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熱が下がって、律とカフェで待ち合わせをする前に、私は自分なりの覚悟を形にした。
「…一週間前、律と喧嘩別れみたいなのしちゃった日。その日に私、律にちゃんと伝えなきゃって思って、これを渡すつもりでいたの。結局、売り言葉に買い言葉みたいになっちゃって、肝心の一番伝えたいことが伝えられなかったんだけど…」
あの日、結局渡すことはできなかったけど、次に会えた時は必ずって思って、どこに行くときも持ち歩いていた。
「律から連絡が貰えなくて、もしかしてもう私たちは終わってしまったのかもって頭を過ぎったけど、例え律から終わりにしようって言われたとしても、ちゃんと自分の気持ちは伝えなきゃって思って…」
「透。そんなこと…あるわけない」
「うん。さっきの言葉を聞いて、勇気をもらったよ。だからね、あのね…律」
A4サイズの封筒は、だいぶくたびれてしまったけれど、無事な中身を取り出して、律に渡す。
「…私と…結婚してください」
「…え…?」
私の欄を埋めた婚姻届を手に取った律が、明らかに動揺して固まってしまったのを見て、湧き上がった勇気が萎んでいくのがわかる。だけど、ここまで来たら引き下がれない。
「私ね…だらしないとこいっぱいで、律に甘えてばかりいて。そんな私がおこがましいにも程があると思うんだけど…これからも、私は律が一番だし、律にとっての一番であり続けたい。そのためにも律に「お世話」なんてしてもらわなくても、自分のことは自分でできるように、だらしないとこをちゃんとなおさないとって…前から思ってたの」
付きあった最初の頃は洗濯物もちゃんも干して畳んで、ご飯も自炊して、掃除もまめにして、自分のことも自分で労って。そんな当たり前の生活をしてきていたはずだ。小説を書くことが趣味から仕事に変わってきたときから、私生活が崩れるばかりか、律が「お世話」をしてくれるようになった。そこに、律なりの「思い」があったことはよく分かったけれど、私はやっぱり、ちゃんとしたい。
「…けどあの日、あの大雨の日に、その気持ちが自分の中で形になって動き出したの。律の部屋にいた彼女がワイシャツを握りしめてたのを見て、彼女は律のワイシャツを洗うことができるのかって思ったら…すごく悔しかった。でも同時に、私は律がずぶ濡れになって帰ってきても、泥んこのシャツを洗ってあげるなんて気の効いたことできないし…それに、きっともしあの場に最初から私がいても、律は私には汚れたシャツを洗わせるなんてことしないだろうなって…そんな風に思ったの。任せてもらえないなんて情けないなって…これじゃだめだって」
律とこれからも一緒にいるために。できることから頑張りたい。
「律の泥んこのワイシャツだって下着だって、私は洗えるようになりたいし、それを任せてもらいたい。律に、「そんなことしなくていい」なんて言われない存在になりたい。」
「だから、変えなきゃって思った。今の関係を。この片方だけがお世話してお世話されて、そんなことが当たり前のようになってしまっている関係を。今度はもっとお互いに労りあえる、新しい関係を始めたい。律と二人で」
律が慌てたように私の手を握る。婚姻届を傍らに置いて、焦った顔で私を見つめる。
「…!透、待ってください」
「いやだ!待たない!私ね…一週間律と会えなくて、自分なりに頑張ってみたの。自炊とか掃除とか。でも全然だめだった。まだ結果は出てないけど…私、ちゃんとするから。朝、律に行ってらっしゃいって言って見送るし、執筆もちゃんとしながら、律のパジャマとシーツを洗って、夕方にはご飯を作って…帰ってきた律におかえりって言いたい」
外見だけ変えたって、中身はちっとも追いつかなかった。余計に焦ってまずは自炊からなんてやってみたけど、一人で食べるご飯はちっとも美味しくなくて。
