おぱんつ!ぱにっく!

あまき

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前編

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『みなさんこんばんは。お昼のニュースの時間です。本日より“おぱんつ法案”が施行され、ご家族、ご友人、近隣の方々とその日のおぱんつを見せ合うことが定められました。これは進む核家族化や近隣住民とのコミュニケーション不足による孤立化、そして場合に至っては孤独死を防ぐために定められた法案で、一日一回、必ず誰かに今日のおぱんつを報告しなければ―………』


「…世も末だな」

 朝ごはん、並びに昼ごはんになってしまった食パンを齧りながら、俺こと、咲良千弦さくらちづるは呟いた。目の前のテレビでは相変わらず信じられないような法案について、アナウンサーが必死に説明している。おぉっと、大掛かりなパネルまで出てきやがった。

「世も末だな」

 面白みもない言葉を2回も呟いてしまった俺は、熱いコーヒーで喉の奥にパンを流し込み、ゆっくりと立ち上がる。
 昨夜社内システムのプログラム更新を行っていた俺は、今朝始発で帰宅し、平日である今日は一日休みをもらっていた。帰宅後崩れるように寝落ちして、今はこんな昼時になってようやく朝ごはんを食べているところだ。この後特に用事はないし、なにすっかなぁ~なんて考えながら皿を洗った。

 そして、はっと思い至った。

「………俺、今日誰にぱんつ見せたらいいの?」

 キッチンから勢いよく振り返って、つきっぱなしになっているテレビを見る。そこでは先程のアナウンサーと、その横にはなにやら有名大学教授の偉ぶったオジサンまで現れて、おぱんつ法案について語っていた。

『……では要約すると、一日一回おぱんつの報告ができなかった人には、ペナルティが課せられる…ということですか?』
『そうです。一日につき2点の点数が付与され、連続で8点貯まると罰金になります』
『つまり連続4日間誰ともおぱんつを報告し合えなかった場合、罰金を支払う必竜樹がある、と』
『そうです。報告したかどうかは国が徹底的に管理しており、虚偽報告は認められません。罰金支払い義務から逃れることもできません』
『その、国が管理と言いますが、具体的にはどういう?』
『それは国のトップシークレットに当たりますので、我々には知り得ぬことです』

「いやいや、それはないだろ」

 民主主義はどこへ行った、なんて声が飛び交いそうだ。一体俺たち国民をなんだと思っているのか。

『はぁ…しかし、罰金というのは些か罪が重いように感じます。事情があって報告し合えない場合も考えられますし』

「おぉー、そうだそうだ。もっと言ってやれ」

『そもそも、このおぱんつ法案はお互いのおぱんつを見せ合うという行為を通した言わば生存確認です。“連続4日間報告し合えなかった”というのはそもそも“連続4日間誰とも会わなかった”ということになりますので、国民は孤立化を避けるためにも、一日一回は誰かと会いましょう、というある意味優しい法案なんですよ』
『あ~、なるほど。だから罰金が課せられるのは連続4日間報告できなかった場合、なんですね。4日後に罰金を支払うことで、それが生存確認になると』
『そうです。それに万が一、何かの疾患で倒れていた場合でも、6点が溜まった時点で自治体から連絡が行く手筈になっていますので、孤独死を避けられる―……』

「あ~、なるほど………じゃねーよ」

 物凄く真剣な顔をしたいい大人が、真面目に賢そうなことを言って頷き合っているが、そもそもなんでぱんつなんだ。顔を見せ合うとか、身体的接触が必竜樹なら握手をするとか、そんな事で賄えそうなのに。

「全く…世も末だな」

 本日3度目になる言葉を呟いて、俺はため息をついた。

 まぁなんにせよ、決まったものは仕方がないし、ただでさえ安月給なのだから罰金なんて御免だ。
 とは言っても罰金までまだ4日もあるし、明日会社に行ったら同期の山田にでも連れションのついでに見てもらえばいいだろう。

 俺はまたキッチンに向き直って、洗い物を続けた。







ピーン……ポーン……

「っんぁ?…なんだ?だれかきた?」

 昼にご飯を食べてからまたしてもすっかり寝入ってしまっていた俺は玄関の呼び鈴の音で目を覚ました。カーテンが開きっぱなしの窓からは、真っ暗な空が見える。すっかり夜になった今、何か宅配でも届いたかな、なんて頭をガシガシ掻きながら、部屋着のまま玄関へ向かった。

ガチャッ…

「あ?千谷?」
「…咲良、お前いつもそんな格好でドア開けるのか」
「は?」

 なんとも脈絡のない返答をしてきた男、千谷竜樹せんたにたつきとは謂わば会社の同期である。しかし、方やエリート部署企画推進部のエースで、方や狭い資料室のようなところでひたすらPCと向き合うシステム部平社員、という格差のありすぎる同期だ。どっちがどっちかなんて、聞かなくても分かるだろう。

「いやいやいや。お前こそ突然なんだよ」
「聞いているだろ、答えろ。お前いつもそんな格好で来客対応してたのか」
「そんな格好って…」

 ドアノブを持ったまま、俺は自分の格好を見やる。熱い夏に相応しい、半袖に短パンという至って普通の出で立ちだ。まぁ俺より20センチ背の高い兄ちゃんから貰ったオーバーシャツで胸元もばっくり開いてるし、短パンって言っても太ももの真ん中より上の丈だから、だらしないと言われればそうかもしれないが。

「別にいいだろ?荷物受け取るくらい」
「にしても、せめて上着を着ろ、長ズボンを履け」
「あっついだろーが。夏だぜ?夏。というか、お前はそもそも何しに来たんだよ」

 まるで母親のようなことを言うこいつとは、いくら格差のある他部署所属とは言え、他の同期も誘って宅飲みくらいはするような間柄であった。まぁでも千谷が一人でこの家を訪ねてくるのはこれが初めてかも。

「お前、ニュース見てないのか?」
「にゅーす?…あぁ、おぱんつ法案だっけ?見たよ見た。世も末だよな」
「それで。今日は誰かに見せたのか?」
「はぁ?見せるわけないだろ?今日なんか一日引きこもってたっつーの」

 一ヶ月に一回夜間に行われる社内システムのプログラム更新に、俺が付き添っていることは社内の人間なら誰もが知っていることだ。ゆえに今日有休を取っていたことも千谷だって知っていたはず。
 さては、会社以外でぱんつを見せ合うような友だちのいない俺をバカにしに来たのかと、じとっと見つめてやると、千谷は大きくため息をついた。

「なら知ってるだろ。今日8月2日に限り、誰かに見せないと罰金だって」
「は?」
「しかも、通常額のなんと4倍」
「よ、よよよ4倍!?」

 確か通常8点溜まった場合でも、諭吉数枚だったはず。その4倍ということは、諭吉が10人いても足りない。

「な!え、は!?ど…えぇ!?」
「やっぱりな。お前のことだからどうせ4日後にやればいいかと胡座かいてたんだろ」
「ど、どどどどどうしよう!お、おおおおれそんなに金もってな」

 こればかりは安月給なんて理由じゃ片付けられない。今月の出費として安易に出してしまえる額ではない。どうせならその金で新しい洗濯機を買わせてくれ。

 あと数時間で今日が終わってしまう、と俺が頭を抱えて焦っていると、頭上からまたしてもため息が聞こえた。

「だから、俺が来たんじゃねーか」
「へ?」
「咲良。お前のぱんつを俺に見せろ」

 見上げた先には真面目な顔をした千谷がいて、俺はまたしても「世も末だな」なんて呟いた。




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