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【番外編】ウサギだけは気づいている後編※
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家出先を告げていったのもあって、スマホを見ても律からは「夕方頃迎えに行きます」というメッセージが入っているだけだった。それを断って「今から帰る」と送る。迎えに来てもらうわけにはいかない。そこまで甘やかしてほしいわけじゃない。本田さんと打ち合わせを終えてから日向たちに別れを告げ、まだ日の高い時間に今度はちゃんとお日様を浴びて、前を真っ直ぐ向いて歩いた。
……ガチャッ…
「…、透」
ただいま、って大きな声で言うはずだったのに、玄関で立ち尽くすように待っていた律の抱擁に言葉を失った。
交際8年目の大雨の日のときに比べれば落ち着いているけれど、私を抱きしめるその腕震えているのを感じて、ますます何も言えなくなった。私も腕を律の背中にまわすと、腕の力がまた強くなる。
「私だって…貴女とずっと一緒にいたいんです…」
その声は今にも消えそうで、小さな灯火のように思えた。律がずっと心に宿す、一番の願い。私も絶対に消したくない思い。
「…律、私もだよ。私だって律と、ずっと一緒にいたい」
今度は私が抱きしめる腕の力を強くして、二人の隙間なんてなくなって溶け合うように、しばらく二人して抱き合った。
ふと力が緩んだと思ったら、律はしゃがんで私の靴を脱がした。彼の肩に手を置いてその行為を甘受する。
靴を脱がし終わったら今度は膝の裏に手を当てて私を抱き上げる。そのまま洗面所で手を洗ってうがいをさせられて、また抱きあげられてリビングのソファに降ろされる。私を壊れ物のようにそっと扱う律は、不安でならないときにこういうことをするのだとあの大雨の日から気づいた。彼は私を甘やかすことで、その愛を確かめようとする。だから私も甘えられるべきところは素直に身を預けた。
「お茶をいれます」と言って離れようとする律の手を掴む。強く握って勢いよく引っ張ると、抵抗なく私の横に座った。
「律、聞いて」
「いやです」
「いやじゃない」
私から何を言われるのか不安なのだと思う。けど、ここで逃げたら前回の二の舞だ。
「律、お願いがあるの」
「ドレスのことですか。だったら私の意思は変わりません。あのドレスを着ていくことだけは、許さない」
その声が少し震えているから、私は握ったままの手にまた力を込めた。
「…ううん。私、あのドレス着るよ。日向が私のために、映画のコンセプトも踏まえて作ってくれたんだもの。授賞式で着るべきものだから」
「っしかし、」
「だからね、お願いがあるの。律」
「…、いやです…やっぱりそれは許せない……だから代替案として…私と、」
「私と一緒に、授賞式に出てほしい」
律の言葉を遮るように言えば、私たちの時間が止まったように思えた。
律は長いこと黙り込んでいたように感じたが、時間にすればものの数分だっただろう。恐る恐ると言うように顔を上げた律は困惑を隠しきれていなくて、空いている手で彼の頬に触れた。
「本田さんにもお願いした。律がいいならいいよって」
「…と、おる…」
「それから河野さんにも連絡した。そしたら2日間くらいなら律が休んでもなんとかするって言ってくれたの」
「…正宗が、」
「勝手なことしてごめん。わがままなのは分かってるけど…一緒に来てほしい。律にエスコート、してほしい」
どれくらい見つめ合っていたか分からないけれど、律は大きくため息をついて項垂れた。いつもきちんとセットされている髪がはらりと顔の前に落ちるのを見て、私の決意もゆらゆらとぐらついてくる。
「や、やっぱり怒ってる?勝手に休みとるような…律だって仕事の都合があるのに、何も聞かずに動いて、怒って…、っん!」
噛みつかれるように口を塞がれて、吸えなかった息が苦しくて胸をどんどんと叩いたけれど、律は離してくれなかった。縋るように彼のシャツを掴んだら、ふっと離れて抱きしめられる。
「……、…律…?」
「…そうか、だから……っくそ」
耳元で悪態をつく律を不思議に思うが、後ろに回った腕が私の頭を優しく撫でるので、そのまま身を委ねた。
「…貴女って人はほんと、やってくれますね」
「………ごめんなさい」
「謝るな」
その声があまりに優しくて、涙が滲んだ。律に対して声を荒げたことは、私の中で結構なダメージになっているようで、その優しい手付きと声に気持ちが溢れてしまう。律のシャツに水玉を落としてしまうと、彼はまた一段と優しく撫でるから、涙は止まることを知らなかった。
「………実は私も、河野に連絡したんです」
「……え、?」
「なんとか休みを取りたいから、3日ほど頼みたいと連絡しました。上司も承諾済みです。だから透が帰ってきたら…次は本田さんにお願いするつもりでした」
「………なに、を…?」
聞かなくたって答えは分かっているのに、どうしてもその先を律の言葉で聞きたくて堪らなかった。
「…透、私を一緒に連れて行ってください」
「っ!り、つぅ…!」
「…泣かないで、透」
「泣く、でしょぉ…!」
小さい子どもあやすように背中を撫でられながら、少し離れた律の胸を今度は軽くとんとんと叩いた。優しく目元の涙を拭われたので視線を向けると、優しい笑顔の律と目が合って、また目の前が滲んでいく。
「…今度は私のわがままを聞いてください」
「……ん、」
「その前に…謝ります。あのドレスはきれいです。似合うに決まっている…まさしく透のために作られたドレスです」
ほしかったその言葉に、息が止まった。体の奥深くから湧き上がるように愛おしく温かいもので満たされていく。
「着飾った貴女を一番に見られない自分が悔しい。貴女の素肌に触れる男がいることも、自分の知らない世界で貴女を熱く見つめる人間がいることも、全てが許せない…それを"不愉快"だと言ったこと、謝ります」
日向の言ったとおりだった。分かっていないのは私だけで、一番のばかはこの私だった。
「だから、私にその権利をください」
「……っ、権利?」
「美しい貴女を一番に見る権利。素肌に触れることを許される権利。愛おしい貴女を熱く見つめる権利」
「そ、んなの…」
当たり前のことだ。そんな権利、律以外に渡したくない。私にとっての全てが、律のものなんだから。
「現地での通訳も私がします。なのでどうか、私に貴女の手を引く権利を、」
「…っ、もち、ろん…こちらこそ、お願いします」
右手の甲にキスを落とされる。その律の美しさにたまらなくなって、今度は私から抱きついた。
隙間なんて作りたくないとぎゅうっと抱きつく私の頭にキスが落とされたら、私の欲はもっと膨れ上がって自分から顔を上げた。
「…キス、してほしい」
「キス、だけですか?」
そんなわけない、という言葉は彼の優しい口づけに呑まれていった。
新居に合わせて購入したソファはもともと律のマンションにあったものより幾分も小さいもので、二人で座るには、ピッタリ寄り添うことでようやっと収まるサイズになっている。その狭いソファで、私たちは今キスをして抱き合っていた。
触れたときから一度も離さないと言わんばかりに、角度を変えて繋がるそこからはリップ音が絶えず聞こえてきて、恥ずかしさと同時に私の中に芽生える情欲が収まることはなかった。
「…ん、律…あ…っ、ぅん……」
「…、透………」
優しく名前を呼ばれるだけで体がぶるりと震えた。それを寒気と勘違いしたのか、律は私の体を抱き上げて寝室へと歩みを進める。
「…、律!だ、だめだよ!まだ夕方、!」
丁寧に置かれたベッドの上で、私の上で跨る姿に息を呑む。
「……先に謝っておきます」
「な、なに…?」
ぐっと近づいた唇が、私の唇に触れるかギリギリのところで言葉を放つ。
「…いくら腹が減っても、やめてあげられません」
「、っ!」
触れるだけの余裕のあるキスからは想像もつかない、服の上から押し付けられる律の昂りに、どうしようもなく胸が高鳴る。
彼に酔いしれている私はぐっと頬を掴んで、彼の耳元で囁くように懇願した。
「お願い……ほしい、!」
「…、仰せのままに」
「ん、…ふぁ……っ、あああ!」
「…っ」
いつもよりも少し性急にことが進められた気がするけれど、胸への愛撫も密壺を解す手も全てが丁寧で優しくて、私の身体はじっくりと開かれていった。
早く律が欲しいと訴えても、なかなか許しが貰えなくて身体の奥が切なく苦しい。今か今かと待ちわびる私の下腹部は、律の指を何度も締め付けた。
「…、透…焦らないで」
「焦って、なんか…!んああ…」
私のナカのざらついたところをぐっと圧されるだけで、腰が跳ねるのを止められない。いやいやと首を振っても頭や頬を撫でられるだけで律の手は止まらず、なのにその手に唇を撫でられるだけで、期待だけがどんどん膨らんでいくのだ。
その撫でる指を口に含んで舌でなぞると、律がほうっと息を吐いた。
「…そんなこと、誰に教わったんだか…」
「ん、…りつ、だよ…?」
私の身体をこんなにも開いてくれたのは律だ。求めることが愛なのだと教えてくれたのも律。
「っ、…なら、応えないといけませんね」
「…っんああ、ん、…お、願い…来てぇ」
それを合図にいつの間にか準備を終えた剛直が奥まで入ってきて、目の前がチカチカした。息ができず、音にならない声で叫んだ。
「ーーーーーーーーーっ!!!」
「はっ…透、!声を、出して…」
無茶なことをと言ってやりたいのに、足の先までピンッと張って、声は愚か指一本動かせなかった。
呼吸にならない息を吐き、酸素を求めて開いた口は律の唇に閉じられた。まともに呼吸ができない中で何度も奥を突かれて、苦しいはずなのに嬉しくて、頭の中がめちゃくちゃになる。
音にならない喉で何度も“好き”を叫んだら、聞こえていないはずの律がやっと唇を離して「私は愛してる」と言うので、私は堪らなくなってその唇に噛み付いた。
「…………………ちょっと、まさかほんとに被るんじゃないでしょうね、ソレ」
「……私もつい今まで忘れてた…」
出発前日に家へドレスの確認に来た日向は、織田くんが本田さんと一緒に持ち運んだ荷物を見て絶句した。
「…ちょっと!隆也!コレ、本気なの?!」
「本気も何も、コレが『春野徹』なんだから、仕方ねーだろ?それに現地の奴らも、面白そうだからってオッケー出したし」
「ちょっと!横峯さんはいいの?!こんな姿でレッドカーペットなん、て…………やだちょっと、横峯さん固まってるじゃないの。どうするのよ、隆也」
「そらぁ…美しく着飾った自分の妻が熱い視線で見つめられるかと思いきや、現地じゃ笑いものにされる勢いなんだから。固まりもするさ」
隣で固まる律のことも気になるが、かつて言い出しっぺの私自身が失念していたのだから、なんとも言えない空気に包まれてしまう。
「まさかあのドレスに例の“ウサギの被り物”するなんて、誰も考えないわよ。これじゃあエスコートする横峯さんまで笑いものだわ」
目の前に鎮座するウサギさんは、以前に記者会見でお世話になったものだった。またこうしてお目にかかることになるとは。自分で顔出しNGを出したくせに、その存在をすっかり忘れていた。
「……横峯さん?やっぱり俺代わりましょうか?」
「…織田くん……いいえ。透の横に立つのは私です。それに着ぐるみの頭を被るということは、現地でのチークキスも回避できますし、一石二鳥ですね」
「横峯さんってとんだポジティブさんなんですね」
織田くんのツッコミにもめげずにウサギさんの耳を撫でる律に、でもまぁ彼も喜んでいるならいいかと一人息を吐いた。なにより喧嘩も一件落着して仲直りできたんだから、これはこれでよしとしよう。律がいれば、この先どんなことだって乗り越えていけるから。「向こうでも…それとこれからも、よろしくね」そんな思いで見つめれば、気づいた律が優しく手を握ってくれるので、私もにっこり微笑んだ。
……ガチャッ…
「…、透」
ただいま、って大きな声で言うはずだったのに、玄関で立ち尽くすように待っていた律の抱擁に言葉を失った。
交際8年目の大雨の日のときに比べれば落ち着いているけれど、私を抱きしめるその腕震えているのを感じて、ますます何も言えなくなった。私も腕を律の背中にまわすと、腕の力がまた強くなる。
「私だって…貴女とずっと一緒にいたいんです…」
その声は今にも消えそうで、小さな灯火のように思えた。律がずっと心に宿す、一番の願い。私も絶対に消したくない思い。
「…律、私もだよ。私だって律と、ずっと一緒にいたい」
今度は私が抱きしめる腕の力を強くして、二人の隙間なんてなくなって溶け合うように、しばらく二人して抱き合った。
ふと力が緩んだと思ったら、律はしゃがんで私の靴を脱がした。彼の肩に手を置いてその行為を甘受する。
靴を脱がし終わったら今度は膝の裏に手を当てて私を抱き上げる。そのまま洗面所で手を洗ってうがいをさせられて、また抱きあげられてリビングのソファに降ろされる。私を壊れ物のようにそっと扱う律は、不安でならないときにこういうことをするのだとあの大雨の日から気づいた。彼は私を甘やかすことで、その愛を確かめようとする。だから私も甘えられるべきところは素直に身を預けた。