私には「律が作ってくれたご飯」じゃなくて、「律と一緒に食べるご飯」が必要だなんて、当たり前のことを自覚した。
「、!透!」
「校了前は屍になっちゃうかもしれないけど、落ち着いている時期は…きれいなワンピースを着て二人で出かけたい。休みの日は二人で庭いじりして、野菜とかお花とか育ててみたい。二人でずっと一緒にいたい」
「っ透、頼む、待ってくれ」
「そうやって、支えて支えられて…二人で並んで生きていきたい。病めるときも健やかなるときも、手を取り合って、律と愛し合いたい」
「その先は、!」
「だから、律。私と…結婚してください」
「、っ!だから!待てと言ったでしょう!」
律が大きな声をあげた。二人の間に沈黙が続く。私はどうしたらいいのか、何か間違っていたのか、もしかしてもうこれっきりになるのかと、不安が一気に押し寄せて、涙が出そうになる。
「…待てってなに?聞けないってこと?つまりそれは…っ断って、」
「!!違う!そうじゃない!断るわけない!いや、待てではないな…っ…その……すみません…泣かせたいわけじゃない。ただ…その先は……私に、言わせてほしかった…」
「…え?」
「…そうだった。貴女は昔から思い立ったらすぐに行動するタイプでした。だからって、貴女から先にプロポーズするなんて…ありますか…っそんな大事なことを先に言わせるなんて…貴女は、どれだけ私を情けなくしたら気が済むのですか…」
「…律…」
「…婚姻届を用意してプロポーズするなんて、そんな男気を貴女に求めた覚えはないのに…」
「…律…ごめん、でもね!あの」
「はぁー…」律が大きなため息をつく。もしかしなくとも私はまた一人から回って、失敗しちゃったのだろうか。いやでも私だって身をよじる覚悟を決めて挑んでいるんだ。生半可な気持ちじゃないのに、どうしてこんな責められるようなことになるのか。なんで私は謝ってるのか。悲しみが怒りに上書きされていく。
「…っ別にプロポーズに男も女もないでしょ!…私は律と一緒にいたくて、頑張ろうって思って…覚悟も決めたのに、なんでこんな…」
「…そのお喋りな口をちょっと閉じなさい」
そう言うと律はまたあの優しいキスをしてくれた。今度は深くなることはなくて、啄むようなキスが繰り返される。口を塞ぐためかと思いきや、おでこや瞼、頬、口の端、耳、首の付け根、うなじ、見えている部分に余すことなく口付けを降らしてくる。
「…っふ、っん……ねぇ…律、っ…くすぐったいよ…」
「…なんと答えればいいのか、答えはとっくに決まっているのに、言葉が出てこない」
「…え?」
「私だって貴女とずっと一緒にいたい。それこそ、病めるときも健やかなるときも、手を取り合って、二人で」
律も私と同じ思いでいてくれたこと、私の告白を一言残らず聞いてくれていたその事実が、また私を熱くする。
「律…!嬉しい!私頑張るからね!もっともっと頑張るから!」
「貴女は十分すぎるほどに頑張っています。励むのは私の方です」
「なら二人で頑張ろ!一緒に頑張ったら2倍だよ!これからもよろしくね!律!大好きだよ!」
「…こちらこそ。透、私は愛していますよ」
「…今日はもう遅いです。泊まっていきなさい」
「え、いいの?」
「食事は簡単なものしか用意できませんが」
「うわぁうれしい!立食ぜんぜん食べられなかったから!あ、でもまって、私も一緒に作りたい」
「今日は疲れたでしょう。先に風呂に入った方がいいのでは?」
「うー、確かにせめて、着替えたい…けど…料理一緒にしたい…」
「……なら、」
「…?」
「そしてどうしてこうなった」
「何か言いましたか?」
「いえ別に…」
―なら、一緒に入りましょうか―
まさか律からそんなことを言われるなんて思わなかった。そりゃぁ、一緒に入るのなんて、今までにもあったけど…
―着せてあげることができなかったんです。せめて脱がせる役目は私に…―
