最強師弟は歪な愛の契を結ぶ

あまき

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【第五章】皆、覚悟を決める

狙いはただ一つ(2)

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 ここは一階であったはずなのに、下には真っ暗な空間が広がっていて、床も壁も見えないそこは底のない沼のようだった。


……ダンッ!


 突然現れた透明な板のような床の上に二人が降り立つ。横目で辺りを見渡すも、視界を遮るもの一つ見当たらないだだっ広い空間だった。しかし奥の方にも透明な壁があるのが見える。


「まるで箱の中のようだわ」
「ただの箱ではないがな」
「以前来た時にはこんなものなかったけど。国もそこまで愚かな時間を過ごしてきたわけじゃないのね」
「でたらめを言うな。お前が以前この城に足を踏み入れた記録など残ってはいない」
「そうねぇ、どこかのいけ好かないガキが生まれる前の話よ。とりあえずその汗臭い腕をどけ、て……は?」


 突然、それはやってきた。

 ゆるゆると、しかし確実に。ホークは自分の体が重くなっていくのを感じた。


「……あんた、なにしたの?」
「俺はなにも」
「ならこの部屋ね? 一体何が、っ……あぁ。そういうこと」


 体の周りに貼ってあった五大属性の結界がホークの意図とは関係なく解かれていく。男の殺気やこの空間に蔓延る異様な圧力が、体にのしかかってきていた。


「この箱、五大属性を封じるのね」
「そうだ。魔法使いや裏切った魔術師を捕らえた後拷問にかける部屋。それがここの役割だ」
「なるほどねぇ~。王宮内ならどこにいてもこの空間に飛べるようになってるのか」


(だから強気にも、誘き出したってわけね)


 真っ暗な空間の意図が分かり、ホークはにんまりと笑った。


「いい判断と研究成果だと称賛は贈るけど、五大属性を封じたところで、あたしはなんともできないわよ?」
「……固有特性か」
「そっちまでは、天下の魔導師たちもどうしようもできなかったでしょう、よ!」
「っ!」


 ドンッ!


 ホークは足の裏に魔力を溜め、その筋力をもって男を蹴り上げる。簡単に吹き飛んだ男と距離をとって、ホークは右手をかざした。


(生きていた《記憶》そのものを消してやる)


 練り上げた魔術が男を貫く。かつて幼いリメイを抱きながら湖の中の低級魔獣を消し屑にしたように。ホークは同じ末路を頭に描いた。しかし――


「だから、俺がここにいる」
「は?」
「俺には、お前を捕らえる術がある」


 ホークの魔術を受けたはずの男が俯いたまま剣を鞘から抜き取る。その切っ先がホークの顔の横をすり抜けるのを、ホークは難なく避けながらも焦っていた。


(こいつ、魔術が効かない……?)


 そんな特異な者が何百年に一度存在していたであろう記録をホークも目にしたことがあった。しかしそれは全属性を持ち合わせるホークと同じくらいに稀なことである。


「~~っ、むかつく。ほんっと面倒な奴ね」
「光栄だ。それとこれは頂く」
「は? っ、はぁぁーー!?」


 ホークが男の手元を見て絶叫を上げた。暗闇で姿は見えなくとも、その輝きだけは誰もが見逃さない。唯一無二の半身の作り上げた、美しく光る白銀の髪紐が男の手の上にあった。

 顔の横にはらりと落ちてくる髪をホークが忌々しげにかき上げる。


「ガキが。人のモノを取っちゃいけないって騎士団で教わらなかったの?」
「これはお前を縛り上げるのに丁度いい代物だ。なんせ、切れないのだから」


 ホークの肩がピクリと跳ねる。それを知っているのはリメイの他には己しかいないはず。


(っ……はは。そういうこと、ね)


 真っ暗な空間で近づいてくるその影にホークが目を凝らす。男の腰のあたりで見えたものに思わず笑みが浮かんだ。


(誑かしたのは、こいつだったか)


 男に魔術が効かないのなら、この空間そのものの《記憶》を操作し無きものにし逃げ果せることなどホークには造作もないことだった。しかし――

 ホークが全身の魔力を練り上げる。拳に集めたそれは黒く揺らめいていた。


「それ、返せよ」
「断る」
「お前、いらねーわ」
「それはこちらのセリフだ」




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