「お茶をいれます」と言って離れようとする律の手を掴む。強く握って勢いよく引っ張ると、抵抗なく私の横に座った。
「律、聞いて」
「いやです」
「いやじゃない」
私から何を言われるのか不安なのだと思う。けど、ここで逃げたら前回の二の舞だ。
「律、お願いがあるの」
「ドレスのことですか。だったら私の意思は変わりません。あのドレスを着ていくことだけは、許さない」
その声が少し震えているから、私は握ったままの手にまた力を込めた。
「…ううん。私、あのドレス着るよ。日向が私のために、映画のコンセプトも踏まえて作ってくれたんだもの。授賞式で着るべきものだから」
「っしかし、」
「だからね、お願いがあるの。律」
「…、いやです…やっぱりそれは許せない……だから代替案として…私と、」
「私と一緒に、授賞式に出てほしい」
律の言葉を遮るように言えば、私たちの時間が止まったように思えた。
律は長いこと黙り込んでいたように感じたが、時間にすればものの数分だっただろう。恐る恐ると言うように顔を上げた律は困惑を隠しきれていなくて、空いている手で彼の頬に触れた。
「本田さんにもお願いした。律がいいならいいよって」
「…と、おる…」
「それから河野さんにも連絡した。そしたら2日間くらいなら律が休んでもなんとかするって言ってくれたの」
「…正宗が、」
「勝手なことしてごめん。わがままなのは分かってるけど…一緒に来てほしい。律にエスコート、してほしい」
どれくらい見つめ合っていたか分からないけれど、律は大きくため息をついて項垂れた。いつもきちんとセットされている髪がはらりと顔の前に落ちるのを見て、私の決意もゆらゆらとぐらついてくる。
「や、やっぱり怒ってる?勝手に休みとるような…律だって仕事の都合があるのに、何も聞かずに動いて、怒って…、っん!」
噛みつかれるように口を塞がれて、吸えなかった息が苦しくて胸をどんどんと叩いたけれど、律は離してくれなかった。縋るように彼のシャツを掴んだら、ふっと離れて抱きしめられる。
「……、…律…?」
「…そうか、だから……っくそ」
耳元で悪態をつく律を不思議に思うが、後ろに回った腕が私の頭を優しく撫でるので、そのまま身を委ねた。
「…貴女って人はほんと、やってくれますね」
「………ごめんなさい」
「謝るな」
その声があまりに優しくて、涙が滲んだ。律に対して声を荒げたことは、私の中で結構なダメージになっているようで、その優しい手付きと声に気持ちが溢れてしまう。律のシャツに水玉を落としてしまうと、彼はまた一段と優しく撫でるから、涙は止まることを知らなかった。
「………実は私も、河野に連絡したんです」
「……え、?」
「なんとか休みを取りたいから、3日ほど頼みたいと連絡しました。上司も承諾済みです。だから透が帰ってきたら…次は本田さんにお願いするつもりでした」
「………なに、を…?」
聞かなくたって答えは分かっているのに、どうしてもその先を律の言葉で聞きたくて堪らなかった。
「…透、私を一緒に連れて行ってください」
「っ!り、つぅ…!」
「…泣かないで、透」
「泣く、でしょぉ…!」
小さい子どもあやすように背中を撫でられながら、少し離れた律の胸を今度は軽くとんとんと叩いた。優しく目元の涙を拭われたので視線を向けると、優しい笑顔の律と目が合って、また目の前が滲んでいく。
「…今度は私のわがままを聞いてください」
「……ん、」
「その前に…謝ります。あのドレスはきれいです。似合うに決まっている…まさしく透のために作られたドレスです」
ほしかったその言葉に、息が止まった。体の奥深くから湧き上がるように愛おしく温かいもので満たされていく。
「着飾った貴女を一番に見られない自分が悔しい。貴女の素肌に触れる男がいることも、自分の知らない世界で貴女を熱く見つめる人間がいることも、全てが許せない…それを"不愉快"だと言ったこと、謝ります」
日向の言ったとおりだった。分かっていないのは私だけで、一番のばかはこの私だった。
「だから、私にその権利をください」
「……っ、権利?」
「美しい貴女を一番に見る権利。素肌に触れることを許される権利。愛おしい貴女を熱く見つめる権利」
「そ、んなの…」
当たり前のことだ。そんな権利、律以外に渡したくない。私にとっての全てが、律のものなんだから。
