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【第四章】女、愛を得る
背中の紋様(2)
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「あの黒い箱……これくらいの大きさで、木の質感の」
「……? あぁ、これね」
一歩も動いていないのに、ホークはまるで中を覗いたかのように言い、指をくるくると動かした。するとクローゼットの方から物音がして、リメイが言った通りの箱が飛び出てくる。手元に来た箱をリメイはホークにおずおずと差し出した。
「っ、これを、あなたに」
「え、なに?」
「あなたが、欲しがってるって。タマさんに聞いたの」
「タマ?」
頬を赤らめもごもごと話すリメイに思わず襲いかかりそうになりながら、ホークはその箱を手に取った。確かに中からリメイの魔力を感じ真っ黒な箱を開けると、そこにあったのは長い組紐だった。真っ白かと思いきや、白糸以外に薄っすらと色づく糸が混じっている。キラキラと光る糸、これは言うならそう、白銀の――
「……リメイの、髪?」
「っ、あの日! 夫婦になろうと言った日。寝ている私の髪を触りながら髪を編んだのが欲しいって、タマさんに言ったんでしょう?」
「まって、この髪はどうしたのよ? あんたの切れないじゃない」
「私も一応人間なので抜け毛くらいあります。それを毎日集めて……っだから、おあいこです!」
真っ赤になった顔を反らして、ぷぅっと頬を膨らませるリメイを、ホークは跨ったまま見下ろしていた。見開かれた漆黒の目にどんどん光が宿る。
「おあいこ?」
「そう! だから私もちゃんと労ってください!」
ホークが言葉を失っている中、リメイの心臓はどくどくと音を立てていた。
あの時、『そんな物を望むなんて独占欲がすぎる』と呆れていたタマに苦笑で返したのはリメイだった。けれど結果としてリメイは毎日髪を集め、銀色が馴染むよう白糸を紡ぎせっせと編み進めたのだから。もしタマが知れば『似たもの同士め』等と笑いそうなものだ。
「……ありがとう。切れないよう大事にするわ」
「い、一応家にある刃物は一通り試しましたが切れなかったので、大丈夫かと」
抜けた髪にも魔力は宿っているようで、その髪が編み込まれた白銀の髪紐は切れることはなかった。それを知ってか、ホークはニッコリと笑う。
「そうじゃないわよ。肌身はなさず持ち歩くってこと」
その笑顔がとても優しくて、リメイも心から微笑んだ。
「うん……あなたの身を守るよう願いを込めて編みましたから。どこへ行くにも私と思って連れてってください」
「っ!」
「? ホーク?」
紐を握りしめて固まるホークにリメイは首を傾げる。目の前の端正な顔は歪められたまま、ついに唸り声を上げた。
「はぁー……なんでお前はそんなにかわいいの?」
「え?」
「これを編んでる時は俺のことを考えて俺のためだけの時間だった? は~あ~かわいい」
「え、っと、ホーク?」
「うん。分かった、労ってあげる」
「へ?」
「とことん可愛がってあげるから、覚悟して」
「あ、いや、待って、なんでやらしく触るの?」
「労ってあげるって言っただろ? 気持ちよくするから」
「そ、それは労るうちに入りません!」
暴れるリメイを、ホークが優しく押し付ける。白銀の組紐がひとりでに動いてうようよと宙を舞った後、ホークの髪を縛り上げた。
「どう? 似合う?」
「っ……えぇ、とっても、っん!」
それはリメイの心からの本音だった。口を塞がれ続きを言うことはできなかったけれど、今までにないほどホークも嬉しそうなのでよしとしよう。
「ふふ、愛してるわ。リメイ」
「っ……やっと言いましたね」
「言ってなかった?」
「ついでにプロポーズもまだです」
「ええ? 熱烈なプロポーズしたわよ?」
「? それはどんな」
ふふんっと鼻で笑ったホークが顔を近づけて囁く。
「“俺だけを感じて”って……ね?」
それは少なからずリメイが夢見ていたプロポーズとは違ったが。まぁそれも有りか、なんてリメイはくすくすと笑った。迫りくるホークの口づけを甘受し、逞しい首に両腕を絡める。束になった黒髪がリメイの体の上に振りかかってくすぐったいのに愛おしく、リメイから吐息が漏れ出た。
(どうか……この幸せが続きますように)
ささやかな願いは、二人の口の中に飲み込まれていった。
◇◇◇
コンコンッ……コンコンッ……ガチャ……
「……うるさいわねぇ、最愛が起きるでしょう」
窓が鳴り、ホークが玄関の扉を開けるとそこには大きな鳥がいた。
「“連絡鳥”まで遣わせて、一体何のつもり?」
それは“連絡蝶”と同じように言伝を運ぶ鳥で、蝶と違うのはお互いに持ち合う花の蜜が必要ないことだった。“連絡蝶”以上に中々お目にかかることのない“連絡鳥”を、ホークが忌々しげに見つめた。なぜならそれは――
「今更王宮に呼ばれる理由なんてないわ」
国王が直々に遣わす鳥であるからだった。
