデータの共有化を図った。データの閲覧や編集が手軽にどこでもできるようになり、かつ簡単に周知できるようになったことでどの部署も業務効率の向上が見られた。数字となって出てきた結果にふむふむと頷いたのも記憶に新しい。
そのおまけで作った社内掲示板は、最初こそぎこちなく業務連絡のみだったものの、今年度初旬にレイアウトをチェンジして以降、多くの人が活用してくれるようになった。社内限定であるのと同時に、社内システムの個人IDでログインして使用するので、匿名投稿ができないというのもモラルが守られている理由の一つであるのだろうが、運用から2年立つ今も特に大きな問題はない。けれど多くの人が活用するからこそ、開発者の私が毎日隅々まで内容をチェックしているのだ。
「…あ、この人……また載せてる…」
社内掲示板では、記事の内容を確認できる閲覧相手が指定できる。グループ内で共有したい重要な仕事の情報や会議の案内等は、相手を選択して発信することで、他の人間に見られることがない。また、飲み会の開催内容や、はたまた落とし物の連絡等、全社員に向けて発信することも可能である。
私は管理者の権限から全てを閲覧できるが、もちろんそのことは全社員に周知されているので、トップレベルの極秘事項が載せられることはまずない。普段は気軽な情報共有の場として活用されているのだが…
「……メモ、というより暗号文だよなぁ……」
企画開発部の冬木部長が、ここ3ヶ月ほど前から突然掲示板を活用し始めた。それは特に問題ないのだが、それが数字の羅列のみという内容であり、しかも閲覧相手が冬木部長ご本人のみ、という変わった記事であった。
冬木部長といえば、我社が誇る最年少部長であらせられながら、歴代最高売上額を誇り、今なお毎月更新の成績トップを貫く超スーパーエリートの冬木克己部長その人である。数字は追って当たり前、その為ならどんなものでも利用する。それは部下も取引先相手も時にライバル社であっても。その様子はまるでチェスの盤を上から眺めているようだと言われている…らしい。社内でもっぱらの噂と言っても、就職が特殊だった私はどの部署にも同期と呼ばれる人がいないので、そんな私にとってのそういった情報源は楓先輩によるものである。しかし仕事の実績からもその噂の信憑性は高い。
―あいつはだめよ。仕事はできても女たらしでどクズだから―
冬木部長と同期入社の楓先輩は、冬木部長への評価が一段と低く、よくそうこぼしていた。人より頭一つ分大きい冬木部長を見かけることは度々あって、その都度周りには男女問わず常に誰かがいたのを思い出す。たまに冬木部長の腕に手を絡める女性がいたり、冬木部長が誰かの頭に手を置いて撫でていたりする姿を見たことがあった。その辺りが"たらし"たる所以なのかと思う。"彼に泣かされた"という同期や後輩を、楓先輩は何度か慰めてきたらしい。
そんな彼女の言葉から、どこまでが噂かほんとは分からずとも、なかなか"軽薄な人"なのだなぁと勝手に思っていた。他にももっと彼のどクズと呼ばれる部分を、楓先輩から以前ランチタイムに伺ったが、その時はあまり興味がなく目の前のパフェに惹かれていたこともあり内容は微塵も覚えてない。
とにかく、冬木部長は人間関係は別にしても、仕事に関しては頼れる人だとその実績からも分かるので、この掲示板の記事も最初は打ち間違いや設定違いかと思い、企画開発部まで書類の確認に行く予定だという蒼汰くんを捕まえて、さり気なく指摘してもらったのだが、彼が持ち帰った冬木部長の返答は『大丈夫だよ』だったので、首を傾げるしかなかった。
大丈夫、とはなんだ。そもそも返答として間違っていないか?
まぁでも本人が言うなら問題ないのかと特に気にすることもなかったが、それから一週間に一度の割合で同じ公開設定で記事をあげているので、これは何か仕事のメモ代わりもしれないと一人納得していた。だけど―……
「……これは、気になる数字の羅列なんだよなぁ」
エンジニアとして、いや数字オタクとして、この羅列はどうにも興味をそそられる。私自身閲覧権限は持っていても、それをコピーしたり悪用したりすることはもちろん許されていない。ましてや徒に内容を吟味するなど、モラルに反することはしないし、する気もないのだが、如何せんつい見かけたときはいろいろ考えてしまう。
「2進数…でもないし、どこかの座標でもない。何か法則性がありそうで、なさそうなんだよなぁ…古代ローマの数学者まで戻らないとわからない、とか?」
画面には4つの数字が並んでいる。前回は5文字で、その前は3文字だったか。すべての数字の羅列を覚えているわけではないが、毎回意味がありそうでなさそうな数字に頭を捻り、数分したら諦めて仕事に取り掛かる。そしてまた一週間後に表れる別の数字に頭を悩ませるのだ。
「んー…でもこの数字の羅列は前も見たな…頻度高い気がする。やっぱり仕事関係のメモ書きなのかな……うーん……」
……ピーピーピーピー……
静かなフロアに突如警報音がなる。これはシステム内の更新におけるトラブルを示す音だ。更新前に度々うちのフロア内だけで鳴り響くこのアラームは、今だに鳴るとどきっとさせられて一向に慣れない。自分で設定した音のくせになぁ、と苦笑する。
ガチャッ…
「穂先輩!ちょっと見てもらえますか?」
「今行くよ」
うーんと背伸びしてからデスクへと戻るときには、冬木部長の暗号文のことは頭から抜けていた。
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