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【第五章】皆、覚悟を決める
水獣の悔恨(2)
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まるで手を振るように小さな両ヒレをパタパタさせた手のひらサイズのイルカ。それは頬を膨らませてリメイを見つめていた。つぶらな瞳は愛らしいのに、心なしか蔑んだ視線を感じる。
『お主如きがわしを見つけるとはな』
ようやく姿を現した水獣がリメイの顔の前まで泳いで来ると、ギザギザした歯を見せながらその渋い声を辺りに響かせた。
『以前わしを海へ追いやった魔法使いでさえも、わしを見つけきらなかったと言うのに』
水に溶け込む水獣は海の力を借り大きくなる。
リメイも先程まで決死の覚悟で防いでいたのだから、その正体がまさかこんなにも小さなイルカだと知って驚きを隠せなかった。
「ねぇ、あなたのことなんて呼べばいい?」
『それこそ戯言よ。お主は水獣に名があると思うのか』
「でもないと呼べないじゃない。そうね……ポチ、なんてどう?」
ダッヂをタマと呼んだ時同様ふと思いついた名前をリメイが口にすると、目の前の小さなイルカのような水獣はムスッとした顔で黙り込んでしまった。
「え、ごめん適当すぎた? ならそうだなぁ、うーんと」
『その名、いただこう』
「へ?」
水獣ことポチが、その可愛らしい姿のまま嗄れた声で囁いた。
『お主はわしの求めるものを知りたがったな』
「うん」
『なら答えてやろう。わしはな、神に嫌われておるのよ』
「……え?」
その小さな体から紡ぎ出されたのは、壮絶な過去だった。
◇◇◇
『わしは海のモノの怒りの表れでのう。海のモノはみな怒っておったんじゃ。神が日の光を奪ったことを』
リメイの周りに瘴気が漂い出す。これは海の民の怒りか、それともポチの苦々しい思い出か。
『神は約束した。世界の創造時、陸に住むモノにも海に住むモノにも同等のものを授けると。しかし海には日の光が入ってこなかった』
世界の創造期まで遡る話神との約束。その執念は簡単に思い起こされるものではない。
『海のモノは怒り、嘆き、何度も神に問うた。“同等のものを授けるのなら、陸に降り注ぐ太陽の恵みを自分たちにも授けよ”……と。だが神は聞き入れなかった。その時の怒りと憎しみがわしを生んだ』
「怒りと、憎しみ」
『何千年という時を経て、海のモノはその暗さに順応していった。今や日の光が届かぬ海底でも各々が好きなように暮らしている。しかし』
言葉を詰まらせたポチの気持ちが今のリメイには分かる気がした。
「あなただけは、その怒りと憎しみから逃れられなかったのね」
怒りも憎しみも消え去ったわけではない。順応せざるを得なかった海の民が今もなお抱き続ける思いであり、その先祖から脈々と受け継がれてきたものなのだ。その全てを一身に受けていたのはこの水獣だったのだ。
『もはや深海は日の光など必要としておらぬ。なのにわしだけが求め、取り残された』
世界の創成期より孤独に苛まれ、日の光を求め続ける水獣の成れの果てがこのポチだったのだ。
『わしは日の光がほしい。たった千年に一度と願ったことよ。しかし地上に出てもそれは手に入れられなかった』
日の光を求め地上を目指しても陸の民がそれを退ける。陸の民の水獣への憎しみが、より一層ポチを孤独にさせた。
『お前の髪はいい。光り輝く白銀はまるで太陽のようだ。わしはそれがほしい』
「っ……だから、私を?」
『お前がわしと共にあれば地上には訪れぬ。どうだ、良い話だろう』
その時、リメイの周りの水がうねりごうごうと音を立てた。その波がリメイの首に巻き付き、息が出来ず苦しみ悶える。
「っ……や、めて!」
濃い瘴気を放ちながらポチがリメイの周りを優雅に泳ぐ。
(どうしたらこの悲しい生き物を救えるの)
気を無くしそうなほどの瘴気に包まれ、息苦しさにえずきながらもリメイはポチから目を離さなかった。
視界が薄れ、その姿が歪む。
(もう、だめだ……私、もうここで)
「っ……ほ、く!」
いつかと同じようにリメイの視界が完全に閉ざされた時、リメイの左手が熱く光った。
『なに?』
突然水がぐるぐると回ってリメイの首に巻き付いていた水の帯びも、漂っていた瘴気も一気に消え去る。
「っ……おそい、ですよ」
「ふふ。お待たせ」