そんなことを言われて、正気で風呂に入れるわけがない。入る前から茹で蛸になりながら体を洗う羽目になった。律はすでに入浴済みだったらしく、今は私を背中から抱きしめるように一緒に湯船に浸かっている。
「…透」
「…なぁに?」
「…貴女は、頑張りたいと言っていましたが、貴女の言う「お世話」は、私にとっては甘やかしているだけでしたよ」
「…そうなの?ほんとに?」
「存外、世話を焼くのは好きなんです。貴女限定の話ですが」
「それは…なんというか、ありがとう…?」
「私だけが貴女を甘やかすことができる。その権利を奪うようなことはせず、これからも甘えてください」
またそんなことを言うから、私はいつまでたっても成長できないのに。さっきだって、パーティ仕様にガチガチにスプレーをふられた私の髪を律が丁寧に解いて優しく洗ってくれるので、私は目を瞑って委ねるしかなかった。結局甘い思いをしているのは私だけでは?なんて思うけど、やたら律が甘い顔をするから何も言えない。この思いどうしてくれよう…なんてことを思いながらも、やはり今も湯船で背中を預けているあたり成長を遂げることなく今日を終えそうな自分に叱咤する余裕もない。
「…だから、今日一日頑張った貴女を私に労らせてください」
「……え?いや、今でさえ十分甘えて…」
後ろにいる律を下から見上げる。これ以上何を甘やかしてくれるの、なんて言いかけて、私は悟った。律の目の奥に宿るその欲情に動けなくなる。目が、離せない……
「鈍い。抱かせろと言っている」
「…っ!ぅわっ……っ…ん…」
律は軽々私を抱えて、膝の上に乗せた。言葉とは裏腹に優しくキスをしながら、腰と背中に回った手が優しく素肌を撫でる。行き来する手にお腹の下辺りがずくずくしてくるけれど、その波から逃げられない力強さで抱きしめられる。
唇を割って入ってきた肉厚な舌が歯列をなぞり、水音を立てる。その音は風呂場に反響して、やたら大きくなって耳に届く。なんとも言えない恥じらいを感じて身をよじると、律の腕の力が一層強まって、さらに響かせてくるのだ。
「っん、律…音っ…いやぁん…」
「透、もっと感じて…」
かぷりっとうなじに噛みつきながら、片方の手が背中を這い回る。脇を撫でるその動きに体が痺れて息が漏れる。
「…っはぁ…あ、律…」
「誰の手で乱れているのか、自覚してください」
下腹部に降りていく手が臀部に辿り着き、優しく破れ目を擦るから、いたたまれなくなって声があがり体が跳ねる。
「、!ひあぁっ…やぁ…っそこ…」
「誰が触れているのか、ちゃんと理解して。もっと喘いで」
後頭部に回っていた逆の手が、うなじから胸元まで下がり、先端を優しく摘むから、無意識に腰を捩らせてしまう。
「透、逃げないで…感じて」
「っやぁ…っん、逃げたい、わけじゃな…っあん!」
手のひら全体で優しく包んだかと思えば、悪戯に先端を弄くる律に翻弄される。
不意に体が持ち上がり、湯船の縁に座らされた。律が顔前に来た2つの膨らみを両手で中央に寄せ、ちゅっと赤い花を咲かせる。チクリと小さく痛むそれに、律の愛が乗りうつるように感じて、頭の芯まで蕩けるのがわかる。
「貴女の全ては私のものだと、安心させて」
「…っ、律ぅ…んあっ…」
思えば律と一週間も口を効かなかったことなんて、今回が初めてだった。私も不安だった分、律も寂しい思いをしていたことを改めて感じる。
「…っん、ねぇっ…律…」
「…はい?」
「…貴方の、好きにして…?」
「…っ!ばかなことを…」
律はそう言うと私を抱き上げたまま立ち上がる。
「…ここで煽っても、いいことありませんよ」
私の背中を風呂場の壁に預けて、片手で器用に支えながら、律の舌が何度も私の口内を犯す。もう片方の手が下腹部の破れ目の中を擦る度に、あられもない声が上がりそうになるが、その声もすべて、律が食べてしまう。
「…んあぁ!……いい…っことしかっ…ない、よっ!」
