1 / 24
1
しおりを挟む…prrrr……ガチャッ…プツッ……ツー…ツー……
それは唐突に始まった。
「………だー!またよ、また!またよー!なんなのよー!」
「どうしました?楓先輩」
「あ、穂!もうまたなのよ!また無言電話!今週入って毎日!一日一回お昼時!しかも内線でかかってくるなんて、犯人は社内の人間でしょう?人の手間取らせて、もー!むかつくんですけど!!」
ここはHM株式会社8階、システム開発課のフロア。その名の通り、社内のシステムやネットセキュリティ関連について右に出る者はいないと言えるほどの手練が集う課である。まぁわずか4人しかいないのだけど。
私こと、山色穂は、3年前システム開発課が新設された当初、社長推薦枠で入社し、社内システムの全てを担うことになったしがないエンジニアである。
そして今叫んでいるのが私の唯一の先輩、深山楓先輩だ。『高嶺の楓様』と噂の先輩はその美貌から「傾国の美女」という異名を持つが、なかなかどうにもお酒好きで、昨日だって部を超えた若手の飲み会に参加し、今も少し二日酔いでどんよりしている。新設当時からのメンバーで、社会人経験の薄かった私が、初対面の時から何かと相談に乗ってもらえている頼りになる先輩だ。
そんな楓先輩は今、このフロア内で起きているとある事件に雄叫びをあげている。
「内線で無言電話ですか?それは困りますね…明日は私が出ましょうか?」
「え?いいわよ!事務方はあたしなんだから。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。穂は仕事たくさん抱えてんだから、そっちやって」
彼女の言うたくさんの仕事、とはシステム関連業務のことだ。私と、それから昨年新卒採用でうちにやってきた後輩と二人で業務に当たっている。
楓先輩は主に事務や経理、それから外回りを担当している。だから電話を取るのは自分だという責任感から、ストレスを溜める日々を過ごしていた。
「あー…でもほんと無理。なんなの、暇なの?一日一回昼間に、おにぎり齧りながら反対の手で無言電話って?寂しがり屋かよ。片手間で楽しむなよな。全力で寂しがれ」
「楓先輩、その全力で寂しがるとは?」
「だー!もー!声でかいですよ!楓先輩!!俺今いいとこなんですから静かにしてください」
ヘッドホンを外しながら私の隣で顔を上げたのは、同じシステム担当の後輩、横山蒼汰くんである。彼のエンジニアとしての腕はピカイチで、うちの輝かしきホープだ。ちなみに私たちは基本外部から連絡をもらうことがないので、集中するのにイヤホンやヘッドホンをすることを課長が認めてくれている。もちろん仕事に支障のない範囲でだが。
「なになにぃ?いいとこぉ?昼間からえっちな動画でも見てたのかなぁ~?蒼汰くんは」
「楓先輩はばかなんですか。いいとこっていうのはそっちじゃねーよ仕事だよ!」
「ばかとはなんだばかとは!いいとこなんてソッチしか考えられないでしょうが!!」
「あーあー、もはやばかでしかない!誰もが楓先輩と一緒だと思うなよ!!」
「あたしは昼間からそんなもん見ないわよ。無言電話しかかけられない寂しがり屋と一緒にしないで」
「一緒になんてしてません。俺はただ、静かにしろって言ってるんです!」
「まぁ、でもねぇ…そいつも、イヤホンなんかしちゃって堂々と楽しめないタイプのむっつり蒼汰とは訳が違うわよね」
「誰の話をしてるんだよ!俺はむっつりじゃないです!」
「なんなんですか、もう」とため息を付きながらPCに向かう蒼汰くんに、思わず苦笑した。彼も昨日見つかったシステムエラーには、少し苦戦しているようで、今もピリピリしながら作業をしている。
その無言電話とやらが気になりつつも、ふと時計を見ると現在時刻は13:16。蒼汰くんも私もまだお昼を取れていない。こういうのは根を詰めたっていいことないからと、蒼汰くんにも休憩を促してから一足先に社用スマホを取り出して休憩室へと赴いた。
………ガチャッ…キィー………パタン……
「……ふぅー………」
エレベーターホールの横にある人気のない喫煙ルーム。煙草とは無縁の生活を送っている私がここを使うのはひとえに、私か蒼汰くんのどちらかしか使用しない"仮眠室"となっているからだ。
空気清浄機だけが稼働するこの静かな空間で、首にぶら下がる『Minoru Yamashiki』と書かれた社員証を放り投げ、社長の許可を得て運び込んだふかふかのソファに寝転がりながら、社用スマホで社内掲示板を確認する。
3年前、社内システムを組んでいく中で、そこに独立したサーバーを作りデータの共有化を図った。データの閲覧や編集が手軽にどこでもできるようになり、かつ簡単に周知できるようになったことでどの部署も業務効率の向上が見られた。数字となって出てきた結果にふむふむと頷いたのも記憶に新しい。