片手と言えどその熱い抱擁を感じれば、リメイの恐怖心は完全に消え去った。その逞しい首に腕を回せば抱きしめられる力も増して、リメイはそれがひどく心地よかった。
『お主如きがわしを見つけるとはな』
ようやく姿を現した水獣がリメイの顔の前まで泳いで来ると、ギザギザした歯を見せながらその渋い声を辺りに響かせた。
『以前わしを海へ追いやった魔法使いでさえも、わしを見つけきらなかったと言うのに』
水に溶け込む水獣は海の力を借り大きくなる。
リメイも先程まで決死の覚悟で防いでいたのだから、その正体がまさかこんなにも小さなイルカだと知って驚きを隠せなかった。
「ねぇ、あなたのことなんて呼べばいい?」
『それこそ戯言よ。お主は水獣に名があると思うのか』
「でもないと呼べないじゃない。そうね……ポチ、なんてどう?」
ダッヂをタマと呼んだ時同様ふと思いついた名前をリメイが口にすると、目の前の小さなイルカのような水獣はムスッとした顔で黙り込んでしまった。
「え、ごめん適当すぎた? ならそうだなぁ、うーんと」
『その名、いただこう』
「へ?」
水獣ことポチが、その可愛らしい姿のまま嗄れた声で囁いた。
『お主はわしの求めるものを知りたがったな』
「うん」
『なら答えてやろう。わしはな、神に嫌われておるのよ』
「……え?」
その小さな体から紡ぎ出されたのは、壮絶な過去だった。
◇◇◇
『わしは海のモノの怒りの表れでのう。海のモノはみな怒っておったんじゃ。神が日の光を奪ったことを』
リメイの周りに瘴気が漂い出す。これは海の民の怒りか、それともポチの苦々しい思い出か。
『神は約束した。世界の創造時、陸に住むモノにも海に住むモノにも同等のものを授けると。しかし海には日の光が入ってこなかった』
世界の創造期まで遡る話神との約束。その執念は簡単に思い起こされるものではない。
『海のモノは怒り、嘆き、何度も神に問うた。“同等のものを授けるのなら、陸に降り注ぐ太陽の恵みを自分たちにも授けよ”……と。だが神は聞き入れなかった。その時の怒りと憎しみがわしを生んだ』
「怒りと、憎しみ」
『何千年という時を経て、海のモノはその暗さに順応していった。今や日の光が届かぬ海底でも各々が好きなように暮らしている。しかし』
言葉を詰まらせたポチの気持ちが今のリメイには分かる気がした。
「あなただけは、その怒りと憎しみから逃れられなかったのね」
怒りも憎しみも消え去ったわけではない。順応せざるを得なかった海の民が今もなお抱き続ける思いであり、その先祖から脈々と受け継がれてきたものなのだ。その全てを一身に受けていたのはこの水獣だったのだ。
『もはや深海は日の光など必要としておらぬ。なのにわしだけが求め、取り残された』
世界の創成期より孤独に苛まれ、日の光を求め続ける水獣の成れの果てがこのポチだったのだ。
『わしは日の光がほしい。たった千年に一度と願ったことよ。しかし地上に出てもそれは手に入れられなかった』
日の光を求め地上を目指しても陸の民がそれを退ける。陸の民の水獣への憎しみが、より一層ポチを孤独にさせた。
『お前の髪はいい。光り輝く白銀はまるで太陽のようだ。わしはそれがほしい』
「っ……だから、私を?」
『お前がわしと共にあれば地上には訪れぬ。どうだ、良い話だろう』
その時、リメイの周りの水がうねりごうごうと音を立てた。その波がリメイの首に巻き付き、息が出来ず苦しみ悶える。
「っ……や、めて!」
濃い瘴気を放ちながらポチがリメイの周りを優雅に泳ぐ。
(どうしたらこの悲しい生き物を救えるの)
気を無くしそうなほどの瘴気に包まれ、息苦しさにえずきながらもリメイはポチから目を離さなかった。
視界が薄れ、その姿が歪む。
(もう、だめだ……私、もうここで)
「っ……ほ、く!」
いつかと同じようにリメイの視界が完全に閉ざされた時、リメイの左手が熱く光った。
『なに?』
突然水がぐるぐると回ってリメイの首に巻き付いていた水の帯びも、漂っていた瘴気も一気に消え去る。
「っ……おそい、ですよ」
「ふふ。お待たせ」
片手と言えどその熱い抱擁を感じれば、リメイの恐怖心は完全に消え去った。その逞しい首に腕を回せば抱きしめられる力も増して、リメイはそれがひどく心地よかった。
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