しがみつく律の耳元に口を寄せて、「私も寂しかった…」と囁やけば、途端に動きが激しくなる。
「…私も貴女が、恋しかった…!」
私の中を知り尽くした律の手が、私をどんどん追い詰めていく。割れ目の入り口から奥にかけて律の指が行き来する度に、奥から蜜が溢れ出るのが分かる。それでもまだ足りないと、貪欲な私は律の指を締め付けるのだ。
「…っん、律っ!…もう、…いっちゃ…っ!」
「好きなときに好きなだけイクといい」
律の言葉に緩みきった理性を総動員させて首をふる。違う、そうじゃない…
「っあぁん!…いや、いやなの…っ!律も、いっしょ…っん…じゃなきゃ…っふ、あぁっ!」
「…!っ、透…!」
中をかき回す手が抜き取られ、代わりに彼の熱く大きなモノが当てつけられる。中は十分に潤っているのに、それでもゴリゴリと内壁を抉って入ってくるソレに、気が飛びそうになりながら必死で律にしがみついた。ただただ翻弄され続ける私を律が力強く、それでも優しく、抱きしめて囁く。
「…っ透…愛してるっ」
私も愛してる、と伝えられたかな。言葉にならない声をあげながら、ひたすらに律を受け止めた。何度も何度も貫かれる体はすでに痺れていて感覚が溶けているのに、中だけはぎゅっと律を包んで離さない。律の果てた衝動を中で感じたときには、私の意識も落ちていった。
「…どう考えても、風呂場で最後までするもんじゃないな…」
あれからすっかり茹で上がった私は律のシャツを身にまとって、私の下着で溢れかえるベッドに仰向けで寝かせられている。律が私の服を全部散らかしてしまったから、「これじゃあ着るものがありませんね」と軽いため息と一緒に律の服を着せてくれた。いやそもそもこれは律のせいだし、別に散らばっているだけで汚れてないんだからと私は着るつもりでいたのだが…
「汚れていないとは言いきれません…何度も求めましたので」…なんてことを律が言うから、それってつまりは、そういうことでしょう……
「…透。水を持ってきましたよ」
「…なんで律はそんな涼しい顔してるかな…」
鍛え方が違うのだろうか、私もジムに通うべき?と、茹だる頭で考えていると、律の手が後頭部に回り、少し浮かされたと同時に、律の口付けが降ってくる。水を口移しで飲まされた後は、また静かにベッドへ降ろされた。
「…少し羽目を外しすぎました。すみません」
「…いや、べつに、いいんだけども…」
私も盛り上がっちゃったし…としどろもどろになる私に優しく微笑むと、すっと頬を撫でてくる。その手付きが優しくて、瞼が重くなる。
「…寝ますか?」
「…ぅん…ねむい…」
「…二人で住める家も見つけないといけませんね…」
一週間ぶりに聞く律の穏やかな声に、私もふふふと笑みが溢れる。律も笑ったのか、もっと優しい声で「…ここもいいですが、将来的なことを考えると手狭になる」なんてことを呟くから、私のなけなしの意識が少し浮上した。
「…んあ……そういえば…」
「?」
「…実は一緒に住めたらいいなと思って……次の家契約したの…」
「え?」
「…って言っても…ぅん~…家はまだないんだけど…」
「は?」
「庭付き一戸建てが建つ、土地…キャッシュで契約しちゃった…ふふ、庭いじりもすぐできるよ……これから間取りとか…一緒に……考えようね………」
「っ!まて、寝るな。なんだその爆弾は。そんな大事なことを、勝手に…っ…こら、起きろ。せめて情報を整理させなさい」
律が何か喋っているけれど、明日にしようよ~なんて呟きが本当に私の口から出たのか否か、確認する間もなく私の意識は夢の奥深くに呑まれていった。
「…一週間前、律と喧嘩別れみたいなのしちゃった日。その日に私、律にちゃんと伝えなきゃって思って、これを渡すつもりでいたの。結局、売り言葉に買い言葉みたいになっちゃって、肝心の一番伝えたいことが伝えられなかったんだけど…」
あの日、結局渡すことはできなかったけど、次に会えた時は必ずって思って、どこに行くときも持ち歩いていた。
「律から連絡が貰えなくて、もしかしてもう私たちは終わってしまったのかもって頭を過ぎったけど、例え律から終わりにしようって言われたとしても、ちゃんと自分の気持ちは伝えなきゃって思って…」
「透。そんなこと…あるわけない」
「うん。さっきの言葉を聞いて、勇気をもらったよ。だからね、あのね…律」
A4サイズの封筒は、だいぶくたびれてしまったけれど、無事な中身を取り出して、律に渡す。
「…私と…結婚してください」
「…え…?」
私の欄を埋めた婚姻届を手に取った律が、明らかに動揺して固まってしまったのを見て、湧き上がった勇気が萎んでいくのがわかる。だけど、ここまで来たら引き下がれない。
「私ね…だらしないとこいっぱいで、律に甘えてばかりいて。そんな私がおこがましいにも程があると思うんだけど…これからも、私は律が一番だし、律にとっての一番であり続けたい。そのためにも律に「お世話」なんてしてもらわなくても、自分のことは自分でできるように、だらしないとこをちゃんとなおさないとって…前から思ってたの」
付きあった最初の頃は洗濯物もちゃんも干して畳んで、ご飯も自炊して、掃除もまめにして、自分のことも自分で労って。そんな当たり前の生活をしてきていたはずだ。小説を書くことが趣味から仕事に変わってきたときから、私生活が崩れるばかりか、律が「お世話」をしてくれるようになった。そこに、律なりの「思い」があったことはよく分かったけれど、私はやっぱり、ちゃんとしたい。
「…けどあの日、あの大雨の日に、その気持ちが自分の中で形になって動き出したの。律の部屋にいた彼女がワイシャツを握りしめてたのを見て、彼女は律のワイシャツを洗うことができるのかって思ったら…すごく悔しかった。でも同時に、私は律がずぶ濡れになって帰ってきても、泥んこのシャツを洗ってあげるなんて気の効いたことできないし…それに、きっともしあの場に最初から私がいても、律は私には汚れたシャツを洗わせるなんてことしないだろうなって…そんな風に思ったの。任せてもらえないなんて情けないなって…これじゃだめだって」
律とこれからも一緒にいるために。できることから頑張りたい。
「律の泥んこのワイシャツだって下着だって、私は洗えるようになりたいし、それを任せてもらいたい。律に、「そんなことしなくていい」なんて言われない存在になりたい。」
「だから、変えなきゃって思った。今の関係を。この片方だけがお世話してお世話されて、そんなことが当たり前のようになってしまっている関係を。今度はもっとお互いに労りあえる、新しい関係を始めたい。律と二人で」
律が慌てたように私の手を握る。婚姻届を傍らに置いて、焦った顔で私を見つめる。
「…!透、待ってください」
「いやだ!待たない!私ね…一週間律と会えなくて、自分なりに頑張ってみたの。自炊とか掃除とか。でも全然だめだった。まだ結果は出てないけど…私、ちゃんとするから。朝、律に行ってらっしゃいって言って見送るし、執筆もちゃんとしながら、律のパジャマとシーツを洗って、夕方にはご飯を作って…帰ってきた律におかえりって言いたい」
外見だけ変えたって、中身はちっとも追いつかなかった。余計に焦ってまずは自炊からなんてやってみたけど、一人で食べるご飯はちっとも美味しくなくて。
私には「律が作ってくれたご飯」じゃなくて、「律と一緒に食べるご飯」が必要だなんて、当たり前のことを自覚した。
「、!透!」
「校了前は屍になっちゃうかもしれないけど、落ち着いている時期は…きれいなワンピースを着て二人で出かけたい。休みの日は二人で庭いじりして、野菜とかお花とか育ててみたい。二人でずっと一緒にいたい」
「っ透、頼む、待ってくれ」
「そうやって、支えて支えられて…二人で並んで生きていきたい。病めるときも健やかなるときも、手を取り合って、律と愛し合いたい」
「その先は、!」
「だから、律。私と…結婚してください」
「、っ!だから!待てと言ったでしょう!」
律が大きな声をあげた。二人の間に沈黙が続く。私はどうしたらいいのか、何か間違っていたのか、もしかしてもうこれっきりになるのかと、不安が一気に押し寄せて、涙が出そうになる。
「…待てってなに?聞けないってこと?つまりそれは…っ断って、」
「!!違う!そうじゃない!断るわけない!いや、待てではないな…っ…その……すみません…泣かせたいわけじゃない。ただ…その先は……私に、言わせてほしかった…」
「…え?」
「…そうだった。貴女は昔から思い立ったらすぐに行動するタイプでした。だからって、貴女から先にプロポーズするなんて…ありますか…っそんな大事なことを先に言わせるなんて…貴女は、どれだけ私を情けなくしたら気が済むのですか…」
「…律…」
「…婚姻届を用意してプロポーズするなんて、そんな男気を貴女に求めた覚えはないのに…」
「…律…ごめん、でもね!あの」
「はぁー…」律が大きなため息をつく。もしかしなくとも私はまた一人から回って、失敗しちゃったのだろうか。いやでも私だって身をよじる覚悟を決めて挑んでいるんだ。生半可な気持ちじゃないのに、どうしてこんな責められるようなことになるのか。なんで私は謝ってるのか。悲しみが怒りに上書きされていく。
「…っ別にプロポーズに男も女もないでしょ!…私は律と一緒にいたくて、頑張ろうって思って…覚悟も決めたのに、なんでこんな…」
「…そのお喋りな口をちょっと閉じなさい」
そう言うと律はまたあの優しいキスをしてくれた。今度は深くなることはなくて、啄むようなキスが繰り返される。口を塞ぐためかと思いきや、おでこや瞼、頬、口の端、耳、首の付け根、うなじ、見えている部分に余すことなく口付けを降らしてくる。
「…っふ、っん……ねぇ…律、っ…くすぐったいよ…」
「…なんと答えればいいのか、答えはとっくに決まっているのに、言葉が出てこない」
「…え?」
「私だって貴女とずっと一緒にいたい。それこそ、病めるときも健やかなるときも、手を取り合って、二人で」
律も私と同じ思いでいてくれたこと、私の告白を一言残らず聞いてくれていたその事実が、また私を熱くする。
「律…!嬉しい!私頑張るからね!もっともっと頑張るから!」
「貴女は十分すぎるほどに頑張っています。励むのは私の方です」
「なら二人で頑張ろ!一緒に頑張ったら2倍だよ!これからもよろしくね!律!大好きだよ!」
「…こちらこそ。透、私は愛していますよ」
「…今日はもう遅いです。泊まっていきなさい」
「え、いいの?」
「食事は簡単なものしか用意できませんが」
「うわぁうれしい!立食ぜんぜん食べられなかったから!あ、でもまって、私も一緒に作りたい」
「今日は疲れたでしょう。先に風呂に入った方がいいのでは?」
「うー、確かにせめて、着替えたい…けど…料理一緒にしたい…」
「……なら、」
「…?」
「そしてどうしてこうなった」
「何か言いましたか?」
「いえ別に…」
―なら、一緒に入りましょうか―
まさか律からそんなことを言われるなんて思わなかった。そりゃぁ、一緒に入るのなんて、今までにもあったけど…
―着せてあげることができなかったんです。せめて脱がせる役目は私に…―
そんなことを言われて、正気で風呂に入れるわけがない。入る前から茹で蛸になりながら体を洗う羽目になった。律はすでに入浴済みだったらしく、今は私を背中から抱きしめるように一緒に湯船に浸かっている。
「…透」
「…なぁに?」
「…貴女は、頑張りたいと言っていましたが、貴女の言う「お世話」は、私にとっては甘やかしているだけでしたよ」
「…そうなの?ほんとに?」
「存外、世話を焼くのは好きなんです。貴女限定の話ですが」
「それは…なんというか、ありがとう…?」
「私だけが貴女を甘やかすことができる。その権利を奪うようなことはせず、これからも甘えてください」
またそんなことを言うから、私はいつまでたっても成長できないのに。さっきだって、パーティ仕様にガチガチにスプレーをふられた私の髪を律が丁寧に解いて優しく洗ってくれるので、私は目を瞑って委ねるしかなかった。結局甘い思いをしているのは私だけでは?なんて思うけど、やたら律が甘い顔をするから何も言えない。この思いどうしてくれよう…なんてことを思いながらも、やはり今も湯船で背中を預けているあたり成長を遂げることなく今日を終えそうな自分に叱咤する余裕もない。
「…だから、今日一日頑張った貴女を私に労らせてください」
「……え?いや、今でさえ十分甘えて…」
後ろにいる律を下から見上げる。これ以上何を甘やかしてくれるの、なんて言いかけて、私は悟った。律の目の奥に宿るその欲情に動けなくなる。目が、離せない……
「鈍い。抱かせろと言っている」
「…っ!ぅわっ……っ…ん…」
律は軽々私を抱えて、膝の上に乗せた。言葉とは裏腹に優しくキスをしながら、腰と背中に回った手が優しく素肌を撫でる。行き来する手にお腹の下辺りがずくずくしてくるけれど、その波から逃げられない力強さで抱きしめられる。
唇を割って入ってきた肉厚な舌が歯列をなぞり、水音を立てる。その音は風呂場に反響して、やたら大きくなって耳に届く。なんとも言えない恥じらいを感じて身をよじると、律の腕の力が一層強まって、さらに響かせてくるのだ。
「っん、律…音っ…いやぁん…」
「透、もっと感じて…」
かぷりっとうなじに噛みつきながら、片方の手が背中を這い回る。脇を撫でるその動きに体が痺れて息が漏れる。
「…っはぁ…あ、律…」
「誰の手で乱れているのか、自覚してください」
下腹部に降りていく手が臀部に辿り着き、優しく破れ目を擦るから、いたたまれなくなって声があがり体が跳ねる。
「、!ひあぁっ…やぁ…っそこ…」
「誰が触れているのか、ちゃんと理解して。もっと喘いで」
後頭部に回っていた逆の手が、うなじから胸元まで下がり、先端を優しく摘むから、無意識に腰を捩らせてしまう。
「透、逃げないで…感じて」
「っやぁ…っん、逃げたい、わけじゃな…っあん!」
手のひら全体で優しく包んだかと思えば、悪戯に先端を弄くる律に翻弄される。
不意に体が持ち上がり、湯船の縁に座らされた。律が顔前に来た2つの膨らみを両手で中央に寄せ、ちゅっと赤い花を咲かせる。チクリと小さく痛むそれに、律の愛が乗りうつるように感じて、頭の芯まで蕩けるのがわかる。
「貴女の全ては私のものだと、安心させて」
「…っ、律ぅ…んあっ…」
思えば律と一週間も口を効かなかったことなんて、今回が初めてだった。私も不安だった分、律も寂しい思いをしていたことを改めて感じる。
「…っん、ねぇっ…律…」
「…はい?」
「…貴方の、好きにして…?」
「…っ!ばかなことを…」
律はそう言うと私を抱き上げたまま立ち上がる。
「…ここで煽っても、いいことありませんよ」
私の背中を風呂場の壁に預けて、片手で器用に支えながら、律の舌が何度も私の口内を犯す。もう片方の手が下腹部の破れ目の中を擦る度に、あられもない声が上がりそうになるが、その声もすべて、律が食べてしまう。
「…んあぁ!……いい…っことしかっ…ない、よっ!」
しがみつく律の耳元に口を寄せて、「私も寂しかった…」と囁やけば、途端に動きが激しくなる。
「…私も貴女が、恋しかった…!」
私の中を知り尽くした律の手が、私をどんどん追い詰めていく。割れ目の入り口から奥にかけて律の指が行き来する度に、奥から蜜が溢れ出るのが分かる。それでもまだ足りないと、貪欲な私は律の指を締め付けるのだ。
「…っん、律っ!…もう、…いっちゃ…っ!」
「好きなときに好きなだけイクといい」