そのおまけで作った社内掲示板は、最初こそぎこちなく業務連絡のみだったものの、今年度初旬にレイアウトをチェンジして以降、多くの人が活用してくれるようになった。社内限定であるのと同時に、社内システムの個人IDでログインして使用するので、匿名投稿ができないというのもモラルが守られている理由の一つであるのだろうが、運用から2年立つ今も特に大きな問題はない。けれど多くの人が活用するからこそ、開発者の私が毎日隅々まで内容をチェックしているのだ。
「…あ、この人……また載せてる…」
社内掲示板では、記事の内容を確認できる閲覧相手が指定できる。グループ内で共有したい重要な仕事の情報や会議の案内等は、相手を選択して発信することで、他の人間に見られることがない。また、飲み会の開催内容や、はたまた落とし物の連絡等、全社員に向けて発信することも可能である。
私は管理者の権限から全てを閲覧できるが、もちろんそのことは全社員に周知されているので、トップレベルの極秘事項が載せられることはまずない。普段は気軽な情報共有の場として活用されているのだが…
「……メモ、というより暗号文だよなぁ……」
企画開発部の冬木部長が、ここ3ヶ月ほど前から突然掲示板を活用し始めた。それは特に問題ないのだが、それが数字の羅列のみという内容であり、しかも閲覧相手が冬木部長ご本人のみ、という変わった記事であった。
冬木部長といえば、我社が誇る最年少部長であらせられながら、歴代最高売上額を誇り、今なお毎月更新の成績トップを貫く超スーパーエリートの冬木克己部長その人である。数字は追って当たり前、その為ならどんなものでも利用する。それは部下も取引先相手も時にライバル社であっても。その様子はまるでチェスの盤を上から眺めているようだと言われている…らしい。社内でもっぱらの噂と言っても、就職が特殊だった私はどの部署にも同期と呼ばれる人がいないので、そんな私にとってのそういった情報源は楓先輩によるものである。しかし仕事の実績からもその噂の信憑性は高い。
―あいつはだめよ。仕事はできても女たらしでどクズだから―
冬木部長と同期入社の楓先輩は、冬木部長への評価が一段と低く、よくそうこぼしていた。人より頭一つ分大きい冬木部長を見かけることは度々あって、その都度周りには男女問わず常に誰かがいたのを思い出す。たまに冬木部長の腕に手を絡める女性がいたり、冬木部長が誰かの頭に手を置いて撫でていたりする姿を見たことがあった。その辺りが"たらし"たる所以なのかと思う。"彼に泣かされた"という同期や後輩を、楓先輩は何度か慰めてきたらしい。
そんな彼女の言葉から、どこまでが噂かほんとは分からずとも、なかなか"軽薄な人"なのだなぁと勝手に思っていた。他にももっと彼のどクズと呼ばれる部分を、楓先輩から以前ランチタイムに伺ったが、その時はあまり興味がなく目の前のパフェに惹かれていたこともあり内容は微塵も覚えてない。
とにかく、冬木部長は人間関係は別にしても、仕事に関しては頼れる人だとその実績からも分かるので、この掲示板の記事も最初は打ち間違いや設定違いかと思い、企画開発部まで書類の確認に行く予定だという蒼汰くんを捕まえて、さり気なく指摘してもらったのだが、彼が持ち帰った冬木部長の返答は『大丈夫だよ』だったので、首を傾げるしかなかった。
大丈夫、とはなんだ。そもそも返答として間違っていないか?
まぁでも本人が言うなら問題ないのかと特に気にすることもなかったが、それから一週間に一度の割合で同じ公開設定で記事をあげているので、これは何か仕事のメモ代わりもしれないと一人納得していた。だけど―……
「……これは、気になる数字の羅列なんだよなぁ」
エンジニアとして、いや数字オタクとして、この羅列はどうにも興味をそそられる。私自身閲覧権限は持っていても、それをコピーしたり悪用したりすることはもちろん許されていない。ましてや徒に内容を吟味するなど、モラルに反することはしないし、する気もないのだが、如何せんつい見かけたときはいろいろ考えてしまう。
「2進数…でもないし、どこかの座標でもない。何か法則性がありそうで、なさそうなんだよなぁ…古代ローマの数学者まで戻らないとわからない、とか?」
画面には4つの数字が並んでいる。前回は5文字で、その前は3文字だったか。すべての数字の羅列を覚えているわけではないが、毎回意味がありそうでなさそうな数字に頭を捻り、数分したら諦めて仕事に取り掛かる。そしてまた一週間後に表れる別の数字に頭を悩ませるのだ。
「んー…でもこの数字の羅列は前も見たな…頻度高い気がする。やっぱり仕事関係のメモ書きなのかな……うーん……」
……ピーピーピーピー……
静かなフロアに突如警報音がなる。これはシステム内の更新におけるトラブルを示す音だ。更新前に度々うちのフロア内だけで鳴り響くこのアラームは、今だに鳴るとどきっとさせられて一向に慣れない。自分で設定した音のくせになぁ、と苦笑する。
ガチャッ…
「穂先輩!ちょっと見てもらえますか?」
「今行くよ」
うーんと背伸びしてからデスクへと戻るときには、冬木部長の暗号文のことは頭から抜けていた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる