最強師弟は歪な愛の契を結ぶ

あまき

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【第三章】女、愛を知る

男の独白(2)

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「ここは他人に触れてほしくない物が入っているわ。主にハンに関する記録や世に出してはならない禁術なんかの本ね」
『なるほどな。ここにリメイが求めてやまなかった師弟の契に関するものもあるわけか』


 階段を降りた先は大きなドーム状になっていて、壁一面に本が埋まっている。よく見るとどういう仕掛けなのか、床と天井にも本が張り付いていて、その数何千、いや何万とあり、タマは早々に数えることをやめた。


『……あの奥の扉はなんだ。強い魔力を感じる』
「あそこにはこれまでに回収してきたハンの遺作が眠ってる」


 なるほど、とタマは一つ頷いた。“物には作り手の魂が宿る”とはよく言ったもので、何百年と経った今も、それらは禍々しい程の魔力を放っていた。下手に放置しそれに怨念が染み付けば、魔獣の巣窟になってしまうどろう。ホークが回収してきたのも頷ける。


「確か、ここにあるはずよ」


 ホークが指を振るといくつかの本が棚から抜き出され、まるで意思を持っているかのようにホークの元へと寄ってくる。


「ふふ、あったわ」
『なんだ、それは』
「今はもう禁忌とされた魔法使いの約束……終古の契よ」


 それは古い魔法で、お互いを縛るその効力が終古まで続くことからそう名付けられたものだった。一度契れば二度と解除できないという制約がある故に、今は禁忌の術として封印されている。この世で知る者はほとんどいないだろう。

 ホークは今にもバラバラに解けてしまいそうな古い書物を雑に捲って、その内容を頭に叩き込んでいく。


『それはどういう契だ』
「リメイの愛情を確かめるための契よ」


 結ぶための条件はただ一つ。お互いが相手を唯一無二だと思い合っていること。片方でも思いが薄れたならば、その末路にあるものは死をも切望するほどの狂気だと言う。


「ふふ。いいじゃない、これ」
『おれには狂気にしか思えん』



 この契の効力はいくつかある。

 第一に、結ぶ側も結ばれる側も相手以外と体を重ねられなくなるのだという。


「ほら、ここ見てよ。“契れば互いの魔力のみに甘美を得、他を好まぬ”ですって。ふふ、アタシ蕩けちゃうかも」
『むしろお前なんぞ溶けて貰った方が世のためリメイのためだろうよ』


 第二に、お互いの生死が共有される。寿命が早く尽きる方に寄り、どちらか一方が命を終えるとき、もう片方の命も共に取られる。

 第三に、魔力の譲渡のみ可能で魔術も魔法も相手にかけることはできない。


「なるほどねぇ。一緒には死ねるけど、殺しも生かしもできないのか」
『自由などとは程遠い契だな』


 タマはリメイの先を思うとどうか幸多からんことをと願わずにはいられなかった。しかしホークは漆黒の瞳をキラキラさせている。


「だけど魔力の譲渡が可能なら色々できそうよ。例えば自身にかけた魔術や魔法を共有できる術式なんかも加えましょうか」
『なんだそれは』


 もうこれ以上狂った男と関わり合いたくないと思いつつも、聞いてしまったがタマの運の付き。ホークは新しいおもちゃを前にした子どものように弾んだ声で言った。


「相手の生と死に干渉できないにしても、自分の生と死については自らで決められるはずよ。だって自分にかけた魔術や魔法については何の記載もないもの」
『そりゃそうだ。自分に魔術をかけるなんて奴、お前以外にいないだろう』
「ならアタシがアタシにかけた魔術をリメイにも共有させる術式を組むの。つまり」
『……ホークが自身にかけ続けている若返りの《記憶》操作を、リメイにも反映させると?』
「その通り!」


 ランランと目を輝かせて頷くホークに、タマはついに目眩がした。


「なによぅ。それも悪いことばかりじゃないわ。このままじゃ回復魔法もかけてあげられないのよ? だけどその術式を加えれば自分にかけた回復魔法で相手も回復するの。リメイに万が一何かあったときでも、アタシが救ってあげられるわ」
『お前は……阿呆の天才だな』


 よくもまぁこうもスラスラと多くを考えられるものだ、とタマは少し感心していた。内容は決して認められるものではないが。


「これこそまさにアタシたちに相応しい契よ!」
『アタシたち、ではなくお前だけ、だろう』


 タマの嫌味も今のホークには効きもしない。それほどまでにホークは歓喜に満ちていた。これでリメイをホークただ一人のものだけにできるのだと浮かれて仕方なかった。


「契る方法は……あら。結構手間なのね」
 先程の輝かしい笑顔から一変、ホークは眉間にシワを寄せて考え込む。


『何が必要なんだ?』
「血紋様と契の言葉、それから性行為。ただし」
『ただし?』
「“愛のエキス”を用いてお互いヤりきってスッキリするまで交わらなきゃいけないみたい」
『あー……最早全てが狂っている』


 かつてこの契を禁じた人間も、この獄級魔獣と同じことを考えたのだろうか。もはや生きてさえいないであろうその者に激しく同意するように、タマが一つわふっと鳴いた。



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