律の言葉に緩みきった理性を総動員させて首をふる。違う、そうじゃない…
「っあぁん!…いや、いやなの…っ!律も、いっしょ…っん…じゃなきゃ…っふ、あぁっ!」
「…!っ、透…!」
中をかき回す手が抜き取られ、代わりに彼の熱く大きなモノが当てつけられる。中は十分に潤っているのに、それでもゴリゴリと内壁を抉って入ってくるソレに、気が飛びそうになりながら必死で律にしがみついた。ただただ翻弄され続ける私を律が力強く、それでも優しく、抱きしめて囁く。
「…っ透…愛してるっ」
私も愛してる、と伝えられたかな。言葉にならない声をあげながら、ひたすらに律を受け止めた。何度も何度も貫かれる体はすでに痺れていて感覚が溶けているのに、中だけはぎゅっと律を包んで離さない。律の果てた衝動を中で感じたときには、私の意識も落ちていった。
「…どう考えても、風呂場で最後までするもんじゃないな…」
あれからすっかり茹で上がった私は律のシャツを身にまとって、私の下着で溢れかえるベッドに仰向けで寝かせられている。律が私の服を全部散らかしてしまったから、「これじゃあ着るものがありませんね」と軽いため息と一緒に律の服を着せてくれた。いやそもそもこれは律のせいだし、別に散らばっているだけで汚れてないんだからと私は着るつもりでいたのだが…
「汚れていないとは言いきれません…何度も求めましたので」…なんてことを律が言うから、それってつまりは、そういうことでしょう……
「…透。水を持ってきましたよ」
「…なんで律はそんな涼しい顔してるかな…」
鍛え方が違うのだろうか、私もジムに通うべき?と、茹だる頭で考えていると、律の手が後頭部に回り、少し浮かされたと同時に、律の口付けが降ってくる。水を口移しで飲まされた後は、また静かにベッドへ降ろされた。
「…少し羽目を外しすぎました。すみません」
「…いや、べつに、いいんだけども…」
私も盛り上がっちゃったし…としどろもどろになる私に優しく微笑むと、すっと頬を撫でてくる。その手付きが優しくて、瞼が重くなる。
「…寝ますか?」
「…ぅん…ねむい…」
「…二人で住める家も見つけないといけませんね…」
一週間ぶりに聞く律の穏やかな声に、私もふふふと笑みが溢れる。律も笑ったのか、もっと優しい声で「…ここもいいですが、将来的なことを考えると手狭になる」なんてことを呟くから、私のなけなしの意識が少し浮上した。
「…んあ……そういえば…」
「?」
「…実は一緒に住めたらいいなと思って……次の家契約したの…」
「え?」
「…って言っても…ぅん~…家はまだないんだけど…」
「は?」
「庭付き一戸建てが建つ、土地…キャッシュで契約しちゃった…ふふ、庭いじりもすぐできるよ……これから間取りとか…一緒に……考えようね………」
「っ!まて、寝るな。なんだその爆弾は。そんな大事なことを、勝手に…っ…こら、起きろ。せめて情報を整理させなさい」
律が何か喋っているけれど、明日にしようよ~なんて呟きが本当に私の口から出たのか否か、確認する間もなく私の意識は夢の奥深くに呑まれていった。
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※小説家になろう様、カクヨム様でも投稿中
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✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
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扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
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