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【第五章】皆、覚悟を決める

死ぬまで黙ってろ(3)

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     ◇◇◇



 雷が鳴り止まない地上へホークとリメイが降り立つ。ぐったりとしたリメイを心配するようにタマが寄り添った。


『リメイの髪が』
「アタシの魔力よ。いいでしょう?」
『ぬかせ』


 リメイの呼吸によって上下する胸を見てタマはほうっと息を吐く。その後ろから駆け寄ってきたアリエルや伯爵たちにホークは妖艶に微笑んだ。


「安心なさい。もう二度と水獣は来ないわ」
「っ、なにを、どうやったんだ」
「それを言う必要はないわね。なぜなら」
「我々は全てを……忘れるからか」
「そのとおり」


 ホークがニヤリと笑った時、イカズチによって世界が明るく照らされた。ちらりと見えたその背後では、遠い場所にある時計台を水獣が包み込んでいる。

 水獣がぐるりと旋回して海に戻っていった後には、リメイの作ったひらがなの壁と空を駆ける稲妻が残された。


「これを……消すのか。全て」
「それができるのよ。アタシはね」


 この世のありとあらゆる記録から水獣に関する《記憶》を全て書き換えようと、ホークは最後の魔力を練り上げる。


「……タマ、後はよろしくね」
『任せろ』


「つまりわたくし共はまた、お嬢様を忘れてしまうということですか」


 恐る恐ると言ったように、マリィのか細い声が風に乗って辺りに舞った。


「えぇ。そうなるわね」
「っ、あの、絶対に、誰にも話さないとお約束します。お嬢様の害になるようなことは決していたしません、だから……っ!」


 マリィがホークの服の裾を掴んで必死に訴える。それを冷ややかに見下ろすホークの視線に、マリィは静かに手を離してその場に泣き崩れた。
 最早自分にできることは全てを忘れることなのだと思い知らされたのだ。


「……守ってくれるのか。我が娘を」
「当たり前じゃない。アタシの弟子よ。師匠が守って当然でしょう?」
「ならば貴殿に託そう。どうか、我が娘を……っ」


 その時、伯爵の視界が揺らぐ。辺り一面に漂った花のような香りを吸った後、ここにいる全ての、そしてこの国にいる全ての人や物から今日の《記憶》が抜き取られていった。


「この子はね、あんたの娘じゃない……俺の、半身だ」


 まるで世界が入れ替わるかのように人々の目の前が渦を巻く。その様子を魔術の効かないアリエルが一人、目を細めながら見守っていた。


 倒れ込むホークの体を咄嗟にアリエルが抱きとめる。


「俺は忘れないぞ、いいのか」
「っ、あんたは……ーーーーーー!」
「!」



  「死ぬまで黙ってろ」



 その言葉がアリエルの耳元を掠めた瞬間、既にその場にホークやタマ、リメイの姿はなく。支えていた重みを失った自身の体がぐらりと揺れた。


「……ん? 私たちはここで、何を」
「っ……ご気分はいかがですかな? フォーデン伯爵殿」
「っこれは総統閣下! こちらへは何用で……」



 世界は何事もなかったかのように、これからも穏やかに進んでいくようだった。



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