最強師弟は歪な愛の契を結ぶ

あまき

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【第三章】女、愛を知る

騎士と紋様(2)

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「! いっ、たぁ」
『受け身くらい取らんか』
「タマさん厳しい」


 痛む腰を擦りながらリメイが体を起こす。タマもリメイの中から体を出して、主を守るように立ちはだかった。



 そこはリメイたちの住む家の近くにある湖の畔だった。相変わらずリメイの左手は熱く疼いている。魔獣の気配などはなく、危険はなさそうだと安心しながら辺りを見渡すと、ある一点でリメイの視線が止まった。まるで心臓が口から飛び出るほどの衝撃を受けて、リメイは叫ぶ。


「っ! ホーク!」


 そこには下半身を湖に沈めたまま、畔でぐったりとうつ伏せになっているホークがいて、リメイはいても立ってもいられず走り出す。呼吸はしているらしいその肩に手をやり、体を揺すろうとして動きを止めた。


「……は? な、なに?」
『ぎぃう! ぎぃぎぃ!』


 肩から伸びるその先の指を見てリメイは息を呑んだ。そこには湖に住む人魚のようなあの生き物が、ホークの人差し指に噛み付いていたのだ。

 ホークの指は血が少し滲んでいるものの、害はなさそうで。どちらかと言えばぎょろっとした丸い目に大粒の涙を滲ませ泣いている生き物の方が心配になった。


「お前、なにしてるの?」
『ぎぅ! ぎぎぃぃ!』
「え? ホークが自分から湖に飛び込んできた?」
『ぎぎぃー! ぎぅぎぅぅ!』
「また湖の中を荒らされたら堪らないから引き上げてやった? え、あぁ、それはどうもありがとう……?」


 その可愛らしい顔を歪め泣きじゃくりながら一生懸命訴えてくる生き物の話を、リメイとタマはじっと聞き入った。


『ぎああ! ぎぃぎぃ! ぐぅぅあ!』
「ムカついたから噛んでやったのね。それは確かに言えてる」
『同感だ』


 わふっと鳴いたタマに生き物が怯えを見せて肩を震わせる。しかし獄級魔獣への恐ろしさよりも今の理不尽さの方が上回ったのか、またおいおいと泣き喚いた。


『つまりは、何か。ホークはこの低級魔獣に噛まれてできた“傷”で師弟の契の効力を発動させ、居場所の分かったリメイを空間の《記憶》をいじって呼び寄せたと……そういうことか』
『ぎぃぃぃぃ! ぎぅ!』


 タマの言葉に大きく何度も頷き同意を見せる生き物姿は健気でなんとも愛くるしい。しかしそんなことにすら気を止めていられないほどに、今のリメイは腹の中でぐるぐると魔力を渦ませていた。


『ぎうぎう! ぎぃ!』
『ん? あぁ、確かにな。魔獣の中でホークに傷を負わせたのはお前くらいだろう。誇っていいぞ』
『ぎぃーうぎぃう!』


 タマに褒められて嬉しいのか、涙を引っ込めて笑顔を見せる生き物の横に、リメイの拳がドンッと音を立てて土に沈む。


「~~っ、なんなのよ! こいつは!」
『お前の師匠だな』
「信っじられない! 人に心配かけさせといて!」


 ヒィッと声を漏らして湖に潜っていった生き物を尻目に、リメイはホークの肩を揺すった。


「ばか師匠! 起きなさい……って、た、大変! すごく冷えてるじゃない!」


 いつからこの状態であったかは知らないが、夜明けを目前にした夜に冷たい湖へ半身を沈めていれば、体が冷えるのも当たり前だった。先程までの怒りはどこへやら、リメイは慌てて巨体のホークを担ぎあげる。


『どうする』
「タマさんは先に帰って風呂にお湯を溜めといて。私はホークを連れて帰るから」
『了解した』


 音もなく消え去った一頭を見送って、リメイは声を荒げた。


「出でよ! 《つ》《ま》!」


 出てきた馴染みあるゴシック体《ま》の上にホークを放り投げる。横になったその体に自身の上着をかけてやるが、大きな体に似合わないそれはなんとも心もとなく、リメイは一つため息をこぼした。


「……しっかりしてよ。私の師匠でしょ」


 《ま》の終わりの輪に《つ》の払いを引っ掛けて、リメイは勢いよく跨る。


「落ちないでよね」


 安全運転とも言えない速さで、リメイは帰路を急いだ。



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