「現地での通訳も私がします。なのでどうか、私に貴女の手を引く権利を、」
「…っ、もち、ろん…こちらこそ、お願いします」
右手の甲にキスを落とされる。その律の美しさにたまらなくなって、今度は私から抱きついた。
隙間なんて作りたくないとぎゅうっと抱きつく私の頭にキスが落とされたら、私の欲はもっと膨れ上がって自分から顔を上げた。
「…キス、してほしい」
「キス、だけですか?」
そんなわけない、という言葉は彼の優しい口づけに呑まれていった。
新居に合わせて購入したソファはもともと律のマンションにあったものより幾分も小さいもので、二人で座るには、ピッタリ寄り添うことでようやっと収まるサイズになっている。その狭いソファで、私たちは今キスをして抱き合っていた。
触れたときから一度も離さないと言わんばかりに、角度を変えて繋がるそこからはリップ音が絶えず聞こえてきて、恥ずかしさと同時に私の中に芽生える情欲が収まることはなかった。
「…ん、律…あ…っ、ぅん……」
「…、透………」
優しく名前を呼ばれるだけで体がぶるりと震えた。それを寒気と勘違いしたのか、律は私の体を抱き上げて寝室へと歩みを進める。
「…、律!だ、だめだよ!まだ夕方、!」
丁寧に置かれたベッドの上で、私の上で跨る姿に息を呑む。
「……先に謝っておきます」
「な、なに…?」
ぐっと近づいた唇が、私の唇に触れるかギリギリのところで言葉を放つ。
「…いくら腹が減っても、やめてあげられません」
「、っ!」
触れるだけの余裕のあるキスからは想像もつかない、服の上から押し付けられる律の昂りに、どうしようもなく胸が高鳴る。
彼に酔いしれている私はぐっと頬を掴んで、彼の耳元で囁くように懇願した。
「お願い……ほしい、!」
「…、仰せのままに」
「ん、…ふぁ……っ、あああ!」
「…っ」
いつもよりも少し性急にことが進められた気がするけれど、胸への愛撫も密壺を解す手も全てが丁寧で優しくて、私の身体はじっくりと開かれていった。
早く律が欲しいと訴えても、なかなか許しが貰えなくて身体の奥が切なく苦しい。今か今かと待ちわびる私の下腹部は、律の指を何度も締め付けた。
「…、透…焦らないで」
「焦って、なんか…!んああ…」
私のナカのざらついたところをぐっと圧されるだけで、腰が跳ねるのを止められない。いやいやと首を振っても頭や頬を撫でられるだけで律の手は止まらず、なのにその手に唇を撫でられるだけで、期待だけがどんどん膨らんでいくのだ。
その撫でる指を口に含んで舌でなぞると、律がほうっと息を吐いた。
「…そんなこと、誰に教わったんだか…」
「ん、…りつ、だよ…?」
私の身体をこんなにも開いてくれたのは律だ。求めることが愛なのだと教えてくれたのも律。
「っ、…なら、応えないといけませんね」
「…っんああ、ん、…お、願い…来てぇ」
それを合図にいつの間にか準備を終えた剛直が奥まで入ってきて、目の前がチカチカした。息ができず、音にならない声で叫んだ。
「ーーーーーーーーーっ!!!」
「はっ…透、!声を、出して…」
無茶なことをと言ってやりたいのに、足の先までピンッと張って、声は愚か指一本動かせなかった。
呼吸にならない息を吐き、酸素を求めて開いた口は律の唇に閉じられた。まともに呼吸ができない中で何度も奥を突かれて、苦しいはずなのに嬉しくて、頭の中がめちゃくちゃになる。
音にならない喉で何度も“好き”を叫んだら、聞こえていないはずの律がやっと唇を離して「私は愛してる」と言うので、私は堪らなくなってその唇に噛み付いた。
「…………………ちょっと、まさかほんとに被るんじゃないでしょうね、ソレ」
「……私もつい今まで忘れてた…」
出発前日に家へドレスの確認に来た日向は、織田くんが本田さんと一緒に持ち運んだ荷物を見て絶句した。
「…ちょっと!隆也!コレ、本気なの?!」
「本気も何も、コレが『春野徹』なんだから、仕方ねーだろ?それに現地の奴らも、面白そうだからってオッケー出したし」
「ちょっと!横峯さんはいいの?!こんな姿でレッドカーペットなん、て…………やだちょっと、横峯さん固まってるじゃないの。どうするのよ、隆也」
「そらぁ…美しく着飾った自分の妻が熱い視線で見つめられるかと思いきや、現地じゃ笑いものにされる勢いなんだから。固まりもするさ」