〈大国ランドローバー国王より、大魔法使いサルーンへ、王命である〉
その鳥こそ、リメイのささやかな願いをぶち壊す不幸の遣いだった。
「……? あぁ、これね」
一歩も動いていないのに、ホークはまるで中を覗いたかのように言い、指をくるくると動かした。するとクローゼットの方から物音がして、リメイが言った通りの箱が飛び出てくる。手元に来た箱をリメイはホークにおずおずと差し出した。
「っ、これを、あなたに」
「え、なに?」
「あなたが、欲しがってるって。タマさんに聞いたの」
「タマ?」
頬を赤らめもごもごと話すリメイに思わず襲いかかりそうになりながら、ホークはその箱を手に取った。確かに中からリメイの魔力を感じ真っ黒な箱を開けると、そこにあったのは長い組紐だった。真っ白かと思いきや、白糸以外に薄っすらと色づく糸が混じっている。キラキラと光る糸、これは言うならそう、白銀の――
「……リメイの、髪?」
「っ、あの日! 夫婦になろうと言った日。寝ている私の髪を触りながら髪を編んだのが欲しいって、タマさんに言ったんでしょう?」
「まって、この髪はどうしたのよ? あんたの切れないじゃない」
「私も一応人間なので抜け毛くらいあります。それを毎日集めて……っだから、おあいこです!」
真っ赤になった顔を反らして、ぷぅっと頬を膨らませるリメイを、ホークは跨ったまま見下ろしていた。見開かれた漆黒の目にどんどん光が宿る。
「おあいこ?」
「そう! だから私もちゃんと労ってください!」
ホークが言葉を失っている中、リメイの心臓はどくどくと音を立てていた。
あの時、『そんな物を望むなんて独占欲がすぎる』と呆れていたタマに苦笑で返したのはリメイだった。けれど結果としてリメイは毎日髪を集め、銀色が馴染むよう白糸を紡ぎせっせと編み進めたのだから。もしタマが知れば『似たもの同士め』等と笑いそうなものだ。
「……ありがとう。切れないよう大事にするわ」
「い、一応家にある刃物は一通り試しましたが切れなかったので、大丈夫かと」
抜けた髪にも魔力は宿っているようで、その髪が編み込まれた白銀の髪紐は切れることはなかった。それを知ってか、ホークはニッコリと笑う。
「そうじゃないわよ。肌身はなさず持ち歩くってこと」
その笑顔がとても優しくて、リメイも心から微笑んだ。
「うん……あなたの身を守るよう願いを込めて編みましたから。どこへ行くにも私と思って連れてってください」
「っ!」
「? ホーク?」
紐を握りしめて固まるホークにリメイは首を傾げる。目の前の端正な顔は歪められたまま、ついに唸り声を上げた。
「はぁー……なんでお前はそんなにかわいいの?」
「え?」
「これを編んでる時は俺のことを考えて俺のためだけの時間だった? は~あ~かわいい」
「え、っと、ホーク?」
「うん。分かった、労ってあげる」
「へ?」
「とことん可愛がってあげるから、覚悟して」
「あ、いや、待って、なんでやらしく触るの?」
「労ってあげるって言っただろ? 気持ちよくするから」
「そ、それは労るうちに入りません!」
暴れるリメイを、ホークが優しく押し付ける。白銀の組紐がひとりでに動いてうようよと宙を舞った後、ホークの髪を縛り上げた。
「どう? 似合う?」
「っ……えぇ、とっても、っん!」
それはリメイの心からの本音だった。口を塞がれ続きを言うことはできなかったけれど、今までにないほどホークも嬉しそうなのでよしとしよう。
「ふふ、愛してるわ。リメイ」
「っ……やっと言いましたね」
「言ってなかった?」
「ついでにプロポーズもまだです」
「ええ? 熱烈なプロポーズしたわよ?」
「? それはどんな」
ふふんっと鼻で笑ったホークが顔を近づけて囁く。
「“俺だけを感じて”って……ね?」
それは少なからずリメイが夢見ていたプロポーズとは違ったが。まぁそれも有りか、なんてリメイはくすくすと笑った。迫りくるホークの口づけを甘受し、逞しい首に両腕を絡める。束になった黒髪がリメイの体の上に振りかかってくすぐったいのに愛おしく、リメイから吐息が漏れ出た。
(どうか……この幸せが続きますように)
ささやかな願いは、二人の口の中に飲み込まれていった。
◇◇◇
コンコンッ……コンコンッ……ガチャ……
「……うるさいわねぇ、最愛が起きるでしょう」
窓が鳴り、ホークが玄関の扉を開けるとそこには大きな鳥がいた。
「“連絡鳥”まで遣わせて、一体何のつもり?」
それは“連絡蝶”と同じように言伝を運ぶ鳥で、蝶と違うのはお互いに持ち合う花の蜜が必要ないことだった。“連絡蝶”以上に中々お目にかかることのない“連絡鳥”を、ホークが忌々しげに見つめた。なぜならそれは――
「今更王宮に呼ばれる理由なんてないわ」
国王が直々に遣わす鳥であるからだった。
〈大国ランドローバー国王より、大魔法使いサルーンへ、王命である〉
その鳥こそ、リメイのささやかな願いをぶち壊す不幸の遣いだった。
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