隣で固まる律のことも気になるが、かつて言い出しっぺの私自身が失念していたのだから、なんとも言えない空気に包まれてしまう。
「まさかあのドレスに例の“ウサギの被り物”するなんて、誰も考えないわよ。これじゃあエスコートする横峯さんまで笑いものだわ」
目の前に鎮座するウサギさんは、以前に記者会見でお世話になったものだった。またこうしてお目にかかることになるとは。自分で顔出しNGを出したくせに、その存在をすっかり忘れていた。
「……横峯さん?やっぱり俺代わりましょうか?」
「…織田くん……いいえ。透の横に立つのは私です。それに着ぐるみの頭を被るということは、現地でのチークキスも回避できますし、一石二鳥ですね」
「横峯さんってとんだポジティブさんなんですね」
織田くんのツッコミにもめげずにウサギさんの耳を撫でる律に、でもまぁ彼も喜んでいるならいいかと一人息を吐いた。なにより喧嘩も一件落着して仲直りできたんだから、これはこれでよしとしよう。律がいれば、この先どんなことだって乗り越えていけるから。「向こうでも…それとこれからも、よろしくね」そんな思いで見つめれば、気づいた律が優しく手を握ってくれるので、私もにっこり微笑んだ。
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にゃんまる様
こんにちは。はじめまして。
感想ありがとうございます。
私自身、このお話に出てくる登場人物はみんな好きなので、本編には挟めない各々の視点をどうしても書きたいと思い、本編と同じくらい(いやむしろ本編超え)の文字数で番外編を書いてしまいました。
書いているときもとても楽しかったのですが、それを面白かったと言っていただけて、今は嬉しい気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
本作の番外編も次回作も、少し先になりますが手直しが終わり次第投稿する予定です。
またそちらでも楽しんでいただけたら幸いです。
こちらこそ、よろしくお願いします❀
初めて感想を書こうと思う程、大変面白く拝見させていただきました。
軽快に進むテンポ良い文体、心地よいリズミカルな作中の会話の流れ、一気に読んでしまいましたが、もっと長く作品を読んでいたかったです。
またヒロインも作家さんでしたので、どんな素敵な本を書いているのか少し気になるところでしたが、連作題名がパン屋〜で、肩透かし?意趣返し?な、気分になりました。ストーリーを進めるうえで、大変重要な背景描画も、適切で拗過ぎず、想像しやすく、話しにのめり込みやすかったです。
是非別の作品も読んでみたいです。
今後も頑張ってください。
sakura_ume様
こんにちは。はじめまして。
初めて感想を…とのことで、涙腺が壊れるかと思いました。
そんな風に言っていただけて、とても嬉しいです。どうしよう…もう少し書いてみようかな、番外編…と思い至りました。
パン屋シリーズについて、実はTwitterで少し呟いた程度なのですが「オムレツとパンの出会いとカツサンドの横槍の話」なんてものを妄想し書いてお蔵入りにしてみたりと、色々遊んでいた裏話もあります。
なので、どうしてパンなの?と不思議に思っていただけたなら書き手の私としては嬉しい限りです。
この話は初めて書いた作品で私自身思い入れも深く、そのように背景描写や書き方もよかったと言ってもらえて、とても励みになりました。
本当にありがとうございます。
他の作品も今後投稿する予定でいます。
その時にまたお会いでき、そして楽しんでいただけたら私もとても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします❀
主人公もヒーローもぶっ飛んでいて、最高です。主人公がぶっとんでいるのに、凄く小心なところがなんとも言えず、楽しくほっこりしてます。
番外編楽しいです。まだまだこの二人の話を読みたいです。
かわ様。
こんにちは。はじめまして。
感想ありがとうございます。
真面目な顔しつつただの重々しい男と、0か100かの振り幅な女と、確かにぶっとんだ二人でありまして。それを楽しくほっこりと言っていただけて、嬉しい限りです。
あと少し番外編を書き進めていますので、また楽しんでいただけたら幸いです。
これからもよろしくお願いします❀